【仮想戦記】 The Islands War 二次創作 作:perry
ローリダ共和国 十二月十日 首都アダロネス 元老院議事堂
議場は奇妙な静寂に包まれた。
この期に及んでも、議員たちはまだこう思っていたのではないか――ナードラはそう思う。
『エンクルマが植民地軍に戻り、国防軍を助けてニホンに打ち勝つ――』
今どきの青臭い若者でさえ見ないような、甘い夢。彼らはそれを、いまだに信じていたのではないだろうか。だからこそ、当たり前の確認にすぎない彼の言葉に、これほどの衝撃を受けたのではないか?
そんな妄想ともいえる夢を、エンクルマはばっさりと切り捨てたのだ。
静寂は、どこか粘りつくようだった。
その重さを自分の肩にも感じる――ナードラはそんな気がした。周りの議員たちは、叱られて拗ねた子供のように壇上から目を背け、視線を泳がせている。
その戸惑いが見当違いの怒りへと変わるのも、そう遅くはないだろう――辺りを観察しながら、ナードラはそう思った。
――さぁ、どうするのだ、エンクルマ……!
エンクルマは冷めた目で壇上から見下ろし、ゆっくりと議場を眺めまわす。
その視線を真正面から受け止める猛者は、この場にはいない。議員たちのふてくされたような態度が、ナードラの癇に障った。
そして、エンクルマはもったいぶった口調で、こう言い放った。
「……しかし、勝てないまでも、負けないことはできるかもしれません」
その瞬間、うつむいていた者も、視線を宙にさまよわせていた者も、ほぼ全員の目がエンクルマに集まった。
さまざまな感情を乗せたその視線は、熱ささえ感じられるものだった。
居心地の悪そうな様子で、カメシスが隣のエンクルマからマイクを引き取り、説明を引き継ぐ。
「……ということで、わしはこのエンクルマ前司令を、独裁官に推挙しようと思う」
その言葉に、ナードラは横から思いきり頭を殴られたような衝撃を受けた。
――『独裁官』っ! あの埃をかぶった遺物を、引っ張り出してくるとは……!
さて、この衝撃をナードラと共有できた議員は、議場に何人いただろうか?
彼女ら以外の大多数のために、先ほど機械を用意した小間使いたちが、独裁官についての資料を配りはじめた。この用意周到さからして、ここまですべてが壇上の軍人の思惑どおりに進んでいる――ナードラは改めてそう確信した。
独裁官――その来歴をたどれば、この国が迎えた一大危機であり、エンクルマが歴史の表舞台に上がるきっかけとなった事件、『転移』にたどり着く。
来歴としては近代の話だが、制度の骨組みそのものは、この国の興りと時を同じくして生まれたと言っても過言ではない。この制度が理想としたのは、初代執政官であり、この国の首都の名にもなっているアダロネスその人だからだ。
もっと正確に言えば、この制度の狙いは、『アダロネス』という英雄を人工的に創りだすことにあった、ともいえる。
つまりは、強力な指導力。ピラミッド型の、強力な中央集権の命令系統によって迅速な意思決定を下す――そういう制度を目指して、独裁官制度は作られた。いや、構想された、と言うべきか。
それは、この国が未曾有の危機にさらされた『転移』の直後に、時の執政官によって提案されたものである。
危機を前に、ローリダは一丸となる必要があった。何も分からない場所に放り込まれたことからくる、集団的な人見知りのなせる業だったのかもしれない。人と同じく、国も『転移』などという訳の分からないことを経験すれば、疑心暗鬼を生じるのも無理はないだろう。
そして、国が覚悟を決めるには、個人よりもはるかに多大な労力が要る。
その中心となる核も必要だった。
もともと執政官という役職は、その座にある者に一定の権限を与え、意思決定の効率化を図るものだ。そして、それと表裏一体の関係にある元老院が、執政官の暴走を監視する――そういう構造になっている。
転移当時の執政官が提案した『独裁官』は、簡単に言えば、この執政官の権限を大幅に強化したものということになろうか。
いや、その大幅な強化によって、『独裁官』は制度として執政官とはまったくの別物になっている。
まず、独裁官はその職にあるかぎり、元老院による権限の監視を受けない。
