【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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一話

「や、やめてくれ! 後生だ、家にはまだ家内が居るんだ!」

 

「――ええい、うるさい! 黙って早くそのボロ屋から出るんだ!」

 

 怒鳴った男は、まさにボロ屋と呼ぶに相応しいバラックの前で仁王立ちしている。後生だと頭を地面にこすりつける男の服はボロボロで、ニホンじゃ浮浪者でもこんな格好はしていないだろう。

 

――彼は誰に頭を下げているのだろうか。

 

 答えはローリダ植民地軍の委託を受けた建設業者だ。つまり、立ち退き交渉――とはいっても、交渉とは本来双方に選択肢があるものだ。少なくとも、俺がいた世界では。

 

 はぁ、とため息をついてベンチからゆっくりと立ち上がる。せっかく休憩に公園に来たのに嫌なものを見てしまったと、この散歩コースを選んだことを後悔する。

 

 基本的人権? 知ったこっちゃねえ!が当たり前のここ、ローリダ植民地『アルカディア』では先の様な光景も珍しくない。私刑だって当然のように行われている。

 

――取り敢えず、本部に戻るか。

 

 後ろで上がる叫び声にうんざりしながら、まだ舗装のできていない道を歩く。十分ほどだろうか。目の前に、まさに豪華絢爛を絵に描いたような建物が見えてきた。先ほどのボロ屋とは天と地ほどの差だ。

 

「エンクルマ中尉! 遅刻だぞ!」

 

「……すみません」

 

 怒声をやり過ごしながら頭を下げつつ会議室に入る。壁の時計を見れば、まだ定刻まで数分残っている。どうやら上官の時計が少し進んでいるらしい。そのことを内心毒づきながら、嫌にふかふかした椅子に腰を据えた。それを見たクソオヤジが、また煩い声で何やらプレゼンを説明し始めるのだ。

 

 そのがなり声をBGMに、こんなオヤジ共に囲まれることになった原因を改めて考えてみる。会議に参加するよりも、こっちの方がよほど有意義だ。意識は、このくそったれな世界に来た直後へと飛んでいた。

 

――気付いたら、ファンタジー世界にようこそ!

 

 突然、別の世界からきたらしい俺は、どこにでもいる普通の大学生だった。泣いている自分に母の手は差し伸べられず――このまま天に召されてしまうのか、と頭の中で乳児死亡率なんて不吉な単語が渦巻いていたぐらいだ。なまじっか頭が働いているせいで不安との格闘が続いた。これってこの世界の常識だったりするの、とまで思ったほどに。

 

 精一杯泣きまくったおかげか、無事孤児院に入れたのは僥倖だった。開幕ゲームオーバーにはならず、院長もいい人だったし、まあすくすく育った。

 

 そのうち魔法が使えるようになる――なんてことも当然なく、普通に微分積分と格闘する日々。魔法のまの字もなかった。

 

 この世界が普通じゃないということは、時が経つにつれ嫌でも理解せざるを得なかった。

 

 まず宗教がヤバかった。洗礼を受けるまでの一年間、本当に死ぬかと思った。国教の名をキズラサ教というのだが、異端審問が猛威を振るっていた頃のカトリックをさらにどぎつくしたものと考えてもらえばだいたい合っている。その頃の俺は、子供心に「前世で何か悪いことをしたのか」と本気で悩んでいた。

 

 教義の内容はまだいい。エゲツないのは、そのキズラサ教を出汁にして『教化』なんて言い出すことだ。ぶっちゃけ帝国主義――外国を片っ端から植民地にしていくやつだ。

 

 現在のローリダはこうだ。近隣諸国とともに産業革命を達成し、重火器を整備してこの世界を順調に植民地化している。だいたい前の世界と同じ歴史を辿っている。

 

――さて、そんな国の出世街道はどこだろう。お金もない子どもの職場は?

