【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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十三話

「俺は……、俺はクーデターなんか、絶対にしないからな……っ!」

 

 そう言い切ったエンクルマが、拳を机に振り下ろす。その衝撃で、端まで寄っていた花瓶が音を立てて割れた。

 割れた音が、応接間に響く。ロルメスを含めたその場の者たちは、蛇に睨まれた蛙のごとくピクリとも動かない。原因は明白だった。ロルメスや、入ってきた植民地軍幹部たちに囲まれてなお、エンクルマの放つ静かな威圧感が全員を飲み込んでいたのだ。

 さっきまでの温厚そうな人物と同一人物だとは、ロルメスにはにわかに信じられない。それは他の幹部たちも同じなのだろう。一様に、未だ動けないでいる。

 

 十数秒ほどだろうか。停止した時間が、ロルメスには嫌に長く感じられた。

 

「……はぁ」

 

 エンクルマからため息が漏れる。それと共に、先程までのプレッシャーが緩むのを肌で感じた。

 固まる幹部の中で、最初に動いたのは金髪の美しい女性――エミリー参謀長であった。さすがは彼の妻だ、とロルメスはそちらへ視線を向ける。

 

「……エンティ、そうは言っても、もう賽は投げられたのよ。考えてもみなさい。ここでクーデターを鎮圧して、その後はどうするの? 国防軍派――いいえ、ドクグラムのやつに、いい口実を与えるだけじゃないの」

 

 駄々をこねる子供を宥め賺すような、優しい口調だった。エンクルマを諭す彼女の言葉を聞いて、ロルメスはようやくこの状況の危うさを認識した。

 つまり、このクーデター騒ぎは――彼女ははっきりとクーデターと口にしたのだ――成功する最後の段階にまで来ている。そして、エンクルマの周りの幹部たちも他の兵士たちと同様、クーデターに賛成しているのだ、と。

 その証拠に、入ってきた幹部の中には、こちらを胡散臭げに見てくる男もいる。

 

 つまりエンクルマが今、首を縦に振れば、クーデターは本格的に開始される。

 

 そこまで思考を進めて、ロルメスは唖然とした。彼は――エンクルマは先程、何と言っていたか?

 

――クーデターなぞ、しない……っ!

 

 それは、力強いクーデター反対の宣言であった。

 その言葉の意味を噛み締めるほどに、再びロルメスの背中に冷たいものが走る。つまり、今。この時点で。クーデターが行われるか否かが決まるのだ。

 

 まさしく今が、歴史の転換点である――ロルメスは目の前の二人の会話に集中した。

 

「確かに、賽は投げられたのかもしれない」

 

「なら」

 

「それでもっ! その賽の出目を確認するのは俺だ! 俺の役目だ!」

 

 再びエンクルマが、相対するエミリーに大きな声で叫ぶ。

 参謀長は、いつもらしくない夫の勢いに押されているように、ロルメスには見えた。

 

 ひるむ彼女の肩に後ろから手を載せ、交代だとでも言うように出てきたのは、アドルフ副司令である。他の三人の幹部たちは、固唾を呑んでこの状況を見守っていた。

 その外野には、自分自身も含まれている――ロルメスは何とかエンクルマに加勢しようと口を開くが、そこから言葉が溢れ出ることは一向になかった。

 

 この歴史の転換点に、自分は何を間抜け面をさらして、のうのうと座っているのか!

 何とかして、エンクルマの気が変わらないうちに、このクーデターを止めなければいけないのではないか!?

