【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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二十話

スロリア亜大陸 十二月七日 中北部

 

 

「おい、まだ繋がらないのか!」

 

「はい、うんともすんとも……先ほどの『敵発見』の報告きり……」

 

「……すると、なんだ。貴様は、先行している部隊がすでに撃破されていると言いたいのか?」

 

「いえ、そのような……」

 

 口ごもる幕僚に、偉そうな態度だけは一人前の連隊長はふんと鼻を鳴らし、指揮官用の椅子に腰を下ろした。一段高い席から、苛立った視線が縮こまる幕僚たちを舐めるように見回していく。

 まるで、学級委員長が決まらずに困り果てる初等学校の教室だ。だがここは紛れもなく、あの赤竜騎兵団に属する連隊の指揮車両なのだ。これで無敵を称していたとは、とんだお笑い種だ――エレーナ=ル=リターシャルは、呆れを通り越して悲しくなった。

 

 彼女がなぜ、こんな場所にいるのか。表向きは、彼らの『保護者』としての役割を期待されて――と彼女自身は思っていたのだが、この学級崩壊寸前の有様を見て、保護者役は早々に諦めた。となれば、彼女がここにいる理由はただひとつだ。

 

 それは表では言えない理由――有り体に言えば、国防軍へのスパイである。それがなぜ、こんなことになったのか。

 正直、彼女自身にもよく分からなかった。だが、この戦場に来てようやく、その意味が分かりかけてきた気がする。連隊長の指揮能力に疑問があるから、経験豊富なエレーナに『保護者』役を頼もう――などという突飛な発想は、ついぞ思いつかなかったのだ。

 

 エレーナ=ル=リターシャルは植民地軍総司令官の秘書を務めていたが、もとは植民地軍の機甲科出身でもある。植民地軍大学を出た彼女は、他の同期と同じく官僚としての経験も部隊での指揮経験も積んだが、キャリアとして選んだのは秘書の道だった。

 だからといって、指揮能力がないわけではない。むしろ部隊でも数々の武勲を挙げ、その能力は折り紙つきだ。基本的な能力が高いからこそ、秘書としての働きも認められていたのだろう。

 

 そんな彼女は、前司令が辞職したあと、軍を去ろうと決意した高官の一人だった。秘書の道へ進んだ動機の一つに、エンクルマ司令への憧れがあったからだ。いざ軍を去ろうとしたとき、声をかけてきたのが、スガルと呼ばれる植民地軍情報局であった。

 訝しむ彼女に、彼らはある話を持ちかけた。国防軍へスパイとして『出向』してもらえないか、というのである。

 

 彼女は一も二もなく承諾した。エンクルマたちがこのまま終わるとは信じていなかったし、できることなら彼らに協力したいと思っていたからだ。

 では、何をスパイするためにここにいるのか。一言でいえば、スパイたちの前線指揮のためであった。国防軍内にはすでにエンクルマ派に通じている者もいるし、スガルの情報員たちも動いている。しかし彼らはスパイであり、集まって情報交換などできるはずもなく、孤立しているのが普通だ。そんな彼らを束ねる頭としての役割を、エレーナは期待されたのだ。

 

 機甲科出身で、エリート秘書官として情報の取り扱いや整理にも通じた彼女は、潜入して情報を扱うにはうってつけの存在だった。

 

 表向きの彼女は、赤竜騎兵団に属するこの連隊の幕僚である。

 この立場に収まるまでにも、いろいろな経緯があった。

 

 まず、外様である彼女がなぜ、赤竜騎兵団というエリート部隊にいるのか。情報局の暗躍もあっただろうが、大きな要因は内々の権力争いだった。対ニホン戦争という晴れ舞台の攻勢で、この連隊が主攻ではなく助攻に回されている――その事実を見れば、どちらが勝者かは明白だ。

