「グフフフ……」
同じ日の夜、ランスはいつもの様子でウルザの部屋の前に来ていた。時折行っている夜這いである。
「ウールザちゃん! おーっす」
「あぁ……。やはり来られたのですか。ランスさん」
意気揚々と扉を開けたランスを見て、ウルザはため息をついて読書を中断した。
「うむ。ここ2日くらい任務で忙しかったからな。ウルザちゃんも寂しかろうと思って」
ランスは恩着せがましい声をだして、勝手な理屈を並べ立てる。
「今日くらいは……空気を読んでくれるかと少しでも思ったのが、間違いだったわね……」
ウルザはランスに聞こえないような小さい独り言を呟いた。
「フン。兄貴だかなんだかしらないが、俺様にはそんなことはかかわりない。だいたいなぁ、ウルザちゃんは本気であれを兄貴だと思ってんのか?」
ランスは直球で思っている疑問をぶつける。
「なっ……なんですって……」
ウルザは閉じている本に加えている手の力を、ぐっと強めた。
「冷静に考えてみろ。1年以上も行方くらませていたんだぞ。それも急に、ウルザちゃんが傷ついてるときに現れるなんて、出来過ぎだとは思わないのか。俺は君がそんなに考えなしだとは思わないぞ」
ランスのビルフェルムへの嫉妬でもあったが、本心も混じっていた。いかに弱っているとはいえ、無意識下で彼女がリーダーとしての思慮深さがあることは理解している。
「で、でも……。兄は、あの兄さんは、私の記憶と何も違わなかった。話し方も、姿も、あの優しい性格も……なにもかも」
ウルザの声はかすかに震えが混じりながらも切実であり、爆発しそうな感情を必死にこらえてそうな力があった。
「ふーん……」
ランスは腕を組んでウルザの言ってることを注意深く考え、しばらく間をおいた後に答える。
「ま、なんでもいいや。俺はウルザちゃんとしたい。だからここに来たんだからな」
これ以上話し合っても、現時点でウルザに疑念を植え付けるのは難しそうだと思ったのか、ランスは本題に入る。
「うっ……」
やはりそうなるかとばかりに、ウルザは表情を暗くする。
「させてくれないなら、兄貴にもこのこと喋っちゃうぞ」
ランスはニヤニヤと笑いながら言う。
「わかり……ました。好きに、してください」
ウルザはこのことが兄に露見することは避けたいことであった。ウルザは強張った力を抜き、ランスに身を委ねた。
「フフフ。そうこなくっちゃな」
ランスは車椅子のウルザに近づき、いやらしく肩や腕をなで回す。
「相変わらず、スベスベで吸い付くような肌だな」
「んっ……。余計なことは、いいですから、するなら、早くっ」
ウルザはゾクゾクとした感覚を覚えながら、切なそうに言った。
「ほー。もっと肝心な部分触ってー。てか? がはは、知らないうちにウルザちゃんはえっちになったんだなあ」
「ち、ちがっ……あっ」
ランスはご要望ならとばかりに、服の上からウルザの大きめな双丘に触れ始めた。
「うーん……。あいかわらずぐっどなもみ心地だ。もしかして、最初のときより少し大きくなってないか?」
ランスは揉みしだきながら耳にささやいた。
「知りませんよ……っ!」
ウルザは認めたくない快感をこらえながらそう答えた。
そうしていると、ランスは元のポジションに戻ろうとする前にふと、壁際に置いてあるボウガンに気がついた。弦は張られているが、薄っすらと埃をかぶり、外からの月光を鈍く返していた。
「おい、ありゃ、なんだ」
ランスは揉みながら尋ねる。ウルザはランスの視線の先を追い、ボウガンに気づく。
「……。私がこうなる前に、んっ……、主に使っていた武器です」
「ほー……。ボウガン使いだったのか」
少しだけ意外そうな声をランスは上げた。
「せっかくの武器だ。もう少しちゃんとメンテくらいしとけよ」
「そんなこといったって……あっ……。もう、私は」
ウルザは諦めたような声を上げる。
「もったいないと思うがな。あれ、使いこなせるようになるまで、苦労しただろうに」
ランスはボソッと純粋な感想を漏らす。
ウルザのボウガンはただの代物ではなく、三連ボウガンである。武器には人並みに関心のあるランスは直感でそう思った。
「んっ……」
ウルザは頬を赤らめたまま、何も答えなかった。
「さてと、じゃあそろそろ脱がそうかなー。るーららららー」
歌いながら嬉しそうにウルザの服に手をかけようとすると、ノックの音がした。
「ウルザ。ちょっといいかい?」
「えっ?」
ランスは小さく舌打ちして、行為を中断し、そそくさとベッドの上に隠れた。ウルザのベッドには天蓋とカーテンがあるため、そこが絶好の場所である。
カーテンが半透明であるため、ランスはウルザの車椅子からはみ出ないよう音も立てずに慎重に隠れた。
「孤児院ではあまりゆっくり話せなかったからね。紅茶でも飲みながらどうかと思って」
