【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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四話

 ローリダ国内基準表示時刻三月二七日 首都アダロネス 共和国殿堂

 

 

「――――戦争を行うからには我々は徹底的に正義に徹しなければならない。戦争における我々の行いの全てが正義であり、真実であることを周囲に示さねばならない。―――――ひいては共和国の将来に重要な意味を持つことだからである」

 

 ここは共和国殿堂。俺には鬼門となりつつある建国広場の近くにある、おそらくこのローリダでも有数の収容数を誇る大きな議場だ。

 壇上には、黒髪の今まで見た中でもダントツであろう美貌をもつ女性が、静かに、されどもよく響く声で観衆に演説をしている。

 

 ローリダ共和国国防軍士官学校第187期生の卒業の際、メインイベントとしてこのように著名な人物を招いて演説をしてもらうのはもはや慣習となりつつあった。まぁ、この慣習を作ったのは俺達の世代なのだが。壇上の麗しき女性はルーガ=ラ=ナードラ。若手新鋭の元老院議員であり、そのたぐいまれなる才能と行動力は執政官ですら一目置くほどであった。

 

「――――我らは実際に正義を行うだけではなく、あらゆる手段を講じて敵を徹底的に悪魔に仕立て上げねばならない。出来うれば敵と戦争状態に入る前にこれらの準備を為しておくことが望ましい。そのためには徹底的に周囲を騙さねばならぬ。敵を欺かねばならぬ。敵を貶めねばならぬ。敵の味方を減らさねばならぬ」

 

 その欺く対象には、自分の国民も入ってるのかねぇ? こんなことを口にすれば只では済まないので、心の中に留めておく。この国では言うこととすることが、いつも噛み合わない。いや、自分の感性がこの国の常識と根本的に違うのだろう。今日までの経験からすれば、そう推測せざるを得ない。

 周りを見渡してみると、壇上の前には赤を基調とした士官学校の制服を身にまとった、まだ幼げな少年、少女が見える。懐かしいな、俺もあんな派手な服を着てたっけ。俺達は165期卒業生である。かれこれ二十数年間が経ったのだ、感慨にふけってしまうのも仕方がない。

 

 想えば、この国に生まれてもう四十六年もの時がたっている。すでに人生の折り返し地点を過ぎただろう。今頃は、引退してどこか別荘でゆったりしている予定だったんだがなぁ、どうしてこうなっちまったんだろうか。

 

「――――最後に、心よりの誠意を込めてこの言葉を若人達への餞の言葉としたい。彼らに慈悲深きキズラサの神の恩寵あらんことを」

 

 閉めの言葉を言いきったナードラ議員に、観衆が立ち上がり、割れんばかりの拍手を送る。その万雷の拍手に、にこやかな、見るものを陶然とさせる笑みを浮かべて答える。感動した士官学校卒業生たちが握手を求めて、壇上へ殺到する。中には花束をもった女学生も見えた。

 はぁ、と溜息をつく。毎回毎回、この時期が来ると憂鬱になる。なんで俺みたいなやつがこんな所で話さないかんのか。それにしてもナードラ議員、弁が立ちすぎる。この後に話す奴のことも考えやがれ。

 

 まだまだ、喧騒が静まりそうにはない。俺には全く心動かされない内容でも、彼らには何か心の中の琴線に触れるものがあったようで、騒ぎは大きくなるばかりだ。まるでアイドルだ。

 こんなところに立たなければならなくなった原因を作った、あの爺に心の中で毒づく。……まったく、大変な宿題を残して勝手に逝きやがって。おかげで俺の年金老後計画はズタズタだ。

 

『では、次に我らが士官学校『奇跡の165期』にして、ローリダの英雄、ティム=ファ=エンクルマ司令官です!』

 

 やれやれ、やっと呼ばれたか。じゃ、さっさと終わらせますかね。

 

◆◆◆

 

 花束を持った学生たちをさばきながら、ナードラは舞台袖の椅子に腰を下ろした。もはや式典の名物となりつつある演説の続きを、もう少し聞いておきたかった。この後の予定は詰まっているが、これくらいは許してもらおう。

