【仮想戦記】 The Islands War 二次創作 作:perry
「ああ、そうだ。この国のいく末は俺達にかかってると言っても過言ではない。みんないい意見を出してほしい」
そんな言葉から始まった会議は、いきなり高い壁に突き当たった。
「して、俺たちに出来ることは何かね?」
アドルフの軽快な口調とは裏腹に、その疑問に答えられるものは誰もいなかった。
「え、え?」
見回すとアドルフ以外の誰もが難しい顔をして黙りこんでいた。
「正直言って、俺達ができることは少ない」
「私たちが独自に行動できるのも限界があるし……」
いくら軍内の権力者だと言っても何もかも出来る訳でもない。むしろ軍内で良心派を自称するエンクルマ派は、自分たちの理想とする"軍は文民により統制されるべき"軍人像に邪魔され、暗躍するのも難しかった。
また、各自の立場も動きにくい原因の一つだった。
元老院では、大きく分けて二つの派閥が幅を利かせている。
一つは閥族派。もうひとつは平民派である。
俺たちエンクルマ派は、最新兵器が前線に配備されないまま膨れ続ける国防軍の防衛費を問題視していた。平民派もまた過剰な防衛予算が財政を圧迫しているとして、閥族派を糾弾する点では利害が一致していた。かくして国防軍&閥族派対平民派&エンクルマ派という対立構造ができるに至ったのである。
また、各官省の上層部が軒並み彼らの利権に絡んでいることで、官僚の支持さえ受けられない。例外は植民省ぐらいで、それ以外の上層部は閥族派を支持していた。あからさまな妨害はさすがにないが、色々とやりにくくなるのは仕方がない。
「それにしても、ドクグラム達は何がやりたいのかしら? 同じ軍内で足を引っ張っても徒に被害を増やすだけなのに」
エミリーが溜息をつく。結婚する前、反エンクルマ派と思われていた頃に閥族派から受けた勧誘攻勢を、今でも辟易しながら思い出しているのだろう。
「これは、最悪の想像なのだが……」
重い口を、俺は大層嫌そうに開く。
「もしかすると、ドクグラムはニホンの技術を知ってて敢えて戦端を開こうとしているかもしれん」
「それは、ニホンとの戦闘で植民地軍の力を削ぐと?」
そんなことはあり得ない——そう断言できない現実こそが、俺たちの間に横たわる深い溝を物語っていた。
「予算は幸いまだどうにかなる期間だ。補正なり裏金なり何とかできるだろう」
「やれやれ、これで三日三晩は寝れないな」
アドルフが心底嫌そうな顔をする。
「そんな顔するなアドルフ。お前が三日なら、俺は一週間で何時間寝られるか……」
これから始まるデスマーチを思うと、顔が歪むのを止められなかった。
「となると、情報部の予算を増やしてくれるってことか?」
先ほどの暗い雰囲気とは真逆に、明るい顔をするサムス。軍人も予算が無ければ何もできない。財務に睨まれているおかげで万年金欠気味の植民地軍では、予算が減ることはあっても増えることは少なかった。
「そうなるな。ということは、他の部門を減らさなければならないが」
最後の一言に、全員が嫌な顔をする。貧乏の辛さはどの世界でも変わらないな、と思った。
「情報局には、そうだな…… まずこの資料にある、エウスレニアという国で調べるか」
「そうね、そこでニホンに関する情報を出来る限り収集。他にはニホン側の要人と接触してコネクションを作っておきたいわね」
参謀長の指針に反対する者はいない。そういった空気を感じ取ったのか、最後は俺自身の言葉で会議を閉めた。
「まずは情報局での情報収集。これから、ニホンへの宣伝工作が国中で始まるだろうからまだ時間はある。各予算の調整を頼む」
『了解!』
ローリダ共和国 植民地軍総司令部 四月二七日
ニホン発覚から一か月、居ても立っても居られないような気持ちを抱えていたが、俺の立場が自由な行動を制限していた。それぐらいのことは重々承知してはいたが、はやる気持ちはどうにもならなかった。
だからだろうか。情報局からの一次報告を、クリスマスのプレゼントを待つ子供のように聞いていたのは。
「で、どうだった?」
司令室の机の前には、雲の上の人物を目の前にして緊張しきりの情報局情報員が立っていた。
「はっ! では報告します。手元の資料をごらんください」
事前に配られた資料を見る。一か月で調べられる情報に対してさして期待はしていなかったが、資料の分厚さにいい意味で裏切られていた。
「――――エウスレニア国内ではニホンは比較的好意的にみられています。現地政府による世論調査では……」
俺は情報局のポイントを押さえた情報収集能力に満足していた。
国内には多数の諜報機関がある。ナガルと呼ばれる正式名称共和国中央情報局、ルガルと呼ばれる正式名称共和国内務省保安局、そしてデルガルと呼ばれる正式名称共和国国防軍情報局。これら諜報機関に加えて植民地軍情報局も存在すると考えると、いささか過剰な感じがする。
