【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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十四話

 会見場所となった植民地軍総司令部のビルは、様々な人種の人々でごった返していた。

 ただでさえ、先日未明に起きたクーデター騒ぎ――いや、クーデターを聞きつけた新聞社やラジオなどのマスメディアは、すっかり浮き足立っていた。朝の配達には間に合わず、ことの重要性からして飛ばし記事にもできない大手各社は、泣く泣く朝刊掲載を見送った。一方、弱小メディアはあやふやな情報のままに掲載を決断していた。

 

 民衆のほうは、朝の通勤や通学で出会う者と噂を交わす程度で、取り立てて特別な反応は見られない。そんな噂話より現在進行形の生活のほうが大事であって、せいぜい昼休みに雑誌や、記事の載った小さな新聞を持ち寄って話す程度であった。

 つまるところ、皆は正確な情報を欲していたのである。

 

 新聞各社は、総動員で情報収集に努めた。

 近い議員に事の真相を聞きに行く者、実際に現地まで飛んでみようとする者……さまざまな記者がいたが、その中には、事件の渦中にある植民地軍本丸へ直接聞きに行く猛者もいた。

 彼らが植民地軍総司令部の入るビルで耳にしたのは――今日正午から始まるという『記者会見』なるものの開催情報であった。

 

 記者会見?

 

 ビルで実際に聞いた記者も、彼らから聞いた本社デスクも、『記者会見』なるものの実体を思い浮かべられずに首を傾げた。

 反応はもっともだった。ここローリダにおいて、情報入手の手法は限られていたからである。事件が民間のもので、国の機関などが絡まないものであれば、記者の足――つまり聞き込みで何とかなったし、それが主流であった。

 しかし、こと大事件ともなれば、彼らマスコミといえども記者全員で歩き回って聞き込むわけにはいかない。特に官僚組織の不祥事や事件となると、聞き込みだけで真相に迫るのは難しい。

 

 結果、彼らが情報を得る最良の手段は、議員や関係する組織内部の人物を通じてのものになる。

 これはその事件で誰かが不利益を被る――その不利益を喜ぶ別の人物がいる――という時に限って使える方法ではある。だが、そうした利害関係のない事件は意外と少なく、大抵の場合この手は生きてくる。またこの情報源の傾向から、新聞の姿勢や立ち位置というものが自ずと決まってくるのであった。

 もっとも、この手法はある理由から批判もされていた。個人的な人物から得る方法であるが故に、そこに個人的な感情が介在し、腐敗の温床となりうるという指摘である。

 

 確かに、その通りだ。これに対して彼らは「相対する双方両方につながりを持っていれば防げる」と答えるのが常だった。

 だが、この場合――政局だけでなく、被害を受けるのが国民であって、その間に被害者が介在しないようなケース――には対処できないという純然たる事実は、しばしば無視されがちであった。

 

 

 そんな彼らであるから、今回の事件の難しさはよく理解していた。

 今回のクーデターは、ある意味で植民地軍全体の失点である。となれば、彼ら内部からの情報は出てきにくい――というのが、彼らの中での常識であった。もちろん軍に近しい筋からの情報も期待できるにはできるが、信頼性という意味でも内容という意味でも、薄いものになりがちである。

 

 その時である、記者会見の内容を彼らが聞いたのは。

 

 あの植民地軍の最高責任者、エンクルマ司令が記者の前で事の真相を話し、あまつさえ記者の質問まで許すというのだ。

 

 彼らは息を呑んで、会見が始まるのを一日千秋の思いで待っていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ローリダ共和国 七月十五日 首都アダロネス 植民地軍総司令部ビル

 

 

「これより、エンクルマ司令による記者会見を始めさせていただきます」

 

 いくつもの部屋をぶち抜いて、急遽作り出された感のある大広間。その奥には、長いテーブルと安っぽい椅子が二、三脚置かれていた。

 横では広報官と思われる女性が、声をマイクで増幅させ部屋全体に響かせている。部屋の端々には「整理」と書かれた腕章をつけた植民地軍兵士の姿も見えた。

 

 広報官の大声にもかかわらず、部屋にいる記者や報道関係者たちは囁きを止めようとしない。

 話題の大半は、直前に迫るエンクルマ司令についてのものだ。その中にはエンクルマ司令に近い植民地軍寄りの新聞もあれば、もちろん国防軍寄りの新聞もある。

 

 しかし、誰もクーデターを起こしたとされる植民地軍の兵士に囲まれていること自体は、気にも留めていないようだった。

 

