【仮想戦記】 The Islands War 二次創作 作:perry
「どうするんだよ、これ……」
状況は最悪も最悪。これ以上悪い状況は想像できないほどだが、現実はそんな人間の想像をひょいと飛び越してしまう。
「中尉! 本国と連絡が取れました!」
この植民地司令部はある程度独立した裁量が認められている。軍事力もそれなりのものだ。ただ、頭が悪かった。命令を出す頭がいなければ体は動かない。
とはいっても一応、大きく軍を動かす時には本国の総司令部の指示を仰がなければならない。俺は慌てて受話器を手に取った。ベルを止め、周りに静かにするように注意する。
「総司令部のシステマ中佐だ」
「はっ! エンクルマ中尉であります」
電話の向こうからは、少しくぐもった声が聞こえてくる。年季を感じる渋い声だ。
さすが本部だ、こっちのクソ親父どもとは違うと感心しながら、現在の状況を軽くまとめて話す。
「……つまり、司令部の最高位は君たち中尉ってことだな」
「そうであります!」
その返答の後、電話の向こう側で何やら話し合うような声が聞こえる。怒号が聞こえたのは聞き間違いだろうか。聞き間違いであってほしい、切実に。
貴重な数十分がただ電話の前で待つことに費やされる。全く早くしてほしい、正直このまま荷物をまとめて帰りたい。
勿論、ロマリア軍と聞いたときに迎え打つという考えも一瞬頭に浮かんだが、すぐに頭から追い出した。バカバカしい。今、植民地に駐留しているのは敵の侵攻を迎撃するような数も持ってないし、武器もない。
じっとしているのがだいぶ苦しくなったので、近くの士官に司令の捜索の継続や部隊準備の状況を報告させる。今は一秒でも時間が惜しい。
「いや、待たせたな」
ようやく電話から声が聞こえる。さて早く撤退の命令を出してくれ、頼む。この嫌な予感を早く払拭させてくれ。
が、キズラサ神は非情だった。まぁ居たとしても信仰心などこれっぽちも持っていない俺に加護もあったもんじゃないか。
「現時刻をもって、貴官エンクルマ中尉を野戦任官として大佐に任命する」
「……は?」
俺の口から出てきたのは、短い、心からの疑問の声だった。
何だって、野戦任官? まだこの前学校出たばっかりのペーペーの俺が、大佐? ……なるほど、死んだ後に二階級特進でさらに上げてもらえるやつか。
余りのことに、頭がフリーズしかけた俺の耳に更なる追い打ちが聞こえてきた。
「なお、総司令部は撤退を認めない! 必ずやロマリア軍を迎撃するのだ!」
「……っ! それは、つまりこの"アルカディア"をここの軍で守り抜け、と。そういうことですか?」
「そうだ」
見捨てられた、つまりはそう言うことだ。どうせこっちがまさしく命を削っている間に本国でのうのうと軍備をしっかり準備するってことだ。
「……システマ中佐。迎撃にはどんな手段をとってもいい、それは確約して頂けるんですね」
「ああ、大丈夫だ。では、貴官にキズラサの加護があらんことを」
いくらか責任を感じているのだろう。この後のことは何をしても気にしなくてもいいようダメ押しをしたが、すんなりと許可をくれた。あくまでも生き残れたら、だが。
どうせ死ぬんだし、と心の中で思ってるんだろうよ。
さあて、あんなことを言ったが一発逆転の方法が腹にあるはずもない。
ゆっくりと電話を置いて周りを見やる。会議室の奥には情報士官が何人か。そして、作戦を考え、それを検討するはずのテーブルにはアドルフと俺だけ。全員がこちらを見て状況の推移を観察していた。
「おい、こんどから俺のことはエンクルマ大佐と呼べよ」
『は?』
全員から先ほどの自分の様な声が漏れた。そろって鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面を晒す。
それを見て、こんな状況にも関わらず笑いをこらえることができなかった。
「なんの冗談だ?」
いち早く立ち直ったアドルフが、少し不機嫌気味に応える。こんな状況でふざけるなってことだろう。
たしかにふざけてるだろうよ、この状況すべてがな。
「冗談でも何でもないさ、アドルフ中尉。先ほど、総司令部から野戦任官で大佐だってよ」
「え、野戦任官!? っというか大佐って」
他の情報士官たちは声を出すこともできない。仕方がないさ、本人達だってまだ混乱しているんだからな。
先ほどの内容をとりあえず、その場の全員に説明する。
「アルカディア植民地軍は、これからロマリアらしき軍に対して作戦を開始する。ちなみに内容は、潔く散って来いだとさ」
『なっ?』
ようやく事態が飲み込めたのか、彼らが一様に青い顔をする。
「なるほど、俺達は見捨てられた訳か」
アドルフも青い顔のまま納得した。つまりはそう言うことだ。
「どうする、今からでも教会に行ってキズラサ神にお祈りに行くか?」
「いや、俺は止めとくよ」
俺の軽口に、アドルフはいつものように乗ってこなかった。……こりゃ相当、余裕がないな。
なんで俺がこんなに落ち着いていられるかっていうと、人間パニックになりすぎると、逆に落ちつくもんだ。これ、今知ったトリビアな。
「さて、まさしく絶体絶命の俺達だが、何もわからないで右往左往したまま死ぬのは御免だ。そこの……」
「はっ! ハリー二等兵です!」
「おう、ハリー二等兵。今の部隊の状況は? いつまでに準備完了する?」
「おそらく、四時間から五時間ほどかと」
「ちっ! 長すぎる!」
隣のアドルフが毒づく。確かにそれではロマリア国軍がその前にここに到着してしまうんじゃないか?
