【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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七話

「あなたは、驚いていないようですが?」

 

「ええ、私は国が本当のことを言うとは思っていませんでしたから」

 

「そうですか……」

 

「テラオカさん、ローリダ共和国の事情を聞いてどう思います?」

 

 思いがけない問いを投げかけられた寺岡は、少し考え込むように口をつぐむ。数秒ほど経って、ようやく口を開いた。

 

「幼い、と思います」

 

「幼い?」

 

 予想とは違った答えに、エンクルマはオウム返しに繰り返す。

 

「はい。我々もこの世界に来るまで色々な事がありました」

 

 何処か懐かしそうに目を細める彼の雰囲気は、戦争の話を子供たちにしみじみと語る老人のそれであった。おそらく多くの困難があったのだろう。

 

「我が国も一世紀ほど前までは同じように、植民地を欲しての戦争も起こしました」

 

「……今は、植民地無しでも国民は豊かに暮らしているのでしょうか?」

 

 エンクルマは転移直前の日本の状況など知る由もない。しかし、転生前まで日本で暮らしていた記憶が大きく美化されていた為に、転移前後にゴタゴタがあったなど考えてもいなかった。

 

「はい、我が日本国は植民地なぞ無くても平和に、幸せに生きていけます……!」

 

 寺岡はエンクルマの目をじっと見据えながら断言した。

 エンクルマは少しの間見つめ返していたが、目線を外してため息を吐く。何かを思い詰めたような顔をするエンクルマを寺岡は不思議に思った。

 

「? どうしたのですか?」

 

「私たちの国は、いや国民は自分たち自身で変われるほど強くないのです」

 

 エンクルマが賑やかになりつつある会場を見渡す。そこには、西原とエミリーが楽しそうに話している。向こうには、恥ずかしそうな外務省職員に調子よく話しかけるアドルフの姿も見える。他にも、おずおずと話しかけようとする随員に、それを不思議そうに見る職員たち。

 

「ローリダが次に進むには、ニホンに負けるべきでしょうね」

 

「……」

 

 寺岡は、その職分と真っ向から衝突するような発言に驚きを隠せなかった。しかし、チラリと見た苦悶の表情を見るに、彼は何も言えなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 午後からの会談は和やかなムードで始まった。ローリダ側随員たちの含みのあった視線も今は無い。昼食会を通して彼らニホン人が決して野蛮人などではないということを知ったからだ。国と国だと対立していると言っていい両国だが、個人同士ならそんなことは関係なくなるものだ。

 先ほどと同じ部屋で両外交団は向かい合う。初めに口を開いたのはまたしてもローリダ側のエンクルマであった。

 

「先ほどは、皆さん楽しい時間を過ごされたようで何よりです。今回の会談はこちら側が要望して行われたものですが……」

 

 目で隣のエミリーに合図すると、彼女は用意してあった資料を取り出す。長年連れ添ってきた夫婦ならではの連携であった。

 寺岡の隣で西原がため息をつく。怪訝に思った寺岡が小声で理由を尋ねると、思いがけない答えが返ってきた。

 

「あの美人さん、エンクルマ代表の奥さんなんですって……」

 

 彼の言葉に寺岡は純粋に驚いた。資料を配る彼女とエンクルマを見るにどう見ても釣り合うような外見でない。エンクルマの外見は新橋あたりにいても何ら浮かないほど日本人らしかった。

 くだらない雑念を頭から追い払い、意識を場に引き戻す。こんなことを考えるような場所じゃない。先ほど開かれた日本側外交団のミーティングの場で、今回の会談では彼らの目的を知るのがまず第一だという結論に達したのだ。なんせ相手は帝国主義の国の軍隊である、そう簡単に心を許すわけにはいかない。

 

 配られた資料をめくる。その少し黄ばんだ昔臭い紙には海上保安庁の巡視船、それと何故かビニ本の類が載っていた。日本側のあちこちで噴き出す声が聞こえる。

 

「これは、私たちが初めてニホンの情報に触れた、その資料です。資料にはこの船が日本海軍と書かれてますが先ほどの説明を聞くにこれは軍隊ではなく……」

 

 彼女の説明をエンクルマが引き継ぐ。

 

「海上保安庁、その役割は海上の保安と国境の警備で合ってたかな?」

 

 その言葉に寺岡は頷いた。

 

「その通りです。海保は日本の行政機関の一つです。まぁ、準軍事的な組織であることを否定はしませんが」

 