 

 答えは、軍だ。

 

 孤児院から高等教育を受けるには士官学校に通うのが一番よろしい。というか、それしかない。前世で国公立大学に通っていた俺に死角はなかった。本屋で一日中参考書を立ち読みするような不遇な時代を経て入学し、気付けば次席卒業。人生バラ色のはずだった。

 

 何でこうなったのか。俺はどこで間違えたのか。

 

 一言でいえば『頑張りすぎ』だろう。次席卒業という目立つことをした上に、学業・見習い期間中に色々とやらかしてしまったことも手伝って、この植民地司令部付参謀に任命されたのだ。一応、栄転である。軍内で期待されている奴は一度植民地に出て経験を積み、また本国に戻っていく。つまりエリート街道を突っ走っているわけだ。

 

 同級生からは羨ましそうな目で見られているが、俺は内心複雑だった。

 

 軍で栄達を極めること――それはいい。お金があって困ることはないし、子供時代にそれはよーく思い知らされた。勲章だって、もらえるなら嬉しい。けれども、それに命を賭けようとは思わない。植民地とはある意味最前線だ。内乱が日々起きていると聞いていたし、そこが不安だった。

 

 結局、比較的安全そうな植民地だったからよかった。しかし赴任早々、また別の問題が浮かび上がった。

 

 本国人の、植民地人への扱いだ。

 

 正直、想像の域を軽く突破していた。人を人とも思わない――そんな言葉が現実になっている場所だったのだ、ここは。路地で暗い目をしている子供たちがどんな目に遭っているのか、想像もしたくないが現実、目の前で行われていることだ。

 

 車で植民地人を引いても、怒鳴るのは車が凹んだことへの怒りだけ。周りの人間も自分のことで精一杯なのか、暗い目のまま関わろうとしない。倒れた植民地人など気にしない本国の車に轢かれて、最終的には路面に貼り付いたまま誰にも気にされない。

 

 平和な日本で育った自分にとっては、軽くトラウマになるような光景だった。

 

――可哀想だとは思う。しかし、俺の手で革命なんてありえない。見て見ぬふり。これが現実だ。誰だって自分の命が一番かわいい。

 

 いつもと同じ自己嫌悪に陥りながら、また溜息をつく。この世界に来てから、どれだけ幸せが逃げていったのだろうか。

 

 椅子が引かれる音が回想から自分を引き戻す。ぼんやりした頭で顔をあげると、皆さんお帰りの様子だ。じゃあ、俺も帰りますか――。

 

 廊下に出て出口へ向かいかけたその時、向こうから歩いてくる人物の顔に見覚えがあった。最初は気にも留めなかったが、その顔立ちを見た瞬間に足が止まる。

 

 金髪に碧眼。すべてのパーツが百点満点という顔をした男が、こんな辺境の植民地をのほほんと歩いている。

 

「……アドルフ?」

 

 思わず呼びかけると、相手も足を止めた。一瞬きょとんとした顔をして、それからすぐに表情がほぐれる。

 

「エンティか。こんなところで会うとは奇遇だな」

 

「奇遇って……お前、何でここにいるんだ。総司令部にいるんじゃなかったのか」

 

「いろいろあってね。急に決まったんだよ」

 

 士官学校以来の腐れ縁、エアーズ=ディ=アドルフだ。飄々と答えるこいつに並んで歩き出しながら、俺は内心でため息をついた。

 

「コネで入った奴のせいで定員がオーバーになった、ってやつか」

 

「察しがいいな。まあそういうことだ」

 

「相も変わらず中央は腐ってんな」

 

「ま、悪いことばかりでもない」

 

 アドルフは少し笑みを深めた。

 

「ここにはお前がいるしな。少なくとも暇で死ぬことはないだろうよ」

 

 こういう時に嫌みなく言えるのが、こいつの性格のイケメンたる所以だ。金髪に碧眼、異世界のバレンタインデーにはチョコが山積みで届くような外見だというのに、それでもどうも憎めない。こいつのせいで俺に女性が寄りついたことが一度もない――と思いたい。こいつのせいで、だ。決して俺の絶対評価のせいではない。

 

「……で、なんでついてくるんだ」

 

「部屋はお前の隣だ」

 

「ああ、そうかい」

 

 至極どうでもいい。

 

 自室の窓からは荒廃した都市が見える。その中にあってこの司令部の輝きは目に痛いほどで、一層、辺りが貧相に感じる。

 

 目の死んだ少女が、植民地軍のナンバープレートをつけた車の行き交う道路脇で所在なさげに立っていた。年は十四、五といったところだろうか。

 