それどころか、もともと元老院が持っていた権限を、そっくり独裁官が持つことになっている。もちろん、提案書の記述とは微妙に表現が変わっているが、実質は同じことだ。
つまるところ、この制度のもとでは、元老院は文字どおり単なる協賛機関に堕ちるのである。
必然の結果として、それは大きな反発を招いた。
当然だ――それを可決することは、元老院自身による自殺にほかならないのだから。
しかし、執政官の主張もある程度は理解されていた。当時の元老院議員の中でも、多少頭の回る者は積極的に賛成の意を示したし、友人を説得して回る議員もいた。
その理由の一つは、当時の執政官自身が『独裁官』になろうとはしなかったことだ。独裁官候補として名が挙がっていたのは、当時名の売れていた軍人だった。自分がその座に就こうという、厚かましい魂胆から出た案ではなかったのである。
二つ目は、いわゆる安全装置が、提案にしっかりと組み込まれていたことだ。完全無欠、敵なしの『独裁官』に仕掛けられた爆弾――そのスイッチを握るのは現執政官と元執政官たちである――が爆発すれば、『独裁官』は崩壊するよう定められていた。問題はスイッチを持つ彼らだったが、いわゆる元老と呼ばれた彼らは、国民や議員から十分な信任を得ていた。
三つ目は――これは緩い縛りではあるが――これが国の平時を取り戻すための制度である、と明記されていたことだ。推挙される人物が軍人であることを踏まえた条件であり、それこそがこの制度の目的だった。この提案を推す者全員の総意でもあったに違いない。
しかし、これに真っ向から反対する者たちがいた。
意外にもそれは、軍の内部からだった。
彼らにとっての問題は、『独裁官』制度そのものにあったわけではない。
問題は、その"当時名の売れていた軍人"だった。
当時すでに、軍内は二つに割れていた。後の言葉を使えば、"国防軍的な一派"と"植民地軍的な一派"とでも言えようか。もっとも、この呼び方は時系列としてはあべこべである。彼らがその後袂を分かったことで、植民地軍と国防軍が生まれたのだから。
"国防軍的な一派"は、その『独裁官』が自分たち以外の一派から出ることを良しとしなかった。
まさに、そうした身内の争いをなくすために作られようとしていた『独裁官』制度は、生まれる前に潰されようとしたのである。現実の守旧派は、英雄の登場を待ってはくれない。
事実、守旧派はいち早く英雄を潰しにかかった。
声高に国民へ『独裁の危機』を叫び、中立の議員にはあることないことを吹き込んで危機感を煽った。
……いや、あることないこと、とまで言い切るのは"国防軍的な一派"に酷だろうか。誇張のきらいはあったが、『独裁の危機』が百パーセントないとは言い切れなかったし、制度にも大きな穴はあった。だが彼らの思考は一を十に膨らませるもので、利点と代償を比べるという、当たり前で普遍的な物差しを捨て去ったものだった。
結果、『独裁官』制度は元老院で否決された。
しかし、守旧派も実は無傷では済まなかった。
『独裁官』の次善の策として提案された、国防軍内の"出張組"と"国防組"の区分けに始まる、植民地軍の分割・独立案――その毒は、確実に守旧派を蝕んでいったのだから。
そして、それが今という現在につながっている……
「皆の手元に資料は行き渡ったかの……『独裁官』という制度に聞き覚えのある者もない者も、資料によく目を通してほしい。
この制度は劇薬じゃ。そして今のこの国には薬が必要だ、とわしは考えておる。劇薬は量によって薬にも毒にもなる……そのことを肝に銘じてほしい」
うつむいて資料に見入る議員たちの頭上に、カメシスの言葉が降り注ぐ。
ナードラは、配られた資料にざっと目を通した。
この『独裁官』という制度は、軍内ではある程度知られている。近代軍事史において、軍政の面でこの制度が与えた影響は小さくなかったからだ。もっとも、その影響の善し悪しについては、国防軍と植民地軍とで百八十度違う評価が下されていたが。
そういうわけで、ナードラにもある程度の予備知識はあった。
見るべき箇所も分かっている。
――問題は、"『独裁官』に仕掛けられた爆弾"だが……
――やはり……っ!