 ざわめく人だかりは、その人物が部屋に姿を見せた途端、一斉に水を打ったように静まり返る。

 まるで消音された映像を見ているかのような光景であった。エンクルマ司令が席の中央に座ると、目に見えそうな量の視線が突き刺さる。それにもかかわらず、クーデターを企てたとされる軍のトップは、堂々としているように見えた。

 

 再び広報官が記者会見の開始を宣言したのち、マイクはエンクルマの手に渡る。

 

「えー、今から記者会見を始めさせていただきます」

 

 そう言ったエンクルマは、目の前の机に置いてあるコップから、水を少し舐めるように飲んだ。

 

「最初に一応、自己紹介を。私の名前はティム=ファ=エンクルマ。ローリダ共和国植民地軍総司令官、でした」

 

 その過去形に終わる言葉に、一瞬、会場が少しざわめきかけるも、それもすぐに止む。

 彼らはその時、全身でエンクルマの言葉を一言も漏らすまいと集中していたのだ。

 

「知らない方も多いと思いますが、先日の意見交換会の結果、私、エンクルマは謹慎する予定でした。しかし、その夜――遠いスロリア駐屯軍第三中隊の都市ナーラにおいて、蜂起が、つまりクーデターが発生いたしました。その直接の原因は、この私の謹慎処分だと思われます」

 

 そこで話を一旦切ったエンクルマは、反応を伺うように、多くの人で埋まる部屋をぐるりと見回した。

 実質、植民地軍の長であるエンクルマからクーデターという言葉が出たことに、記者たちは動揺の声を上げなかった。やはり、そのあとに続く言葉を必死に聞こうとしていたからである。

 

「その報を聞いた私はすぐさま鎮圧を指示し、本日午前八時ごろ、中隊長であったハリー=ワタラ元中尉、ディレ=ティグレ元准尉の自害によって、事態は収束いたしました」

 

 ここでまたエンクルマは、コップに口をつける。今度は、水の入ったそれを飲み干し、話を続けた。

 

「その責任と……今回の戦争への抗議の意味も込めて」

 

 一拍、彼は言葉をためた。

 

「私は、植民地軍総司令官の職を辞することにいたしました」

 

 そこで初めて、彼を囲む記者たちの間に、動揺のざわめきが起こったのだった。

 

 

 

「それでは質疑応答を始めさせていただきます……では、質問のある方は挙手を」

 

 その言葉を皮切りに、目の前の席――記者の多さから選ばれた各社の代表たちが座る席――から、一斉に手が上がる。

 その後ろでは、ちょっとした人の混乱が起きていた。先の情報をいち早く本社に届けようとしたのか、記者などの関係者が出口に殺到したからである。

 しかし全体から見れば彼らは少数派で、多くの記者はまだこの熱気のこもる部屋に残って、エンクルマの言葉に耳をそばだてている。

 

 

「ローリダ中央新聞のシアカです。エンクルマ司令は、今回の戦争への抗議の意味も込めて、とおっしゃいましたが――その戦争とは、次の対ニホン戦争のことでよろしいでしょうか? また、その……意見交換会での謹慎の件は、やはり司令のその戦争への敢闘精神の低さが問題とされたのでしょうか?」

 

 記者の質問を、真面目な顔で頷きながら聞いていたエンクルマは、マイクをとって返答する。

 

「対ニホン戦争に反対の立場である、ということです。そして、謹慎の件ですが……」

 

 ここでエンクルマは、一度考える素振りを見せた。

 

「……意見交換会での私の作戦を、国防軍は、いえ、ドクグラム大将はお気に召さなかったようで、一蹴されました。彼らと私の確執は皆さんもご承知の通りです。

 彼は、私の推測するところによりますと、第一執政官カメシス閣下にあること無いことを吹き込んだのでしょう。結果、閣下は判断を誤り、私に謹慎を命じられました。ご承知の通り、カメシス閣下は軍事に詳しい方ではありません。だからこそ、閣下を補佐すべく我らがいるのですが……」

 

 エンクルマは仰々しく、首を横に振った。

 

「カメシス閣下は、君側の奸に騙されているのです。彼らを止められなかったのは、返す返すも残念です」

 

 エンクルマの言葉に会場がざわめいたのには、それなりの理由があった。

 エンクルマが国防軍を批判すること自体が珍しい。しかも、ドクグラムという個人名を挙げての攻撃である。彼の人格イメージにも反する行為だ。

 ざわめく会場を無視して、エンクルマは次の記者を指名する。

 

「先ほど、エンクルマ司令は戦争に反対とおっしゃいましたが――その理由を教えていただけますか?」

 

「簡潔に言うと、勝てないからです」

 

