【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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十五話

ローリダ共和国 七月二七日 首都アダロネス エンクルマ邸

 

 

「ではエンクルマさん、また後日」

 

「ええ、大学の取りまとめをお願いしますね」

 

「了解です。エンクルマさんも、お気をつけて」

 

 そう言って、学者然とした初老の男性を、エンクルマは玄関で見送る。彼はもう一度ゆっくりとその玄関を見回したあと、一礼してエンクルマ邸を後にした。

 その姿が消えるまで見送ったエンクルマは、うーんと背伸びをしたあと、ダイニングへと向かう。その後ろを、妻であるエミリーがついていった。

 

 彼ら夫婦は、あの会見の後、植民地軍総司令官と参謀長の職を正式に辞任して軍を去った。以来二人は、ここ高級住宅街の一角にあるエンクルマ邸で、多くの時を過ごしている。

 

「エンティ、さっきの人は?」

 

「ああ、植民地軍大学の学長だよ。彼らはさすがだな。これだけ俺が叩かれても、見限るようなことはないだろう」

 

 エンクルマは満面の笑みを浮かべて言う。

 

 あの会見の後、新聞各社の報道姿勢には、明らかに背後にいる者の影響が見て取れた。具体的に言えば、国防軍――ドクグラムである。

 また、対ニホン戦争が発動しようかという時に反対の声を上げたのだから、多くの人に不快を与えたのも間違いない。その証拠に、マスメディアは「堕ちた英雄」エンクルマを、ここぞとばかりに叩いていた。

 

 仕方がない、予想の範囲内だ――エミリーは頭ではそう分かっていた。だが現実に、自分の夫が、英雄と呼ばれていた男がここまで誹謗中傷されると、やはり多少なりとも心は揺れる。

 しかし、そんな彼女とは裏腹に、当のエンクルマはあの会見の日から――つまり軍服を脱いでからのほうが、顔が輝いているように見えた。

 

『こんなに軍服が重いもんだったなんて、脱ぐまで分からなかったよ!』

 

 とは、エンクルマの弁である。

 その子供のようなはしゃぎように、エミリーは苦笑しつつ――今までの自分の心配は何だったのか、と見当違いの怒りすら向けそうになる。

 それほどエンクルマは、身軽に、楽しそうに日々を過ごしていたのだ。

 

 

「あなたが手塩にかけて育てた組織だものね」

 

 エミリーのその言葉に、エンクルマが嬉しそうに頷いた。

 

 植民地軍大学はエンクルマが生みの親であり、育ての親でもある――とは、巷でよく言われていることだ。それだけにエンクルマと大学の結びつきは固く、卒業生である植民地軍幹部たちとの繋がりもまた同じであった。

 

 エンクルマは会見のあと、さまざまな人物をこの邸に招いていた。

 その意図はこうだ。エンクルマが公人として死んだも同然のこの状況下で、周りの人々を「試す」――誰が権力に近づいて来ていただけだったのか、誰がそうでなかったのか。それを見極めようとしていたのである。

 招かれた者の内訳は、植民地軍の幹部たち、有力企業や財閥の幹部、そしてエンクルマに同情的な議員。もちろん、前者が圧倒的に多いのは言うまでもない。

 そして植民地軍幹部の中でも、いわゆる"開明官僚"――植民地軍大学を卒業し、開明的な思想をもって植民地の統治にあたる官僚たち――が、大きな比重を占めていた。

 

 

 エンクルマはダイニングのテーブルに着くと、書類をぺらぺらと捲りながら眺める。

 そんな穏やかな午後、エミリーたちは、久しぶりと言ってもいい落ち着いたひとときを過ごしていた。

 

 エミリーは淹れたコーヒーを、書類から目を離さないエンクルマの目の前に置く。

 それを上目遣いに認めたエンクルマは、再び視線を紙面へ戻した。この小さな動作のひとつひとつが、夫婦の間に流れる穏やかな時間を形作っているのだ、とエミリーは思う。二人のこうした日常の所作は、あの会見の後でも、軍司令部で流れていた時間と同じものを紡ぐらしい。

 

