【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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十一話

 ロルメス議員がその情報を手にしたのは、全くの偶然だった。彼自身は建国以来の名門ヴァフレムス家の一員ではあるが、民生保護局長官という肩書を持つだけで、軍とは何のパイプもない人間である。しかし、そんな彼の耳にすら届くほどの大ニュースが政界に流れたのだった。

 

 その内容とはずばり、『英雄エンクルマの失脚』というものだった。

 

 政界に身を置く者なら、植民地軍と国防軍が二大派閥に分かれて反目していることは常識である。そして長年中央を牛耳ってきたトクグラム大将一派が劣勢であることも、よく知られていた。

 その勢力関係からして、今回の失脚は予想しがたいものだった。むしろ逆であろうというのが、多くの関係者の予想だったのだ。

 

 だから多くの議員は、また中央お得意の情報操作だと考えた。しかし、当日の意見交換委員会に出席していた議員から徐々に内情が漏れるにつれ、どうやら本当らしいと伝わっていった。

 ロルメスもその情報に触れた一人だった。

 

 そんな矢先、彼が個人的に親しくしている高位の将校――名門ヴァフレムス家の縁から、当然国防軍側の人物だったが――から突然連絡が入る。失脚したエンクルマがクーデターを企てている、というのだ。

 その情報を聞いた瞬間、ロルメスは自分の耳を疑った。かの英雄は良心派として内外に名高く、その著作の主張はロルメス自身の考えと大筋で一致していたからである。立ち位置こそ違えど、同志であるとロルメスは思っていた。

 

 看板である家、立場、家族や周囲の人々――公的な場では、エンクルマと自分は完全に反対の側にあった。

 しかし、彼の中には周囲の雰囲気や論理的な思考とは別の何か、強いて言うならエンクルマがこれまで見せてきた姿勢、と呼ぶべきものが、ロルメスに待ったを掛けたのだ。

 

 それはほんの一滴のインクのようなものだった。

 

 ほんの、少しのしこり。

 

 だが、彼の心にポトリと垂れたその一滴は、じわりじわりと染み広がり、徐々に大きな染みへと成長していく。

 そしてそれが、彼をクーデター中とされるエンクルマ一派の総本部、植民地軍総司令部へと駆り立てたのだった。

 

 

「……どうしてもいくの?」

 

 白いネグリジェのような服に包まれたロルメスの妻、ディーナ=ディ=ロ=テリア=ヴァフレムスが、心配そうな顔で玄関まで見送りに来ていた。金髪と丸い碧眼は、見る者に名門ヴァフレムス家の一員らしい深い知性を窺わせる。そんな顔を悲しげに歪ませている彼女を見て、ロルメスの胸が締め付けられた。

 外套を羽織って、ロルメスは黙って頷く。彼自身、何がここまで自分を危険な場所へと駆り立てるのか、皆目見当がつかないままだった。

 

「そう」

 

 ディーナは少し微笑んで、たったその一言だけを呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 議員専用車には、それ専門の運転手が一人付いている。こんな深夜では連絡を入れても無駄だろうとロルメスは覚悟していたのだが、案外あっさりと了承してくれた。もちろん、訝しがられはしたが。

 今からクーデターを起こそうとしている軍の中枢へ向かう、と知らせずに頼むのは騙しているようで気が引けた。だが自分で運転していくというのも、それはそれで不安だった。

 

 結局、運転手に運転を任せて、植民地軍総司令部のあるビル街へと向かう。

 

 深夜の首都アダロネスは、いつもの喧騒が嘘のように静かだった。黄色い照明が道路を冷たく照らしている。

 やがて、道路の先に検問所のような場所が目に入った。こんなところに普段、検問所などあるはずがない。となれば、植民地軍のものに違いない。

 

 運転席の運転手が心配げな顔でこちらを振り返る。

 

 ロルメスは黙って頷き、そのまま検問所へ向かうように指示した。

 

 

 当然、車は検問所の兵士に呼び止められた。ロルメスは自分の心臓が飛び上がらんばかりに脈打つのを感じる。

 コンコンと、銃を下げた兵士が扉を叩いた。ロルメスは抵抗もせずに扉を開ける。

 

