「……で、すごすごと帰ってきたというのですか」
「面目ない。私の至らなさだ」
魔人領。カミーラの城。
ゼスへの侵攻を目前にひかえたこの時、内訌失敗の知らせを聞いたカミーラの表情は曇っており、それを受け取ってか、彼女の使徒である七星の言葉もどこか棘があった。
ジークは潔く失敗を認め、頭を下げて謝罪するも、カミーラの使徒たちはそれを受け入れてくれそうにはなかった。
「で、でもカミーラ様! ジーク様はあと一歩のところまで……!」
オーロラはジークの前に勇み出て、両手をいっぱいに使って弁明をはかるも、カミーラの爪研ぎをしていた同じく使徒のラインコックが、猛然と返した。
「あと一歩だろーが、結局そのアイスフレームにほとんど傷つけられなかったんじゃ意味ないでしょうが!」
「うっ……で、でも! あの、口のでかい変態緑男さえ邪魔しなかったら……!!」
オーロラはあくまで主人をかばうが、ジークはその黄色い大きな手で制した。
「ふんっ。所詮は人間でしょー? せめて殺してくればいいのにさ、そうですよねカミーラ様」
ラインコックはオーロラとジークを蔑んだ視線を送りつつ、カミーラに同調を求めた。
「……。一つ気になった事がある」
そんな事はさして気にかけてないとばかりに、カミーラは研ぎ終わった指を下げ、隣の指をラインコックに差し出す。
「何でございましょうか?」
ジークはカミーラの眼を見据えながら尋ねる。
「一人……。構成員の中に、アベルトという若い男が、いたそうだが」
カミーラは閉じていた眼を開き、少しばかり関心を持ったのか、静かに尋ねた。
「ええ。まあ、いるにはいたが……。それがなにか?」
ジークはそこが突っ込まれるとは思っていなかったのか、少しだけみじろぎをして返した。
「いや……。そうか……」
そうとだけいうと、カミーラはまた元に戻り、目を閉じ直してラインコックに爪を任せる。
「えっ。カミーラ様。まさか……あのアベルトだって言うのですか?」
「さすがに他人の空似かと……。もう100年近くも姿すら見せないのですよ?」
ラインコックに続き、七星が慎重な意見を述べるも、カミーラは特に動じずに答える。
「良い……。攻め込む甲斐にはなる」
死んだと思われていた自らの使徒を探すという口実を得て、カミーラはほんの少しだけ口元を歪ませる。
ジークとオーロラはそのまま帰され、さらなる侵攻準備に取り掛かるのであった。
――
ジークたちが去って数日後、アイスフレームによって正式なLP3年の事件にまつわる犠牲者の葬儀が行われた。ガンジー王のはからいで遺灰が全て返還され、用意が整ったのである。
葬儀はしめやかに行われ、アイスフレームの面々はもちろんガンジーはさすがに控えたものの従者のウィチタも参列した。ウルザによる弔辞は多くの人々の涙を誘い、彼女自身も本格的な区切りをつけた。
葬儀の夜、ランスはウルザに呼び出され、部屋を訪れた。
「よう。ウルザちゃん」
ランスの言葉にいつもの陽気はなく、少しだけ真剣味がまじっていた。
「来てくれましたか。ランスさん」
車椅子のウルザは読んでいた本を閉じ、薄く笑みをうかべて応じた。
「あー……。そのー……。色々大変だったな」
ランスは視線をそらしながら、彼なりに弔いの言葉をかけようとした。しかし、言い慣れていないためまったく適当なフレーズが出てこなかった。
「いいんですよ。ランスさんからそういうのは。期待してませんから」
「ちっ。なんだよ人が珍しくしおらしくしてるってのに」
ランスは悪態をつく。
「ふふ。人が消沈しているのにつけこんで、色々となさったのはどなたでしたか?」
「……。変わったな。ウルザちゃん」
ウルザの軽口に対し、ランスは少々驚いたような顔で言う。しかし、そこに非難の色はない。
「そうでしょうか?」
「ああ。前に比べれば随分はっきり物を言うように成ったし、度胸もついてる。弔辞のときも堂々としてたしな。……、車椅子乗る前のウルザちゃんってあんな感じだったのか?」
「さあ……。どうでしょう。ただ……。なんていうんでしょうね。一つ自分の中で踏ん切りがついたような、そんな心境なんです」