「ずいぶん多くなったわねぇ」

 

「……そうかな?」

 

 白い湯気の立つコーヒーをゆっくりと啜りながら、エンクルマは手元の書類をテーブルに広げる。

 そこには、これまでエンクルマとの会談を拒否したか否か、応じた者については変わった様子がなかったか――そうした所感が書き込まれていた。

 

「やっぱり、植民地軍の幹部が多い……こんな大っぴらにみんなを呼んでも、大丈夫なの?」

 

「大丈夫さ。国防軍は今度の対ニホン戦争で忙しいだろうし。それに、今ここで俺に何かあれば、疑われるのは彼らドクグラム派だ。彼らだって、俺が今さら何かできるとも思っていないだろうしね」

 

 と、エンクルマは鼻を鳴らした。

 エミリーは彼の言葉を聞きながら、書類上の名前を眺める。

 

「ここに載っている名前は、エンティに協力的ってこと?」

 

「じゃないかな」

 

「……ある意味、今の空気を読み違えているバカ、とも言えるんじゃないかしら」

 

 エミリーはリスト上の大企業や財閥の幹部たちを、指でなぞる。植民地軍幹部でもない彼らは、今となっては数少ない、民間の強力なエンクルマシンパであった。

 もちろん絶対数は少ない。議員にいたっては、ゼロと言っていい。そこにはロルメス議員ひとりの名前のみが、カッコつきで載っているだけだった。

 

「まぁ、盲信してくれる彼らにも使いようはあるさ」

 

 エンクルマは事もなげに言う。

 

 ああ、またこれだ――とエミリーは思う。

 この割り切り。これこそが、彼を巨大な組織・植民地軍の総司令官たらしめていた資質なのだ、と。

 

 

 

 ピピッという音とともに、備え付けのテレグラフ機が起動する。

 機械は軋んだ音を立てながら、情報の詰まった紙を吐き出した。エンクルマは身を乗り出してそれを取ると、熱心に紙面を眺める。

 そこには、彼の持つ情報網が掴んだ情報がふんだんに載っているはずだった。脇に目をやれば、受け取った情報の多さを物語る書類の山が積まれている。

 エンクルマの名声が地に堕ちたこの状況も、当初心配されていた情報収集能力の低下にはつながらなかったのだ。

 

「陸では国防軍の看護婦が一人行方不明……海じゃ『グリュエトラル』号、か」

 

 紙面の情報は、対ニホンへの緊張がいよいよ高まっていることを告げていた。

 海での難民船を巡る対立――それはエンクルマも既に把握していたものだ。それにもかかわらず、エンクルマは送られてきたテレグラフを読み進めるうちに、次第に顔を曇らせていった。

 

「ドクグラムめ……ついにやりやがったな!」

 

 吐き捨てるように呟いたエンクルマから、エミリーはテレグラフをひったくる。

 

「ああ……なんてこと!」

 

 そこには、『グリュエトラル』号もろとも、ニホン海軍の艦船を撃沈したという事実が記されていた。

 これが対ニホン戦争――新聞紙面で踊るのは「解放戦争」の文字であるが――の大きなきっかけとなるだろうこと。それは、二人の共通理解であった。

 

 にもかかわらず、二人の驚愕は、根拠を異にしていた。

 

 エミリーの驚愕には、もちろん「ついに事が起こった」ことへの戦慄もあった。だがそれに加えて意外なほど大きかったのは、ニホンの艦艇をローリダ海軍がこうも簡単に沈めてしまった、という事実への驚きだったのだ。

 エミリーは士官学校を首席で卒業した才女である。ニホンと自国の技術が隔絶していることは理解していたし、だからこそ今回の戦争の困難さもまた理解していた。撃沈されたのが、ニホン海軍ではなく準軍事組織である海上保安庁だ、ということも。

 けれども、そんな彼女でさえ――ある種の不安を抱かずにはいられなかったのだ。

 

 ――もしかすると、このままあっさりと、この国は勝ってしまうのではないか、と。

 

 理性では、彼女もローリダが負けるだろうことは分かっていた。

 分かっていたからこその不安、とも言えるかもしれない。

 