「議員……殿でございましょうか?」

 

 兵士は多分に戸惑いを含んだ声色で、ロルメスに尋ねてきた。

 

 高圧的な態度を予想していたロルメスは、その様子に拍子抜けしてしまう。

 奥の方ではバタバタと何やら騒がしい気配がする。後方と連絡を取っているのだろうか。とりあえず、いきなり殺されるようなことはなさそうだ。

 

「ああ、元老院議員のロルメスだ。司令に取り次いでもらえないか?」

 

「し、司令にですか!?」

 

 大声で慌てふためく兵士。その大げさな反応に、ロルメスは思わず苦笑してしまった。

 兵士との間に気まずい沈黙が流れたが、数分ほど経つと、奥から階級が上と見える上官が出てきた。そして兵士を追い払うと、丁寧にこちらに語りかけてきた。

 

「ロルメス議員ですね?」

 

「ああ」

 

「エンクルマ司令に会いたい、とか」

 

「その通りだ。夜分遅くに失礼なのは分かっている。それでも頼めないだろうか?」

 

「……議員は、今の状況を理解しておられるのですか?」

 

 その字面だけ聞けば、脅迫にも聞こえなくもない。しかしその上官は周りの兵士で囲むわけでもなく、ただ静かに、確認するかのように尋ねてきたのだった。

 ロルメスは質問に静かに頷いた。

 

「……分かりました。司令部までお連れします」

 

「……本当か」

 

 頼んだロルメス自身、信じられないほどあっさりと願いは叶えられた。

 

「しかし、運転手の方は……」

 

「分かった。ここでUターンして帰ってもらおう」

 

 ロルメスは車内の運転手に、家に帰るようにと伝える。心なしか、運転手はほっとしている様子だった。

 その際に、妻のディーナへ無事に帰れそうだと伝えておいてくれ、とそっと耳打ちする。

 

 運転手は少し震えながら「御武運を」と答え、深夜の首都アダロネスへと消えていった。

 

 

 

 

 ロルメスはその後、士官用と思われる車に乗せられて検問所を後にした。

 

 両脇は兵士に固められていたが、それほどひどい扱いでもない。あくまで普段と変わらない態度でロルメスは運ばれ、植民地軍総司令部の入っているビル街を進んだ。

 いつも見ているなじみ深いビル街が、ロルメスにはまったく別の都市のように感じられる。電気はすべて消えていて、何かしらの異常が起きていることを物語る。

 それにもまして、街の空気が違うのだ。何と言うか、澄んでいる。

 

 立派なビルに着いたロルメスは、両脇を兵士に囲まれながら一直線に司令部のある最高階へと向かった。道中、兵士たちの好奇の視線にさらされながら、不思議と自分が落ち着いていることに気がついた。

 最高階に着くと、秘書然とした女から説明を受ける。どうやら司令はこのロルメスに会ってくれるらしい。

 

 彼女に通されたのは、落ち着いた応接間だった。

 一分も待たずにコンコンとノックの音がする。慌ててロルメスは立ち上がった。

 

 扉を開けて現れたのは、第一級のキズラサ者にして植民地軍司令、そして"失脚"したというローリダの英雄、ティム=ファ=エンクルマその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロルメスは目の前の人物が、この国きっての英雄だとはにわかには信じられなかった。

 

 この時まで、彼とロルメスとの間に面識はない。とはいえ彼のことはロルメスも当然知っていたし、彼も自分のことを名前ぐらいは知っているだろう、というのは容易に予想がついた。

 ロルメスはその家柄や立場から、この国の要人と会食などで顔を合わせることがしばしばある。そんな中でいつも思うのは、軍人または元軍人の人間は纏う空気が違う、ということだった。今の執政官である第一執政官カメシスにも普通とは違う空気を感じるのだが、それとは完全にベクトルが異なる。

 

 そういう意味では、ロルメスが今エンクルマから感じているのは、執政官側の空気だった。決して現役軍人の、それもこの国きっての英雄とは思えない方向性である。

 

「ロルメス議員、だね?」

 

 確認するように一言一言を発音しながら、エンクルマは右手を差し出した。ロルメスも慌てて右手を差し出す。

 