「なるほど。そしてそれとは別に日本海軍がいるということでしたね」

 

「いいえ、海上自衛隊です」

 

「自衛隊?」

 

 聞こえてきた疑問の声は、席中央に座るアドルフのものだった。

 

「自衛隊とは軍隊なのか?」

 

 そのもっともな疑問に寺岡は顔をしかめる。それを見た西原が、慌ててその質問に答えた。

 

「我が国では、憲法で侵略を目的とした交戦権を放棄しています」

 

 その答えに、ローリダ側はエンクルマを除いた全員が困惑した顔を浮かべる。何を言っているのかと言わんばかりの雰囲気に西原も戸惑うばかりだ。

 

「交戦権を放棄、ということはニホンが戦争はしないということかしら?」

 

「"侵略を目的とした"戦争はしないということですよ、エミリーさん」

 

 エミリーの鋭い質問に顔をしかめたまま寺岡が答える。

 

「つまり、"自衛を目的とした"戦争は禁じられていない訳ですか?」

 

 エンクルマが割って入る。

 

「そう言うことですな」

 

「なんでそんな事をするんだ?」

 

 アドルフが言う。その言葉にローリダ側全員は内心同意していただろう。彼らにとって戦争とは国家が持つ当然の権利であり、国を富ませるものだ。何故、自分の手足をわざわざ自分で縛るような真似をするのか?

 

「……侵略戦争をしないようにですよ」

 

 日本外交団らは、ただそれだけしか言えなかった。

 

「その問題については、後で憲法を見せてもらうなどするとしてですね、先ほどの資料を見ていただきたい」

 

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすために、エンクルマが本来の議題に切り替える。

 忘れていたその資料を慌てて読み始める日本外交団を眺めて、エンクルマはこの会談を開いたその目的を話した。

 

「今回、会談を持てるようにした目的はニホンの軍隊の脅威を知るためです」

 

 軍隊という言葉に日本側が動揺する。そのどよめきが収まるのを少し待って、エンクルマは自国の事情を話した。

 

「我が国では、植民地獲得と教化事業を国是としています。その過程に関しては先ほど説明した通りです。ただ今植民地軍が侵攻しているスロリア西部ですが、政府は最終的にスロリア全域を植民地化するつもりの様です」

 

 その衝撃的な言葉にまたもや日本側に動揺が走る。寺岡も先ほどの説明を聞いて予想していたことだが、軍幹部から直々に戦争準備をしていると明言したも同然だ。他の職員と比べて、寺岡も大なり小なり動揺していた。

 

「我が国では戦争の前に相手国を徹底的に貶めます。そうして世論を開戦に持って行くのです。よって今ローリダではニホン討つべしとの世論が高まってきています」

 

 更なる追い討ちに日本外交団は言葉もなかった。寺岡が自分に課せられた職務を全うする為、エンクルマに問いかける。

 

「なるほど、そちらの事情は分かりました。すると、あなた方の要求は?」

 

「戦争の回避です」

 

 その言葉に思考が止まりかける。しかし、どこかで納得しかけている自分が寺岡にはあった。先ほどの昼食会の時に交わした会話が蘇って来る。そして何よりも彼が頼りなさげに見えたことも理由の一つかもしれない。

 

「しかし、あなた方は軍人なのでは?」

 

 そのもっともな疑問に苦笑しながらエンクルマは答えた。

 

「平和主義な軍人がいてはおかしいでしょうか?」

 

 彼の言葉に両陣営が沈黙する中、エンクルマはゴホンと一つ咳払いをして場を取り繕った。

 

「えー、もちろん命令が下れば命をかけてでも戦いますが、自分としてはかわいい部下が死ぬのは御免です。話を聞くにどうも私たちとあなた方の技術とはだいぶ開きがあるように思います」

 

 先の会談でも、ニホンが工業用セラミックを実用化しているという一点だけで、ローリダ側随員が色めき立っていた。その事実が寺岡には印象深く残っていた。

 

「しかれば、そのような国の間で戦争が起こればどうなるか。一方的な虐殺に成りかねません。そのような事態は両方にとっても本意とするところでは無いでしょう」

 

 日本側に言葉が行き渡ったのを確認し、エンクルマは続きを催促するようなエミリーの視線に押されながら言葉を続ける。

 

「そこで、我々に技術の格差を十分理解できるような証拠を、できれば貸して頂きたいのです」

 

「それをどうするのですか?」

 

