【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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十二話

 目の前には大きな背中が見える。

 休日、家族での夕食が終わった後、こうして父が書斎に篭ってボーっとするのが日課であった。

 

 パイプを時折ふかしながら、父の眺める先には鈍く光る銅の勲章と賞状が恭しく飾られている。本が溢れ、ごちゃごちゃとしたその書斎にあって、そこだけがキチンと整理されているのを見て、子供心に特別な思い入れがあるのだと感じていた。

 

 そしてその父の隣に座って、煙草の匂いを嗅ぎながら武勇伝を聞くことが、休日の夜のささやかな楽しみであった。

 

「お父さん。今日は……?」

 

「そうだなぁ。アルカディアでの話はもう話したか?」

 

「ううん。それってあの勲章をもらった時の話だよね?」

 

 指差す先の勲章を見て、父はゆっくりと頷いた。

 

「そうだ。あの時エンクルマ将軍と一緒であったからこそ、お父さんはあの勲章をもらえたんだよ」

 

「エンクルマって、あのエンクルマ将軍?」

 

「ああ」

 

 頷く父は、その時ばかりは子供のような笑みを浮かべて心底嬉しそうであった。

 

「じゃあ、どこから話そうかな。アルカディアの奇跡って聞いたことはあるかい?」

 

 話し始める父に、高鳴る胸の鼓動を押さえて必死に耳を傾ける。

 

 休日の夜は、こうして過ぎてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スロリア亜大陸ローリダ解放地 植民地ナーラ

 

 

 いつの間にか寝入っていたスロリア駐屯軍第三中隊長のハリー=ワタラ中尉は、夢の余韻に引きずられながら、ゆっくりと覚醒した。

 薄暗い部屋を見回すに、一瞬ここが何処なのか、何時なのかが分からなくなる。が、それも一瞬の事で、すぐさま記憶が蘇ってきた。

 

 意見交換会の結果に、ハリー率いるスロリア駐屯軍第三中隊は蜂起し、植民地ナーラの領主政府を制圧。キビルにいるスロリア駐屯軍本軍に同調を促したのだった。

 

 部屋の電気は消してある。それでも近くのものが視認できる程度には明るいのは、長い夜が明け、朝日がうっすらと差し込んできているからであった。

 朝日に照らされた家具はどれも重厚な雰囲気を醸し出していて、審美観に自信のないハリーでさえ、たしかに価値のあるものなのだろうと感じられた。

 

 それもそのはずだ。この部屋は首都キビル郊外の都市・ナーラを治める領主政府の領主室。すなわち、首都キビルへの食料集積地として発展を遂げた一都市の首長の部屋なのだ。安っぽいはずがない。

 

 もっとも、本来の主である領主はいま別室に監禁されている。今この部屋を支配しているのは、スロリア駐屯軍第三中隊長、ハリー中尉なのであった。

 

 

 うーん、という声が聞こえてくる方へ顔を向けると、椅子で器用に寝入っている男が目に入る。

 ディレ=ティグレ准尉。ハリーと同じスロリア駐屯軍第三中隊の所属で、ハリーの部下であり、士官学校時代の後輩であり、そして妹の良き相手としても親しい間柄であった。

 

 そんなディレが、本国アダロネスから遠いスロリア亜大陸の、それも首都キビルでなく地方都市ナーラへの配属を希望した理由はひとえに、義理の兄であり先輩でもあるハリーがここにいたから――。

 その話を聞いたハリーは、アダロネスに残された妹のことを思って悪いとは思いつつも、胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じたのであった。

 

 二人がこの領主室で何をしているのか。それは、キビル本隊からの連絡を待っているのだ。

 

 

 ハリー率いるスロリア駐屯軍第三中隊が蜂起した直接の引き金は、意見交換会の結果――より正確に言えば、エンクルマが国防軍のドクグラム大将らに陥れられた一件であった。

 だがそれだけが理由ではない。むしろ、彼らをここまで追い詰めたのは、国防軍への積年の恨みつらみであった。いや、国防軍だけではない。予算で彼らを優遇し、植民地軍を蔑ろにしてきた元老院に対しても、積もり積もった憤りがあったのだ。

 意見交換会の結果はただの引き金にすぎず、土壌はずっと前から育まれていたのである。

 

 

 中央への悪感情は、様々な要素によって増幅されていた。

 植民地軍には、国防軍時代に出自やいわれのない理由で冷遇されてきた者が少なくない。彼らが中央の価値観――いや、その根にあるキズラサ教的な価値観に好意的になれるはずもなかった。

 そんな彼らにとって、この組織は居心地のいい場所であった。そしてその居心地の良さがトップであるエンクルマに依るものだということも、彼らは重々承知していたのである。

 

 エンクルマが時の執務官と手を携えて創り上げたこの組織は、彼らにとって正しく新天地であったのだ。古い慣行に縛られない場所――それが彼らの認識であった。だから植民地軍とは、すなわちエンクルマに等しかったのである。

 そのエンクルマが国防軍に陥れられた。それはつまり、自分たちがこの新天地を追われるのと同義であったのだ。

 

 今までの居場所を奪われるかもしれない――。その強烈な不安は、彼らを蜂起させるに十分であった。

 

 

 とはいえ、空気としてクーデターを認める流れがあるのと、実際に動くこととは別だ。

 

 それはもちろんエンクルマが良心派であること。そして、軍がクーデターを起こすという事態に、どこか現実感が湧かなかったのかもしれない。

 しかしその危うい均衡は、ほんの少しの押しでどちらにも転びうる、そんな状態であった。

 

