「ボウガンを……?」
「ああ。そうだ。いつでも撃てるようにし、かつ会議の時は側に置いておいて欲しい」
ランス残留騒動から数時間後。ビルフェルムが居ない時を見計らって、ウルザの部屋で定期診察を終えたダニエルはそんな頼み事をしていた。
「でも、もう私は……」
ウルザは諦めたような視線をダニエルに投げかける。
「お前の身を守るためだ。ボウガンは剣や槍と異なり、足が使えずとも用をこなせるし、力も弓ほどには必要ない。以前だけでなく、今でもお前には最適の武器だ」
ダニエルは淀みのない様子で言う。
「私でなくても皆がいるし……」
「儂らだけでは間に合わないこともある。特に、近くの会議でもしランスが暴れ出したら、どうなるか分からんからな。そのおさえとしてだ」
そう言ってダニエルは、清潔なクロスや、ワックス、潤滑油、ドライバーやレンチなどボウガンのメンテナンスに必要な部品や道具の入ったボックスをウルザに見せ、彼女の机に置く。
「手は覚えているだろう?」
「え。ええ……。出来るとは、思うけど」
「会議にはまだ少し時間がある。丁寧にやっておけ……、ランスでなくても、暴れるのがおるかもしれんからな」
ダニエルは含みを持たせてそういうと、静かに立ち去っていった。
「はぁ……」
ウルザは少しだけ困ったような表情を浮かべるも、仕方がないかとばかりに車椅子を自力で回し、机に向かった。
ボックスをあけると、日光に反射して少し眩しく見えた。全て新品で買い揃えたようである。
「全く……。こんなことでお金使わなくてもいいのに」
ウルザは車椅子を動かし、腰をかがめて慎重に埃を被っていたボウガンを壁際から取り上げ、久々に自らの相棒に対面した。
それを見ただけで、顔を少し歪めたが、ウルザはそのまま机に戻り、ボウガンを置く。
まず、彼女はブラシで全体の大きい汚れを取り除き、布で丁寧にホコリやへばりついた汚れを清掃していった。
やってみればやはり習い性というやつなのか、自分でも驚くほど手早く、かつ丁寧に放置されていたそれが使える武器にへと少しずつ変化していった。
『なにをやっているのかしら……』
もうこれを自力で撃つことはない。ないと思っていたはずなのに。そう心中がうごめきながら、それでも手は確実にボウガンを作り上げていく。
――
しばらくやっていると、ビルフェルムがウルザの扉をノックした。
「僕だ。いいかい?」
しかしウルザは集中しており、その声は聞こえていないようだった。
少しドアを開けて覗き込んでみると、彼女が熱心にメンテナンスに没頭しているのが見える。
わずかの間逡巡して、ビルフェルムはそっと近くに寄った。
「手入れかい? 感心なことだね」
「わっ……。兄さん。もう、おどかさないでくださいよ」
ウルザはハッと驚いてビルフェルムの顔を見上げ、破顔して接した。
「いやいや。そんなに熱中してるから何かと思えば……」
ビルフェルムはスクエアメガネのレンズを親指と人差し指で少し上げた。
「でも、前に言ったじゃないか。君はもうそれを持つ必要がない。必要がないようにして見せるって」
「え……ええ。でも、ダニエルに言われたから」
ウルザは何の違和感もないはずなのに、今度ははっきりと小さく彼の挙措に違和感を覚える。しかし、自分ではまだ正体に気づいていない。いや。気づきたくないのか。
「ダニエルに……。ああ、そういえば近くに隊長クラス以上を全員あつめた会議があるんだったね」
そう言ってビルフェルムは合点がいったようにうなずく。そのボウガンも護身のためだろうと推察したようだ。
「全く。彼にも困ったものだよ。そろそろ、なんとか考えたほうがいいかもと、思ってた頃合いなんだ」
ビルフェルムの耳には既にランスが引き起こしたアイスフレーム内での大小の事件や騒動が耳に入っていた。仕掛けどきかもしれないとわずかに考え始めていたのである。
「ふふ……。まだランスさんに関する話だと決まったわけじゃないじゃないですか」
「まあ確かにアイスフレームのこれからって、主題をぼかしちゃあいるがね……。でも、直近の問題を見るにそれ以外に考えられるかい?」
ビルフェルムはウルザに問いかけた。
「ランスさんも……。きっとストレスが溜まっておられるのだと思います。もし、そういうことになったのだとしても、私はできる限り慎重な処分を提案するつもりです」
ランスを拒絶してから時間が経過し、自身もビルフェルムのおかげで心が寛解したおかげもあって、その時ほどの強烈な拒絶感情は抱いておらず、そのあたりを考える余裕が出てきていた。
「随分と寛容になったね。あんな鬼畜に、そこまでの情けをかける必要、あると思うかい? アイスフレームは清廉であるべきだと、僕は思うけどね」
「実を言えば、ここ最近に兄さんに仕掛けてきた嫌がらせの話を聞いて、申し訳ないんですが、少し心が和んでしまったのもあるんです……。ランスさんは決してそれだけの人ではないんじゃないかって」
ウルザはあくまでもそう考えていた。そして、このビルフェルムの言い方にもウルザの心の違和感は少しずつ根を張りはじめている。
「そうか……。まあ。ウルザがそう考えているなら、僕は尊重するよ。これ、置いておくから、休憩するときにでも食べなよ」
そう言ってビルフェルムは机の横にあるテーブルに何種類かの菓子をおいた。ウルザの礼をききながら彼は部屋を後にし、そして冷徹な計算を組み始めていた。
――