 

 そう思うのに、身体は思うように動かない。今更ながら、ロルメスはそのことに気がついた。

 身体の端々がピンで止められたかのごとく動かないのだ。目の前の男の威容に、すっかり恐縮しきっている。

 

「……エンティ、お前は何をそんなに迷っているんだ。消去法で考えてみろよ。もう、他に手立てはないじゃないか。俺たちは必死に戦争回避の方法を模索した。よく頑張ったよ」

 

「……アドルフ」

 

 エンクルマは下を向いて、しっかりと副司令の名を呟いた。

 その言葉を肯定と受け取ったのか、副司令は笑みを浮かべようとして……それも一瞬で、消え去る。

 

「だから、ダメなんだ。植民地軍は組織として固まりすぎた。閉じこもりすぎた。"家族"になりすぎたんだ」

 

 エンクルマが淡々と話しだす。頭を抱え、静かに、しかしよく通る声で語るその言葉に、応接間にいる者全員が聞き入っているのが分かった。

 

「身内に甘すぎる。今回のクーデターだって、結局は自分のことしか考えていないじゃないか。自分が排除されるかもしれないから――という理由で武力を、それも民から託された力を使うなんて、絶対にいけない。それはただの私物化だ。泥棒と同じだ」

 

 頭を抱えていたエンクルマが顔を上げて、周りを見回す。

 

「それに、クーデターをした後のことは、みんなどう考えているんだ? 一週間、いや一ヶ月そこらは持つだろう。それからどうする? 国防軍のやつらを全員処刑するのか? 一度権力を、それも武力なんてものを使って手に入れた組織は、一気に腐るぞ。今まで抑圧されてきた組織なら、なおさらだ。

 俺は――」

 

 エンクルマは副司令の目を見つめて、こう言った。

 

「――そんな独裁者に、俺はなりたくない」

 

 訪れる沈黙。

 止まった時間の中で、ロルメスは先の言葉の意味を考えていた。

 

『固まりすぎた。閉じこもりすぎた。"家族"になりすぎた』

 

 ――確かに植民地軍は、他の代表的な官僚組織に比べても、結束力の高さで有名だった。

 

『植民地軍で信じられているのは、キズラサ教ではなくエンクルマ教だ』

 

 そう言われるほど、同じ軍事組織である国防軍と比べてさえ、植民地軍の結束は圧倒的な強度を持っていた。

 先の言葉は、そういうことを示していたのだろうか。植民地軍の、排他的とまで言われる強い結束力が、今回のクーデターを引き起こしたのだと?

 

 結局、それが原因だとして。その結束はどこから来るのだろうか。エンクルマのカリスマか?

 

 ――違う。植民地軍にあって他にないもの。それは、外からの害意、敵意だ。

 

 組織は、いや集団は、それ自身を構成する単位の個性や、その割合から結束力が生まれるわけではない。むしろ、それ自身の内容ではなく、それと他との間に引かれる線、溝。そういったものがその集団を規定し、結束を強化するのではないか。

 人間は、自分とは何か、という問いによって自分の立ち位置を確認するのではない。何と違うのか――その問いによって、自分自身を形作っているのだ。

 

 結局のところ、彼ら植民地軍がこうしてクーデターを起こしたのは、周りからの有形無形の害意、悪意が原因なのだ。

 それは同じ軍事組織で、予算を食い合う関係の国防軍との間で顕著に見られたものだが、それだけではない。

 彼らへの予算を決める元老院。キズラサの価値観にそぐわない者さえ受け入れる植民地軍に向けられる、民衆の仄かな蔑視。

 そういった小さなことから大きなことまで、あらゆる事が彼らの結束を固め、今回のようなクーデターにまで追い詰めたのではないだろうか。

 

 だとしたら……彼らが武力を持って立ち上がった時に起こるのは、既成の価値観の破壊だ。それはキズラサ教の破壊、あるいはそれに近い状況を意味する!

 

 そんな混乱した状況になれば、間違いなく多くの死者が出る。最悪、内戦の道に突き進むことになるかもしれない。まさしく、亡国へと続く道だ。

 だからこそ、彼は自制したのだ。暴れ出しそうな部下たちの、甘い甘い誘いを断って。自分の身を、確実に削って。

 

 ――ああ、何たることだ。彼は確かに、一級のキズラサ者だ!