 エンクルマの異常は、エミリーでさえ抱いたこの疑念を、彼自身がまったく持ち得ていないことであった。言い換えれば――エンクルマはニホンの勝利を、"完全に"既定のものとして捉えている。そしてそれは、自分の読みを信じるということとは、次元を異にしている。エミリーには、そう思えた。

 

 また、この戦争に反対して辞任したからには、今後自分たちが国の舞台に再び上がるためには、敗戦こそが最低限の必要条件だ。

 

 本来喜ぶべき勝利と、自分たちの「勝利条件」とが、真逆を向いている。決して交わることのない、ねじれた状況。

 これほど、ローリダ人として辛い状況はないだろう。こうなることが分かっていたからこそ、他の人々は無意識にエンクルマから離れていったのではないか――皆が悲しむ中で悲しむのは簡単だ。しかし、悲しみの中で喜ぶのは、大きな労力を必要とする。

 

 ところがエンクルマは、そんなことを微塵も思っていないのではないか――とエミリーは思う。

 彼が驚愕したのは、まさしく今から始まる戦争についてだ。しかしそれは、驚愕、という言葉では表せない何か。むしろ、楽しみ、嬉しさといった方が適切かもしれない。

 

 ついに始まったゲームを、楽しみに笑う子供。エンクルマはそのように見えるのだ。

 

 そして、エミリーはエンクルマにもう一つの"違和感"を覚える。

 

 ――まるで、彼がローリダ人としての自我を持っていないかのように。そう、ローリダ人ではないかのように。人としての基本、下地となるべきものが、常人のそれと違っているのではないか?

 

 そこでエミリーは、過去の記憶からある単語をふと思い出した。

 

 彼の書籍に必ず登場する『植民地人』という言葉。それは普通、植民地軍人としての心構えや理想を表すと理解されている。

 しかし、本当に。彼が目指し、実践しているのが――国防軍やキズラサ的価値観からの脱却だけでなく――まさしくローリダ人からの脱皮、『植民地人』への進化だとしたら。

 

 

 一体、夫はどこへ――そして何を考えて行動しているのだろうか。

 

 エミリーは震えそうになる胸を抑えて、目の前のエンクルマに問いかけた。

 

「……ねぇ、エンティ」

 

「ん?」

 

 人生の多くを共に過ごしてきた良人が、こちらへ顔を向ける。

 

「エンティはこの国を……ローリダを、好き?」

 

 エンクルマは、彼女が期待したのとは裏腹に、すぐには返事をしなかった。

 数秒の空白の後、エンクルマは答えを口にする。

 

「ローリダ……うん、身寄りのなかった子供の頃の自分を育ててくれた、この国に、感謝はしてる」

 

 ほっと息を吐きそうになったエミリーの背に、続くエンクルマの言葉が刺さる。

 

 

「けど、好き嫌いで言ったら――」

 

 その時のエンクルマの顔は、意外にも微笑んでいた。

 

 

「――嫌いだな」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ノドコール 七月二七日 首都キビル郊外 サン-グレス ローリダ植民地空軍基地

 

 

 ルーガ=ラ=ナードラは、眼下に広がる光景を、複雑な気持ちで見ていた。

 光景の中には、熱気に欠ける兵士たちの姿が見える。敵国の代表団を迎える式典――それに参加する者としては、到底覇気に欠けていると判断せざるを得ない有様であった。

 

 空港には数多くの銃座、戦車、装甲車……と、見る者すべてを圧倒する装備が並んでいる。だからこそ余計に、兵士たちの士気の低さが浮き彫りになるのだ。

 

 それを分かっているのか、ナードラの横に立つルード=エ=ラファス少将は、声を荒げた。

 

「おい! やる気を出さんか!」

 

「そう言われましても……」

 

 国防軍から派遣された少将と、その取り巻きの荒ぶった声を耳にして、ナードラは自身の気分がさらに沈んでいくのを自覚する。

 彼らに詰め寄られているのは、ここサン-グレスで最も高位の植民地軍将校だろう。先ほどから彼の弁明を聞いていると、この有様も仕方ないとしか思えない。

 