 

 学生たちが席に戻るまで演説台の前で、不思議な空気を醸し出している壮年の男が一人。その外見から、彼がこの国の象徴ともいえる軍部で一、二を争う権力者だと言って信じるものは少ないだろう。

 この国では珍しい少し暗めのブラウンの髪に、黒ぶちの眼鏡。その猫背気味の背格好は覇気の一文字もない。が、彼はこの国では知らぬものはいないという、押しも押されぬ大英雄なのだ。

 

「皆さん、ご紹介に預かりましたエンクルマです。まずは一言、おめでとう。この士官学校のしごきに耐えられただけで君たちは誇っていい」

 

 大英雄の、その人間臭い口上に会場が笑いに包まれる。神聖な式典にそのような軽口は似合わない。そう、ナードラは想わずにはいられなかったが、会場の空気が自分の演説のときとは、まるで別物になっているのは認めざるを得なかった。

 

 ティム=ファ=エンクルマ。ナードラ自身も小さい頃から、聞かされ憧れてきた人物だ。

 "転移"後のローリダは混乱の極みにあった。なんせ、植民地との連絡が取れないなんて異常事態から始まった株価の暴落などの経済の混乱は、今では想像もできないほどであったという。

 その時の執政官は、早急な植民地の獲得を熱望する経済界の声にも押されて、遠征軍を編成。その総指揮官に任命されたのが彼、ティム=ファ=エンクルマだったのだ。

 

 彼ら遠征軍は次々に周辺諸国を解放した後、その名を植民地駐屯軍と名を替えてその地の教化事業や治安にあたった。もちろん、国是である教化事業の最前線にいた軍部の発言権は鰻登りに高まるばかりで、とどまるところを知らない。軍部への元老院の優越を目標とするナードラとしては尊敬できるが、目の上のたんこぶのような存在であった。

 

 また、軍部も一枚岩ではない。業務の効率化という題目のもとに、植民地軍をまとめる植民地軍総司令部の設立は権力の二重構造を招いた。もともと国防軍内でトクグラム大将を中心とする一派が幅をきかせていたのだが、その体制に不満を持つ者たちが植民地軍側についたため軍内で二大派閥がお互いに反目しあうという事態になったのだ。植民地軍総司令部を"影の国防委員会"と揶揄する輩もいるほどだ。

 

「――――君たちは、卒業後軍属となりさまざまな経験をすると思う。中には苦しい経験もあるし、悔しい想いもすると思う。無能な上官の命令とかな」

 

 そして、今彼が士官学校卒業の式典に、毎年欠かさず出席するにも訳がある。トクグラム大将一派が占める上層部に不満をもつ青年将校などは、"エンクルマ派"に多い。つまり、

 

「――――そのような壁にぶち当たった時、どうか挫けないでほしい。あがいてあがいて、あがき続けることだ。高いハードルほどくぐりやすい、つまりはそういうことだ」

 

 会場に、またも笑い声が響く。

 

「――――もし、どうしても壁を乗り越えれないと思ったら、自分の所を訪ねてほしい。全力で君たちを応援しよう」

 

 つまり、こういうことだ。理不尽な上層部に困ったらうちの所に来い。そういうことだ。

 権力を握る老人たちも年若いパワーには手を焼いてるらしく、次代の執政官は彼らエンクルマ派が推す候補者が当選してもおかしくないと巷ではささやかれている。トクグラム大将の栄達も、もうすぐ終わるだろう、と。

 

「――――以上で、終わりです。貴官らにキズラサの神の恩寵あらんことを」

 

 先ほどに負けない万雷の拍手が、殿堂に鳴り響いた。その拍手に恥ずかしそうに応えた後、彼は台を降りた。舞台袖に近づいてくる彼の制服につく数々のバッジからは、外見と中身のちぐはぐな印象を受けた。

 

「素晴らしい演説でした、エンクルマ司令官」

 

 ナードラからの、本音と建前の入り混じった賛辞に、エンクルマは恥ずかしそうに右手で頭の後ろをかく。

 

「?」

 