ウルザは霧が本当に晴れたような、爽やかな顔をして告げる。
「そか。まあ、ちょっとでも立ち直れたんなら、いいんじゃねえか」
「フフ……。さて、本題に入りますけど」
ウルザは少しだけ真剣な視線をランスに投げかける。
「騙されていたとは言え、あの時ランスさんに、色々と酷いことを言ってしまったこと。ここに深く謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
ウルザは深々と頭を下げる。
「おっ。じゃあ、今まで通りえっちなことしても」
「人の話は最後まで聞いて下さい」
ランスの軽口を制し、更に続ける。
「はっきりいいますけど、あのような事は引き続き謹んでください。私はああやって強引にされるのは、いやなんです」
「強引じゃなきゃいいのか?」
「揚げ足をとらない」
「はい」
ウルザの言葉には圧があった。そういう意味でも確かに変わったとランスは感じていた。
「ふう……。それで、一つ、ランスさんに頼みたいことがあるんです」
「おう。なんだ」
「リハビリを……お願いできませんか。立てるようになる、訓練をしておきたいんです」
ウルザからの提案はランスにとって意外なものであった。
「いや……それは構わんが。いいのか? 爺さんとかに頼んだほうがいいだろ」
「いいえ。それでは……だめなんです。ダニエル相手では、どうしても甘えてしまうから……」
ウルザは本格的にリーダーとしての再起を心に誓っていた。そのため、生半可なものでなく、厳しくとも、自らを向上させることを至上命題としている。
「ほーん……。そうか。立てるようになるリハビリってーと色々な所触れるが、いいのか?」
「……。常識的な範囲なら構いません」
ウルザは少し頬を赤く染めて答える。ランス相手にそう言っても、守る気がないことは分かっていたが、その上での依頼であった。
「そーかそーか。じゃ、まず俺様の手を取ってみろ」
ランスは立ったまま、ウルザの顔の前あたりに右手をだした。
「は、はい」
「おーっと手が滑ったぁ!」
ランスはウルザが手を差し出そうとした所を、わざとこけて、ウルザの胸を触ろうとした。
しかし、そこでウルザの肘鉄が側頭部に炸裂した。
「いってえええええ!!!」
ウルザのそれは極めて鋭く、ランスは頭がかち割れるような感覚を覚えた。
「あまり、調子に乗らないでくださいね……? 本調子になったらランスさんの頭蓋すら、ヒビ入れるくらいは出来るかもですから」
ウルザはニッコリとわらってランスを牽制したが、その心中に嫌悪感はなく、晴れやかなものであった。
こうしてウルザとランスの新しい日々がはじまる。
――
「んっ。あら、いけない……」
彼女はふと気が付き、顔を上げた。眼の前には大陸の地図と無数の兵棋。
ランス城、人類軍司令部。人類はランス総統の下、遂に魔軍の主力を人類圏から放逐することに成功していた。
そして今日は、元凶であり、魔軍のトップであるケイブリスを討伐すべく、魔人領へ大規模な反攻を仕掛ける日であった。
「随分と、懐かしい夢だったわね……」
ウルザはフッと微笑んでそう一人呟いた。あれからカミーラダークが発生。それに連動して発生したアイスフレームへの魔軍襲撃で彼女はようやく立ち上がれるようになる。魔人ジークも同じ戦争でランスとウルザの手により、決着をつけた。
そして、マジノライン復旧の功績でゼス四天王を拝命。以来、警察長官や、渉外役としてゼスの再建に尽力し、LP7年の今回の第二次魔人戦争においてはクリームやアールコートと同じ人類軍参謀の一人として多大なる貢献を果たした。
今のウルザにとって、あの当時の出来事は苦くもあるが、自分の一つの原点になった象徴的な出来事として深く心に刻まれていた。
「おーい。ウルザちゃん。そろそろいくんじゃないのか」
出入り口から、総統のいつもの軽い調子の声が耳に入る。
ウルザは愛用しているボウガンの感触をしっかりと確かめ、本当の兄へ一言だけ心中で声をかけて、複雑ではあるが、少なくとも大切な存在である彼のもとへ歩みだしていった。
―終―