ナードラの見たところ、権限の面では以前の提案と特に変わったところはなかった。本来元老院が持つあらゆる権限――法律を審議し改廃する権限、高級官僚の任命権、条約を承認する権限など、共和国を支配するのに必要な諸権限――を独裁官とその秘書団に委ねる。相も変わらず極端なものだ。あの元老院最終勧告までも、そっくりそのまま独裁官最終勧告と名を変えて持たせているのだから、その徹底ぶりが分かろうというものだ。これは元老院を、あの民会と同じ地位にまで貶めることと同義である。
そして問題は、その圧倒的な権限を持つ独裁官を縛る鎖だが、それが……
――丸ごと、一切外されている!?
独裁官の罷免権を唯一持つ執政官は、独裁官の任命と同時に免官されるか、辞任することになっている。また、かつて元老と呼ばれた英雄たちは、もうこの世にいない。
唯一の制限らしきものといえば、これが国の平時を取り戻すための制度である、と記されていることくらいか。だがそれは、薄紙よりも頼りない縛りだ。
読み込んで事態を把握した議員の何人かから、困惑の声が上がる。
それはそうだ。いくら何でも、これは野放しが過ぎる。
――しかし、これ以外に、私たちは何か解決方法を見つけられるだろうか?
ナードラは自問したが、もちろん、いい答えなど浮かばない。
他の議員も同じようだ。皆、微妙な顔を崩さなかった。
遠い前線で敗走を重ねる国防軍、それを隠そうとする首脳部、勝利を疑わない民衆、軍内の対立……
それらを一度に解決する手段などないのは明らかだ。
もし一挙に解決するとなれば、それこそ英雄にしか成し遂げられないことなのだろう。
ナードラは目を閉じた。
――もう、打つ手はひとつしかないのか……
半ば諦めかけたその時、隣で何かが動く気配がした。
顔だけを向けると、そこにはようやく動き出したクルセレス=ド=ラ=コトステノンの姿があった。
彼は腕を挙げ、発言の許可を求める。その巨体ゆえか、存在感のある彼にはすぐに許可が下りた。
ゆっくりと立ち上がったクルセレスは、一度軽く周りを見渡してから口を開いた。あのクルセレスが発言する――否応なく、周りの視線が集まる。
「このクルセレス、皆の侃々諤々の議論を興味深く拝聴させていただいた。が、皆の議論の論点が、少しずつずれているのが気になる。
皆ももう分かっておろうが、この危機を――その責任追及はひとまず置いておくとして――解決する手段は、もう一つしかなかろう。それを、一部の者が唯一の解決方法以外を探そうとすることで、堂々巡りになっているように思えるが、どうかな?」
そう言って、クルセレスは一度話を切った。その間に自分の考えをまとめろ、とでも言うかのように。
議員たちがそれぞれ自分の意見を確かめたのを見計らって、クルセレスは話を再開する。
「さて、そうだとして、今私たちが話し合い、決めるべきことは何か? だらだらと貴重な時間を費やし、この国にさらなる危機を招き寄せるのは、この元老院による、この国への二度目の背任となろう。
ならば私たちは、今、最高を考えるのではなく、最善を考えるべきではないだろうか? この提案の穴を埋め、素早く送り出すのなら――彼を、エンクルマを、万全の状態で送り出すべきではなかろうか?」
演説の調子が出てきたクルセレスの言葉は、議員たちにゆっくりと染み込んでいく。
隣のナードラでさえ、十分に聞こえているのに思わず身を乗り出すほどの演説だった。
「穴というのは、この制度の肝――独裁官の暴走を止める何か、である。それがこの案にないというのは、いくら何でも看過できない問題だ。
……そこで、私は提案しよう。この制度の効力を、"この戦争が継続する間"に限ってはどうか?」
ここでクルセレスは少し間を置き、皆の反応を窺った。
「先ほどカメシス閣下はこの制度を劇薬にたとえられたが、薬として用いるなら、期間を守って用いねばならぬ。だらだらと続けば……毒にもなろう。
諸君の中には、彼にこれほどの権限を与えることに不安を覚える者もおるだろう。しかし、事態は急を要し、深刻なのだ。彼が自由に動き、この国を、あの強大なるニホンに対する勝利へと導くには、並大抵の権力では足りぬ――そう納得できないだろうか?