 

 少し潤んだ瞳で、ロルメスは未だ見つめ合う二人を見守った。

 

 痛いほどの緊張の中。副司令のふぅというため息で、張り詰めた糸が緩む。いたずらを見つかった少年のような、どこかバツの悪い顔をした副司令が、ふてくされたように頭の後ろを掻きつつ、声を上げた。

 

「あー、分かったよ、分かったよ!」

 

 その言葉を聞いたエンクルマは、ありがとう、とたった一言呟いた。

 副司令はその言葉に、ふんっと軽く鼻を鳴らして、不機嫌そうに続ける。

 

「それで? そこまで言うからには、これからどうするか考えているんだろ?」

 

「ああ、一応はな」

 

 言葉を交わす二人を、後ろの幹部たち、それに自分を加えた四人が静かに見守っていた。彼ら幹部の顔つきから察するに、不安そうなのは、この騒ぎがどこに着地するのか予想できていないからだろう。御多分に漏れず、このロルメス自身も内心ヒヤヒヤしていた。

 副司令は明らかに、エンクルマ司令の意向に不服そうな様子だ。この返答しだいでは、彼の説得をまた再開するかもしれない。もしくは――

 

 エンクルマ司令に代わって、自分でクーデターを完遂させるか。

 

「もう、戦争を回避するわけにはいかなくなってしまった。そして俺は、国防軍のドクグラムの奴らに、もう少しで袋小路に……いや、もう舞台から下ろされたも同然だ。そうなれば、形振りかまっている場合じゃない」

 

「ああ、そうだ。お前や俺たちで創り上げてきた植民地軍は、もう崖っぷちなんだ。だから――」

 

「――ああ。だから、兵士たちには悪いが、彼らには死んでもらう」

 

「なっ……!」

 

 驚きの声は、誰が発したのだろうか。

 確かに言えるのは、その言葉に面食らったのが自分だけではない、ということだ。

 

「でも」

 

 エンクルマ司令は言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

 

「無駄死には、させない」

 

 その時の司令は、なるほど確かに、常人離れした迫力を持っていた。

 

 

 

「それは、どういうことだ?」

 

 エンクルマ司令の迫力にも負けない怒気をもって、副司令が静かに理由を尋ねる。二人の間の空気は、実際に熱を帯びているかのようだった。

 その濃い空気に当てられたのか、そばで身じろぎ一つできない自分でさえ、冷たい汗が額を伝う。周りの彼らも、顔を青くしていた。

 

「圧倒的な敗北をもって、国防軍の力を削ぐ」

 

「……」

 

 司令の言葉に一瞬、目を丸くしたかに見えたアドルフ副司令だったが、やがて目を閉じ、腕を組んで考え込んだ。

 その様子を見たエンクルマ司令は、畳み掛けるように言葉を重ねる。

 

「今回のクーデターの責任をとって、俺は今の職を辞任する。そして――今はまだ噂程度かもしれないが、その時に、俺が今回の戦争に反対だったということを明確にする」

 

 淡々と述べるエンクルマ司令の目は、アドルフ副司令の顔をしっかりと見据えている。

 

「今回の戦争に、俺は一貫して反対だった。俺と今回の作戦とを分離する、それも民衆の目に見えるようにしないといけない。責任をすべて、明確に国防軍へ帰せる状況に持っていくこと。それが勝利条件だ」

 

「……今の世論を見てみろ。そんなことを明言すれば、批判の嵐だろうよ」

 

「だろうな」

 

 ようやく目を開けたアドルフ副司令に、エンクルマは苦笑気味に笑いかける。

 

「英雄から一晩のうちに、卑怯者に転落するだろう」

 

「それを分かっていても、か……」

 

「ああ。今の状況から打てる最良の手は、これしかない。大局を見ればな」

 

 アドルフ副司令は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 その顔にはもう、いつもの軽薄そうな笑顔が浮かんでいる。

 

「……分かった。お前の作戦だ、成功するんだろ?」

 

「ああ。成功させなければ、膨大な数の兵士が、それこそ無駄死にする。絶対に成功させなければならない……これだけは」

 

