【仮想戦記】 The Islands War 二次創作 作:perry
絶望で胸いっぱいの俺をよそに、この世界は粛々と続いていく。待ってなぞくれないのだ。
もう一度、もう一度資料を見る。ああ、やっぱりあの懐かしきHENTAI日本だ、間違いない。
萌え絵で絶望するとは、見ようによってはコントのような状況だが、俺にとっては深刻だ。特に、この国の病み具合をその身で知ってきた俺には、悪夢というしかない。
天井を一分間ほど見た後、ゆっくりと目を戻す。いや、ダメだダメだと言っている場合じゃない。もう、賽は投げられたのだ。こっからは時間との戦いだ。せっかく身に不相応な権力と地位を持っているんだし、自分とその周りくらいは、破滅から守らなければ!
「―――――これより御覧いただきますのは、周辺国の領海で示威行動を行うニホン海軍を映したものです」
気がつくと、映写機で映像を映しているところだった。そこには、青い海を颯爽と白波を立てながら航海する船が映っていた。横にはJapan Coast Guardの文字が見える。その懐かしい文字にふと涙がこぼれそうになるが、ぐっとこらえる。海上保安庁だろうと見当をつけるが、たぶん合っているだろう。
「ふっ、とるにたらんな」「なんて貧弱な軍備だ」
違う! それは軍隊じゃなくてどちらかといえば警察なんだ! という訳にもいかない。見る人が見れば、この船の凄さは分かるんじゃないのだろうか。何も海軍は銃器ばかりではあるまいに。
「ナードラ議員!」
手を挙げ、この資料を作った本人に質問をする。
「このニホンの脅威については、他の方々もご存じなのですか?」
先ほどとは打って変わった気迫を受けながらも、ナードラは表情一つ変えず、淡々と答えた。
「このニホンについては、官僚幹部、執政官殿などはすでにご存じのはずです」
「……そうですか」
まぁ、仕方がないのかもしれない。このニホンという脅威を知っている人数が少数ならば、その人間ごと消して情報ともども抹殺するという手段があったのだが。執政官ほどの人物が知っているとなると、その手は使えない。そんなことをするくらいならクーデターの方がましだ。
ともかく、ここで説明を聞いている時間が惜しい。行動しなければ。
「すみません、この議題はとても興味を引くものだったのですが、予定が入りまして途中で退席させていただきます」
嘘であることは誰の目にも分かりきっていたが、それを追及するような者はいなかった。
「では、失礼します」
ドアの前で、もう一度礼をしてから、俺は会議場を後にした。
「そうだ、エンクルマだ。ああ、あいつに伝えといてくれ。――『ニホン』について正確な情報が欲しい、とな」
最近発売されたPHSらしきものの電源を切る。この少し無骨なデザインの携帯電話のようなものは、最近出た最新の機種だ。どうにも尻ポケットには収まりそうにないその大きさを見るたびに、前世の日本の携帯の薄さ、軽さを思い出す。
こっちじゃ、真空管ラジオが現役で使われている、そんな時代だ。その国が日本に戦争で勝とうなんぞ……
迫り来る暗黒の未来が、どうしても頭をよぎる。ダメだ、こんな思考では、負ける戦がさらに悲惨となってしまう。
元老院を出て、そこに待機している黒塗りの高級士官専用車に急いで乗り込む。行き先は、俺の勤務先である植民地軍総司令部だ。
「総司令部ビルだ。急いでくれ」
「分かりました」
植民地総司令部は、各行政機関が一堂に集まる区画にある大きなビルに入っている。日本でいうと霞が関を思い出していただければ、大体そんな感じだ。まるまるビル一棟を使った司令部は、下手な省庁よりも人の出入りが激しい。
それも当然だ。各地の植民地軍との連絡や、作戦の立案、後方支援の調整、さらには植民地軍の採用試験まで処理するのだから、その大きなビルも納得がいこうというものだ。
高級士官専用車は一切の交通規則を無視してよい。それでも、ここから数十分かかる。この時間がもどかしい。
先ほどの携帯で、植民地軍ビルの専用回線に電話をかける。
「ああ、俺だが……」
「あなた! どこをほっつき歩いてるの!?」
司令付秘書官に繋がるはずの回線からは、なぜか、俺がこの世の中で最も恐れるものの一つである我が妻、エミリーの声が聞こえてきた。
一瞬、心臓が跳ね上がった。
「今何時だと思ってるの!? レセプションのドレスを見に行くって言ったじゃない!」
そうだった…… レセプションに行くのに、お気に入りのドレスがないとかで、この後一緒にショッピングに行く予定だった。私用だったから秘書官にも伝えていなかったのだ……
「それより! なんでエミリーがこの回線に出られるんだ!?」
そんな俺の問いかけに反応するように、電話の奥から忍び笑いが聞こえてきた。この声は、
「お前か、アドルフ!」
昔からの悪友。アドルフが後ろで必死に笑い声をこらえている様子を、脳裏にありありと思い浮かべることができる。
ちなみにアドルフは、植民地総司令部副司令である。俺の部下なのだが、分かってるのか……!
