貌なき侵入者   作:OTZ

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嫌がらせ

 ランスがウルザに拒絶されてから数日が経過した。

 

「ウルザ、調子はどうだい?」

 

 ビルフェルムは読書をしているウルザに紅茶を渡す。

 あれから毎日のようにウルザの部屋に来て親交を深めていた。

 

「ええ。兄さんが来てから、大分いいですよ。霧が晴れたみたいな心地……」

 

 ウルザは薄く笑いながら、紅茶に口をつけた。

 

「そうか。本当に良かったよ。正直、最初に会った時、ああはいったけどやっぱり車椅子に乗ってたのみてショックだったから、少し心配していたんだけど。どうやらいい方向にむかってるみたいだ」

 

 ビルフェルムはにこやかな笑顔で、ウルザに接した。

 

「本当に、兄さんが生きててよかった。また、こうして会話ができるなんて夢みたいだわ」

 

 ウルザは心底そう思っていた。実際に彼が来てから彼女は従前の明るさを少しずつ取り戻していっていた。

 

「ああ。僕もさ。脱出に成功しただけ、僕とおなじくかばっていった父上や母上……、その他大勢のみんなの思いは報われたも同じ。きっと笑ってくれているよ」

「ええ……。本当に、そうね」

 

 ウルザはもう一口、紅茶を飲んで兄の顔へ頭を向けた。

 

「ところで、なんだけど……。今のアイスフレームって武器の備蓄や調練の度合いとか、どうなっているんだい? 戻ってきたばかりだし、ちゃんと知っておきたいんだ」

「ええ。サーナキアさんやアベルトが、主に訓練を取り仕切ってます。武器については数だけはランスさんが一応これまでの作戦で確保してくれましたが、質の維持に人手が回ってないというのが現状ですね……」

 

 ウルザはうつむき加減に話す。

 

「なるほど……。そういう感じなんだね。逃亡してたときのツテがあるから、鍛冶屋を中心にあたってみるよ。どれだけ追いつけるかはわからないけど、来たるべき時に備えて常に刃は研ぐにこしておくことはないからね」

 

 ビルフェルムはそう言って片手を頬にやり、手持ちのメモ帳を出して、連絡先を考慮するフリをした。

 

「さすがは兄さんですね。そういう根回し、兄さんが戻ってきたという感じがします」

 

 実際のビルフェルムもウルザや父・セドリックの行う作戦の支えとして、人脈形成や、調達に奔走している。ウルザが信じ込むのは道理であった。

 

「ふふふ。まあね……」

 

 そう言ってビルフェルムは照れ隠しに、後頭部をさする。壁に立てかけてあるボウガンに目を向けた。

 

「おや、あのボウガン、まだとっておいてあるんだ」

「ええ……。まあ、いつも持っていたから、今更手放せなくて」

「そうなんだね……。でも、大丈夫。もう、君は前線に立つ必要はない。長い事ウルザは戦いすぎたんだ。ゆっくりと治していけばいいんだよ。ウルザの貢献を考えれば、一年でも短いくらいさ」

 

 そう言ってウルザの左肩を叩きながら、ビルフェルムは朗らかに笑ってみせた。

 

「ええ……。兄さんが引っ張ってくれるなら。私も安心して任せられます」

 

 その言葉とは裏腹に、ウルザには初めて一粒の違和感がまかれていたが、本人は知る由もなかった。

 

――

 

 ランスは極めて不機嫌だった。

 グリーン隊内はまだマシなものの、日に日に外に出るごとに彼の居心地が悪くなっていった。

 

「ランス様、少しは落ち着いてください。お茶碗や、机も、限りがあるんですから……」

 

 ランスは近頃シィルにだけでなく、物にあたることも増えていった。

 

「うるさい。お前になにがわかるんだ」

 

 そう言ってまたもランスはシィルにげんこつをふるう。

 

「あーいらいらする。なんであのぽっと出の童貞インポ野郎が、俺様より上みたいな面してるんだ。胸糞わりぃ」

 

 ランスのビルフェルムに対する不信・嫉妬は日に日に募っていった。遂にはインポ設定まで付加されてしまった。

 

「よし。俺は決めたぞ」

「な、何をですか?」

 

 どうせろくでもないことだろうなと、シィルは直感したが口には出さなかった。

 

「あいつの化けの皮を剥がしてやる。そして、アイスフレームの連中に俺様の素晴らしさを再度わからせてやるのだ」

「……。具体的に、何をなさるのですか?」

「そうだな。とりあえずあいつの眼の前で毛虫やらなんやら100匹くらいわって突き出してやる。きっと怖がってなんもできなくなるぞ。ぐひひひ」

 

 ランスは脳内でビルフェルムが狼狽するさまを想像して下卑た笑いをうかべる。

 

「はぁ……。ひぃん!」

 

 ランスは再度げんこつを振るう。

 