「ロマリア軍は……」
「同じく四時間後ほどかと」
「ギリギリ、もしくは遅いって感じか」
「ま、間に合っても勝てっこないんだけどな」
その言葉に全員の顔がゆがむ。そうだ、みんなは分かってるわけだ、どっちにしろ破滅の道しか残っていないってことを。
さて、十分絶望的な情報は得られたが、知ったところでいい策があるわけでもなく、重苦しい沈黙がほんの数人しかいない会議室を包む。
「この状況を打破できる策を持っているやつ。誰でもいいから手をあげてくれ」
と言って誰があげる訳もない。アドルフを見ると、やつもこっちを見ていた。
「アドルフ、お前は何か策がないのか? こう、逆転の手みたいな」
「あるとしたら、もう言ってるさ。エンティ、お前は? いつものようにみんなを驚かす奇策というか屁理屈というか。あんなのとかは無いのか?」
アドルフの言う奇策とやらは、学業時代、シミュレーションで多用した小説やアニメなどの作戦を適当に使ったやつだ。お遊びでやったのが、意外と効いて面白かったのを覚えている。
しかし、現実で使うとなると、
「やっぱ、何もないわ。ごめん」
がっくりと肩を落とすアドルフ。
何か他に手は無いか……!
刻々と時間は過ぎていく。右手で顎をなでながら歩きまわる俺を士官たちが不安げに見る。
不安は当たり前だ、これが絶望に変わるのもそう遅くもないだろう。
そのとき、脳裏に前世で見たアニメが浮かぶ。
たしか、黄金の獅子は辺境で何をやった? そうだ! つまり焦土作戦。解放を謳う同盟が住民の食糧を……ってありえない!
ロマリアの奴らが元植民地人に食糧を分け与える図が想像できねぇ。あいつらなら平気で困窮する植民地人から食糧をさらに取り上げそうだ。
……結局は、アニメはアニメだったってことか。そう現実が上手いこと行くはずはない。
(勝利条件は、このアルカディアからロマリア軍を追い出すこと)
兵力が足りないから真正面から行けば軽くひねられる。残るは搦め手しかない。
「どうだ、俺たちは無いない尽くしだ。可能性があるとしても搦め手になるだろうが……」
アドルフが何かを思いついたのか、輝く顔がこちらを向く。
「そうだ! あいつらを撤退させるだけなら、兵站を叩くだけでいけるんじゃないか?」
「どうやって攻撃するんだよ」
「北の方は確か、山を超えるための細い道が続いていた筈だ。そこを通る伸びきった補給線を叩けば……」
「確かに……、可能性はある、か?」
良く考えろ、エンクルマ。兵站を断たれた軍隊は弱い――これは歴史が何度も証明してきた事実だ。ナポレオンがロシアで崩れたのも、日本軍がインパールで壊滅したのも、根っこにあるのは補給線の破綻だ。あのロンメルでさえ、北アフリカで補給が続かなければ勝ちきれなかった。アドルフの作戦は確かに理に叶っている。
「しかし、今の今まで、この街で治安を担当してた奴らにゲリラなんて出来るか?」
「ああ……、無理だな」
至極気落ちした様子で、アドルフの頭が垂れる。
後方の補給線を狙うとなると、迂回して森にまぎれながら奇襲、待ち伏せをすることになる。そんなのは特殊部隊がやることだ。ここで治安維持をやらせていた連中に、森の中を縦横に動き回れとは無理な相談だ。
そして、こういった時には住民の協力が必要となるが、彼らが協力してくれる訳がない。むしろ嬉々として敵を受け入れ、俺たちの背中を刺そうとするに違いない。
以上の理由から、ゲリラ戦は無理だってことだ。敵の補給線を狙い、正面衝突せずに撤退に追い込むというのは魅力的だったのだが。
「クソッ、司令たちが居て指示系統がはっきりしていれば、もっとましな作戦が立てられていただろうに」
バンッ! とテーブルを叩きながらアドルフは悔しそうに呻く。そんな参謀の様子を見て、周りの士官の顔が絶望に染まる。
