貌なき侵入者   作:OTZ

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訣別の一矢

 

 

 ダニエルの放ったその言葉は一瞬議場は静まらせ、しばしの間をおいた後に蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。

 「ダニエルさんは何をいってるんだ?」「どういうことだ」「なりすましだって!?」そんな疑惑や狼狽の声が会議場中にこだました。

 つきつけられたビルフェルムは少しだけ視線をダニエルの足元にやり、ふうと、落ち着き払って言葉を返す。

 

「なにをおっしゃっているのか。わかりませんね。なりすまし? この僕が、騙りとでも」

「今更言い直しても遅いぞ。儂はたしかにはっきりきいた。”私”とな。何度儂や父君がいっても、その幼めの一人称をなおさなかったお前が、なぜ急にそんなものを使い出したのだ?」

 

 一番動揺しているウルザを横目に、ダニエルは鋭い視線をつきつける。

 

「嫌ですね……。”私”は一年間潜伏していたんですよ? そりゃ多少は考え方や性向もかわりますって」

「ふーん、たった一年でちっちゃい頃からの癖が治るなら、私だって孤児院でこんなに苦労しないけどな」

 

 キムチが冷ややかな視線を投げてダニエルを援護した。

 

「それにお前は終始、会議の場で丁寧な口調で話している。これも父君が何度も言われたことだ。いいかげん公私の区別をつけた口調を徹底させろとな。普段会話しているときはまだ良いが、さすがに公の場では、”素”を隠せんか?」

 

 ダニエルは嘲るように言ってみせる。

 

「兄さ……ん」

 

 この追及の中でウルザはひたすらダニエルの言葉や、ビルフェルムの態度の意味を必死に考えていた。荒れ狂う嵐のように動揺する心を、必死の精神力でおさえつけ、とにかく思考し続けている。

 その中でウルザはこれまでの兄の行動や思考の中で一つの共通する矛盾点を発見し、遂に疑惑が、信頼を上回った。

 しかし、それでも、”兄”を信じ、とりあえずは静観することに決めつつ、ボウガンの感触を確かめている。

 

「やれやれ。どれもこれも言いがかりですね。僕は紛れもなく僕ですよ。なりすましであるという、証拠でもあるのですか?」

「ありますわよ」

 

 ビルフェルムの余裕を崩さない態度に、カオルは凛とした声で応じた。

 

「ほう……どのような? カオル副隊長」

「ビルフェルムさんが失踪した去年1月の救出作戦。そもそも敵の罠にかかってしまい、二進も三進もいかなくなったウルザさんを救うために他の家族の方々が援護され、ウルザさんが救われた代わりに他の方々が犠牲になった。というものでした。ならば根本的な疑問があがります。なぜ、ウルザさんの安否を確かめずに、自分だけ他国へ亡命なさったのです?」

 

 カオルは追及の目線で問いかける。そこに一切の笑みはなく、もはやこの間のような性質でないことを物語っていた。

 

「前にもそんなことを聞いていたね。逃げるのに必死だったのと、他国ではゼス、ましてやレジスタンスの情報なんか、はいらな……」

「それはないわ。それを本当だとして、ビルフェルム君は各国に”お友達”がいるから、自由都市だろうと、リーザスだろうと、何も耳に入らないなんてことはないはずよ……。もっともこれはクローズなことだから私ら親密な間柄でしか知らなかったことだけどね」

 

 キムチがそう少しだけ怒りの色を帯びた視線で言う。

 

「ふっ……。いくら僕でも、逃亡で一文無しになった僕にタダで情報くれるような気の良いやつはいませんでしたよ。買いかぶりすぎです、キムチ」

「あっれえ!? それはおかしいなぁ。おかしいぞぉビルフェルム君」

 

 ここにきてランスが自信満々に発言に加わった。

 

「なにかおかしい点でもありましたか、ランス隊長」

 

 ビルフェルムは湧き上がる不快感を抑えた表情で、ランスに向き直る。

 

「お前ウルザちゃんに言ってたよなあ? カジノ店員で羽振りがよくなったって。しかも入り込む時に偽造師とかいうのまで使ったとか。そんなもんに頼めるほど金があるのに、情報を売ってくれるお友達がいない~? 随分と都合の良い理屈じゃないかね?」

 

 ランスは気取った口調でそうビルフェルムを煽った。

 

「うう……ランス様、完全にいじめっ子の目になってます」

「こういうときは、隊長のいたぶり癖が助かりますね……」

 

 シィルとカオルはそれぞれの視線で意気揚々としているランスをみていた。

 

「情報屋にも色々いるんですよ。金以外にも手段さえ用意できれば……ね」

「いい加減、見苦しい真似はおやめなさい。こちらには決定的な証があるのですよ」

 

 ビルフェルムの言い訳に業を煮やしたのか、カオルが追及を再開する。

 

「ほう。なんでしょうな」

「ダニエルさん。お願いしますわ」

 

