【仮想戦記】 The Islands War 二次創作 作:perry
ロマリア軍がアルカディアから退却したあと、俺たちはまだ赤く燃え上がるアルカディアを遠目に眺めながら陣を張った。その際に簡単な野戦陣地を構築するのも忘れない。アルカディアから焼け出された植民地人が郊外に出てくるものと予想されたからだ。
しかし、どうも予想は外れたらしく、多くの命を奪った大火から逃れ得た人たちも、こちらとは反対側へ逃げていた。こちらに来ても撃たれるだけだと分かっていたのだろう。
興奮冷めやらぬ一夜をその場で過ごした翌日、遠くからゆったりと行軍する共和国国防軍が見えた。代表者として俺とアドルフが指導車へ向かう。
「おお! エンクルマ中尉! 無事だったか!?」
「大佐です、システマ中佐」
「ああ、そうだったな。ではエンクルマ大佐、現時刻をもって野戦任官を解く」
「分かりました」
「まあまあ、そう硬くなるな。で、どうだったんだ?」
俺とアドルフは、ロマリア軍を撃退した経緯を手短に説明した。
「なるほど……。少ない兵力にも関わらず、奇抜な作戦を用いてロマリア軍を撃退。エンクルマ中尉、君は英雄だよ! 素晴らしい!」
少ない兵力はお前らのせいだ、なんてことはそっと心の中にしまっておく。沈黙は金なり。
「そうなると、司令達がどこに行ったかが気になるところだが……」
結局、彼らはその後も音沙汰なしだった。あの火の中で焼け死んだのかもしれない。出てきたところで、どうせ軍法会議か、少なくとも降格は免れないだろう。
「あの、もし司令が焼け死んでいたとしても」
「ん? ああ、大丈夫だ。英雄にそんな形で報いたりはせんよ」
ははは、と豪快に笑うシステマ中佐。
◆◆◆
その後、彼ら本国の兵士たちは復興活動に従事し、俺達は希望者とともに首都アダロネスへ凱旋することになった。すでにこの一連の出来事は本国にも伝わっており、新聞などのメディアでは連日報道されているらしい。
来る時よりもだいぶ豪華になった指導車に乗りこんで、一日半。窓から外を見やると、遠目からも発展ぶりが伝わる大きな都市が見えてきた。
ローリダ共和国、首都アダロネス。行ったことはないが、ヨーロッパのどこかの地方都市を思わせる。もちろんこの時代では十分に世界の最先端を行く景観だが、前世で超高層ビルが立ち並ぶ東京を知っている俺としては、どこか物足りない。
もう少しで首都というところで車がいったん停止する。いぶかしがる隣のアドルフを見ながら、外に出るよう促されて出てみると、そこには立派なパレード用と思われる車が鎮座していた。
「これに、乗れっていうのか」
電飾が満載の、優勝パレードさながらのそれを見て、思わず言葉が漏れる。
「そうらしいな」
隣のアドルフは、嬉しそうに頬を緩ませながら答える。
「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
不思議そうな顔をするアドルフ。
「なんでだよ? 喜ばないお前の方がどうかしてると思うぜ。ああ、お袋が喜ぶだろうなぁ」
「そんなもんかねぇ」
パレード車の運転手は、その対照的な二人を見て首をかしげていた。
◆◆◆
『おお! ロマリア軍の侵攻を寡兵で追い払った英雄が帰還したぞ!』
『"アルカディアの奇跡"の二人だ!』
『ローリダ共和国万歳!』
万雷の拍手の中、パレード車はゆっくりと喜びに溢れる群衆の中を進む。すでに建国広場へ真っすぐ向かう国道一号は、英雄を一目見ようと人でいっぱいで、夜店まで出る始末だ。祭り会場と化した国道沿いは、異様な熱気に包まれていた。
――ああ、うるさい
「あ? 何だって?」
隣のイケメンはその眩しいばかりの白い歯を見せながら、満面の笑みで観衆に手を振る。にこやかに笑うたびに黄色い声援が飛ぶ。このうるさい中で聞こえるのはどういうわけだろうか。
「何でもないよ!」
大声で怒鳴りながらも、俺も無表情で手を振る。本当にこいつの近くにいるとそんなことばっかりだ。
当然、俺が手を振っても黄色い声援なんて聞こえない。……まあ、いい。
汗ばむような熱気はパレード車が建国広場につくまで続いた。
いいかげん、もう疲れた。移動に加え、慣れない愛想振りまきまでさせられた俺は疲労困憊だったが、このあとまだまだイベントが目白押しだ。
事前に聞かされていた通り、次はこの国の首班である第一執務官による直々の叙勲。それをこの興奮冷めやらぬ観衆いっぱいの建国広場でやろうというのだから、政治ショーにする気満々だ。
車を降りて歩くと、豪華な金糸をふんだんに使った礼服を身に纏った老人が立っていた。第一執務官。……名前は、出てこなかった。まあ、一番偉い人だ。
「エンクルマ中尉、アドルフ中尉」