「ああ、これは自分の癖でね。ついやってしまうんだ」

 

 取り繕うようなその言葉は、とても軍の重鎮には見えない。少年のような釈明にほほえましさを感じて、笑みがこぼれた。

 

「これから、卒業記念レセプションへ?」

 

「いや、まだ時間があるからね。共和国外交安全保障委員会に少し顔を出そうと思ってる」

 

 ――――共和国外交安全保障委員会。元老院議事堂の一室で行われるそれは、通常官僚や議員が集まるぐらいで、軍上層部が出席するようなものではない。訝しげな彼女の視線に気づいたのか、苦笑しながらエンクルマは答える。

 

「特に理由は無いんだけどね。いち早く外敵に遭遇する自分たち植民地軍としては、何よりも敵の情報が大事なのさ」

 

 その会議に彼女が出席するのを知ってか知らずか、彼は何でもないように答える。その自然な態度には何ら他意も見えなかった。

 

「そうですか。かの有名な"アルカディアの英雄"に出席していただけるとは、光栄ですね」

 

「え!? ということはナードラ議員も出席するのかい?」

 

「はい」

 

「それは……」

 

「議員!」

 

 言いかけたその言葉は、後ろから掛けられたまだ若い声にさえぎられた。二人が振り返るとそこには、赤を基調にした士官学校の制服を着た少女が、荒い息とともにたたずんでいた。その澄んだ目は、ナードラを真っすぐと見つめている。

 

 彼女との間をさえぎるように身を入れる警備員を手で制しながら、ナードラは少女に目線を合わせる。

 

「構わない……用件を聞こう」

 

「サインを、いただけませんか?」

 

 そのかわいらしいお願いに、二人の顔がほころんだ。ナードラはサインを渡しながら、気をつけて帰るよう一言添えた。

 

 サインが終わるまでの間、手持ち無沙汰に立ち尽くしている男は何度もいうが軍の中枢に座るこの国の重要人物のはずだ。この姿からは想像できないが、たぶんそうだろう。

 

◆◆◆

 

 別れ際にエンクルマから同乗を誘われたが断り、ナードラは元老院へと急ぐ。建国広場から元老院議事堂までは少し時間がかかる。この間にたまった未処理の書類を処理するのも彼女の重要な仕事の一つであった。

 

 車が地を這う蟻のように、アダロネス市街を移動する様はこの国の発展具合を如実に表していた。その込み具合は、一切の交通法規を守る必要のない議員公用車でも時間がかかることからも推し量れるというものだ。

 それにしても、ナードラは思う。先ほどのエンクルマの行動・雰囲気が偽ったものでないとしたら、彼のような軍人は、いや人間は初めてだ。そして、恥ずかしそうに頭の後ろをかいたあの仕草を思い出すと、自然と笑みがこぼれた。

 

 白一色で統一された、見る者に圧倒的な威厳というものを感じさせる元老院。そこには外交評議会からの官僚がナードラを待っていた。

 

「議員、皆様が待っております」

 

 無言で答えながら、赤いじゅうたんを歩く。

 

 奥の部屋には、官僚に加え、軍の意見を代弁するための高級士官たちもすでに席についていた。

 そのうちの一人、エイダムス=ディ=バーヨ大佐はナードラと同期であった。

 

 彼とアイコンタクトをとり、部屋を見渡すと、ほぼ全員の官僚、議員が出席しているようだった。

 席に座り、レポートを皆の席に回す。だが彼女はなかなか口を開かない。訝しむような視線が集まった。ようやく、彼女は口を開く。

 

「諸君には貴重な時間を割いて、こうして集まっていただき、本当に感謝している。どうか、この場で喧々諤々とした議論を期待する。それと……」

 

 ナードラは扉の外から聞こえる足音に、言葉を止めた。

 

「今日の会議には、なんとエンクルマ司令が出席されることになった」

 

 その言葉に、小さな部屋がざわつく。ナードラがバーヨを見ると、ひどく狼狽している様が見えた。

 ざわめきが収まらぬうちに、扉が開く。そこには先ほどと変わらず、冴えない風貌の英雄が立っていた。

 