「アドルフ! お前は後で、」
「エンティ!」
「はいっ!」
これは本気で怒っている声だ。こんなにご立腹な声は年に二、三度しか聞いたことがない。
「ホントにあなたは、どこに行ってたの!?」
「外交安全保障委員会だよ」
「外交安全保障委員会? なんで、そんな所に、」
「悪い、エミリー。これは事を急ぐ問題なんだ……幹部を今すぐ招集してくれ」
「……分かったわ」
はぁ、と電話の奥で嘆息する音が聞こえる。彼女はこういう時に聞きわけがいい。彼女の役職を考えれば、当たり前なのだが。彼女は、植民地軍総司令部参謀長。俺達の同期にして、主席卒業の才女である。馴れ初めは、まあいいだろう。
次々と後ろに流れる景色は、もう植民地軍ビルが近いことを示していた。
ビル近くには、植民地軍関係の施設も建設されている。例えば、植民地軍大学付属病院。これは衛生兵や最前線に出る医者などを中央が握っていたため、独自の人材を育てるために建設された。色々と問題があったのだが、爺のおかげで何とか解決したものだ。
その病院に併設されているのが、俺が生みの親とされる植民地軍所属防疫隊の施設だ。この施設について語ると、一日じゃ足りないのでここでは何も言うまい。
そして、車は制服姿の人間がひっきりなしに出入りする巨大なビルの玄関へ滑り込んだ。降り立つと、気付いた職員や軍人たちが一斉にこちらへ敬礼する。後でアドルフには一言言わねばならない、と心に誓いながら、軽く答礼を返す。最上階の総司令部まで、エレベーターでもそれなりの時間がかかった。
エレベーターを降りると、やっと目的の場所にたどり着いた。豪華だが、けばい訳でもない。「さりげなく高級感がある」をコンセプトに俺自身が手がけた部屋だ。それなりの思い入れがある。ちなみにお手本にしたのは、あの爺の一室だ。
扉を開けると、総司令部の面々がすでに揃っていた。
「司令、第一級までの招集に留めておきましたが……」
「ああ、それでいい。あとこれをみんなに見えるようにスライドで映してくれ」
先ほどの資料を秘書官に渡す。
第一級とは、どれくらいの官位まで会議室に招集するかを指している。この植民地軍総司令部は招集の機会が多いため、このような段階的な制度を設けているのだ。
一級とは、上官のみを集めた最少人数だ。わずかではあるが、それぞれの秘書官を除くともっと少なくなる。
一番奥の席に腰を下ろすと、秘書官が資料をスクリーンに映し出した。
右手の席では、アドルフが口元に笑みを浮かべていた。副司令で階級は准将。出会った頃から変わらないその美丈夫は、この年になってもプレイボーイとして名が通っている。まだ所帯を持っていないのは、志が高いのか、それとも本人にその気がないのか。
金髪をオールバックに流し、飄々とふるまうその姿は美丈夫そのものだ。まったくエミリーもそうだが、この国の人間は年をとっても異様なほど若さを保つ。何が秘訣なのだろう。
左手には、我が妻エミリーがむすっとした顔でこちらを睨んでいる。金髪の髪を肩にかかる程度まで伸ばした彼女は、夫の俺が言うのもなんだが、年齢よりひとまわりもふたまわりも若く見える。身内のひいき目なしでも優秀なため、参謀長の役職についている。階級は大佐。
向こうには、参謀長下の参謀三人。それぞれ作戦・兵站・通信情報を専門にしている。彼らをまとめるのが、エミリーの仕事だ。
通信・情報担当のサムス=フォ=コヌンティウス。階級は中佐。叩き上げの軍人であり、俺と同じ世代だ。仕事以外の時は居酒屋でよく酌み交わす飲み仲間でもある。あと、禿げている。
兵站担当のニコール=ロ=サンダーソン。同じく中佐。寡黙な男だが、その仕事ぶりは信頼できる。めったに喋らない。