だからこそ、強力な薬を短期間だけ服用するのだ! 諸君は今、彼に対する二度目の裏切りをなすつもりか!? "常勝将軍"たる彼に、ここは任せてみようではないか!」
最後は身振り手振りを交えたクルセレスの熱弁が終わると、議場には再び奇妙な沈黙が訪れた。
しかしそれは、爆発の前の踏み込みにすぎなかった。
次の瞬間、爆発かと聞き違えるほどの拍手と、同意の声――! 先ほどの混乱よりも統一感を持ったそれは、議場を幾度も巡った。
空気が熱を帯びていくような錯覚を覚えるほどの共鳴は、雪崩のように膨れ上がっていく――ナードラにはそう感じられた。
その喧騒の中、マイクを渡されたエンクルマが、さらにそれを加速させる。
「……このエンクルマが、ニホンに決して負けぬことを約束しましょう」
議場の共鳴は、いっそう大きさを増していった。
喧騒の中で、ナードラはその波にいっこうに乗れずにいた。
この波に乗るのは簡単で、楽だ。しかしそれは、何か思考を放棄することにつながるのではないか――そう思わずにはいられなかった。
この流れを作り出したのが、隣のクルセレス=ド=ラ=コトステノンだということも、少しは関係しているのだろう。煽動というか、演説めいたもので人をその気にさせる技術はさすがだと思うが、どうにも気に食わないのだ。
しかし、だからといってナードラに代案があるわけでもない。異を唱える資格がないことも、彼女は重々承知していた。
流れは完全に、執政官とエンクルマの側にある。これから始まる採決で、先ほどの案は修正のうえ可決されるのだろう。修正というのは、クルセレスが指摘した点――独裁官を制限するはずの、"この戦争が継続する間"という縛りだ。
提案書には、『この国が戦争状態を脱した時に、独裁官はその任務を終える』と書き加えられている。ナードラは、こうした文言がことさら重視されることを知っていたし、それが意外とどうとでもなることも知っていた。
平時の、政争の具になるような場であれば、確かにそれも大切かもしれない。しかし、今という非常時に、そんなことが重視されるだろうか?
だいたい、ナードラにはこの制度そのものが、どこか空虚なものにしか見えなかった。法律や条約が効力を発揮するのは、その裏に何らかの暴力が存在する場合だけだ。しかし、彼が植民地軍の長に復帰すれば、その前提は簡単に崩れ去る。
なにしろ、その効力を保証する暴力を、彼自身が握っているのだ。こんな茶番――法律がただの紙切れになった時、それを守る馬鹿がいるだろうか?
「では、賛成の議員諸君は起立をお願いしたい」
賛成の議員たちが立ち上がる中、ナードラは座ったまま、ぼんやりとその様子を眺めていた。
彼らがある意味安心してこの制度に賛成するのは、自己保身や贖罪、いろいろなものが混ざった理由からだろう。エンクルマを信じず、まんまと国防軍に乗せられてしまったことへの贖罪。そして、これで許してもらおうという甘い期待もあるに違いない。それに……この戦争の責任を丸ごと投げ出してしまえる、というのもあるだろう。
――当然、その責任には大きな権限もくっついてくるのだが……
そういえば――とナードラは思い出す。エンクルマが一度クーデターを止めた、という事実も効いているのだろうか? 確か、そのことで彼に心酔した人物――ロルメスという名だったか――が、若い議員を中心にその話を広めていると聞いた覚えがある。
それを聞き及んだ議員なら、安心してこの『独裁官』制度に賛成するだろう。
すべてが、今のエンクルマにつながっている――そう感じるナードラは、不信感を抱かずにはいられなかった。
――あまりにも、出来過ぎている……っ!