 ぐっと拳を握るエンクルマ司令を見て、ロルメスはようやく、彼が皆の尊敬を集める将たる所以を見た気がした。

 やはり彼は、凡百の将とは一線を画する存在なのだ。

 

「今回の騒動で、俺と」

 

 エンクルマ司令が指さしたのは、エミリー参謀長だった。

 

「エミリーが、職を辞することにする」

 

「なんで、私も辞めることになるのか聞いていい?」

 

「ああ。エミリーも国防軍の奴らに目を付けられているはずだからな。それに、エミリーは俺の妻だ。ここに残ってもどうせ飼い殺し、もしくは辞めさせられるかもしれない」

 

「かもしれないわね」

 

 エミリーは顎に手をあて、考えこむ。

 

「エミリーは、意見交換会でも噛み付いていたからな」

 

 笑いながら、アドルフ副司令が彼女に言う。

 

「と、いうと、俺が残ってなんやかんやするってことか?」

 

「ああ、理解が早くて助かるよ、アドルフ」

 

「当たり前だ。何年の付き合いだと思ってる」

 

 笑顔を交わす二人に、ほかの幹部たちもようやく人心地ついたようで、和やかな空気が流れる。

 

「一応、お題目として指揮系統の統一とでも言って、アドルフたちの植民地軍司令部には国防軍の奴らが送り込まれてくるのは確実だ。アドルフはそいつらと適当に合わせてくれ。そうだなぁ……」

 

 少し考え込んだエンクルマが、口を開く。

 

「俺と仲違いした、という設定にでもするか」

 

「ま、それもいいかもな」

 

 ふんふんと、副司令は頷く。

 

「もう一つ、頼みたいことがある」

 

 エンクルマは更に言葉を続けた。

 

「前線に詰めるのが国防軍の奴らになるよう、誘導してくれ。言い換えれば、植民地軍は後詰め、後方支援に回す。あいつらのことだ、先鋒の栄誉、なんて言っておけば、調子に乗って先走るだろう」

 

「かもな。了解」

 

 おどけて敬礼するアドルフに、苦笑しつつエンクルマは答礼する。

 

「さて」

 

 エンクルマが、残った幹部たちに向き直る。

 彼らは――特に若い幹部の一人は、背筋をピンと伸ばして司令の言葉を待った。

 

「サムスには、引き続き情報部の統率をしっかり頼みたい。それと、スガルの彼らにはニホンの件で、もう少し働いてもらう。詳細は追って知らせるよ」

 

「分かった」

 

 サムスはいつものように、鷹揚に頷いた。

 

「ニコール。兵站は今回の戦争で大きな役割を果たす。国防軍の奴らも、スペシャリストのニコールを外すようなことはしないだろう。彼らが十分に闘えるように、そして華々しく散れるように、兵站をしっかり頼む」

 

「了解」

 

 思ったよりしっかりした返答と敬礼に、エンクルマは調子を外されたように少しまごついて、答礼を返す。

 

「ハーレン少佐」

 

「……はい」

 

「すまない。君には、迷惑をかけることになるだろう」

 

「……いいえ。閣下は十分、努力なさいました。死にゆく兵士たちも、自分たちがこの国を正す礎となることを知れば、そう悪い気もしないでしょう」

 

「そうか」

 

 一瞬の空白。

 そして、エンクルマは真っ直ぐにハーレンの目を見つめて言った。

 

「生きて、また会おう」

 

「……はいっ!」

 

 

 

 こうして、これまで植民地軍を誕生から支えてきた体制が、瓦解することとなる。

 

 後の歴史家たちは、エンクルマの起伏の激しい人生を『物語より物語的だ』と評した。中でも、彼が対ニホン戦争の直前にその職を投げ出したことについては賛否両論あるが、ある著名な歴史家はこう評している。

 

『彼の放つ光はまぶし過ぎて、人々の目を眩まし続けていた。そして彼が隠れ、光を失って、再び人々の目が暗闇に慣れた時。ようやく人々は光の大切さに気づき、彼を探し始めたのだ』

 

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