 ダニエルに視線を投げかける。待っていたとばかりにダニエルは数枚の書状を提示した。

 

「ゼスの公式資料にこう書かれている。――LP3年1月のスロピム第4二級市民収容所における事件につき、いかのように報告する。死亡 211名。アイスフレーム リーダー セドリック・プラナアイス、その妻コーデリア・プラナアイス――その子、ビルフェルム・プラナアイスにつき、死亡を認める。とな」

 

 ビルフェルムはその資料を遠目から見て、全てを理解したようであった。

 一副隊長に過ぎないカオルが持っているのは不自然であるため、あらかじめダニエルの口から持ち出すよう依頼していた。

 

「ふっ……。なるほど、全てはお見通しと、いうわけですね」

 

 ビルフェルムは天を仰ぎ、全員に聞こえるように呟いた。自白も同然であった。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 それとほぼ同じに、ランスが飛び上がり、切りかかった。ビルフェルムは即座に反応したが、間に合わず、その身を切り刻まれる。

 はずであった。

 

「!?」

 

 頭部に切り込めたとランスが認識した瞬間、見えない壁のように阻まれ、ランスは弾かれた。

 

「イチチチ……。そうか……。随分腕が立つと思ったら、テメェ……魔人だったのか」

 

 ランスは受け身の態勢をとりながら、そう吐き捨てた。

 

 ――無敵結界。魔王と魔人のみが持つ、人と魔を分かつ絶対にして不変の障壁。

 この刹那。ビルフェルムに対する全ての好意や、称賛などは消えて失せた。

 

「――。やむを得ませんね。こういう手段は好まないのですが。オーロラ」

「はいっ!」

 

 突如としてオーロラがウルザの車椅子の側に降り立ち、そして車椅子ごと、ジークのすぐ側に移動させた。オーロラは得意になって、ジークのすぐ横に居た。ダニエルも警戒して己の武器である鉄球を白衣のポケットの中で常に携えてはいたものの、人ならざる俊敏な動きには全く反応できなかった。

 

「えっ……えっ!?」

 

 ウルザは何が起きたか理解できず、視点の変わった周囲を見ている。

 ビルフェルムたちは出口を背にし、いつでも逃げられる態勢となってから口を開いた。

 

「……。オーロラ。ここに至ってはやむを得ません。彼女には”退場”していただきましょう」

 

 少しだけ逡巡したような間を空けて、そう言ってジークはオーロラを目で指示した。

 

「分かりましたジーク様。スパッとやっちゃいますね」

 

 オーロラはウルザの首を折ろうと、頭と首に手を置こうとした。

 

「オーロラ。手荒な真似は感心しませんね。……、ですが、迅速におねがいしますよ」

「えっ。ジーク様、私には言ってる意味が」

「あなたには殺す以外に退場の選択肢がうかばないのですか?」

 

 ジークはやや遠回しな言い方でオーロラに尋ねる。オーロラは意図を理解する。

 

「よ、よしっ分かりました。もうすこし穏やかにしますね」

 

 オーロラは手段をかえ、首筋を狙って手刀をふるい、気絶させようとした。

 

「ファイアーレーザー!!」

 

 その瞬間、シィルは一も二もなく、オーロラの腕を狙って撃ち出した。

 

「あっつーーーー!!」

 

 オーロラは行為を中断し、一瞬身をのけぞらせた。

 

「ようし、珍しくよくやったぞシィル! あとは俺様にまかせろ!」

 

 そういってランスは仰け反った瞬間を逃さず、オーロラに思い切りタックルを仕掛け、そして前にあったウルザの車椅子を力いっぱい蹴り込んだ。

 

「きゃー! なにするのよこの変態緑!! あっちいけー!!」

「がはは。生意気だが悪くない感触だーふにふにふに」

「やーめーろ! 放さないとちんこもぐー!!」

 

 ランスは役得とばかりに、オーロラにセクハラを行っていた。

 ビルフェルムは使徒の失態にため息をつき、その横顔をウルザは見ていた。

 彼女は車椅子から投げ出され、這いつくばった格好となっていた。近くには車椅子から放り出されたボウガンがある。

 

「いつっ……」

 

 投げ出された衝撃で、ウルザは上手く動けなかった。身体に痛みが走り、荒い息をしていた。

 

「ウルザ! 大丈夫か!」

 

 サーナキアはじめ会議にいた面々がウルザを助けようとするが、

 

「近づくな!!」

 

 ダニエルはそう一喝し、全員をおさめる。今こそが、彼女の正念場だと誰よりも理解していた。

 

「兄……っさん」

 

 妹の問いかけに、ビルフェルムは黙ってウルザの方を向いた。その眼差しから、”兄”としてのぬくもりは消え去っている。

 

「全部……、私を……、騙すための嘘だったの?」

「全て、あなたのお仲間が言った通りですよ」

 

 ビルフェルムもとい、ジークは多くを語らず、冷たく言った。

 

「そう……そう、なのね」

「ただ……一つ言えることがあるとするなら」

 