彼らも分かってきたのだ。ただでさえ不利な状況の中、まともな作戦もなく戦うことになるかもしれないということに。
真正面から戦うこともできない、補給線を叩くことも叶わない。この状況で相手をせめて混乱……
その時、頭の中で何かと何かがつながった、そんな気がした。急に頭に浮かぶアイデアを忘れないようにと繰り返し心の中で唱える。決定的な穴がないか、修正すべきところはないか。
急に立ち止まった若き参謀に怪訝げな目を周りの全員が向ける。
「……これ、使えるか」
その呟きに、全員が溺れる者の藁をつかむような目でこちらを向いた。
◆◆◆
「なんだ!? その作戦って!?」
アドルフが興奮気味にこちらに詰め寄ってくる。必死のその形相が綺麗な顔とあいまって怖い。
「まあ、聞いてほしい。正直、運やらがかなり必要になってくるし、もし穴があれば遠慮なく指摘してくれ」
ブンブンと頷く会議にいるみんな。もうこれにかけるしかない、そんな顔だ。まあ、実際そうなのだが。
「つまり、あいつらを今の俺達みたいにしてやるっことさ」
『?』
みんなの頭にはてなマークが浮かぶ。
「待て、今の俺らって言うのは?」
「指示系統を無茶苦茶にする。つまり相手の司令官達を爆殺するってことさ」
「爆殺って、……まさか!?」
頭の回転の速いアドルフはもう正解にたどり着いたようで、その驚きを隠そうとしない。周りの奴らはまだ分からないといった顔をしていた。
「そうだ。俺たちはこの豪華絢爛な司令部を爆破する」
遅れて周りの奴らもあいた口がふさがらないといった顔をした。
「これは、相手のアホさ加減に期待するしかないんだが、まず俺たちはこのアルカディアから撤退する」
「おい、撤退は禁止されたのじゃなかったのか?」
アドルフが食ってかかる。
「これは、"戦略的"撤退だよ」
またもやとぼけた顔をするアドルフの間抜け面が心底おもしろい。
笑いをおさえながら、続きを話す。
「これは、俺達のお偉様方の普段の行動を参考にしてみたんだが、まず俺達が攻めいった都のどこに司令部を置くと思う?」
「まあ、一番豪華な所だな」
戦勝したあと、言い方は悪いが略奪が横行する。そこで司令部などは一番貴金属などが多い王宮やらに布陣する。つまり豪華な所にってことだ。
「この都で一番豪華なのは?」
「……ここ、司令部ってことか!」
「そうだ。のこのこここにやってきた敵の司令官どもが、得意顔でこの椅子に座ったその瞬間に――」
「――ボンッだ」
とびきりのいい笑顔とともに軽い爆発音を鳴らす。
「そうだな、上層部が居なくなった後、どうするかだが」
この後の言葉は言い出しにくい。結局ここで二の足を踏むのは偽善だと思うのだが、こういった決断を下すのに、経験も時間も足りない。でも、ここで戸惑うと自分の命があぶない。こんな辺境で死ぬなんてまっぴらごめんだ。まだ俺の第二の人生は始まったばかりなのだ。
「ここを燃やそうと思う」
その言葉にまたも茫然とする彼らの顔色は、青ざめるを通り越して黒ずんでいる。
「幸いにも、ここにはよく燃えそうな家がたくさんある。司令部がぶっ飛んだあと、占領地が燃え始めたらどうすると思う?」
「どうだろうか……司令部が吹き飛んで、本部との連絡も取れなくなる。そうなれば混乱するしかない。撤退するしかない――するだろ!」
「でも、これはほとんど奇跡みたいな確率でしか成功しないと思う。けど俺たちは背水の陣。これ以外にないと思うが、どうだろうか」
「エンティ、やっぱお前はすごいわ」
「止めろよ、アドルフ。照れるじゃないか」
アドルフは頭の後ろをかく俺を不思議そうな顔で見つめる。
「よし、じゃあまずは民間人に避難の勧告。ありったけの火薬と、ああ弾薬も集めてしまえ!」