 遥かに自分よりも皺の多い、年季の入った手と握手を交わし、ロルメスは勧められるがままシックな色のソファに座った。

 対面にはエンクルマが座る。

 

 改めて見ると、彼は本当に英雄らしくない人物だった。何と言うか、彼の身に纏う雰囲気が「英雄」を全力で拒否しているのだ。

 

「いやぁ、先代のジジイを目指してきたんだけど……やっぱりどこか違うんだよなぁ」

 

「ジジイ、ですか……?」

 

 周りの調度品を見渡すエンクルマは、まったく関係のない話を振ってきた。彼の意図が分からず、ロルメスは混乱する。

 もっと言いたいことがあるだろう――そんな心模様とは裏腹に、エンクルマはいつもの雰囲気を保ったまま、世間話をするかのように気負わず語りかけてくる。

 

「ああ、ジジイ、じゃ通じないか……先代の執政官だよ」

 

「執政官……というと、転移当時の?」

 

「そう。あの転移当時、彼は君と同じぐらいの年でねぇ。ホント、無茶ぶりだったよ」

 

 その後も愚痴とも執政官批判ともつかない話が、エンクルマから続いた。ロルメスのその優秀な頭脳はフル回転して、この話題とクーデターの間の関連を見つけ出そうと躍起になる。

 そして彼が立ち上がり、棚から何か機械を取り出したかと思うと、

 

「ハイ、チーズ!」

 

 謎の掛け声とともに、目の前が真っ白に染まった。思わずロルメスは両腕で顔を覆ってしまう。

 何かをされた――背筋に冷たいものが走るも、部屋に乱入してきた兵士の姿などはなく、そこには上機嫌なエンクルマの姿だけがあった。

 

「い、今のは……?」

 

「ああ、ゴメンゴメン。急に撮って悪かったね。ほれ」

 

 そう言って見せられたのは、不思議な光沢を放つ四角い箱だった。

 

 しかも、その箱には鮮やかな写真が貼り付けてあったのだ。そしてその写真には、さっき顔を隠したロルメス自身が映っていた。

 いつ、どうやって現像したのか――頭が混乱する。この時代、写真の現像にはそれなりの設備と、時間と労力が必要なのが常識である。

 

「今のは、写真だよ。それも電気で動く機械製のね」

 

「な、何だと……」

 

 彼の常識では、写真とは『物』の一種だ。

 

「そして、これはかの有名なニホン製さ」

 

 ロルメスは、ここからがこのクーデター騒ぎを含む事件の核心に迫る本番なのだと悟った。

 

 

 

 

 

 

「議員は随分、開明的な思想の持ち主だと聞いているが……」

 

 ロルメスはエンクルマの行動の意味を必死に推し量ろうと頭を働かせる。

 黙ったまま神妙に聞いているように外見からは見えるだろうロルメスを、エンクルマはゆっくりと眺めながら話を続けた。

 

「まぁ、何故こんな時間にこんな所に来たかも、大体は把握しているつもりだ」

 

 ロルメスは思わず息を呑む。

 

「――まったく、アイツには下手な事をするなって言っておいたのに……。ああ、すまない、こちらの話だ。

 で、それで何か用かい?」

 

 エンクルマからの質問は、今更な内容だった。前置きや話の筋からして、彼はロルメスがクーデターについて知っているということを把握しているはずだ。

 それでも、あえてこのタイミングで尋ねるこの質問。

 

 緊張で、ロルメスは自分の喉が鳴る音を聞いた。

 

「……司令は自宅謹慎中では? そう、執政官から伺っていたのですが」

 

「ああ、その通りだよ。でもねぇ、いきなり謹慎ってわけにもいかないでしょ? ほら、ここにも色々な物が置いてあるから、それを持って帰ったりもしたいし、引き継ぎもしないといけないし」

 

 ならば、何故検問などを敷く必要がある――!