乱立する諜報機関の裏には国防軍と植民地軍の対立関係があった。相互に監視し合っているこの状況は、元老院でもたびたび議題に上がる懸案の一つだ。
それぞれスパイ狩りや思想統制、対外工作など主にする任務は違うが似たような土俵で活動するので、必然的に対立もしやすくなっていた。スガルと呼ばれる植民地軍情報局は歴史が浅いながらも、情報に重きを置く俺の方針もあって他の機関と遜色ない能力をもつこととなった。
「経済の面ではどうだ?」
「はい。ソニーやトヨタと呼ばれる多国籍企業が工場を次々と建設しています。エウスレニアも技術移転の観点から歓迎しているようです」
あの名前さえ聞かなければ、祖国がこの世界に現れたなどとは到底信じる気にもなれなかっただろう。
「なるほど、やはりニホンの企業は侮れない技術力を持っているか……」
「はい。それは彼らのもたらす工業製品からも見て取れるかと」
「分かった。杞憂であれば良かったが本格的な対策を講じる必要が出てきたな。ニホンとのコネクションは出来そうか?」
その質問に、情報員はあからさまに表情を曇らせた。
「それについてですが……」
「なんだ、何か問題があったのか?」
問題は無いと前置きした上で、情報員はこう言い放った。
「方法に前例がありません」
「はぁ?」
それは大きな問題じゃないか? と突っ込みたかったが、顔を青白くさせた情報員を気の毒に思い言い留まる。
「い、いえ、国交のない国の正当政府とのコネクション作りなど未だ経験したことのないことでして……」
思ってもみなかった答えに、絶句するしかなかった。しかし、情報局側にも仕方がない理由があった。
彼ら情報局は主に植民地で活動を行っている。潤沢な予算を背景に影響力を強める情報局であったが、名前すら最近知った未知の国と交渉するようなノウハウなど持っていなかった。強力な植民地軍に制圧された植民地での活動とは、さすがに勝手が違った。
「大使館とかあるだろ?」
と考えなしに言った俺だったが、よく考えるといきなり未知の国が、しかもその軍の諜報機関が出向いて対応してくれるだろうか?
「いえ、現地のエヌジーオーと呼ばれる組織との接触に成功し、今後は彼らとの交渉を足がかりにニホン本国とのコネクション作りを邁進していきたいと考えております」
「エヌジーオー?」
オウム返しに聞き返した俺は、すぐに彼らの言うところの"エヌジーオー"の意味に突き当たった。Non-Governmental Organizations。日本語で非政府組織と訳される。音だけ拾ってきたので最初は何のことか分からなかったが。情報局もまだニホンに英語と呼ばれる別の言語が使われているとは思ってもいなかった。
「はい。なんでもエウスレニアエヌジーオーという民間組織らしいです」
「……ん、分かった」
転移後に周辺国への支援を声高に唱える"有識者"がニホンに溢れるのは、ありありと想像できた。援助の対象が変わるだけで、本質は何も変わらない。
「また前回の資料にあった漫画の件なのですが、これについては詳しいものがそのエヌジーオーにおりまして」
なんだか嫌に説明に意気込む情報員の様子に少し引いた。しかし彼はこちらの様子に気づかずに熱弁をふるう。
「なんでも、その資料に載っているようなものは、夏と冬に開かれる"戦争"にて取引されるものらしいです。しかもその戦争に参加できるのは良く訓練された一部の者たちだけで、激しい戦いが、何と三日間も続くらしいです。……すごい訓練ですね、敵は手ごわそうです」
「ああ、あ、うん。そうだね。報告ありがとう」
敬礼して去っていく情報員の後ろ姿を見ながら、溜息を吐かざるを得なかった。知っていることを知らないふりするのは大変だとの思いを強くしながら、日々の仕事を処理する俺の胃は当分痛みそうだ。
ノイテラーネ国 六月一日
「ローリダ共和国?」
もうそろそろ今日の仕事も終わり、気の早い者は帰る支度をしようかという時間に舞い込んだ厄介事は、とんでもないものであった。聞いたこともない国の、しかも軍事組織らしきところから視察団の派遣許可と会談の申し込みがあったというのだ。
しかも、日本国外務省東スロリア課課長 寺岡祐輔を困惑させる要素がもう一つあった。この厄介事が、国際協力局民間援助連携室という何ら関係なさそうな部署から回ってきたことだ。
「はい。どうも彼らはローリダ本国とは独立して動いているようで、エウスレニアNGOに繋ぎを頼んだようですね」
目の前の若い男は他人事のようにその経緯を語る。いや、実際に他人事なのだが。
「はぁ。それで、そのローリダ共和国はどこにあるんだ。聞いたこともないぞ」
