【仮想戦記】 The Islands War 二次創作 作:perry
ローリダ共和国 十二月十日 首都アダロネス 元老院議事堂
「なぁっ!?」
第一執政官カメシスとともに現れたのは、誰もが予想していたドクグラム大将――国防相を兼ねる国防軍の首魁――ではなく、ここにいるはずのないティム=ファ=エンクルマであった。思いもよらない人物の登場に、議場は当然のごとく騒然となる。
驚きのあまり思わず声を漏らしてしまったナードラだったが、どこかで納得している自分にも気づいていた。むしろ彼の登場で、喉の奥に引っかかっていた小骨がとれたような思いすらする。
だが、そういう議員ばかりではないことは、いっこうに収まる気配のないこのざわめきからも明らかだった。
ナードラは、隣のクルセレスを横目でちらりと窺う。彼は何かを考え込んでいる様子で、浮ついた空気のなか、ひとりだけ別の場所にいるように見えた。
その巨体を隣に感じていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
さっきよりも冷静な目で、壇上の二人を見られるような気がした。
議場中央の壇上に立つエンクルマは、軍服姿だった。前植民地軍総司令官である彼には、本来もう軍服を着ることは許されていないはずだ。いつもの野暮ったい眼鏡をかけた彼は、騒然とした議場をぼんやりと眺めている――ナードラにはそう見えた。
対して、いつもの溌剌とした空気をまるで感じさせないのが、執政官カメシスである。
良くも悪くも、常に目を輝かせて周りをきょろきょろと窺っている人物――ナードラは彼をそう見ていた。常に新たな獲物を探す、貪欲な猛禽。そう評するのが正しい人物像だったのだ。
しかし、今の彼はどうか。
猛禽のような目はなりをひそめ、すっかり"老いた鳥"という印象だ。
――いったい、何があったのだ?
その中身までは、ナードラにも想像できない。
しかし、このあとに続く大きな流れなら、容易に想像できそうな気がした。
ざわめきが収まるまで、十数分はかかっただろうか。もっとも、実際に計ったわけではないから、本当はもっと短かったのかもしれない。
その間、壇上の二人は一言も発しなかった。
ようやくざわめきが静まり、皆の注目が壇上へ注がれる。怯えた顔の書記官が臨時会の開会を宣言したのは、ようやくこの時になってからだった。
いくらか疲れた顔のカメシスが進み出て、マイクに向かう。
「あー、諸君。我が精強なる国防軍とニホン軍との戦闘がすでに始まっていることは、諸君らもご存じのことと思う。しかし、その状況を……」
ここでカメシスは、くたびれた顔を平民派の集まる一角へ向けた。
「……知り得ている者も一部にはいるかと思うが、大部分の議員諸君は知らないだろう。わしはこの戦争について、ドクグラム国防相をはじめとする国防軍に一任しておった。そして今の今まで、緒戦の勝利を疑うこともなかった……しかし、事態は急を要する深刻な状況にある。前植民地軍総司令官――エンクルマ殿の報告によって、それが明るみに出たのだ」
議場が再びざわめく。この臨時会の目的が、いよいよ明らかになってきたからだろう。
平民派の面々は一度腰を浮かしかけたが、エンクルマの名が出たとたん、椅子に座り直した。周りの若い議員たちは、平民派の重鎮ヴァナスのほうを不安げに見ている。
ヴァナスは目を閉じ、腕を組んでいた。
『今次の戦争に何か問題が生じたのなら、国防軍の代表をここに召喚するのが筋ではないかっ!?』
そんな野次が、どこからともなく飛んでくる。
そうだ、その通りだ――賛同の声が上がるなか、青ざめた顔のままカメシスは頷いた。
「確かに、その通りだとわしも思う。しかし、前線にいる国防軍首脳には連絡がつかんのじゃ。もちろん、今は有事ゆえ、正確なことは言えんという事情も多少はあるかもわからん。しかし、一切の情報をよこさないというのは……あまりにも不自然じゃ」
そう言って、カメシスはちらりとエンクルマを見やった。
「そこへ、エンクルマ殿からの報告が入ってな……今回の臨時会を開いた理由は、諸君らにも理解していただけたと思う。
さらに悪いことに、ドクグラム国防相とも連絡すらつかんのじゃ」
その最後の一言は、議場にいるすべての議員に衝撃を与えた。
国防相は、前線で直接戦うよりも、後方で全軍を差配するのが本来の役割と見なされている。その彼がここに姿を見せないということは、それこそ前線で何かが起きているということなのだ。
最初の衝撃の余韻が収まらぬうちに、カメシスはマイクをもう一人へと譲った。
頷いたエンクルマは、ゆっくりと話しはじめる。
「どうも、エンクルマです。私がここにいる経緯は、先ほどカメシス閣下がお話しになったとおりです」
そう切り出したエンクルマは、いつものぼんやりとした彼ではなかった。
言いたいことを短く的確に伝えようとする、軍人然とした物言い。それが事態の深刻さを物語っているようで、皆は彼の次の言葉をじっと待った。
「ここで私が言葉を重ねても、何かが決まるとは思いません。今、前線で何が起きているのか――それを記録した映像がありますので、まずはそれをご覧いただきたい」
それだけ言うと、エンクルマは右手で議場の袖に何か合図をした。
同時に、議場の上から白い幕のようなものが降りてくる。神聖であるはずの元老院にはおよそ似つかわしくない、どこか暴力的なまでの真新しさを感じさせるものだった。
並行して、何かの機械が議席の中段へと運び込まれる。
不思議なことに、さっきまで浮ついていた議員たちも、呆気にとられたのか、おとなしくその作業を眺めていた。
やがて、議場の明かりが落とされる。
中央の機械が低い唸りを響かせはじめたかと思うと、目の前に大きな森が現れた。
――森? ここは……
一瞬そう思ったナードラだったが、思考はすぐさま別のところへ滑っていく。
――これほど鮮明で巨大な映像を映す機械など、見たことがない!