 上層部からは厄介者扱いされた彼女だが、彼らの思惑と、指揮官の能力に疑問を持つ部下たち――国防軍の中にも、まともな軍人はいるのだ――の推薦とが重なって、主攻から外れたこの連隊に配属されたのである。

 

 能力がなければ替えればいい? 縁故主義でがんじがらめになった人事に、そんな真っ当な判断を期待するほうが間違っている。彼らは常識とはまったく違う力学で動いているのだ。

 

 もはや無駄な言い争いすらしなくなった参謀たちを見て、彼女はそろそろ潮時かと考える。前線での決定的な敗北の証拠はすでに入手し、本国へ送ってある。できるだけ多くのルートで送ったのだから、無事に届いているはずだ。その証拠の収集と保存に、ニホンの優秀な電子機器が活躍したのは、とんだ皮肉だと思ったものだ。

 

 前線の諜報員や協力者たちの逃げ道も確保済みだ。

 集まった情報を総合すれば、この連隊の戦車隊も、いつニホンの部隊と接触してもおかしくない頃合いだった。

 

 ――そろそろ、私も脱出しなければ

 

 そう思った彼女は、額を冷たい汗が伝うのを自覚した。

 目下、彼女の目の前には致命的な問題が横たわっているのだ。

 

 自分自身の逃走ルートが、用意できていないのである。

 

 偶然が重なった結果だった。

 もちろん、情報員とて無事に任務を終えられるとは限らない。思ったよりも国防軍の敗退が早く、負傷者が多くて、その輸送に手間取ったこと。加えて、想定していたルートが使えなかったなどのミスも重なった。ほかの人員のルートは何とか確保できたが、自分のものだけは見つからないまま、今を迎えてしまったのだ。

 

 ――本当なら、もっと早く抜けていたはずだ。こんな前線で足踏みしているはずではなかったのに

 

 そう悔やんでも、すべては後の祭りである。

 

 ――いざとなれば、この身一つで戦場から脱出しなければならない

 

 そんな絶望的な状況まで頭をよぎるからこそ、彼女の額には脂汗がにじんでいたのである。

 

 黙りこくる参謀たちにため息をついた連隊長は、意地の悪い笑みを浮かべ、粘りつくような視線をエレーナに向けた。

 下卑た想像をそのまま映したような、気味の悪い視線だった。

 

「……で? 臆病者の植民地軍から来られた『参謀』殿は、この状況をどう見るのだ?」

 

「はっ、すでにニホンと接敵しているものと思われます。交信の状況からして、敵は我々の偵察能力よりも……」

 

「ほう、ではお前も他の参謀と同意見か」

 

「他の方と同じかどうかは分かりかねますが、ここはまず状況の把握に動くべきです。一度後退して、もう一度斥候を放ってみては?」

 

「ふん、やはり腰抜けは腰抜けだな。……植民地軍出身の分際で、この赤竜騎兵団に加われただけでも感謝すべきだというのに」

 

 予想どおり、彼がエレーナの助言など最初から聞く気がないのは明白だった。

 そもそも、彼との仲は最初から険悪だった。当然だろう。エレーナがここにいるのは、彼の能力への疑問がきっかけなのだ。そのくらいは彼も分かっていただろう――あるいは、それすら気づいていないのかもしれないが。エレーナとて、仲良くしたいとは思っていなかった。

 だが、そのことと助言を受け入れることは別の話だ。そんな常識的な判断すら、彼にはできないのだ。

 

 加えて、女が戦車に乗るべきではないなどと前時代的な価値観で喚くのだから、たまったものではない。

 彼女も一刻も早くここを離れたかったのだが、後退の提案など彼の考慮にすら入らない。むしろ、今の一言で後退という選択肢そのものが消えてしまったのかもしれない――そう思うと、下手を打ったかと、エレーナは形のいい唇を噛みしめた。

 

 ――こんな奴らと犬死にするのは、ごめんだ

 

 そんな彼女の思いとは裏腹に、連隊長は声を張り上げて宣言した。

 