 

 ロルメスは奥歯を噛みしめる。

 

「……そういうことですか」

 

「うん。本当はダメなのは分かってるけどね、だからちょっと黙っててくれないかな?」

 

 そう言って笑いかける彼の真意が、ロルメスには分からなかった。

 一拍、二人の会話が途切れる。

 

 ここでクーデターについて切り出すのは簡単だ。しかし、藪をつついて蛇が出るかどうかまでは判断がつかない。そこで、先の機械について質問を投げかけた。

 

 エンクルマは、先の委員会の事や噂は聞いてる? と疲れた顔で尋ねてくる。

 

「ええ。戦争に反対なさっていたとか……」

 

「そう。ニホンはこんな機械が民生品として出回っているような国だよ? そんな国に戦争を仕掛けるなんて、正気じゃないと思うね」

 

「……だから、司令は戦争に反対なさったのですか」

 

「だね」

 

 ロルメスはエンクルマから渡されたデジカメという機器を手で弄びながら、彼の答えを聞く。

 その精巧な作りや、どんな原理で動いているかすら分からないこの機械は、ロルメスに自国との確かな技術格差を感じさせた。

 

 そしてこのような現物を持ってしても、今のこの国の流れを変えるのは難しいだろう、ということまで予想できた。

 ロルメスも議員と利権の関係は、重々承知済みだったのだ。

 

 

 なるほど、だから……

 

 

「だからクーデターをしてでも、戦争を止めようとなさるのですか?」

 

 意を決して質問を投げかけたロルメスは、真っすぐにエンクルマの顔を見つめる。

 

 目を閉じ、じっと黙ったままのエンクルマを待つロルメス。

 

 ロルメスには数分にも感じられた刹那、エンクルマから返された言葉は――

 

「――クーデターなぞ、しない……っ!」

 

 彼自身に言い聞かせるような声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当、ですか?」

 

 顔を歪ませたまま、それを隠そうともしないエンクルマに、ロルメスは最後の確認をする。彼の胸中には安堵にも似た感情が広がっていた。

 

 エンクルマの顔が無表情へと変わる。

 

 髪を掻きむしりながら、彼はぶつぶつと呟き始めた。

 

 

 

「ホント、何だよもう……訳の分からん世界に生まれたと思ったら、いきなり捨てられるし……訳の分からんとこに拾われるし……金、金、金やらなんやらジジイは煩いし、学校? あれは何だ、学校じゃねぇ、監獄だよ監獄。やっと卒業したら今度は糞ったれな上司の前線に飛ばされ、必死に生き残ったら英雄やら訳の分からんこと言われて……ジジイは色々と押し付けてくるし、いつになったら俺は楽させてもらえるんだ……? やっと終わりが見えたかと思ったら何だアイツらは。どんだけ俺が苦労してきたと思ってる……っ! 予算は下りないし、給料は減らされるし、ネチネチ中央の奴らが変な噂を流すし……どっかの女学生か。言いたいことがあれば面と向かって言え。本当に、いい加減にしてくれ……っ! 文句ばっかり言いやがって……!」

 

 

 エンクルマの呟きは最初、聞き取るのも難しいほどの音量だった。だがその声は言葉を重ねるごとに荒さを増し、最後には堰を切ったように怒声となって部屋を震わせた。

 

 

 その変わり様に、ロルメスは唖然とするしかない。

 

 

「どうしたのっ!」

 

 バンッ、という音とともに、ドアからエミリーたちが雪崩を打つような勢いで流れこんでくる。

 目の前の光景に、全員が体を止めた。

 

 ロルメスと机を挟んで、エンクルマは向かい側に座ったまま、一言ごとに机を強打していたのである。

 

「そして今度は日本がきた? 今更すぎる……ふざけるな。来るならもっと早く来てくれ。もう、捨てるに捨てられないところまで来ちまったじゃないか……あり得ない。本当にあり得ねぇよ。子供の頃、どれだけ帰りたかったか……っ!」

 

 エンクルマが机を叩きつけるたびに、上の花瓶が少しずつずれていく。

 

 今まで見たことのない様子に、ロルメスを含めたエンクルマ以外の人物は、言葉を失う。

 

 

「俺は……、俺はクーデターなんか、絶対にしないからな……っ!」

 

 最後にそう言って、エンクルマが拳を振り落とした。端までずれた花瓶が、音を立てて割れた。

 

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