実のところ、ナードラはこの不思議な機械の出所に薄々気づいていた。
しかし、そのことを深く考える前に、目の前に広がる映像に飲み込まれてしまう。
森というより、どこかの山の中腹だろう。なだらかな斜面を数人が登り、腰を落ち着ける場所を探しているようだった。斜面を登っているというのに映像にぶれがないところを見ると、撮影した者はよほど腕がいいに違いない――もっとも、この映像の撮り方が、自分に想像できる範囲のものであればの話だが。
開けた場所に出ると、そこはちょうど崖の上で、眼下を見下ろすことができた。
映像は、素直に崖の下へと向けられ……
『あっ!』
声を上げた議員は、何人いただろうか。
その数少ない一人だったナードラには、画面に映る場所に心当たりがあった。これは空軍前線基地、スルヴェス02ではないか。
基地を見下ろすその映像は少し緑がかっていたが、ローリダ最先端の技術をもってしても実現できないほど鮮明で、細かいところまで見えそうだった。
森を切り開いて造られた細長い基地の端には、今にも飛び立とうとしている戦闘機や爆撃機が数機見える。
何が映っているのか分からなかった議員たちも、戦闘機を見て状況を理解したようだ。
プロペラ機の爆撃機ルデネス10が六機ほど整然と並び、プロペラを回している。一斉に回るプロペラは、後に続く同じくプロペラ機のギロ10と相まって、見る者を圧倒する光景だった。
これらが今から蛮族ニホン人の上空を悠々と飛び回り、爆弾という天誅を下す――その光景を思い描けた議員は、恍惚にも似た優越感を覚えたことだろう。そういう壮大な光景だったのだ。もちろん、この映像がこれまで見たどの映像よりも大きく精緻だったことも、それを後押ししたに違いない。
映像に見入っていた多くの議員が、遠くから聞こえる不吉な音に顔をしかめた。
ナードラは、その音がローリダ最新鋭のディガ12の音に似ていることに気づいた。
――それが、何を意味しているのか?
そんな疑問が頭をもたげたが、ナードラがその思考に没頭する前に、映像は突然基地の上空を映した。ざわめく声は、画面の向こうから聞こえてくるようだ。
不吉な音はだんだん大きくなっていく。そしてついに、映像がその音の正体らしき物体を捉えた。
――光る……流れ星?
天体のように見えるそれは、天体にしては近すぎた。その音も、天体にしては人の意思を感じさせる、鋭く攻撃的な音だった。
流れ星は、さらに高度を下げながら、山のほうから基地の上空へ向かってくる。
ようやく基地の人間たちが異変に気づき、空を仰ぎはじめた。だが、それはすでに上空へ滑り込もうとしている。
その時、流れ星から何かが落ちた。
流れ星なら、それは流れ星のかけらに違いない――しかし、そんな夢のあるものではないと、ナードラは確信していた。
――あれは、おそらく……
かけらは、ぼろぼろと脆く崩れるように落ちてくる。機体の周りの整備員たちも、もはやそれを眺めることしかできない。
それらが着弾した時、地面に花が咲いた。
土色の、汚く地味な花――きのこのようなそれが、地上に次々と現れる。崩れ落ちたように見えた破片の一つ一つを中心に咲き、それに巻き込まれた機体はすぐに見えなくなってしまった。
遅れて、大きな音が届く。
爆発音。
鳥肌が立つのを感じながら、ナードラは自分の確信が正しかったことを恨めしく思った。
爆発は正確に、機体や滑走路を狙っていく。後続からばら撒かれたかけらたちが、次々と基地を破壊し尽くしていった。
目を凝らすと、逃げ惑う兵士たちが見える。だが、機体に乗っていた者は逃げることさえできなかっただろう。土色の花が風に吹き払われた後の基地は、ひどい有様だった。
滑走路には大きな穴が等間隔に並び、スルヴェス02は飛行場としての能力を完全に失っていた。等間隔の大穴は、この爆撃がどれほど正確に行われたかを物語っている。
――爆撃?