「リアクションが悪い! 後はそうだな。バナナとかローションを床にばらまくのもいいな。すっころんでピーピー泣きわめくに違いない」

「やめましょうよ……。ビルフェルムさんがかわいそうです」

「うるさい! お前は誰の主人なんだ」

 

 ランスの一喝にシィルは縮こまってしまった。

 

「おい、お前も考えろ」

 

 そう言ってランスは近くで割った茶碗を掃除していたロッキーに声をかける。

 

「そ、そうだすな。あ、ビルフェルムさんの悪口をいうとか……」

「例えばどんなのだ」

「んーとえーと……。あっ、ビルフェルムさんはランス様に比べてブサイクだす!!」

 

 ロッキーが一生懸命に考えて出した答えだったが、ランスの鉄拳がロッキーの頭に炸裂した。

 

「ぎゃん」

「そんな言うまでもねえ、当たり前のこと広めてどうすんだ!! もっと頭をつかわんか」

 

 この作戦会議はしばらく続けられ、後ろで雑事をこなしていた隊員たちは冷ややかな目でみていた。

 

「あんなことしても、隊長が墓穴掘るだけだろ……」

「まあ。言った所でやめる人じゃないでしょうから」

 

 カオルとプリマはそう諦めた視線で見つめ、セスナは相変わらず眠っていた。

 

――

 

「ありがとうございました!!」

 

 定期訓練を終え、隊員たちはビルフェルムに頭を下げた。

 

「うん。中々君たちは筋が良い。今後も頑張ってくれたまえよ」

 

 そういってビルフェルムはスタスタと集会所へ戻ろうとする。彼は現在特定の隊に所属せず、ダニエルと同じ中央付きのフリー隊員となっている。しかし、ウルザの兄であるため、事実上のリーダーかそれに近い地位を着実に得ようとしている。

 するとなんと、頭上から毛虫がバラバラと降り落ちてきた。

 

「おや……。これはまたもったいない」

 

 全く驚きもせず、そういってビルフェルムは遠慮なく毛虫たちを一匹残らず回収し、そのへんの生け垣にリリースする。

 

「ムシたちはやはり、自然の中にいてこそのものですね」

 

 ビルフェルムはそういって満足気にその場を去っていった。

 

「いやー。やっぱビルフェルムさんは優しいなあ」

「さすがはウルザさんの兄だ。生き物を大切にしてらっしゃるわ」

 

 それを見ていた一般隊員たちの評価はうなぎのぼりであった。

 

「ちっ。毛虫じゃだめだったか。おーいシィル。撤収だ」

 

 ビルフェルムから死角になっているところから、ランスは木の上にいるシィルに声をかける。

 

「ひんひん……嫌な思いして集めたのに」

 

 シィルは涙ながらに、ムシかごと一緒に木から降りていく。

 

――

 

「おい、お前、なんでそんなにナヨナヨしてるんだ」

 

 ランスは中央広場でビルフェルムに話しかける。毛虫作戦や、その後何度かやった嫌がらせがうまくいかなかったと見たランスは、直球に打って出る。

 

「ははは……。そう、見えるかな? これでも体格には自信があるんだが」

 

 ビルフェルムはそう言って頭をさすった。

 

「見た目ではない! 心構えの話をしているのだ!」

「心構え……ほう」

 

 ランスにはウルザの件から敵意を持っては居たものの、流石に隊員たちの前ではそれをあからさまにはしなかった。

 

「そんななよっちさじゃ、今のアイスフレームじゃやっていけんぞ。先輩として俺様が鍛え直してやる」

「先輩って……。ランス様、ビルフェルムさんは出戻っただけで本来ならずっと……」

「うるさい。とにかく、鍛え直すって言ってんだ!」

 

 ランスはシィルの言葉を退けて、あくまで強弁を続ける。

 

「どのようなやり方で?」

 

 ビルフェルムは冷静にランスの目を見据えながら訊ねる。

 

「酒だ! 男の価値は酒の耐性で半分以上決まるのだ」

 

 ランスはそう豪語して見せる。当然、その場の思いつきであった。

 

「ランス様お酒そこまで強くな……ひぃん!」

 

 側にいたシィルがそう突っ込んだが、案の定殴られる。

 

「余計なこというな」

「お酒ですか……。あまり良いとは思えませんね。アルコールは適度に摂取して節度ある付き合いを」

「えーいうるさい! とにかくキムチさんのところにいって酒樽もらってくるぞ」

 

 キムチは孤児院長であったが、飲食物管理も行っているため孤児院の近くに食料庫と酒蔵があった。

 

―孤児院―

 

「全くもう。こんなところで飲み比べするだなんて不健全だわ……」

 

 キムチは当然の苦言をランスに言った。

 

「しょうがないだろ。酒樽は重いから、手近なとこつったらここしかないんだから」

「悪いねキムチ。そういうことなんだよ……」

 

 ランスとは対称的にビルフェルムは丁重に謝る。

 