 そして、その一押しを、と主張したのがディレ=ティグレ准尉であった。

 

 

 

『中隊長、いまこそ立ち上がる時です!』

 

 そういう義理の弟に引っ張られ、また中隊にも血気にはやる者が多かったのも手伝って、彼らは最初の蜂起へと踏み切ることとなった。

 当初、ハリーはこの蜂起に消極的であった。植民地軍の空気には同調していたし、国防軍を多少憎くも思っていた。それでもクーデターを起こす――それも他部隊に先駆けてというのには、どうにも踏ん切りがつかなかったのだ。なぜつかないのかと問われても、確かな答えを用意できるわけではない。ただ、子供の頃に父から聞いたエンクルマの姿が、なぜか胸に引っかかるのだった。

 

 それでも度重なる説得に、ついには彼も折れて今回の蜂起となったのである。

 ここ植民地ナーラはそう大きな街ではない。第三中隊の規模であれば、領事館を制圧するのは造作もないことであった。

 

 もちろん、純軍事的に見れば小さな蜂起にすぎない。キビル本隊がこちらに向かえば、一日も持たずに鎮圧されてしまうだろう。

 しかし、目的はナーラ制圧そのものではない。迷っている他の植民地軍部隊に発破をかけることを目的とした、いわば狼煙としての蜂起なのだ。

 

 そしてその目的は成功しつつあると、ハリーは胸の奥でくすぶり続ける違和感とは裏腹に思っていた。

 その根拠は、蜂起の直後に領事館からキビル本隊へかけた電話の一件だ。

 

『やったのか! 本当に、蜂起したんだな!? ――よし、分かった、本国に連絡する』

 

 電話の向こうの彼らもまた、興奮していた。その興奮具合を思うに、やはり彼らも動きたかったのだ。そしてそれを動かしたのは自分たちなのだ――ハリーは不思議な達成感すら覚えるのであった。

 

 

 

 

 そして、今。二人はここ領主室で、キビル本隊からの連絡を待っていたのである。

 

「ふぁー、……よく寝た。こんな椅子まで駐屯地のぼろ椅子とは天と地の差ですねぇ。すっごいフカフカですよ」

 

 ディレが、それまで並べてベッド代わりにしていた高級そうな椅子をポンポンと叩く。

 この椅子一つをとっても、贅沢を極めたようなこの部屋と、毎年予算不足に悩む植民地軍との格差が感じられた。

 

 叩かれた椅子から舞い上がる小さなホコリが、少し強くなってきた朝日に照らされてキラキラと光る。

 その光景に目を細めるハリーの隣で、起き抜けで所在なさ気にしていたディレが、眉根を軽く寄せながらポツリと一言、誰にともなく呟いた。

 

「……クーデターは成功したでしょうか?」

 

 その言葉を聞いてハリーは思う。

 おそらく、成功しただろうと。あの本軍の熱気は、ハリーにそう確信させるほどに熱くたぎっていた。

 

「成功してるとすれば、今頃向こうでは国防軍の拠点や官庁を占拠してる頃だろうか」

 

「でしょうか…… どっちにしろ僕達にできるのは、ただ待つことだけですからね」

 

「国防軍側の反抗はこちらでは確認できていないんだろう?」

 

「ええ。こっちでは圧倒的な兵力差がありますからね。彼らがいたとしてもどうしようもありませんよ」

 

 なぜか自慢気に、ディレは断言する。

 たしかに、ここスロリア亜大陸においては圧倒的な兵力差がある。しかし首都アダロネスでは……と、ハリーの思考がそこまで進んだ時、ディレが補足するように言った。

 

「本国でも大丈夫ですよ。何度も机上演習したでしょう」

 

 ディレとのこの一連の問答は、何度も繰り返してきたものだった。呪文のように同じ話題を口にするほど、これらの事態は既に予想されているし理解もしている――が、結局のところ不安なのだ。

 事態はもう動きだしている。そしてそれは、もはや自分たちの手を離れているのだ。二人にできることといえば、こうして同じ問答を繰り返すことくらいであった。

 

 

 

 

 時間が過ぎる一秒一秒は長く、それでいて一時間は短く感じる。

 ハリーは机に備え付けられた電話をじっと見つめる。この電話が鳴るということは、本軍からの何かしらの連絡があるということ。その一報を、二人は強くなる日差しに耐えながら待っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 依然として連絡のないこの状況に、二人はようやく違和感を覚えはじめていた。

 

「……もうそろそろ連絡があってもいい頃合いですが」

 

「そう、だな。そろそろ――」

 

「失礼します!」

 

 会話の途中、ドアの向こうから飛んできた声に、次の言葉を発しかけたハリーは、そのまま口を半開きにして固まった。

 ピクリ、と二人の動きが止まる。一拍の空白を置いた後、ハリーは入室の許可を出した。

 

 

 

「なにっ!」

 

 兵士の報告を聞くなり、ハリーは領主室を飛び出して階下へと急いだ。

 階下では、制圧したこの建物を警戒する兵士たちが配置されているはずだった。実際、彼らはバリケードを張り銃口を外に向けている。しかし、その顔はみな困惑に染まっていた。

 

 

 ハリーとディレを待っていたのは――

 

 

 

 

「なんだ、これは」

 

 

 

 

 建物を包囲するように、こちらへ銃口を向ける――植民地軍本軍の姿であった。

 

 

『アルカディアの奇跡の時のエンクルマ将軍は……大層悲しそうな顔をしていたよ』

 

 ふと、ハリーの頭に、父から聞いた話の一片がよぎったのだった。

 

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