 言い切るエンクルマは、さらに言葉を継ぐ。

 

「勝てない、というより負ける。それも圧倒的に、です」

 

 驚きもある程度を超えると無言になる――ということが、その時、部屋で再現された。

 一瞬の静寂。その後の、怒号にも似た喧騒。

 

 それはギリギリまで縮められたバネのストッパーが外れたかのごとく、圧倒的な奔流となってエンクルマへと降り注ぐ。本来質問が許されていないはずの他の記者たちまで、雪崩を打って質問を浴びせかけた。皆が同時に問えばどれにも応えきれないのは分かっていただろうに、それでも記者の性に逆らえなかったのだろうか。

 

 兵士たちが場を静める間、エンクルマは目をつぶり、腕を組んだまま、椅子に座って微動だにしない。

 

 数分後――静まった会場で、ある女性記者が肩を震わせながら、エンクルマの方を睨めつけた。

 

「し、司令は……教化事業にも反対なのですか!? ニホンのような蛮族に尻尾を巻いて逃げろと!? 彼らの愚昧な文明に飲み込まれようとするスロリア原住民を、見捨てよと仰るのですか!?」

 

 鼻息荒い彼女を、前列に座る他の記者たちは白い目で見ていたが、彼女は気にしない様子であった。

 彼女の視界は、目の前の堕ちた英雄――エンクルマだけに固定されていたのだから。

 

 彼女の激昂とは対照的に、エンクルマは冷ややかなほどに落ち着いて答える。

 

「いえ、この国の国是である教化事業まで否定する気はありません。大体、今まで教化事業を推進し、また維持に心を砕いてきたのは植民地軍ですよ?」

 

 もっともな言葉に、彼女はぐうと呻いた。

 

「私が言いたいのは、彼ら、ニホンは今までとは違う――そう申し上げているのです。戦争という手段一つだけで見るのではなく、文明国らしく……対話から入るのも一興ではないですか?」

 

「そんな……ニホンが一等の文明国だとでも……?」

 

「あー、そう受け取りましたかー」

 

 エンクルマは、言葉を選んでいるようであった。

 

「私が見たところによると……」

 

「というと、司令は……」

 

「だからですね……」

 

 

 

 エンクルマの会見は、最初の予定である一時間半を大幅に超えて、三時間にも及ぶ長丁場の末、終了した。

 『記者会見』という今までに類を見ない方法で十分な情報を得た記者たちは、その豊富な情報を活かして熱い論説を繰り返した。すぐに瑣末な出来事は隅に追いやられ、これからの数週間、エンクルマの一連の出来事がマスメディアを埋め尽くすこととなる。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ナードラは家に備え付けられているテレグラフ機の前で、報告が届くのをじっと待っていた。

 ナードラが植民地軍のクーデターを知ったのは、他の議員たちとそう変わらない時間帯であった。その詳しい情報は、彼女の力をもってしても、エンクルマの会見を待つしかなかったのである。

 

 最初、クーデターの一報を聞いた彼女の心に浮かんだのは――ずいぶん遅かったな、という印象であった。彼女は今までの情報に基づく推測によって、いつかはこのような暴発が起こるだろうと予測していたのだが、その時期はもっと早いはずだったのだ。

 彼らの心の奥底に確実に沈殿している不満を、エンクルマがどう処理するか――そこが彼の手腕の見どころだと思っていたのだが。ナードラはふんっと、鼻を鳴らす。英雄の最期もこんなものか、と嘲りとほんの少しの無念が入り混じった気持ちであった。

 

 不満の処理の仕方としては下の下だ、とナードラは思う。かといって、彼が植民地軍全員を率いて実際にクーデターを起こすだろうかと問えば――そんな勇気はないだろう、とも考えていた。その点、今回の件に関しての予測は当たっていたのだ。

 

 ピピっと、機械が受信を知らせる。ナードラは機械から吐き出される紙をとって、ゆっくりと読み始めた。

 

「……どういうことだ、これは」

 

 彼女が最初に感じたのは、違和感――この一言に尽きた。

 

 まず、彼女が予想していたのは、完全にクーデターの件を無かったことにするか、まさしく今回と同じくトップが責任をとって辞めるかの二択であった。前者は愚策中の愚策だ。クーデターなぞ、さすがに植民地軍全体が結束しても隠し通せるものではないし、あのドクグラム一派がこんな絶好の機会を逃すはずがない。必ず、何かしらの証拠を見つけて告発したことだろう。

 