「彼らはきちんと仕事をしています。戦車も装甲車も……すべて配置を完了しましたし、準備は完璧です。彼らも、大きな声を出せと言われれば出すでしょう。しかし……」

 

 そこで、囲まれた彼は薄笑いを浮かべながら続けた。

 

「やる気を出せという命令は、ちょっと……」

 

「な、なんだと! 貴様! 上官の命令に逆らうのか!?」

 

 皮肉げな笑みが自分たちを馬鹿にしていると気づいたのか、取り巻きの一人が声を上げる。

 

 そんな不毛なやり取りを耳にして、ナードラは深くため息をついた。

 

 

 国防軍のやり方は、少し間違っているのではないか――この光景を見たナードラは、そう思わずにいられなかった。上層部をそっくり国防軍からの派遣に入れ替えたその施策は、植民地軍兵士たちの士気をこれまでにないほど削いだらしい。

 ラファス少将を含む彼らは、エンクルマ辞任後に国防軍から派遣された将官たちだ。植民地軍の主要な高官の一部はもとの地位を追われ、降格の屈辱を受け入れるか辞めるかの二択を突き付けられた。彼らの多くは、植民地軍を去る決意をしたと風の噂に聞く。

 

 ある程度の将官を――実際にはほんの少しの高官を――こうして更迭したあと、彼らは植民地軍の組織自体に手を加えようとはしなかった。

 その背景には、植民地軍をどうにかするのは解放戦争後でいいだろうという打算もあった。だがそれ以上に大きかったのは、国防軍がこの戦争で大きく武功を上げるためでもあった。

 

 これは戦争後の国防軍の地位強化を狙った布石である。そうすれば、その後の植民地軍吸収もますます容易になる――彼らにとってそれ以外の選択肢が考えられないほど、好都合な算段であったのだ。

 

 

 加えて、植民地行政に植民地軍の協力が不可欠であった、という事情もある。

 

 エンクルマは植民地軍での占領の後、その多くでそのまま軍政を敷き続けてきた。結果、優秀な官僚たちが植民地軍から育っていったのだ。

 慣習として、植民地軍はその植民地総督府の補佐をすることになっている。そこで実務にあたっているのは植民地軍から出向している官僚たち、そして元植民地軍将校たちであり、その多くは植民地軍大学を卒業した者であった。

 

 こうした、ある意味歪な体制が維持されてきたのは何故か。それはこの体制が、植民地の不満をかなりの程度まで解消してきたという実績があるからだ。

 

『風船に空気を入れ続ければ、いつか必ず弾ける時が来る。大切なのは、そこにちょうどよい大きさの穴を開けておくことだ。そうすれば、いくら空気が入ろうとも、弾けることはない』

 

 つまり――植民地軍大学に入りさえすれば、出自が植民地であろうが、官僚として植民地を治めることができる。そして大学は、確かにその門を誰にでも開放していたのだ。

 

 自分たちが勉強すれば、この国を治めることができる。栄達を望むことができる。それは、風船に開けられた"ちょうどいい"穴となったのである。

 

 

 

 言い争いをよそに、ナードラは管制塔からのやる気のない報告を聞いていた。

 

「管制塔より報告。ニホンの飛行機が、着陸針路に入りました」

 

 彼女の目には――予想よりも大きな、ニホンの飛行機が映っていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ノドコール 同日 首都キビル郊外 植民地軍附属迎賓館

 

 

 河首相から交渉を一任された日本国外務省東スロリア課課長、寺岡祐輔は、当直の兵士に呼ばれて会議室の扉を開けた。

 

 日本交渉団の代表に寺岡が選ばれたのは、スロリア課課長という適当な地位もさることながら、なにより彼ら"武装勢力"であるところの代表との会談経験を買われてのことであった。

 同じ理由で代表団には、東スロリア課事務官、西原聡も加わっている。

 

 控え室として通された客室での盗聴、政府機を降りた時に浴びせかけられた数々の質問、そして威嚇するかのように配置された兵器の数々……。そのすべてに、寺岡は違和感を覚えていた。