数日後。遂に運命の会議がはじまった。
ダニエル、キムチ、ビルフェルムといった幹部に加え、隊長格全員が中央の集会所に一堂に会したのである。ランスは案の定ゴネて、めんどくさがっていたがシィルとカオルにより無理矢理引っ張り出される。
「本日はお忙しい中集まりいただきありがとうございます。本日は『アイスフレームのこれから』について皆さんと有意義な議論を進められればと、思います」
まずはリーダーとして円卓の上部中央にいるウルザが発言する。脇二人にはダニエルとキムチが座っていた。ウルザの車椅子の足元にあたるスペースには、手入れが行き届いた自らのボウガンが静かに置かれている。
最初の20分程度はここ一ヶ月の活動報告や、ペンタゴンとの折衝、ゼスの諸問題といった周辺事項を次々と処理していった。
「たくくだんねー会議だな。やっぱわざわざ来るんじゃなかった」
ランスはあくびをしながら、連れてこられた事を心底後悔していた。
「まあまあランスさん。ぼく達は隊長なんですから、きちんと聞いておくことも大事ですよ」
アベルトはいつも通りのにこやかな笑みを浮かべて、ランスに接する。
「そうですよランス様。しっかりお仕事もこなさないと……あいたっ!」
同席させられていたシィルの頭にげんこつが降り注いだ。
「お前はいちいちやかましい」
こんな会話の少し後、ダニエルが話題を切り替えようとした。
「ではペンタゴンについては、そのように現状の距離を保つということとして……。儂の方から議題が一つあ」
「申し訳ありません、その前に僕のほうから、一つよろしいでしょうか」
ビルフェルムの横槍に、ダニエルは眉をしかめたが、様子見優先で一旦席に復した。
「アイスフレームのこれからということで提言したいのですが、規律と士気に関する差し迫った問題について議論したく思います」
ビルフェルムはランスをちらっと一瞥しながら言う。
「規律と士気か……。うむ。確かに重要な問題だ。どれだけ個々が強くとも、それがなければたちまち烏合の衆に成り果ててしまうからな」
シルバー隊隊長のサーナキアがうんうんと頷いて同意する。騎士道精神を重んじる彼女は、紳士的な態度を持つビルフェルムには少なからず好感を持っていた。
「それで、具体的にはどういったことを議論なさるのでしょうか? 隊規の見直しですか?」
ウルザがそう言って促そうとする。
「いくら表面上の規約を律した所で、その意義を踏みにじる人物が居るならば意味をなしません―――あなたのことですよ。ランス隊長」
ビルフェルムはランスに鋭い視線を投げかけた。急に指名されたランスは眠りかけていた所を跳ね起き、椅子から転げ落ちそうに成った。
「なな、なんだと? 俺様が?」
「そうだな。前々から何度注意しても傍若無人な振る舞いや、婦女子への暴行、無断での備蓄からの食料や装備品の消費……。ああ、ボクが思い当たるだけでも両手両足の指じゃとても足りないぞ」
サーナキアはそう言って頭を抱えた。
「なんだとサーナキアちゃん。この前稽古をつけてやったではないか。よくそんな口が叩けるな」
「お前はその後にボクに何をした! 忘れてるとでも思ってるのかーーー!!」
サーナキアは机を思い切り叩いて、ランスを指弾する。
「サーナキア隊長。支持はありがたいですが、個人的な怨恨は後にしてください。ともかく、サーナキア隊長の言ったことに加え、任務先での暴行・強姦、任務外での略奪など目に余る行動が多すぎます。ここはアイスフレームとしては厳正な処罰を下すべきだと、私は考えます」
ダニエルはビルフェルムが一人称を変えたのを聞き逃さず、強い視線を送った。
「そうですね。厳正な処罰となるとやや大げさですが、何かしらの戒めはあったほうが今後の規律維持にも、必要かもしれませんね」
アベルトも意見の趣旨に賛同した。
「なんだと貴様。お前も俺様を裏切るのか」
「ぼくは単に、これからランスさんがここで過ごす上において、少しでも風当たりをよくなるよう思ったうえで言ってるだけですよ」
アベルトはランスの目を見ながら、宥めるように言う。
「この野郎。そこになおれ、今すぐ叩き斬って……」
ランスは剣の柄を掴んだが、それとほぼ同時にダニエルが牽制する。
「やめんか。ここで騒ぎを起こしたら、なおさら立場を悪くするぞ。少しはおさえろ」
「そうですよ隊長。今はおさえて、反論の機会はやってきますから……」
カオルもそういっていきり立つランスの肩を押さえ、なだめようとする。ランスは渋々席に復する。
「そら見たことか。彼の凶暴性は明らかです。やはり厳正に処罰を」
「お前もお前だ、ビルフェルム。ランスの罪ばかりあげつらっているが、それでは公正な言い方とはいえまい。儂も認めたくはないが、奴がこれまで行ってきたサーベルナイトの討伐や、共同銀行襲撃による資金源の確保をはじめとする功績は、決してアイスフレームにとって害となるものではなかろう」
ダニエルはそう言って、ランスをかばう。ランスは少し意外そうな表情をしたが、特に感謝の言葉も言わず相変わらず尊大である。
「功があったからといって、罪を許してしまっては、誰も規律など守らないと思いますが?」
ダニエルはしばし考え、そして思い切ったように核心をぶつける。
その声は冷たくも、静謐で、確かな意思を持った怒りがあった。
「―――ならば、兄になりすまして、妹を誑かし、籠絡しようとするのは罪ではないのか?」
―つづく―