 彼女が困惑したのは、その会見という手法もそうだが、何よりその場で再度――失脚の原因にもなった姿勢、つまり対ニホン戦争反対の立場をこうも強調したことについてだ。記者会見という性質上、そこで発言した内容は広く民衆に知らせるのと同義になる。当たり前だ。記者会見とは、公開してよい情報を発表する手法に見えるからだ。

 

 今まで、エンクルマが戦争反対の立場であることは、議員や一部官僚の中での噂にとどまっていた。それは植民地軍を穏便に吸収したい国防軍側の事情にも合致する。彼らはエンクルマの評価を落とさず吸収したい――彼の市井の評価は、軍の評価に直結しているのだから。そして、その程度の事情すら分からないエンクルマでもあるまい。

 となれば、彼が黙ってさえいれば、今回の失脚も国防軍が適当に糊塗してくれていたはずだ。謹慎も、惜しまれながらの引退として世間に認識されたはずなのだ。それを棒に振ってまで、この会見でなぜこのようなことをしでかす?

 

 事実、これからの彼への評価低下は避けられないだろう。国防軍側の攻勢も、さらに増してくるはずだ。彼らは今後、植民地軍を国防軍の手足にするだろう。そのような屈辱的な下部組織にせしめるには、彼らの象徴であるエンクルマへの人格攻撃が効果的だ。それに格好の標的を差し出して、何の得がある?

 

 ――彼の、エンクルマの目的は何なのか?

 

 じっと報告書を睨みながら、その疑問が彼女の頭の中で渦巻いていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ドクグラム大将は、部下から手渡された報告書を前に、顎に手をあて考え込んでいた。

 目の前の報告書には、今回の記者会見での情報と、国防軍独自に手に入れた情報が並んでいる。それを眺めるドクグラムの顔色は、意外にも優れない。

 

 ドクグラムは、今回の戦争に格別の意義を見出していた。それは戦争の内容や相手が原因ではなく、今回の戦争で憎き不倶戴天の仇である植民地軍、いやティム=ファ=エンクルマをどうにか引きずり下ろせそうだったからである。

 

 国防軍と植民地軍が反目し合う愚を、彼も分からないわけではなかった。だが今までは両者の領域がよく分かれていたことで、何とか無視できる程度であった。つまりは、余裕があったのである。

 

 しかし、国防軍を完全に掌握できた後にドクグラムが見据えるのは、やはり植民地軍であった。あの組織をも把握してこそ、ここローリダで栄華を極めたといえる――そう彼は思うのだ。

 そしてその試みは、うまくいかなかった。比較的若かったエンクルマを侮っていたこともあったのか、徐々に国防軍が押されていき、ついにはドクグラム方が追いつめられるという事態にまでなった。それはおそらく、植民地軍ができた時から、つまりはその枠組みから決まっていた将来だったのだろう、とドクグラムは推測する。教化事業の最前線にいる彼らの発言権が伸びないわけがなかった。対して国防軍は、悪く言えば首都に篭っているだけ。その閉じ込めにも似た取り決めや規則を、その時代の執政官とともに決めたエンクルマには、よほどの先見の明があったに違いない。

 

 そんなエンクルマを、ドクグラムは憎悪しているわけではない。逆に、賞賛にも似た気持ちさえ抱いていたのだ。まさしく好敵手と呼ぶにふさわしい、そんな敵だと。

 

 だからこそ、今度の意見交換会――その場で明らかに劣勢な植民地軍からついに決定的な勝利を勝ち取り、エンクルマを失脚にまで追い込んだのは、ドクグラムにとって特別な意味があり、嬉しいことであった。その晩、秘蔵の酒を三本開けたほどには。

 

 だが、今回のクーデターに続く記者会見……これを、無邪気に喜ぶことはできなかった。

 この時点で完全勝利を宣言すればいい――そう従兄上のカーナレスは言うのだが、それを聞いて内心、ドクグラムは彼を罵倒するのだ。何故、これに違和感を抱かないのか!? だから、いつまでも飼われたままの豚なのだ! と。

 

 ドクグラムは、自分が何か見えない路線を走らされているように感じていた。

 

 それに、全てがうまくいきすぎている。目標は当初の七割達成できれば上等、しかし今回は十割と言ってもいい出来だ。このような時、ドクグラムの経験上、何かしらの罠か、決定的な間違いに気づいていないことが多い。

 しかし、それが見つからない。新聞各社やマスメディアを使ってエンクルマの評価を落としていくのが常道ではある。そして、ドクグラムはすでに部下にそう指示していた――仄かな不安を抱きながら。

 

 ――これは、長年のライバルに勝ったある種の感慨なのだろうか?

 

 ドクグラムは、次の会食の時間が来るまで、その思考に没頭するのだった。

 

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