 みなの視線を一身に受けて身じろぎした彼だが、そのまま近くの席に座る。そこは高級士官たちの席――――バーヨ大佐の隣である。彼の顔は冷や汗をかいて、青白くなっていた。

 

 そんな同期を一瞥し、ナードラは説明を始めようとした、その時、

 

「なぁ!」

 

 ただ事じゃないその声に、会議室に緊張が走った。声はエンクルマ司令から聞こえてきた。その驚きに染まる顔を見れば、疑いようもない。

 

「? どうしました、エンクルマ司令?」

 

 その顔は、昼間に幽霊を見たような、隣のバーヨ大佐と変わらないほど青白かった。

 

「な、ナードラ議員! この、この資料に書いてある、こ、ニホンとは!?」

 

「ですから、これからそのことについて説明し、議論するのですよ司令」

 

 その顔はひどく青白いままであったが、彼女はそれを気にしながらも、当初の計画通り集まった彼らに説明し始めた。

 

「『ニホン――――新たなる脅威』の一ページ目を見てください……」

 

◆◆◆

 

 エンクルマは混乱していた。ひどく混乱していた。これほどの混乱は、この世に生を受けて以来ではないかと思うほどに。

 軽い気持ちで出席を決めた共和国外交安全保障委員会だったが、こんな情報と出会うなんて。まぎれもなく、ローリア公用語で書かれたそのレポートには、ニホンと書いてある。目を何度もこするが幻覚じゃない、本物だ。

 

 スロリアという名前は良く知っている。今、我らが植民地軍が解放の名のもとに侵攻している名前だからだ。確かに、正体不明の車が出没したという報告は受けていたが、それが日本だったとは……!

 頭を抱えたくなる。まさか、まさか前世故郷が"転移"してくるなんて思いもしないだろう!?

 

 いや、待て。よく考えてみろ。ニホンと言っても、大日本帝国の方かもしれないじゃないか!? そうであれば、この国でも勝てる。今の俺には故郷日本への侵攻を止める権力などない。少し便宜を図れるぐらいだ。そうだ、明治かもしれない……

 

「―――――資料の十ページ目を見てください」

 

 この資料を作ったとしたら、彼女は噂にたがわず本当に優秀なんじゃないか? だから、こんなことになる前に外交評議会の奴らに情報収集の尻を叩いたのに! と後悔するも全ては後の祭りだ。

 

 この世界に来てから、俺が重要視したのは『情報』であった。情報を制する者は戦いを制す。この言葉ぐらいは一般人であった俺にも分かる。そんな基本的な事すら分からないのが、外交評議会の奴らとトクグラム一派だったのだ!

 

 大体、右も左も分からない世界に来たらまずは、国々の情報を集めるのが筋だろうよ! そのくせ、あいつらときたら、『それは植民地軍の活動の範囲じゃない』だの『何故、我々ローリアが他の国の顔をうかがう真似をしなければならないのだ』だの意味分からんことを言うからだ! 外交評議会なんて、それを集めるのが外交だろう。

 

 今、誰を罵ってもこの今の事態が良くなることなんかないのは俺も了承済みだ。しかし、心の平穏の為には必要だ。むかつく心を必死におさえながら、祈るように指定されたページをめくる。

 

 萌え絵だよ…… ああ、そうさ! そのページには可愛い可愛い萌え絵が大きく載ってたよ! ちくしょう!

 

 終わったと、顔を見やる。まわりが訝しげにこちらを見てくるが、そんなのどうでもいい。この後、日本に威張り腐った顔で最後通牒をつきつけるローリダが簡単に想像できてしまう。あと、散々に敗れるローリダの姿もな!

 目の前の、かみ○ゅの萌え絵を見やる。嘘みたいだろ……神様で中学生なんだぜ…… ローリダでこんなことやったら即、逮捕だ。

 

 目の前が暗くなっていくのを感じながら、俺は絶望に打ちひしがれていた。

 

 こうして俺にとって、ティム=ファ=エンクルマにとっての本当の戦いが始まったのだ。

 

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