こんなことが続いて数日後。
ビルフェルムの帰還からおよそ一週間程度が経過しようとしていた。
ダニエルは中央の集会所で極秘に会議を開催する。
「今回集まってもらったのは他でもない。……、ビルフェルムの事についてだ」
劈頭、ダニエルは単刀直入に本題に入った。
「だと思った……。正直、あたしも気にしてたのよ。彼についてはね」
キムチもそれに同調する。ダニエルもキムチもビルフェルムに大きな違和感を覚えては居たが、それを相互に確認したのはここがはじめてのことであった。
「キムチは分かっていようが、あやつはビルフェルムではない。これは単なる勘や直感ではない。生身の奴を知っているからこその確証だ」
「お話の途中、よろしいでしょうか」
二人の会話に、落ち着いた声が間に入った。
「なぜ、私が呼ばれたのですか。所詮私は、一部隊の副隊長でしかないのですが……」
カオルはそう探るかのような声色で言う。
「あの隊長を呼んだところで、まずこないだろう。儂自身、あんな下劣な誘い出しをするのも、ごめんだからな」
「まあ、確かにそれはそうでしょうけど……」
カオルは一も二もなく頷く、
「それだけではない。カオルよ。なにか知っておるだろう?」
「えっ……」
カオルは虚を突かれたような表情をする。
「前から気にしてはおった。知恵も、武力もあるのにわざわざ落ち目の時期のアイスフレームに入隊したこと、時折の唐突な外出……。それに加えて、あの飲み比べの夜の追及だ」
「……。聞いておられましたか」
カオルは少しだけ自分の迂闊さを呪う。
「儂やキムチならわかる。ランスも許容し難いとはいえ、理解は出来る。だが、ウルザにも、アイスフレーム自体にもさほど所縁のない君が、そこまで追及するのは、何か君が他の事情を背負っているからとしか思えぬ」
ダニエルは真摯な目でカオルを見る。眼鏡の奥の瞳からは切実な訴えが聞こえてくるようであった。
「ふう……」
カオルは静かに息をつき、心の中で敬愛する主に詫びる。そして、しっかりとダニエルの目を見据えた。
「私は、ガンジー王の従者です。アイスフレームにはガンジー王の密命により潜入しておりました。今まで隠していたことを、深くお詫び申し上げます」
カオルは二人に深々と頭を下げた。
「そうか……。やはり、そうであったか。あのお方ならば、そうするであろうな」
ダニエルは納得したような顔で頷く。
「ガンジー王の従者……ね。そう言われれば、色々と腑に落ちるわ。優秀すぎるもの、貴女」
キムチはそう言って微笑みかける。
「そういうことならば話は早い。もう既に調べは進めているのだろう」
ダニエルは再びカオルに尋ねた。
「ご賢察の通りですわ。昨年1月の事件につきましては先日ガンジー王直々に再捜査の命がくだり、私の同僚が調べを進めておりました」
そう言って、カオルは懐から書類を何枚かテーブルに出した。
「いつ、どのタイミングでお出ししようか。悩んでいたのですが、こうなれば話は早いです」
「それで、どうなんだ」
ダニエルはせっつくように尋ねる。キムチもおのずとカオルを見る目に力が入った。
「施設管理側も腐敗がひどく、開示に難渋しておりましたが、一昨日になってガンジー王が直々に訪れ、このような文書が提出されました。端的に申し上げます」
カオルの次の言葉に、二人は覚悟を固めた。
「―――犠牲者は211名。その中にはセドリック・プラナアイス氏、コーデリア・プラナアイス氏……、そして、ビルフェルム・プラナアイス氏も含まれると」
二人はその言葉を聞き、天を仰いだ。やはり、間違っていなかったのだと。
「既に遺体は荼毘に付され、遺灰はそれぞれAL教会が保管しております。もし必要とあれば、ここに送ることも可能ですが……」