「主攻の奴らがやられている? ふんっ! 好都合ではないか! 弱小ニホン軍なぞに手間取っている奴らに、我ら赤竜騎兵団の力を見せつけてやる好機だ!」

 

 その目には、本流から外された自分が手柄を立てることしか映っていない。

 それに便乗して、周りの太鼓持ちの参謀たちまで賛同するのだから、自殺志願者の集まりとしか思えない。

 

 『戦場では、いい奴と無謀な奴から先に死んでいく』――先輩の言葉を思い出す。この男たちは後者の典型だろう、とエレーナは思った。

 

 

 

 ドーン、という不気味な重低音が聞こえてきた。

 比較的防音に優れたこの指揮車両の中でも聞こえるのだから、相当な大音量だったに違いない。エレーナは、自分の心臓が早鐘を打つのを、いやにはっきりと感じた。

 

 自分がいま、ちゃんと立っていられるのか自信がない。

 

 吐き気がする。

 

 背中に嫌な汗をかく。服が張りついて気持ち悪い。

 

 死神の足音が、すぐそこまで近づいてきている――そんな気がした。

 この車両は動く棺桶だ。先頭の車両はすでに戦闘に入っているらしく、さっきから途切れず届いていた報告が、ふっと途絶えた。

 

 彼らが帰らぬ人となったのは明らかだ。だというのに!

 

「前進、前進だ!」

 

 無能はただ、その命令を繰り返すのみだ。一度、態勢を立て直すべきなのに。

 だが今や、運命の鍵を握っているのは自分ではない。目の前の馬鹿なのだ!

 

 この地獄のような状況に耐えていられる他の参謀たちが、彼女には信じられなかった。一部の太鼓持ちのような幸せな馬鹿以外は、薄々でも気づき始めているだろうに。

 今回が初陣というわけではない。これまでも、それなりの修羅場をくぐってきたという自負はある。だが、信頼できる仲間がおらず、自分の運命を自分で決めているという実感もない戦場は、初めてだった。

 

 ――そんな戦場が、こんなにも恐ろしいとは!

 

 一秒後に吹き飛ぶ自分の姿が、ありありと想像できる。

 想像できるがゆえに、こんなにも、恐ろしい。

 

 ――死にたくない、犬死にしたくない!

 

「おいっ! エレーナ参謀! どこに行く!」

 

 怒号を背に、彼女は士官室を飛び出した。

 勢いよく扉を閉め、がむしゃらに出口を目指す。大型の豪華列車にも似たこの指揮車両の後方には、一応の脱出口があったはずだ。走行中の車両から飛び降りるなど正気の沙汰ではないが、このままいけばもうすぐ死ぬ――その確信が彼女にはあった。

 

「! エレーナ少佐! いったい何が……」

 

「そこをどけぇっ!」

 

 走りながら、エレーナは腰のホルスターから、士官にだけ許された拳銃を抜く。銃口を向けて叫ぶ彼女の剣幕に圧されたのか、出口を守る兵士は悲鳴を上げて扉の前から飛び退いた。

 

 ――あと、八メートル

 

 時間が引き伸ばされたように、すべてが遅くなる。今にも暴れだしそうだった心臓が、急にゆっくりと脈打ちはじめた。

 

 ――あと、六メートル

 

 後ろから追ってくる気配がする。捕まれば、もう逃げることは叶わないだろう。このまま棺桶に閉じ込められたまま、ニホンに棺桶ごと潰されるのだ!

 

 ――あと、三メートル

 

 あと少し、あと少しで……

 

 そのとき、エレーナは背中に、いつもの気持ち悪さとは違う何かを感じた。

 

 気持ち悪さというより、どこか生暖かい、そんな何か。

 

 それは一瞬でエレーナを包み込み、前にいた兵士もろとも吹き飛ばした。

 

 その瞬間、彼女の頭に浮かんだのは、生まれ育ったノドコールの片田舎だった。

 

 ――ああ、帰りたい、私の故郷!