「はっ!」
二人とも最敬礼で、国家最高の権力を握る男に応える。
「うむ、君たちのような有能な軍人がこの国にいることは非常に誇りに思う。そうであるから……」
この後も、長い長い——校長の朝礼を思わせる訓示という名の演説が続いた。「周辺諸国の教化」「キズラサ神の導き」「この国の使命」なるキーワードがたんまりと盛り込まれた、それはそれは眠くなるような内容であった。
襲い来る眠気をねじ伏せながら、なおも下がろうとする瞼とも必死に戦う。こんな所で寝たらどうなることか。
「では、その輝かしい功績に報いて」
執政官が隣に控えていた黒服に指示を出す。彼が持ってきたのは、素人目にでも高級だと分かる勲章だった。
「マクシミリアン勲章……」
隣のアドルフが呟く。
黒服が俺の胸に勲章をつけると、後ろからわああと大きな歓声が上がった。
後で聞いた話だが、この勲章は相当な格のものだったらしい。
続いて、アドルフにも同じように勲章がつけられる。
「その勲章は本来は佐官以上のものに与えるものなのだが……」
ここで一息。今までざわざわしていた観衆がしんと静まる。さすが執政官、話の引っ張り方が上手い。
「仕方がない。エンクルマ中尉。君は少佐だ」
「はっ!」
は? と答えたかったが、さすがにそれは自爆ものだ。しかし、彼は止まらない。
「ふーむ、そして今回の功績……その分も応えなければ。功あったものには相応の恩賞を与えんとな。二階級特進で、どうだね?」
「あ、ありがとうございます」
一気に大佐まで行っちまったが、これはいいのだろうか?
その後、アドルフも中佐へと昇進を果たし、パレードはお開きとなった。
その後も議員たちとの立食パーティーやら、慌ただしく一日は過ぎていった。その締めに、先ほどの執政官にお呼ばれして会談という最後の難関が待っていた。
すでに顔は慣れない作り笑顔でこわばっているし、早くベッドに倒れこみたい気分だったが、断ることもできず、部屋へと向かった。
◆◆◆
政務室と書かれた部屋に入ると、そこは教室ほどの広さのある、豪華だがどこか落ち着いた趣のある部屋だった。
恐る恐る足を踏み出すと、左手の柔らかそうなソファーから声が聞こえてきた。
「来たかね。ここに座りなさい、お茶を入れてあげよう」
「あ、ありがとうございます」
いそいそとお茶を入れてもてなそうとするその姿は、そこらの老人となんら変わりない。
大きめのガラスの机にお茶を置いてもらい、一口すすってみる。あ、案外うまい。高級な味がする。
「……その茶の茶葉も植民地で生産されているものじゃ」
「そうなんですか。おいしいです」
少しの沈黙。正直、こうやって二人きりで会談する意味が分からない。政治的アピールというのなら今日はもう十分やったはずだ。
そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。執政官は静かに話し始めた。
「君は英雄じゃ。たとえ作られた英雄だとしても、君の輝かしい功績は色あせん」
「ありがとうございます」
「おかげで、支持率も上がったしのう」
ふぉふぉふぉと笑うその様はどう見ても好々爺だが、目の奥はきらりと光っている。
「で、わざわざここに呼び出した理由じゃが……」
ずず、とお茶を飲む。人をじらすのが上手い人だ。
「君、いやエンクルマ大佐。この植民地政策をどう思う?」
えらい問いが出た。
これは、下手に答えられない。反対したところで命まで取られることはないだろうが、目をつけられるかもしれない。権力を握る者が若い英雄を値踏みする——試金石、だろうか。
そんな戸惑う俺の様子がおかしかったのか、ふっと表情を和らげた彼は口を開いた。
「そんなに心配そうな顔をせんでもええ。これは君の今後に関わらん。誓って、そんなことはせん」
その言葉を聞いて安堵する俺を、面白そうに爺は見る。くえない爺さんだ。
「では。植民地経営は、いずれ破綻すると思います」
「……ほう」
爺の目つきが変わる。
「いずれ独立、いや反乱がおこり手がつけられなくなるでしょう」
前世の史実でも結局、列強は植民地の独立という流れに逆らえなかった。
「なるほど」
エンクルマの言葉に満足がいったのか、爺はふんふんと頷く。
「して、君はどうするのかね」
再度、問いが投げかけられる。少し考えてから答えた。
「自分は軍人なので、命令に従うまでです」
「合格だよ、大佐」
ふと、爺の雰囲気が変わった。
「いやはや、やはり英雄というのはそう簡単に生まれるものじゃない、ということかね」
「は?」
間抜けな声が出たのも無理は無い、と思う。今まで試されていた? この妙に張りのある声が、本当の執政官の姿なのだろうか?