「もちろん、引き取らせて欲しい。きちんとこちらで葬式も行わねばならん……。だが、これは決定的な証拠となると同時に、時を誤ればウルザを完全に壊してしまう」
ダニエルはカオルの目を見据える。
「そうですわね……。一応、手配はしておきますが。いつ届けるかは、まだ保留にしておくのが最善でしょう」
カオルはそう結論付けた。
「しかし……。”あれ”が偽者っていうなら……、一体どういうことになるの? あれだけ精巧な擬態。人の為せる業ではないと思うけど」
キムチはふと、そう呟く。
「モンスターの中に、まねしたという変身を領分とする種族があります。おそらくはそれによるものではないかと私は推測しておりますわ。ただ、意図や背景がどうも計りかねてまして……」
カオルが顎に手をあてながら思考している。キムチは納得したような表情を浮かべた。
「ここからは儂の推測になるが……。前にランスがウルザに拒絶された時、儂は居合わせておったのだが、あれの言動には決定的にビルフェルムと違うものがあった」
「どんなの?」
キムチが相槌を打つ。
「あれは、ウルザの……部屋に居たランスを、発覚して間もなく斬り捨てるといいおった」
ダニエルは冷静に言葉を選んだ。ウルザが夜這いされていたという事実を直接明言するのは避け、察される程度にとどめ、実際にふたりとも意図を察し、先を暗黙で促した。
「確かに、本物のビルフェルムでも、あんな場面に直面すれば怒りもするだろう。そこはわかる。だが、あやつはいわば”月”であった。仮にランスへ憎悪なり嫌悪を持ったとして、あのような突き放しをするとはどうしても思えぬのだ」
「そうね……。彼ならば怒りを表に出さず、ランス君をうまく誘導するなり、説得するなり……、時間も手間もかかってもそうすると思う。いきなりそうやって強制的に押し出そうとするのは、ビルフェルム君ではないと思うわ。あの子は、たとえ遠回りでも穏やかに収めようとするやさしさがあったもの」
キムチもその点に大きく同意し、目を細め、少しだけ哀愁ただよう表情となった。
「かえって、あれにはそのようなものはなかった。不正義、不義理、不実に対する根源的な怒り。そして何より、異物に対する徹底した排除の意思があった……。よく分からぬが、カオルの言う通り、魔物であるというのであれば説明はつく。そしてあの力強さを見るに、その中でも相当な上位種であろう」
「上位種ですか……。まさか、とは思いますが」
カオルが一つの可能性に思いつき、口を開こうとするがダニエルが掌を開いて制した。
「そこまでは言うな。……。あまり飛躍した事を今は考えるときではない。主軸はあくまであのビルフェルムをどうやってウルザから――アイスフレームから引き剥がすかだ」
ダニエルは額に拳を当てながら言う。それは正しいことであったが、もしカオルの言うことがあっていれば、どうすることもできないことを分かっているかのような口ぶりであった。
――
「シィル。身支度しろ」
その翌朝、隊舎内に誰も居ない時を見計らってランスは唐突に言い放った。
「は、はい……? どうされたのですか急に」
シィルはランスを当惑した視線で見る。
「いいからさっさとしろ! 10分でやらないと前戯なしでぶちこむぞ!」
ランスはシィルを蹴り、いつものように泣きながらシィルは指示に従った。
――
アイスフレームの境界付近のところにまでたどりつく。
「ふうふう……。ランス様ぁ、こんなところまで来て、一体どうされるのですか?」
いつも通り、荷物の全てを担がされているシィルは、苦しそうな息を切らしながらランスに尋ねた。
「帰る」
「えっ、えぇーー!? か、帰ってしまうんですか?」
シィルはのけぞってランスの言葉に反応する。
「なんだ。お前、帰りたがってたんじゃないのか」
「そ、そうですけど……。でも、レジスタンスの皆さんやウルザさんの事などは……」