自分の思考に自然と浮かんだこの単語に、ナードラは小さな違和感を覚えた。
――そうだ、この『爆撃』は……
その先に続く結論を、彼女は認めたくなかった。
しかし、目の前のすべての状況がその結論を指し示している。緊急の臨時会、国防軍の情報統制、前線を写したという映像……
――つまりスルヴェス02は……自分たちが嘲り笑ってきたニホンに先手を取られ、爆撃を受けたのだ!
その後も、映像は無情にも、破壊し尽くされた基地の様子を映し続ける。
『……親父さん、どうやら本当にやられたみたいですよ』
『……そのようじゃのう』
『あの、大丈夫ですか?』
映像から、撮影者らしき人々の会話が聞こえてくる。「親父さん」と呼びかけた若い男の声と、彼らを気遣う女性の声だった。
それきり押し黙った彼らも、目の前の光景に言葉を失っているのだろう。
穴だらけの滑走路の向こうには、破壊されたギロ18戦闘機も見える。この後の任務に向けて羽を休めていた銀翼は無残に折れ、二度と飛べそうにない。
壊滅――まさにその言葉がふさわしい光景だ。そしてそれが意味するのは、ニホンが制空権を握るという最悪の未来だった。
ブンッ、という鈍い音とともに、元老院に明かりが戻る。見ると、小間使いたちが先ほどの機械や道具を片付けていた。
議員たちは、まだ衝撃から我に返れずにいるようだった。
あれほどあからさまな証拠を見せられて、理解できない者などいないだろう。
つまりニホンは弱小な野蛮国家などではなく、我らが国防軍の基地に先手を打ち、壊滅せしめるだけの力を持っていたということだ。
……いや、回りくどい言い方はよそう。ニホンは、最強を誇ってきたローリダ国防軍よりも強い、ということだ。
それを裏付けるように、呆然とした顔をさらす議員たちに、エンクルマが追い打ちをかける。
「……ご覧いただいたのは、スロリア中北部に位置するスルヴェス02への爆撃の様子です。ご存じの議員もおられると思いますが、スルヴェス02は前線基地であり、ニホンへの先制爆撃の任を負っていました。
しかし、ご覧のとおり基地は壊滅。補足しておきますと、ニホンの先制攻撃はこの一件にとどまらず、ほかの基地も爆撃を受け、国防軍は戦闘初期に制空権を喪失しております」
度重なる衝撃に、もはやざわめきすら起こらない。
エンクルマは手元の紙に目を落とし、淡々と被害状況を読み上げていく。
「また、制空権を失ったままの無理な行軍と、予想以上に精強なニホン軍との決戦によって、赤竜騎兵団は……壊滅。スロリア中部は完全にニホン軍の支配下に入っております。
加えて申し上げますと、ニホン軍の精密な砲撃や奇怪な兵器によって各指揮所の連絡網は断たれ、各部隊が孤立している状況です。このままでは、連携の取れないまま各個撃破されるでしょう」
驚きも度を越すと、人は声すら出なくなるものだ――ナードラは、昔聞いたクルセレス小父の言葉を思い出した。その言葉どおり、議場は気味が悪いほどの静寂に包まれていた。
その静寂の中、一人手を挙げる者がいた。
平民派の重鎮――デロムソス=ダ-リ=ヴァナスである。
発言を許されたヴァナスは、ゆっくりと口を開いた。
「先ほどの……エンクルマ殿の報告には、誠に驚きを隠せない。本当かどうか……分からないというのが、他の議員諸君の率直な心中だろうと思う。……あるいは、信じたくないのかもしれんな」
そう言って、ヴァナスは口を歪めて笑った。
「誠に遺憾ながら……いや、幸いなことに、ここに彼の報告を裏付ける報告がある。民生保護局長官ロルメス=デロム=ヴァフレムスが我らに送ってきたこの報告書にも、同じことが――ニホン軍の優勢が書かれておるのだ」
彼は分厚い報告書を振り上げ、言い放つ。
「わしは……ここにある報告書を真実だと考えておる! そして、今しがたエンクルマ殿が報告した惨状も真実であるとっ!」
ここでようやく認識が現実に追いついたのか、議場は爆発的な怒号に包まれた。
事の大きさに呆然とする者、この戦争に負けた時の損失の大きさに青ざめる者、向け先の分からない怒りに顔を赤らめる者……
全員に共通していたのは、将来への不安だろう。
――負けたとして、この国の経済はどうなるのか?