 ジークは暫し考えた後に、言う。

 

「人間たちの生活を少しのあいだ、覗くことが出来、なかなか興味深いものをみせていただきましたよ」

 

 ジークはそう、実験対象にでも言うような声色でそう言った。

 

「ふ……ふふふふ」

 

 ウルザは小さく笑って見せる。ウルザは少し這って、ボウガンの持ち手を掴む。

 

「どうされたのです?」

「やっぱり……。貴方は兄さんじゃないわ」

 

 ウルザはボウガンをゆっくりと自分の目の前に出す。彼女はジークが扮するビルフェルムに感じていた違和感を、人間らしさや、ゆらぎのない、非人間的なものがあると結論づけていた。そして、今、確かに彼女が確信したものがあった。

 

「ほう……。なぜです?」

 

 口調とか、物言いとか、そういうのではないもっと根源的なものがあることを察し、ジークは尋ねる。

 

「兄さんは……、兄さんはそんな、人を人として思わないような事、絶対に言わなかった! 他の人を思いやり、どんな人であっても良心や、思い、尊厳があると信じ、差別をなくそうと固く誓う人だったの! それが、父上や母上のつくったアイスフレームの理念であり、兄さんは……、兄さんはそれを確実に受け継いだ人だったんだから!!」

 

 ウルザはボウガンの近くにおなじく放り出されていた矢入れから、(ボルト)を充填し震えた手で、サイトをビルフェルムの頭に定める。無敵結界があることは理解していても、それでも彼女は、しなければならないと狙いを据えた。

 

「ほう……」

 

 ジークはしっかりとウルザの目を見据える。人というのは、これほど強い眼ができるものなのかと、確かにジークは感じていた。

 

「結界があるとわかっていながら、その意気ですか。素晴らしい……。美しく、気高い」

「うるさい!! 兄さんのその姿で、その声で、そんな言葉を語るなっ!!」

 

 しかし、ウルザには最後の踏ん切りがつかなかった。効かないとは分かっていても、偽者と理解していても、眼の前にいる彼が兄であることに理性か、本能か、小さくともそれが彼女に最後の引き金を引く勇気をためらわせていた。

 

「ふっ……。しかし、惜しいですね。こんな虚仮に惑いを生じさせて、撃てないのでは、人の心など、やはり脆いものです」

 

 ジークは肩をすくめて、残念そうに言う。

 ウルザの肩が震え、精神力も限界に来ていた。結局撃てないまま終わりそうなその時、ウルザの肩に温かい手が乗った。オーロラはランスによって気絶させられていた。

 

「やれやれ。情けないな、ウルザちゃんは」

「ラ、ランス……さん……?」

 

 ウルザはランスの登場に、少しく動揺していた。しかし、大幅に揺れていた精神が、水をかけられた火のように鎮まっていくのを感じている。

 

「しょーがねーから。最初だけは俺がお膳立てしてやる。その代わり、絶対に見誤るなよ」

 

 ランスは這ったままのウルザの肩を持ち上げ、安定しやすい姿勢を作った。

 ウルザの心はその間に平静を取り戻し、再度しっかりとビルフェルムに据える。

 

「撃つのは自分でやれよ。そこから先は、ウルザちゃんの役目だ」

「……はい」

 

 ウルザは静かにそう答えた。大きく一度深呼吸し、トリガーに人差し指を添える。

 

「”人間”の生活を見れて興味深かった……。そう言いましたね」

「……。それがなにか?」

 

 ジークは銃眼の向こうにあるウルザの目をじっと見据える。

 

「ならば、心に刻みなさい。”人類”のしぶとさ、力強さというものを―――!」

 

 ウルザは力強くその言葉を告げた後、心のなかで一言、兄に言葉をかけ、ゆっくりと、しかしついにトリガーを押し込む。その声はもはや車椅子に乗って過去を悔いるだけの少女のものではなくなっていた。

 

 ボウガンの矢はまっすぐジークに向かって突き進むも、やはり無敵結界によってはじかれ、彼には全く意味をなさなかった。

 しかし、それはそれよりも遥かに大きな意味を持っている。

 

「ふう。情報は十分得れましたし……引き際。ですかね」

 

 ウルザの言葉には直接返そうとはせず、そう言ってジークは仕事は終えたとばかりにオーロラを抱え、素早くその場を去っていく。今回の目的はアイスフレームの内訌であるため、ウルザの矢によってそれが完全に否定された彼は残る意味がないと判断した。

 

「あっ、この野郎! 逃げやがった。お前ら、追うぞ!!」

 

 ランスの指示で背後に居る人々を動かそうとしたが、ダニエルが静止する。

 

「やめよ。追った所で魔人が相手。我々には手も足もでん」

「くっ……くそお!!」

 

 ランスは剣を床に叩きつけ、何度も床を足で踏みならした。

 そんなランスを、ウルザはこれまでとは違った、眼で見上げている。

 

―つづく―

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