寺岡の疑問はもっともだった。未だ未知の国が存在する転移後の世界。続々と増えていく国名に、定年を間近にした彼の頭では、管轄の国々を覚えるので精一杯であった。
「彼らによると、どうやらスロリアの向こう側に位置するらしいですね」
資料を見ながら、若い男は言う。軽く溜息を吐きながら寺岡は自分に課せられた職務を遂行するため、渡された資料を読みこんでいく。その冴えない姿は、どこからどう見ても窓際族の中年サラリーマンであった。
寺岡は下降体制に入った飛行機の揺れを感じながら、一か月ほど前にもたらされた厄介事との邂逅に思いを馳せていた。あれから約一か月。向こうの組織との協議の結果、第三国ノイテラーネでの会談にこぎつけたのであった。
転移後の新世界で鍛えに鍛えられた外務省の翻訳部との連携の結果、彼らとの会談には支障がないレベルまで意思疎通の準備が整っていた。
『まもなく着陸体勢に移ります。シートベルトを着用してください』
もの思いに耽っていた寺岡を現実に引きずり出したのは、機内のアナウンスであった。ノイテラーネ国際空港に危なげなく舞い降りる飛行機は、公務出張なので当然民間のジャンボ機である。
「さて、どんな奴らですかね」
隣の席で、西原 聡 東スロリア課事務官が笑いながら寺岡に尋ねる。未知の国に対する純粋な好奇心は見習わなければならないな、と寺岡は思った。
飛行機の狭い窓からは、日本の大都市にも引けを取らないほど発展した首都ティナクール市を見渡すことができる。
「ここも発展したなぁ」
誰に聞かせるでもないひとり言は、西原の耳には届かなかったようで返事は返ってこなかった。
スルアン-ディリ迎賓館――――この国でも有数の歴史と絢爛さを誇る宮殿であるが、記念すべきローリダ共和国と日本との接触は別の場所で行われることになっていた。
あくまでも第三国内での会談に拘った彼らはニホンの影響の及ぶ建物での会談には反対したが、彼らから言い出したことなので強硬に出られる訳もなく、結局ノイテラーネの市民館というせせこましい選択になった。
到着し、色々と準備する職員たちを寺岡はぼんやりと見つめていた。今回の交渉の目的はローリダ共和国の情報を出来るだけ集めること、そして本国との外交チャンネルを作ること。あくまで会談は前段階の「顔見せ」であり、さほど力を入れてはいなかった。
「そろそろですよ、寺岡さん」
「ん? ああ、分かった」
市民館との名にふさわしい普通の扉を開いた先には、きょろきょろとおのぼりさんのように周りを見渡す西洋風の人物たちが四人ほどいた。落ち着いた雰囲気などひとかけらもない空気に寺岡は少し思考が止まりかけたが、本来の仕事を思い出し、彼らの長であろう中年の男に話しかける。
「はじめまして。日本国外務省東スロリア課課長の寺岡祐輔です」
「こちらこそはじめまして。ローリダ共和国植民地軍司令官ティム=ファ=エンクルマです」
エンクルマと名乗ったその男は満面の笑みで寺岡と握手を交わした。よく見ると、その目じりには涙まで浮かんでいた。
「あの、何かありましたか?」
その疑わしげな声がエンクルマの目じりに浮かぶ涙のことだと分かると、彼は大げさに首を振ってからこう答えた。
「いえいえ、何が悪いって訳ではないんですがね。今までのことを思うと感無量で……」
そういいながら目をこするエンクルマを見て、苦労したんだな、と寺岡は思った。彼の心配は的を射ているようで射ていない。確かにこの会談までの道のりは遠かったが、涙の理由には他の事情が多分に含まれていた。
「なんだか、物々しいですね」
脇に控える西原がそうささやく。確かに、と寺岡は思った。
目の前の男は、緑の軍服らしき服を着ていた。普段、軍服を見慣れていない寺岡らにはコスプレにしか見えなかったが。
さらに目を引くのが、胸につけられた勲章の数々だ。金銀、中には宝石がちりばめられたものもある勲章は十個以上あるんじゃないだろうか。他の随員を見やるに彼ほどの勲章を持っている者はいないようなので、直接多くの武功をあげたのだろう。
「ま、立ち話もなんですし座って話しましょう」
彼の言葉を皮切りに、関係者たちは席についた。
「本日はこうしてニホンの方と会談の場を持てたことを、関係者各位に感謝したいと思います」
会談は先ほどの男の言葉から始まった。他の随員から向けられる含みのある視線には少し堪えたが。
テーブルはローリダ側と日本側が向かい合うように二つ並べられ、代表者である寺岡とエンクルマが最奥で向き合っていた。
「では午前中はお互いの国の情報に間違えがないか、すり合わせ、ということでよろしいでしょうか?」
「はい」
寺岡が頷くと、エンクルマはすぐに語り始めた。最初は落ち着いて手帳にメモを取っていた寺岡だったが、話が進むにつれてペンが止まった。気がつけば顔から血の気が引いている。まさか——本当に侵攻しているというのか……!