――植民地は反乱を起こすのではないか?
――それより、このままニホンがここまで攻め上ってこないという保証など、どこにもないではないか!?
恐慌に陥る議会の中で、ナードラはこの情勢について思考をめぐらせていた。
まず、遠い地――スロリア亜大陸で起きていることを認めなければならない。
ローリダ国防軍が、ニホンに負けているという事実を。
――悔しいが、エンクルマの『予言』が正しかったことを認めなければならないのだろう
そう思いながら、ナードラは壇上に佇むエンクルマを見た。
軍服姿の彼は相変わらず口を一文字に結び、一分の隙もない。彼の目に、この議場はどう映っているのだろうか? 突然のことに狼狽え、ただ右往左往するばかりのこの有様を見て、何を思うのだろうか?
――いや、この状況は、彼の予想していたとおりなのでは?
この後、彼は何をするつもりなのか。ナードラは考えてみる。
――ただいたずらに敗戦の報を知らせ、この混乱を生み出したのだろうか? 植民地軍司令官の地位を追われたことを恨んで? その報復に?
――いや、そうではないだろう。何かを仕掛けるつもりで、彼はこの情報という爆弾を投下したのだ
「先ほどご覧いただいた映像機器は、すべてニホン製のものです。植民地軍情報部が手に入れてきたそれは……画質からもお分かりのとおり、我らローリダの技術とは隔絶しております。彼らの技術は、こちらより数世代先を行っているのです。
それだけの技術があれば、兵器の力の差も歴然でしょう。そしてそれは実際に前線の兵士たちに襲いかかり、今もニホン軍は進撃を続けている……」
エンクルマは、分かりきったことをあえて説明する。
青ざめた議員たちは、その言葉に必死に耳を傾けていた。
「彼らは、私たちよりも性能のいい兵器を持っているのです。彼らが勝ち進めば? このアダロネスまで攻め込んでくれば? 私たちは戦争に勝ったあと、何をしてきたでしょうか? 私たちにできたことを、彼らができないはずがありません」
言葉少なに、エンクルマはこの先ローリダを待ち受けるであろう未来を暗示する。
ローリダが戦争に勝ったあとに何をしてきたか――この元老院にいる者なら、大なり小なり知っている。圧倒的な武力の前で降伏文書に署名させることから始まる、占領、略奪、破壊。それによって富を築いてきたのが、ここにいる元老院議員たちなのだ。想像できないはずがない。
それが一度自分たちに向けられるとなれば、背筋が凍りつかない議員はいなかった。
そんな彼らに、エンクルマはさらなる糾弾を加える。
「……国防軍は、確かに装備の面で劣っていました。しかし、それ以上に非難されるべき点も多いと思われます。たとえば、軍事に詳しくないカメシス閣下を欺き、判断を誤らせた点。また、報告の中にも散見されるのは、利権に支配された硬直的な人事によって、無能な者が指揮権を握っている点です。
その責任は彼らにもありますが、より非難されるべきは、彼らにおもねり、利益を得ようとする輩でありましょう。特に、戦争で儲かる商売に手を出している方は、この中にも大勢いらっしゃるかと思いますが――あなた方こそ、そういう輩ではありますまいか。戦争をしたい国防軍の尻馬に乗り、軽薄にも、この国を滅亡へと追いやったのです。その罪は万死に値する……」
エンクルマの言葉は、容赦なく議員たちに突き刺さる。
それは、ナードラも同じだった。
結果的には、ナードラの交渉によってこの戦争が始まったと言ってもいい。最後の引き金を引いたのは、彼女なのだ。
少し涙目になった自分を隣の小父に見られたくなくて、ナードラは顔を背けた。
『このままローリダ共和国と日本が戦えば、ローリダは必ず負けます』――あのエンクルマの言葉が、心に刺さったままじくじくと痛みだす。
――あの時、彼の言葉に耳を傾けていたなら……
誰もが声には出さないが、心の中では悔いていたことだろう。
彼らは、エンクルマを辞任に追いやったも同然なのだから。
そして、エンクルマはこう締めくくった。
「私は恥ずかしながら"常勝将軍"と呼ばれておりましたが、もし私がこの戦争の指揮をとっていたとしても、勝つことはできなかったでしょう」
それは、議員たちの心の奥底に残っていた最後の希望をも打ち砕く一言であった。