「えっと……」
ウルザは返答に迷う。
「もちろん。もう寝たいっていうなら今日は帰るけど」
「そ、そうね……。今日はちょっと疲れましたし、このまま」
と言ってウルザは断ろうとしたが、ここでランスが悪魔的な閃きが頭中に走り、ウルザに囁く。
「受けろ」
「えっ……。で、でも」
「いいから。じゃないと大声出すぞ。でも中に入れるなよ」
そんな小さいやりとりがかわされる。
「ウルザ?」
「いいわ。お話ししましょう」
ウルザはランスの意図を測りかねていたが、とりあえず言う通りにした。
「そう。じゃあ中に」
「待って……。えっと、ちょっと部屋が散らかってて、みせるの恥ずかしいんです。そのままでいてください」
ウルザはもっともらしい理由を考えて答える。
「そのままってドア越しに……?」
「え、ええ。そうです。お嫌ですか?」
ビルフェルムはしばし考える仕草をして間をおいた後、
「そうか……。まあ、ウルザがそう言うなら」
と、ビルフェルムは床に持ってきた紅茶セットを置く。
「さてと……。まずは何から話そうか」
ビルフェルムはドアに背中をあずけてウルザに語りかける。
「そうですね……。この1年間、兄さんが何をしてきたか、それが気になります」
「おっと。いきなりだな。まあでも、そら気になるよね」
ビルフェルムは軽く笑いながら、ゆっくりと話し始めた。
「なんとか収容所から抜け出した僕は、まず自由都市を目指したんだ」
「自由都市? それはまたどうして」
「ゼスには当然居られないし、リーザスやヘルマンだとペンタゴン時代のことからテロリスト扱いされてる僕は、いつ狙われるかわからない。だから、一つの権力が小さい分、比較的自由に動けるそこにいったんだ」
自由都市地帯は都市国家の連合体とすらいえない、独立国家群ともいうべきところである。その為、ビルフェルムのような特殊な事情を持つ人間には格好の場所であった。
「まあそこで色々と、一日奉公のバイトとか、期間雇用っていうのかな。そういう細々とした仕事をして何とか食いつないでたんだ。色々やったよー、Mランドのカジノ店員とかしたときは耳が壊れるかと思ったよ、すっごいうるさいからね」
ビルフェルムは当時を思い出しながらそう語った。
「まあ、そうですか……。兄さんがカジノの……」
想像もつかないことだったが、食べるためには手段を選んでられなかったのだろうとウルザは理解した。
そんな話を裏で聞いていたランスは突如後ろからウルザの肩に触れた。
「ひゃっ……。な、なんですかランスさん」
ウルザは困惑した表情をランスのいる方向に向けた。
「んー……。こう言っちゃなんだが……嘘くせえ」
「えっ……?」
「Mランドは俺も前に行ったことあるが、きちんとしてそうなやつしか雇ってなさそーだったぞ。あいつみたいなプーがそう簡単に入り込めるか?」
「に、兄さんは本来身なりもきっちりしてますから、それで……」
ウルザは庇おうとしたが、ランスが続ける。
「身なりとかじゃなくて、身元の話だ。そのへん聞いてみろ」
と、肩を擦りながら促した。
「ウルザ?」
返答がなくなったのを不審に思ったビルフェルムが尋ねる。ランスとウルザのやりとりは全く聞こえてないようであった。
「い、いえ。えっと……。その、身元はどうしたのかなって」
「ああ」
そんなことかとばかりに、ビルフェルムは応じる。
「あまり大声で言いたくないけど、そういうのをやってくれる偽造師ってのかいてね。それで入り込めたんだ。まあ高い買い物だったけど、それ以上に稼がせてもらったよ」
ビルフェルムは苦笑交じりにそう返す。
「な、なるほどそういうことだったんですか。さすがは兄さんですね」
ウルザはそう返したが、ランスの疑念は尽きなかった。
「その元手はどうしたんだよ……。噂でしか聞いたことねえけど、その日暮らしの奴にそう簡単に出せる金額じゃねーはずだぞ。なんであいつにそんな金が?」
「きっと、それまでの日雇いのお金で……」
「世間知らずだなぁウルザちゃん。そんな仕事で稼いだ金、生活も考えりゃ間に合わんよ。できたとしても、1年足らずでそれ以上に稼げるわきゃねえ。俺様みたいなスーパーなら別だがな、がははは」
ランスは普段シィルに金のことは任せてはいるものの、さすがにそのくらいの勘定、経済感覚は理解していた。
「そっそれは……」
「やっぱ胡散臭いな、あいつ。もっとそのへん詰めろ。じゃなきゃもっとひどいことしちゃうぞ」
そう言いながらランスは器用にも、ウルザの服を丁寧に脱がしにかかった。
「ちょ、いい加減にして……」
「ごめん、ウルザ。入るよ」
ビルフェルムはさすがに不審に思ったのか、返答も聞かずに中に入った。
「な……。いっ、いったいこれは」
ビルフェルムがみた光景は、奇異なものであった。車椅子のウルザの体にまとわりつくように、手が伸びていたのである。