「―――――ということになります。ただ今、植民地軍はスロリア大陸に駐留中です」
衝撃の言葉で締めくくられた説明に、日本側外交団は返す言葉がなかった。隣を見ると、西原も茫然とした顔をしていた。
それもしょうがない。NGOから紹介された、またどこかの国に農業支援かと思っていたら、まさかの帝国主義、それも今まさに日本が支援を行っているスロリアに侵攻しているというのだから。
「テラオカさん? ニホン側の説明をお願いします」
「あ、はい。西原君」
「はい。では、日本は転移後――――」
慌てて説明を行う西原を見て、寺岡も少し安堵する。驚き狼狽していたのは自分だけではないと確認出来たからだ。相手の方を見ると、必死にメモをとる随員たち。
そう言えば、相手は植民地軍司令官と言っていた。ということは軍トップ、もしくはそれに近い地位にいるということになる。この会談の重要さを再確認した寺岡の背に、冷たい汗が流れた。
緊張の連続であった午前の会談は体感時間では短く、矢のごとく過ぎて行った。予定ではこの後、懇談目的の昼食会が開かれるはずだ。
近くの高級レストランを貸し切った昼食会。そこに向かう車の中で、西原が興奮を隠さず話をまくしたてる。
「ローリダ共和国って、昔のアメリカみたいですね」
前世界で世界の警察を自称していた国を思い出し、寺岡は苦笑する。
「確かに。移民から国が出来て、独立なんて国の成り立ちはそっくりだ」
「結局、どの世界でも人間は人間ってことですか」
未だ興奮冷めやらぬといった様子で話かけようとする西原を手で制す。
「しかし、彼らがスロリアを侵攻するとなるといずれ現地邦人と問題が起きるに違いない」
「そうですね、そして何故彼ら植民地軍がこっちに接触をもってきたかも気になります」
「そうだな。しかし、まだ話の分かる奴らで良かったよ」
「全くです」
一路、車はレストランに向かう。
レストランには、もうすでにたくさんのローリダ関係者達が詰めかけていた。一目で彼らがローリダ関係者だと分かるのは、全員がきょろきょろと周りを見渡しているからだ。その光景にほほえましさすら寺岡は感じた。
横を見ると、西原は軍服を着た女性とにこやかに話しあっている。手が早いな、と思いながらも、所在なさげに立っていた寺岡に後ろから声がかけられた。ふと聞き覚えのある声に振り返ると、先ほど握手したエンクルマ代表が立っていた。
「先ほどはどうも」
「いや、こちらこそ」
お互い握手をしてから、きょろきょろと見回すローリダ人に苦笑しながら、彼は言い訳するように話しだした。
「彼らも戸惑ってるですよ。なんせ事前に聞いていたこととまるっきり違うんで」
「まるっきり違う?」
その問いかけに、エンクルマはしぶしぶ頷く。
「そうです。我らローリダ国内では、スロリア東部には未開の地が広がっていて野蛮人が跋扈している、とされていますからね」
「はぁ」
国民をそこまで欺くことが罷り通る社会なのか? と問いかける言葉が喉まで出かかったが、寸前のところで止まった。徒に質問して相手の機嫌を損ねてしまえば元も子もない。
目の前の人物は、同じ中年のオヤジ臭さが出ていたが、他の随員とは雰囲気が違う様だった。どこかこの会談を楽しんでいる。他の随員と違い、一度もきょろきょろとしていないことがその証左だった。
「あなたは、驚いていないようですが?」
「ええ、私はローリダが国民に本当のことを語るとは思っていませんでしたから」
平然と答える彼に、寺岡はかの国の病みを見たような気がした。