「はい!」
気色が先ほどよりいくらかよさそうに見える情報官たちの返事が聞こえる。
「そうだな、何個かの中隊に植民地人と同じ格好させろ! あとは油も目一杯かき集めろ!」
「了解!」
慌ただしく命令を出す俺とアドルフ。にわかに活気づいてきたたったこれだけの司令部はその活動を活発に開始した。
◆◆◆
約四時間後、俺たちは避難勧告に従って集まった民間人とともに、都から程よく離れた森にいた。大量の人間を隠すには森に隠れるしかない。
「ロマリア軍、入場しました!」
双眼鏡をのぞいた兵士が叫ぶ。始まった。まさに生死をかけた戦いだ。もう作戦が失敗すればここから散り散りになって逃げまどうしかない。
無線から連絡が入る。どうやら敵さんは戦うべき敵が居ないことに拍子抜けしているようだ。……ふふ、そのまま油断していてくれ。
二時間後、浮浪者に扮装させた兵から何やら立派な指揮車があの豪華絢爛な司令部に入ったという連絡があった。急いでそこから離れるように指示した後、命令を出す。
「よし、今だ! 爆発させろ!」
俺の合図とともに、だいぶ離れた地点だというのに体に響くような轟音が鳴り渡る。民間人が急いで耳をふさぐ。正直、予想外の規模だ。
「……司令部は木端微塵です!」
兵が望遠鏡を覗きこんだまま、興奮した声で状況を伝える。
「きたねぇ花火だ」
とカッコよく呟くアドルフ。やはりコイツ、余裕があったんじゃないか。
そんな俺の視線に気づかないように、アドルフが次の作戦の指示を出す。
「各中隊、作戦開始!」
可燃物、つまりは植民地人の家であるバラックに油をかけ、放火しまくる。それが彼らの任務だ。そして俺の出した命令。
次々と火の手が都の方からあがる。一度燃え始めた木製の家は隣のバラックも巻き込んで連鎖的に燃えていく。特にスラム街はその密集した家々が大きく燃え上がる。
そろそろ昼になるというのに、煙で空は暗い。一面、どんよりとした雲が覆っているように見えるが、これはすべて火災から出る煙だ。
ときどき、焦げ臭い匂いの中に、何か別の匂いが混じる。俺はすぐに目を逸らした。
俺達は燃え盛る都をただボーっと眺めていた。隣のアドルフが呟く。
「なぁ、今更だがこんな植民地燃やして良かったのか? 後で上の奴らから何かいわれないか」
「一応、電話の時に受けた命令はロマリア軍の迎撃だ。そのためにどんな手段をとってもいいとも確約した」
「ホントにお前は……」
目を細めてこちらを見てくるアドルフ。やめろ、男に見つめられるような趣味は無い。
「ん、なんだよ」
「いや、何でもない」
気持ち悪いな。そして、待ちに待った報告が響き渡る。
「エンクルマ大佐! 敵が、ロマリア軍が撤退していきます!」
その怒鳴るような報告は、それまで雑談に興じていた兵士や後ろの民間人に響きわたった。一瞬の静寂。その後に続く爆発的な歓声。
『やった! 勝った! 勝ったぞ!』
『ロマリアの奴らめ! 尻尾巻いて出て行きやがった!』
『ありがとうございました、キズラサ様。ああ、聖なるかな!』
喜びと怒声が渦巻く。カオスなこの空気はどこか祭りの様に、周りにひろがっていく。肩を叩かれたので振り返ると、そこにあの会議室のハリー二等兵が満面の笑みで立っていた。
「おめでとうございます! エンクルマ大佐!」
「ああ、ありがとう」
喜びに沸く周りとは裏腹に、俺は笑えなかった。ハリー二等兵がそんな俺の顔を不思議そうに見上げる。
生死の境をさまよっていた時は必死だった。生き残るという生命の使命に従ったまでだ。
だが、こうして生きる希望が見えてくると、今更だがこの作戦で俺が何をしたのか、そんなことを考える自分がいる。
赤く赤く燃えるアルカディアの火はまだ消えそうもなかった。