どうやら、ナードラ以外の議員は全員起立したようだ。
座ったままのナードラに、周りの議員たちは驚きを隠せない。隣のクルセレスなど、顔を引きつらせている有様だった。
ナードラは、なぜか少し爽快な気分だった。
『……では、賛成多数により、ティム=ファ=エンクルマを独裁官に任命します』
引きつった顔の小父に、ナードラは微笑みかける。
この後に大きな不利益が待ち受けていることは、十分に分かっていた。
冷静な思考は起立を促すが、ナードラは決して立とうとは思わない。それが、自分でも不思議だった。
立ち上がって拍手する議員たちの中で、座ったままのナードラは目立ったのだろう。
『エンクルマ独裁官』の誕生を祝う拍手の中、無表情のエンクルマとナードラの視線がぶつかった。
だから、ナードラははっきりと見ることができた。
――エンクルマが、ナードラのほうを向いて、にやりと笑ったのを
◆◆◆
ローリダ共和国 同日 首都アダロネス 第一執政官カメシス邸
「あれで、良かったのかね?」
カメシスが問うと、エンクルマは静かに頷いた。
「ええ、すべて予定どおりです。カメシス閣下もご苦労様でした」
「ふんっ……わしの引退に協力してくれるのだからな、これぐらいは容易いことじゃ。なぁ、ドクグラム?」
先ほどまで元老院の壇上にいた二人――カメシスとエンクルマ――の視線が、部屋の中央のソファに注がれる。
そこには、ワインを片手に、どこかおもしろがるような表情を浮かべたドクグラム国防相の姿があった。
「いや、お二人の議会での演目、十分に楽しませていただきました。時には舞台に上がるのではなく、観劇というのも悪くないですな」
そう言って笑うドクグラムは、どこか晴れ晴れとした気配さえ漂わせている。
カメシスはにやけ顔でその様子を眺めた。隣のエンクルマは、相変わらずの無表情だ。
「ドクグラム殿には、まだ舞台を降りてもらうわけにはいかないんですがね」
「むぅ……この敗者に、まだ働けと独裁官殿は仰るか!」
ハハハ、とドクグラムは笑う。手にした酒は、いい方向に効いているようだった。
「ええ……あなたには、『独裁官』に対立する輩のまとめ役をやってもらうんですから。いわば、ゴミを掃く前に撒く茶殻、ですか」
あまりの言い草に、カメシスは思わずぷっと噴きだしてしまった。
そんな言葉を聞いても、ドクグラムは機嫌のいい顔を崩さない。
「はは……ああ、自分の役目を精一杯務めさせていただくとしましょう」
「ええ……お願いします」
「……にしても、対立しているとされるお二方が裏でつながっているなんぞ、言われても信じる者はおらんじゃろうなぁ」
巷では激しく対立しているとされる二人の権力者を前に、カメシスは目を細めた。
その言葉に、ドクグラムは笑って答える。
「物事というのは、高度になればなるほど予定調和だったりするものですよ、カメシス閣下。それが公開されているかどうかは、その時々によりますがね」
◆◆◆
ノドコール 同日 首都キビル 参謀本部 控え室
「な、それは本当か! そんな……そんな馬鹿なことがあり得るのかっ!」
『ええ、そんなことがあり得るのですよ、カーナレス従兄上。翌日には担当官や植民地軍の参謀らがそちらに向かいますので、それなりの対応をよろしくお願いします。……いいですか、カーナレス従兄上――独裁官の権限は巨大です。くれぐれも、下手なことはしでかさないようお願いしますよ』
「ま、待てっ! 国防軍が終わるのは、お前の終わりと同じなのだぞ、ドクグラム! それでもいいのか!?」
『……後ほど、独裁官の詳細をファクシミリでお送りします』
「……ドクグラム、わしを見捨てるのか?」
『カーナレス従兄上を見捨てるわけがないではありませんか。帰ってきても、人並みに暮らしていけるだけの給金は差し上げますし、郊外の大きな家も探して差し上げましょう』
「こ、この……ドクグラムっ!」
『……失礼』
電話が切れるより先に、受話器からのドクグラムの声は途切れた。
カーナレスが、電話を床に叩きつけたからだ。
「か、カーナレス閣下……」
「馬鹿な……そんなことがあり得るのか……? エンクルマは、どんな魔法を使った!?」
鼻息荒く猛るカーナレスを前に、気弱そうな顔をした秘書はぶるっと身震いした。
彼は、能力ではなく、その正直さを買われてカーナレスに雇われた秘書である。この場合、カーナレスの言う正直さとは、すなわち小心のことだった。
「……くそっ、このままで終わるわけにはいかぬ……」
「あの……カーナレス閣下? 何があったのですか?」
「うるさいっ! 黙っておれ!」
カーナレスはどすどすと足音も荒く、ぶつぶつ呟きながら机の周りを回る。
秘書は、それを不気味そうに眺めていた。
「……あいつは、ようやく駒を使えるように仕立てたと言っていたな?」
「あいつ、とは……」
「ドクターだ! ……これまでいらぬ金ばかりかけさせおって……少しは役に立ってもらわぬとな」
そう言って、カーナレスは歪んだ笑みを浮かべた。
「ちょうどいい駒が……確か、女だったな。あいつを使う」
「はぁ……」
「今に見ておれ、エンクルマ……これは何かの間違いなのだ……」