そして最後に作戦担当のグラノス=ディリ=ハーレン。彼は少佐なのだが、色々とややこしい事情がある。とても有能なのだが、植民地出身の妻を持つことで国防軍内で居心地の悪い思いをしていたところをヘッドハンティングしたのだ。軽い気持ちで誘ったところ、あれよあれよという間に出世を重ねていき、今ではこうして総司令部に顔を出すまでになった。
「さて、みんなからも資料は見えるだろうと思う。それは、今日開かれた外交安全保障委員会で配られたものだ」
「ニホン?」
左手から疑問の声が上がる。エミリーだ。
「エミリー、ニホンという国について聞いたことはないか?」
「いや、ないわね」
同じくと、出席した全員が同意を示す。植民地軍の頭脳である彼らが知らないということは、意図的に情報をシャットアウトした者がいるという証拠だ。
「サムス、念を押すが、報告は上がっていないんだな」
「ああ、ない。これっぽちもな」
首を振るサムス。ということは、
「国防軍……いや、トクグラムの仕業ね……!」
エミリーが顔をしかめる。彼らは嫌がらせとして、情報を渡さなかったり意図的に遅らせたりすることがある。
「それに、スロリアの方にニホン人は展開しているらしい」
「なるほど、正体不明の車がニホンのものだったのか」
右のアドルフがふむふむと頷く。
「しかし、エンティ。お前がエミリーとの約束をすっぽかして、こんな会議を開くような内容じゃないと思うんだが」
笑い半分で余計な一言も付けて質問するアドルフ。ええい、余計なことまで言いおって。ほら見ろ、怖くて左手が見られないじゃないか。
部下であり妻でもあるエミリーの静かな圧力に、俺がたじたじとなっているのを見かねたか、参謀たちの間にこっそりと苦笑が広がる。いつものような、良く言えばファミリーチックな、悪く言えば風紀という言葉がどこかへ飛んでいったような空気。それが、この司令部の日常だった。さすがに二級以下が集まる会議では、もっと厳粛な空気も漂うのだが。
ごほん、と咳払いをして空気を切り替え、口を開く。
「この情報は執政官閣下の耳にも届いているらしい。そのうち、教化―――侵攻が決定されるだろう。そうなれば、間違いなく我が軍は負ける……下手すれば壊滅、なんてことにもなりかねん」
『なにっ!』
"転移"以来、負けることのなかった植民地軍を率いてきた俺が、戦う前に敗北を口にしたのだ。アドルフをはじめとする古くからの友人たちも、特にハーレン少佐の顔色が目に見えて変わった。
「……理由を聞いてもいい?」
いち早く立ち直ったエミリーが、真っすぐにこちらへ疑問をぶつけてくる。
嘘だと疑っているわけではないだろう。ただ――俺の認識に何か誤りがあるんじゃないか、そう確かめたくて聞いてきたのだ。
「……」
俺は目をつぶった。
「理由は、どうだろう?」
「どうだろう?」
疑問を疑問で返されたことに、エミリーが不満げな顔をする。
「いや、俺も詳しくは見ていないんだが、この資料からも……」
と、ふと資料を見ると、堕落した文化の例として、あるものが大真面目に掲載されていた。思わず噴き出した俺を、全員が不思議そうな眼で見た。
例に挙げられていたのは、日本で冬と夏に開かれる祭典で売られるような同人誌――それもひどく際どい方向のものが、大真面目に載っていたのだ。
気を取り直して、これをじっと見ていいものだろうかと少し躊躇しながらも、注意深く資料を読み進める。
それは性的な描写を含むいかがわしい内容だったが、ここで俺はHENTAI日本たる由縁を発見した。これを軍崩壊の危機の根拠としてみんなに説明しなければならないかと思うと、悲しいのか何なのか。
……ええい! ままよ!