 

 それが、彼女の最期の意識であった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ローリダ共和国 十二月十日 首都アダロネス 元老院議事堂

 

 

 臨時会は事前の準備もなく、唐突に開催が決まった。

 

 しかし、ルーガ=ラ=ナードラにとって、その開会が何を意味するかは、たやすく予想できるものだった。

 対ニホン戦争について一斉にプロパガンダを流していたテレビやラジオは、ある時期を境に現地の情報を流さなくなった。軍と密接な関係を保つ彼女は関係各所に問い合わせたが、どこもはぐらかすばかりで、正確な情報一つ手に入らない。

 つまり、軍内で大規模な情報統制が行われているということだ。

 

 それが指し示すことは一つ。今回の戦争について、何か後ろ暗いことがあるのだ。

 

 そう考える彼女の脳裏に、あの言葉がよみがえる。

 

『このままローリダ共和国と日本が戦えば、ローリダは必ず負けます』

 

 その言葉を振り払うように、元老院議事堂へ向かう車の中で、ナードラは頭を振った。

 

 

 

「……クルセレス小父」

 

「おはよう、ナードラ。……気分が悪そうだな、大丈夫か」

 

「……はい」

 

 議事堂の前でナードラが出会ったのは、遅刻で有名なクルセレスだった。巨体を左右に揺らしながら歩いてきた彼と合流し、二人で議員席へ向かう。隣の大男は、ただの寝坊癖のある議員ではない。卓越した政治センスと回転の速い頭脳で、皆から一目置かれる存在だった。

 そんな彼が、いつもより厳しい議事堂の物々しい警備を見て、ふむう、と小さく唸る。

 

「クルセレス小父?」

 

「ナードラは、これをどう見る?」

 

 その問いかけは、答えを求めているという風ではなかった。

 それでも、彼女は少しの嬉しさを感じた。その問いが、尊敬すべきこの小父に対等のパートナーとして認められた――隣を歩くことを許された――証のように思えたからだ。

 

 生まれてこのかた、彼女はこの小父が苦手だった。

 

 それは、認められたいという気持ちの裏返しだったのかもしれない。

 

 そして、そう思うからこそ、胸の奥にくすぶる思いを相談できずにいた。その不安を吐露すれば、せっかく対等に並べたかに思えた小父に、弱みを見せることになる気がして。

 だから、臨時会の中身には踏み込まず、警備の表面をなぞるだけにとどめた。

 

「水も漏らさぬ警備ですね。普通ではあり得ない、少し異常な……これは、中からの漏洩を防ぐため……?」

 

「……かも、しれんなぁ」

 

 曖昧な言葉を、クルセレスはゆっくりと呟いた。

 

 ――やはり、この人は苦手だ

 

 クルセレス=ド=ラ=コトステノン。前植民地軍総司令官エンクルマとも親交が深いと噂されるこの男を、ナードラはどうにも掴みきれないのだった。

 

 

 

 席に着いたナードラは、開会を前に集まってくる議員たちの纏う空気が、いつもと違うことに気がついた。

 いや、議員全体というわけではない。誰がどこに座っているかを見ると、その理由がおぼろげながら見えてくる。

 特に、平民派が集まる一角の空気は尋常ではなかった。

 

 ――彼らは、戦況について何か掴んでいる?

 

 そう思っても、推測の域を出ない。その真意を知るには、おとなしく開会を待つしかなさそうだった。

 

 ようやく、開会を告げるベルが鳴る。

 静まり返る議事堂。そして第一執政官が入ってくると、水を打ったような静けさを吹き飛ばすように、どよめきが議場を覆い尽くした。

 

 ナードラもその姿を見て、驚きのあまり開いた口がふさがらない。

 

「なぁっ!」

 

 第一執政官カメシスとともに議場に姿を現したのは、ドクグラム大将ではなく――ここにいるはずのない前植民地軍総司令官、ティム=ファ=エンクルマだったのだ。

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