 その違和感は、この迎賓館に入ってからも嫌に目につく。たとえば会議室に入って最初に目に入ったシャンデリア。新しげに見えるそれは最近運び込まれた物のようで、この迎賓館にある「空気」に合っていないように感じた。

 ある種の"違和感"――それは、お互いに反目し合う存在が、不自然に共存していることから来ているのではないか。そう、寺岡は思うのだ。

 

 難民船の件については、その周辺で睨み合う相手側の艦船が、あのローリダ共和国のものであるという確証を、日本側はまだ得られずにいた。

 しかし、スロリアに駐留していた民間人や原住民などへの狼藉が、ローリダ共和国によるものであることは、ほぼ確実とみられていた。スロリア以西に存在する"武装勢力"はローリダ以外にない――それは、エンクルマたちとの会談の中で確認されていた事項だったからだ。

 

 

 隣に座った西原は、寺岡がこの雰囲気に飲まれたのかと心配しているようだった。だが当の寺岡の頭の中には、ただこの状況への疑問が渦巻いていただけであった。

 その疑問は、直にあのエンクルマと話した彼にしか持てないものかもしれない。あの、必死に戦争回避の道を探っていたエンクルマたちの姿勢と、この挑発的と言っていい状況とが、どうにも結びつかないのだ。

 

 豪華な会議室には、縦長のテーブルと、これまたけばけばしい意匠の椅子が並べられている。相対するふたつの団体が向かい合えるよう配置されたそれの片方に、日本側の交渉団は座って、かれこれ十数分もの時間が流れていた。

 

 

 扉を警護する兵士が、ローリダ側の入場を告げた。

 

 満を持して入ってきたローリダ側を一目見て、日本側交渉団は目を丸くした。その先頭に、凛々しく立つひとりの女性。

 芝居道具のような服装と、絵画めいた外見が、これまでにないほど見事に調和している。

 記憶の中のエンクルマとは大きな違いだな――新橋にいてもおかしくない、軍服がコスプレにしか見えなかったあの中年男性を思い出して、寺岡は少し微笑んだ。

 

 

「日本国外務省の東スロリア課課長、寺岡祐輔です」

 

 寺岡が席を立っての挨拶に、ナードラは不躾な視線を返すのみであった。

 その視線は、最初に寺岡を捉えたあと、隣の西原、その隣の……と、日本側交渉団を舐めるように移ろっていく。そう、観察――その言葉がもっとも似合うであろう、肌に纏わりつくような視線であった。

 

 もちろん、それに好意的になれるほど、寺岡は悟りを開いてはいない。

 大人の対応として顔には出さなかったが、目の前のこの失礼な女性に対し、確かに軽い困惑と憤りを感じていた。

 

 ふむ、と観察を終えたナードラは、軽く息をついた後、ニヤッと笑った。それは明らかに日本側へ好意的な笑みではなかったが、見る者を不快にさせない、不思議な魅力を持っていた。

 

「……なにか?」

 

「いや、彼の言うニホン人がどのような人種か、少し興味があったのでね」

 

 そこで彼女は口を閉じた。

 しかし、続くはずの内容を想像できない人物は、この会議室には存在しなかった。

 

「彼、というのは……?」

 

 未だに自己紹介を返してもらっていない――その状況を、隣の西原は深刻に受け取っているようだった。だが寺岡はなぜか、この状況でも動揺をまったくと言っていいほど示していなかった。むしろ、このような展開を半ば予想していたのかもしれない――と、寺岡は胸中で呟く。

 寺岡の世界に溢れる違和感。その原因を、彼はまず知ろうとしたのだ。

 

「あなたは……、前エンクルマ植民地総司令と会談を持った……?」

 

「……っ!」

 

 この一言で、寺岡は自分の中の疑問がどんどん氷解していくのを感じた。

 

 目の前の女性は、あの男を"前"植民地総司令と呼んだ。

 この事実が示すこと――これは日本側にとって、非常に大きな意味を持つことになるだろう……寺岡は早くも、この交渉の雲行きが怪しくなるだろうことを予見した。

 

 そして、その予感は見事に的中することになる。

 

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