シィルの問いかけにランスは激昂する。
「やってられるか! 俺様は頼まれてここに来てやったんだぞ。だのに奴らはちょっと外ヅラのいいやつが来たからってちやほやしやがって。あんなところ100万ゴールド積まれたっていてやるもんか!」
ランスは本音を爆発させた。ビルフェルムが来てからというもの、やることなすこと全てが裏目にでており、我慢の限界に達している。
そもそもウルザをいただいている時点で彼の中での主目的はほぼ達成されているようなものだったので、いずれはこうなるのは時間の問題であった。
「ダ、ダメですよぉランス様。ここで帰ってしまっては、今までがんばってきたこと、すべて意味がなくなってしまいます。それに、今ランス様がいなくなったら、ウルザさんや、キムチさん、ロッキーさん、アベルトさんはじめ、皆さんはどうなるんですか! それに、それにここで投げ出してしまうなんて、ランス様らしく……」
「うるさいうるさい!! いいから、黙ってお前は俺についてくりゃいいんだ!!」
シィルの涙ながらの説得にもランスは応じようとはしなかった。
「やれやれ……最近の若者は、根性と言うものがないのう」
そうしていると、ダニエルが林の向こう側から現れた。
「ちっ……。なんだジジイ。邪魔するならそのヒゲごと首刎ね飛ばすぞ」
「まあ、聞かんか。このまま去ればお前の大嫌いなビルフェルムの思う壺だぞ。本当にそれでいいのか」
ダニエルの問いかけにランスは更に怒りのボルテージをあげる。
「思う壺だあ? テメーらにとっちゃウルザちゃんの大事な大事な、兄貴なんだろ? 俺様なしでも十分にやっていけると思ってんだろうが!!」
ランスはそう言って一方的に突き放した。
「それだがな……。儂はどうにも。奴が純粋にアイスフレームの為に動いているとは思えん。奴は今隊のためにもそれなりに仕事はしているが、それよりもウルザの心を掴も……、いや、はっきり言ってしまおう、支配するのに比重をかけているように見える。一年でなにがあったのかは知らんが、もしかすれば奴は、内部崩壊を目論んでるきらいがあるのだ」
ダニエルは敢えてビルフェルムが偽者である可能性は横に置いて説明した。
「フン。だとしても知ったことかよ。俺には関係のないこった」
そう言い放って、ランスは前に進もうとする。するとダニエルは、突然額を地面にこすりつけ、土下座の格好を取った。
「ダ、ダニエルさん。一体どうされ」
シィルの言葉をさえぎり、ダニエルは真摯な声色で話す。
「頼む。残ってくれ。……、アイスフレームに、お前を欠くことはできん」
ランスは冷ややかにダニエルのハゲ頭を見ていた。
「ちっ。ジジイにいくら請われたって、毛ほども嬉しくね―や。行くぞ」
ランスは構わずに進もうとしたが、背後より更に別の声がかかった。
「逃げるのですか、隊長」
カオルの凛とした声であった。隣にはキムチもおり、少し微笑んではいたが、その顔はややこわばっていた。
「今度はカオルとキムチさんか……。俺は逃げるんじゃない。見切りをつけたんだ」
ランスはうんざりしたかのような表情でカオルを見る。
「それは主観の問題でしょう? 私としても、今隊長が抜けられることは、賛同できません。それは逃亡に同じだからです」
「うるさい。なんと取ろうがテメーらの勝手だろ」
「隊長のお考えとしてはそうでも、残る事実は隊長がビルフェルムさんに敵わないと、逃亡したということですよ。あなたは何度となくビルフェルムさんに嫌がらせや勝負をしかけ、それを全ていなされるか、無視をされ、そして今日ここに至った。これを”逃げ”と解釈しない人がどこにいます?」
カオルは極めて冷静に言葉を紡いだ。
「ぐっ……だ、だが」
「あたしもそう思うわ。ここで逃げたらカッコ悪いよ。ランス」