――春を売っているのだろう。そうしない限り、この世界でか弱い少女一人が生きていけるはずもない。

 

 ふと、この土地の来歴が頭をよぎる。アルカディア国――それがここの、植民地化される前の名だ。

 

 険しい山々に囲まれ、ろくに農耕も放牧もできない土地だったという。昔の賢い王様が国を農業中心から商工業中心に転換してから幾百年、交通の要所という地の利もあって大きく発展した。かつて香辛料が高かった頃には貿易で大いに潤ったという。

 

 しかし、栄えた時代は遠い過去となった。近隣諸国が帝国主義化し、自前の軍の弱いこの国は傭兵中心の国防体制を選んだ。『君主論』でマキャヴェッリが強く戒めた、まさにその選択だ。結果はローリダに侵攻され植民地化。こうして『理想郷』の名を持つ国は滅んだ。

 

 ここが交通の要所であることは現代も変わらず、近隣諸国に常に狙われている。それでも比較的安全なのは、現地人の反乱が少ないからだ。俺の目には、もはや反乱する気力もないように見えるが。銃弾が飛び交う前線よりはマシ。俺の見立ては正しいように思われた。

 

「……ひどいもんだ」

 

 思わず漏れた言葉に、隣のアドルフが反応した。

 

「ん? ああ、車の量が多くて排気ガスやら騒音がひどいな。宿舎、他の所に変えた方がいいんじゃないか?」

 

 性格もイケメンなアドルフでさえ、この調子だ。最初から少女が見えていない。というか人間と認識すらしていないのだろう。彼は商人の息子で特別な教育を受けたわけでもない。これがこの国の普通なのだ。

 

 性格の問題ではない。こういった、この世界と自分の感覚のずれを感じるたびに、なんとなく気分が重くなる。

 

――はぁ。今日も順調に幸せが逃げていく。

 

「暇つぶしに何か持ってないか?」

 

「そう言えば、プレイローリダの最新刊を持ってきたぞ」

 

「貸してくれ」

 

「荷ほどき手伝ってくれ」

 

「……しかたがない」

 

 司令部付参謀といっても毎日戦闘があるわけでもなく、基本は暇だ。しかもここは首都から遠い植民地。娯楽施設など一つもない。

 

 この後、荷ほどきに二時間ほどかかった。全身筋肉痛と雑誌一冊。割に合わない取引だった。

 

◆◆◆

 

――ジリジリと鳴るアラーム。

 

 まどろみの中にいた自分を一気に覚醒させる。まだ眠りが足りないと頭が訴えてくるが、このアラームは緊急時にしか鳴らないものだ。いい知らせであるはずがない。

 

 急いで制服を着込んで、ボタンも閉め切れぬまま会議室へ急ぐ。そこには、まばらな人影しかない。急ぎすぎたのだろうか。

 

「おい! 何が起こっている!?」

 

 近くの通信官に大声で問う。アラームの中では怒鳴らないと聞こえないのだ。

 

「北の監視塔からの定時報告が途切れました!」

 

 一瞬で頭が回転する。定時報告の途絶、それだけでも異常だ。しかしこのアラームが鳴っているということは――。

 

「監視塔に向かった小隊がロマリア軍と思われる敵と遭遇し、すでに銃撃戦になっているとのことです!」

 

「……ちくしょう!」

 

 ロマリア共和国――ローリダと同じく帝国主義を掲げ、各地を『開放』している国だ。その実態は『教化』と何ら変わらない。同じ穴のむじなである。そしてそういう国だからこそ、次にどんな行動をとるか手に取るようにわかる。侵攻だ。戦争だ。開戦だ。

 

 その可能性は既に指摘されていた。しかし人間は希望的観測の下で生きたがる生き物らしく、侵攻に備えるという話はついぞ聞いたことがなかった。

 

「その敵がロマリアだという確認はとれたのか!?」

 

「いいえ! 先ほどから小隊と連絡がつきません!」

 

 状況は最悪だ。

 

 ……そういえば、何故こんなに会議室がスカスカなのだ? あのおっさんたちはどこへ行った?

 

 まさか、と思いながらも、最悪の答えがじわじわと頭に浮かんでくる。あいつらの噂を思い出したからだ。

 

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