「例えば、この資料を見てくれ。これは性的な表現を含む、いわゆる艶本の一種と考えられるが……」
この国でもそういったものは手に入る。しかし、国の規制が教育ママほど厳しいのだ。どんなに"腐敗した""反キズラサ的"と言ったところで、男子の努力には叶わない。男の子はどの国でも変わらないものだ。
「ここに、避妊具として非接触型のものが描かれている。これは可能性こそ検討されたが、今の技術では実現不可能とされたものだ」
この国では、婚前の性交渉は法律で禁止されている。よきキズラサ者はそんなはしたないことはしないらしい。それがキズラサ教と何の関係があるのか分からないが。
この国での一般的な避妊方法はピルだ。我が防疫隊が開発に関わったので俺もよく知っている。だから、コンドームという方法を考えた時も、そのゴムを薄く伸ばしつつ一定の強度を保たなければならないという技術的な壁がいくつもあって、どうにもならなかったのだ。
「さて、画像を見るに彼らが上流社会の一員とは考えられない。ということは」
「彼らは、俺達が不可能だとしたものをいとも簡単に実現し、あまつさえそれが社会で普通に流通している、と」
アドルフが、その続きを引き取る。
「そうだ。彼らと俺達の技術は隔絶しているだろう。そんな国に戦争なんて吹っかけたらどうなる?」
「……いつもとは勝手が違うかもしれないわね」
エミリーの表情から余裕が消えた。やっとこの問題の深刻さが分かってきたようだ。
今までは、圧倒的にこちらの技術が勝っていたからこそ植民地化できたのだ。そんな国が、イージス艦や衛星を持つ近代国家に勝てるはずがない。
こっちは、核爆弾を作れたばかりなのだ。それも"神の火"なんてファンタジーな名前をつけたやつを。弾道弾に載せられるような小型化はできておらず、形はファットマン型だ。それを見ると、いくらか米軍の方がネーミングセンスがあったのではないかと思えてくる。
「でも、なぁ。そんな国家の一大事をかの英雄様が発見されたそのきっかけが、」
『避妊具なんてなぁ(ねぇ)』
右と左の同窓が、声を揃えて呆れたように言う。サムスが笑いを必死に押し込めているのが分かる。ニコールは……いつものように無表情だ。君はもう少し表情を出してもいいんだぞ?
「小さな情報も見逃さず、国家の危機を救われるとは…… 閣下の御慧眼、このハーレン、感服しました」
真剣な眼差しでこちらを見るハーレン少佐。なんとも申し訳ない気持ちになった。
一瞬重くなった会議室の空気が、いつものように戻る。
「それで、だ。エンティ、お前はどうするんだ?」
「まず第一に、戦わないこと。正直、国防軍を説得できるとは思っていないが、どうにかしないと国が潰れる」
国、という言葉に、誰もが改めて事の重大さを噛み締める。
「そうだな。どっちにしろ情報を集めなければならん。『一に情報……」
「『二に情報、三も情報、四に兵站』だろ?」
アドルフが言葉を引き継ぐ。
「ああ、そうだ。この国のゆく末は俺達にかかっていると言っても過言ではない……みんな、いい意見を出してほしい」
こうして、植民地軍の頭脳たちは、国家の危機に向けて動き始めたのだった。