服も少しはだけており、ウルザの上の服から、下着が少しだけのぞいていた。
「いやっ……。だめっ。兄さん。見ないで」
ウルザはこれまで以上に赤面になり、咄嗟に上体を低めて、服が見えないようにした。
「誰だ! かよわき婦女子の寝室に侵入するとは、許せん!」
ビルフェルムはウルザを見ないようにベッドの方へ視線を集中させ、ロングソードを抜いた。
「ちっ……バレちまっちゃあしょうがない」
ランスはベッドから出て、ウルザの左隣に立ち、ビルフェルムに相対した。
「俺様は世界最強無敵戦士のランス様だ! 今はアイスフレームの影番もやっている」
ランスは精一杯胸を張って同じく剣を抜く。
「貴様か……。ダニエルから話は聞いているぞ。アイスフレームに入り込んで、色々とやってくれてるそうだな」
夕方にダニエルから概要は聞いており、ビルフェルムもそのくらいのことは承知していた。
「けっ。あのクソジジイ、ろくなこと教えなかったな。まあいい。男に好かれてもちっとも嬉しくないしな」
ランスはそう吐き捨てた。
「ウルザに……、妹に何をしたんだ。返答によっては、いくら戦力でも、貴様を斬るぞ」
ビルフェルムはそう言って、剣を構えた。その眼はランスを見据えており、怒りに燃えていた。
「見て分からないのか。しっぽりずっぽりやろうとしたんだよ。あぁ、お前見るからに童貞っぽいもんな。わかんねーか。がはは」
その言葉にビルフェルムの堪忍袋の緒が切れ、ランスに斬り掛かった。
「むっ!」
ランスはギリギリのところで避けてみせる。
直感で、こいつは只者ではないと見抜く。
「たしかプリマの話じゃ、裏方だったと聞いたが……。それにしちゃ随分と冴えてるな」
ランスはニヤリと笑いながら言う。相手の実力を認めているというよりは、疑惑の種を撒こうとしてる言い方であった。
「……。この1年で、僕もいろいろと経験したんでね」
ビルフェルムは、眼鏡をかけ直しながら物怖じせずに答えた。
「まあいい。とにかく俺は、ウルザちゃんと甘い時間を過ごしに来たんだ。兄貴だからって邪魔すんなら、容赦しねえぞ!」
ランスは改めて剣を構えた。
「それはこっちの台詞だ。大事な妹が陵辱された事実を知って、黙っている兄など、どこにいる!」
そう言って再度ビルフェルムはランスに斬り掛かった。ランスは今度はすぐに反応し、弾こうとするも、その剣は予想以上に重かった。
「くっ……。てめー、やっぱ裏方じゃないだろ? 随分な力だぜ」
「黙れ! 妹を凶漢より守らんとする、正義の力だ! とくと味わえ!」
ビルフェルムは一旦、剣を遠ざけ、再度脳天を狙って振り下ろそうとする。
「やめて!!」
ウルザが聞いたこともない声量で、止めに入った。
あまりのことに二人とも、ウルザの方に視線を集める。
「ウルザ……ちゃん……」
「やめて……。ください。こんなところで争って、傷つき合うの、私は、見たくない」
ウルザは涙ながらの声でそう言った。
「ちっ……。わーったよ」
興が削がれたのか、そう言ってランスは剣を収め、ビルフェルムもそれにならった。
「ランス、と言ったな」
しばらく間を置いて、ビルフェルムはランスに重い声色で口を開いた。
「なんだ」
「二度と、妹の部屋に立ち入るな。次見かけたら、たとえウルザが止めようと、斬り捨てる」
ビルフェルムは突き放した声色で、剣の柄を握りながら言う。
「あ? なんでそんなことお前に指図されなきゃならんのだ」
「そうか。ならばやはり……」
ビルフェルムが鯉口を切るよりも先に、ウルザの声が響く。
「でてって……」
その言葉にランスは目を向ける。
「出ていって……ください。しばらく、顔も見たくありません」
ウルザはしっかりとランスの目を見据えるも、少し震えた声で言葉を紡ぐ。
「な、なんだと……。くそっ、だったらこれまでのこと全部みんなに」
「やれるものならやってみるといい……、そうなれば貴様の存在を一片も残らなくしてやろう」
ビルフェルムの目は決然としていた。剣に手をかけなくとも、切り裂かれそうな凄まじい気迫がある。
「ぐっ……。ちっ。やってられるかバーカ!」
ランスは吐き捨てて、帰り際に机の脚を蹴り飛ばし、そのままウルザの部屋を去っていった。
その去っていく様をナイトキャップをつけ、パジャマを着た一人の老人、ダニエルが廊下で見送る。どうやら騒ぎで起きてきたようである。ランスは気づかずに遠ざかっていく。
「あれは……違うな」
ダニエルはウルザの部屋の方向を見ながら呟く。その部屋ではビルフェルムがウルザを色々な言葉をかけて慰めていた。
ダニエルは、聞いてしまったとは言え、このやりとりを以てビルフェルムが偽者であると確信したのである。『さて、どうしたものか……』と、ダニエルは自らの寝室へ歩いていった。
―つづく―