ランスの言葉を遮るように、キムチが畳み掛ける。
「だから逃げじゃねえって言ってんだろ! 見切りをつけたんだ見切りを、俺様は今のあそこに居てやる価値がないと思った! それが全てだ!!」
ランスは思い切り逆上し、土下座したままのダニエルを蹴飛ばし、先に進もうとした。しかし、そこでシィルがランスのマントをつかんだ。それは普段より力強く感じられた。
「放せ。シィル」
「放しません」
その言葉に涙声はなかった。
「放さんか! 俺様は決めたんだ!」
「うっ……うううううう~~~……!!」
シィルはしばらく悩んだ末、思い切ったように言う。
「でしたら……でしたら。私はここに残ります」
「な、なんだと……!?」
ランスはあまりにも突飛なシィルの、震えながらも確固たる意思を持った発言に当惑した。
普段ならば反射的に奴隷にそんな権利はないなどと言い出しそうなものであったが、完全に予想外の反応だったからか、それすら彼の選択肢から消えてしまったのだ。
横からヘベターの爆弾が放り込まれたようにも似た感覚をランスは覚える。
「ランス様には大変申し訳無いですけど……。アイスフレームの皆さんにはお世話になりました。ご迷惑もたくさん、たくさんかけてしまいましたし、お返しできないまま去ることは、できないです」
シィルは極度の緊張を味わいながらも、そう言ってみせる。足は震え、声も震えていたが、紛れもなく彼女の本心の一部である。
「ど……、奴隷にそんな権利があるとで」
しばらく間をおいていつものとおりに戻ろうとしたランスだったが、隙ができたとみたカオルは攻勢をしかける。
「なるほど。シィルさんが残られるならありがたい限りですわ。奴隷としての身分でしたら、それは私が請け合いましょう。身分を解消し、あなたを自由民にすれば済むことですからね」
カオルはそう言いながら、不敵な笑みをランスに投げかけた。勝手に自分が請け合うといったが、そうなったとしても、ガンジー王ならばきっと納得して動いてくれるという計算もあった。
「そうねー。シィルさんは時折孤児院で子どもたちの面倒も見てくれてるし、残ってくれるならあたしとしても大助かりだなー」
キムチもにこやかに笑いながら加勢した。
「そんな手にこの俺が乗るとでも思ってるのか! いいから行くぞシィル!」
ランスはシィルの腕を捕まえて通ろうとするが、カオルによって素早く払いのけられる。
「隊長。それでも強情を張るというなら、シィルさんを保護するため、こちらも本気で抗いますわ」
カオルはランスの前に立ちはだかり、柔術の構えを見せる。
「ぐっ……。ぐぬぬぬぬぬぬ……」
ランスは大きく歯ぎしりをする。カオルやキムチを倒していくのは容易いことだったが、そこまではするのは気が咎めた。
「ランス。お願いだから残って。このアイスフレームのため……、いいえ、ウルザの為に」
キムチはランスにゆっくりと近づき、それまでの軽い様子から一変して、切実な表情で手を取って、頼み込んだ。
「くっ……。わかった。そこまでいうなら残ってやる」
ランスはようやく観念して、残留を決断した。
「ありがとうございます。よくご決断くださいました」
「い、言っとくが違うからな! 俺様はあくまで気まぐれで残ってやると決めただけだ」
「フフ……。ええ。そうでしょうね」
カオルはにこやかに笑いながら言った。シィルもほっと一息をつき、ニコニコと笑っている。
「やれやれ……世話の焼ける男だ」
ダニエルは立ち上がって、白衣についた汚れをパッパッと払う。
ランスは渋々。残ることに決めた。そして、なし崩し的に近日中に行われる会議に出席することも受けさせられる。
反撃への手駒は揃ったとばかりにダニエルは少しだけ髭を動かす。
なお、この夜ランスはキムチを飽きるまで抱き続けた。
―つづく―