「失礼した。少々意地の悪い真似をしたが——どうやら当たりを引いたようじゃ」
「……何故、このような事を?」
少し恨めしそうな目を向けると、爺は豪快に笑う。こっちが本当の笑い方か。どこか覇気を感じるそれは、爺の印象を変えるには十分だった。
「特に意味は無いさ」
「?」
「君のような有望な軍人が、今は少ない。次世代に残せるものは残してやりたいからな」
「……なるほど」
確かに、今の軍部は腐っている。特に上層部がひどい。将官の椅子は家柄と縁故で決まる、そういう軍だ。
「君のような軍人が上につけば、この国もしばらくは安泰だろうよ」
いつの間にやら、えらく評価されたらしい。そんな人間じゃないと思うのだが、お構いなしに話は進む。
「今の軍上層部では仕事がしにくかろう。私ができるだけ口をきいてあげるから、頑張りなさい」
と、思いがけない言葉が続いた。正直、俺はそんなに「国を想う!」なんて大層なことは考えてもいないし、しようとも思わない。どっちかというとこの国、嫌いだし。なんか合わないし。それでもここまでやってこれたのは、前世の感覚が完全には抜けきれないまま、気がつけば少しずつ鈍くなって、なんとなく今日まで流れてきただけの話かもしれない。
第一に俺の命。その次にお金。あと綺麗な奥さんがほしい。趣味三昧の老後、とか。そんな俺に、彼は何を期待しているのだろうか。
「まず、君には地方の植民地軍司令になってもらうと思うが、どうかね? 何かしたいことでもあるかね?」
お構いなく、希望を聞いてくる。正直、一週間ぐらい考えたい問いなのだが。
考えてみる。いつかこの、植民地への強引な押さえつけは無理があるだろう。いくら宗教による洗脳があったとしても、だ。
しかし、列強はどうだ? イギリスもスペインも、先に動いた側が世界を切り取ってきた。軍備と資源——その順番に先んじた者が、歴史の表側に立ってきたではないか。
……結局は、この大きな流れ。「教化」のための膨張政策しかないのであれば、肝要なのはただ一つ。『負けないこと』だ。
負けた国はみじめなものだ。前世で平和を謳歌していた俺でも、それくらいは分かる。歴史は勝者がつくる。それを踏まえて俺にできることは……?
俺のアドバンテージは前世の知識。農学部出身の俺が使えるとすれば——
『BC兵器』
貧者の核兵器と呼ばれるその手の兵器なら、俺の知識も活きるかもしれない。いずれはもっと上を——核兵器か。
「そうですね、実験小隊でも作る許可をもらえますか?」
「うむ、それだけでいいのかね」
「いいです、今はまだ」
その言葉を聞いた爺は、これまでで一番の笑い声をあげた。近くにいる俺が思わず身を縮めるくらいだ。
「ふ、ふ、なるほどなるほど。分かった、そう伝えておこう」
涙を拭きながら、爺は手を伸ばす。そのふしくれだった手を、力強く握り返す。
こうして、これからも長く続く爺との関係がスタートしたのだった。