「まあ……。ビルフェルム君がそういうなら、しょうがないけど」

「なんだと。キムチさんまさか」

「変な詮索はやめてくれるかな。早速、はじめようじゃないか」

 

 ビルフェルムは案外乗り気な様子でグラスを持った。

 

「よーし。じゃあ、いくぞ。うおおおおお」

 

 子どもたちの囃す声を背景に、飲み比べがはじまった。

 

――

 

 1時間後。勝敗は明らかであった。

 

「ぐーぐー……俺、俺はまだ、まだのめ。ぐー」

 

 敗者はランスで、寝言を言いながら酔いつぶれていた。

 

「あーもうランス様ぁ……だから言ったのに」

 

 シィルはぐったりしたランスを抱えて、なんとか水を飲ませて中和させようとしている。

 

「やれやれ、ランスは少々……飲みすぎらようだね」

 

 そう言ってビルフェルムは最後の一杯を飲み干した。少し酔っては居たが、意識ははっきりしている。ビルフェルムの完勝であった。

 

「まあ、急患はでなさそうでよかったわい。負けたほうはただの自業自得だしの……。先に失礼させてもらう」

 

 念の為にとキムチが呼び寄せたダニエルは、バカバカしいと内心思いつつ、ため息をついてその場を後にする。キムチは頭を下げて礼をいい、背中を見送った。

 「ビルフェルムすげー」「すごいなあビルフェルムさん……」そんな言葉を背景にキムチは一言呟いた。

 

「す……。凄いわねビルフェルム君。これストレートだから多少お酒強くても、これだけ飲んだらもう少しは酔うものなのに」

「カジノで仕事したって言ったでしょ? その時に鍛えられたんだ」

 

 ビルフェルムはつまみに出されたピスタチオを噛み砕きながら、やや自嘲気味に言った。

 

「そ、そうなんだ」

「ランスはなかなか愉快だが……。やっぱり強引すぎるところがあるね」

 

 そう言ってビルフェルムは立ち上がった。

 

「あら、もう帰るの?」

「ちょっとウルザの様子を見にね。シィルさん。ランスを頼んだよ」

 

 そう言って、シィルの返答を背中に聞きながらしっかりした足取りで出口に向かっていった。もはや酔ってる様子は微塵も見受けられない。

 

「気のせいかしら……ほんとにさっきまで飲んでいたようには、見えなかったけど」

 

 キムチは違和感を抱きながら、背中を見送った。

 

「ごめんなさいキムチさん。いつもランス様が」

「いいのよ……。本人寝てるから言うけど、正直こっちのほうが気は休まるわ」

 

 キムチは微笑みながらランスの頭を優しく撫でる。

 

「そ、そうなのですか?」

「うん。……、ランスくんってわかりやすいから」

 

 シィルはそんな言葉を聞いて再度頭をさげる。世辞と解釈したのだろうとキムチは受け取った。

 

――

 

 ビルフェルムが孤児院からウルザのいる部屋まで歩いている道中、木陰から出てきた一人の女性に話しかけられる。

 

「お見事ですわね。先程拝見しておりましたが、実に素晴らしい飲みっぷりでした」

「ああ、カオルさん。いやいやお恥ずかしい。あんなのはただの鯨飲で、褒められたものではないよ」

 

 ビルフェルムは少しだけ照れながらそう応じた。

 

「まあそんなご謙遜を……。カジノで鍛えられたとおっしゃってましたね。私も自由都市にはそれなりに縁があるのですが、一体いつ頃のお話ですか?」

「何分、隠れていた時期は色々な出来事が多発的におきたものでしてね……。ちょっとすぐには」

 

 ビルフェルムは申し訳無さそうに返す。

 

「そうですか……。では、何ゆえ、今戻ってこようと思われたのですか?」

「説明したと思うけどな。ウルザのケガを知ったからいてもたっても」

 

 ビルフェルムはそう返したが、カオルは鋭く切り替えした。

 

「ウルザさんがケガをされたのは昨年1月ですよ。一年以上も何も知らなかったと?」

 

 カオルは声色は穏やかだが、どこか圧のある言い方であった。

 

「あの後すぐに自由都市まで必死に逃げたから……、ゼスの情報、ましてやレジスタンスの内部事情なんてなかなか入ってこなかったんだ」

 

 カオルは他にもいくらでも反論する材料があった。あなたは人脈でアイスフレームを支えたのではないのか。そもそも、状況的に自らがおとりになる為にウルザを逃がしたのだから、自分のことより妹の安否を気にすべきでは。など言おうと思えばいくらでもある。

 しかし、目的は達したとばかりにカオルは微笑んで。

 

「なるほど……。そういうことならば。致し方ありませんわね。私は、こちらの道をいきますので、では、おやすみなさい」

 

 そう言ってカオルはグリーン隊の隊舎へ向かう。ビルフェルムは特に表情もかえず、引き続き歩いたが、その会話を近くで聞いている男がいた。

 

―続く―

 

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