 確認するように寺岡がたずねる。

 

「勿論、政府を説得する為です」

 

 その言葉に寺岡は微笑む。両者は立ち上がり、硬く握手した。

 

「あなた方とはいい関係でいられそうです」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 こうして日本、ローリダの記念すべき第一回の会談は両者とも大きな収穫を得て終わった。その後、資料の交換や協議をしつつ次回の会談を約束し会議室を後にしたエンクルマ達であったが、その約束は二度と守られることはなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 会談を終えたエンクルマ達は、取って返すように真っすぐ首都アダロネスへ進路をとった。今回の会談は、もちろん事前に植民地省にも通告した公式に認められたものである。つまりドクグラム達にも知られていたはずなのだが、これといった嫌がらせもない。

 エンクルマは当然訝しんだが、特に悪影響どころか大助かりだったので他の誰も気に留めなかった。

 

 首都に戻ったエンクルマはいつもの日常に戻ったように見えたが、水面下では順調に次の目的への準備を進めていた。その目的とは、議会の平民派に接触し対ニホン戦争の危険性を知らせることであった。

 

 何故、大々的にテレビやラジオなどで発表しようとしなかったのか? 当然、この手も植民地司令部で議論されたが不採用に終わったものである。

 その理由として、日本外交団が渡した"日本の方が技術で勝る"証拠が少なかったことが挙げられる。日本外交団もジレンマに陥っていた。

 

 戦争を回避するためには、こちらの圧倒的な技術格差を示さなければならない。だが、今まさに接触したばかりの相手に、こちらの手の内を全て晒してよいものか。技術を抜き取られる恐れは、決して小さくはない——そうした疑念が、どうしても拭えなかった。

 さらに、今手持ちの少人数で運べるものとなると当然数は少なくなる。例えば、ライター。これを彼らに見せて、驚くだろうか?

 

 しかし、エンクルマ自身は先の会談に手ごたえを感じていた。出来るか分からなかった会談が一応の成果を上げたのだ。同郷の人達に逢えたのも彼の未来予測を甘くさせた原因の一つかもしれない。

 エンクルマの期待は最後の最後に外れることとなる。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 ローリダ共和国 平民派議員デロムソス=ダ-リ=ヴァナス邸 七月三日

 

 

「どういうことですか!?」

 

 植民地軍総司令官付第一秘書エレーナ=ル=リターシャルは、部屋の中から敬愛する上司の珍しい怒声を聞き軽く動揺していた。彼女もニホンの会談についていった随員の一人だが、だからこそ部屋の中から怒声が聞こえてくるとは想像していなかったのだ。

 

 エレーナが待機部屋にある大きな古時計を見ると、午後十時を少し過ぎた頃であった。かれこれ平民派の巨頭デロムソス=ダ-リ=ヴァナスとの会談が始まって数時間が経っている。

 しばらくエンクルマの大きな声が聞こえたかと思うと扉が開き、中から憔悴しきった顔のエンクルマが出てきた。エレーナは無言でカバンに広げていた資料を詰め、邸を彼とともに後にする。自分の運転する高級軍人専用車に彼が乗るのをバックミラーで確認し、静かに車を発進させたのだった。

 

「……ダメだ、平民派の説得は失敗だった」

 

 その誰に聞かすでもなく、ふと口から漏れたような言葉にエレーナは返事をするかどうか迷う。しばらく考えをめぐらすも、結局知りたくて仕方がなかった説得失敗の原因をうなだれる上司に尋ねた。

 

「エンクルマ司令官、説得に失敗したのはどうしてですか? 今回、持って行ったのはデジカメとかいうものでしたが」

 

「ああ、それも問題だったんだが……」

 

 鏡越しに見える彼は、顔に不快感が露わになるのを隠そうともせずに吐き捨てた。

 

「それ以前の問題だったよ」

 

 彼の言葉にエレーナは首をかしげる。

 

「それ以前……とは?」

 

「今回のニホンの脅威を議員達に知らしめるには臨時会を開くのが手っとり早いんだが、それを開くには"よほどの緊急事態"が必要らしい」

 

「今回はその"よほどの緊急事態"では無いと……!?」

 

「ああ、彼らにとってはそうらしい。実際に軍が負けでもしないと緊急事態として臨時会なんて開かれないだとさ」

 

 議会が臨時会を開く条件として、一定人数以上の議員の要求や、臨時予算の編成などがある。彼ら平民派の議員数はそもそも少ない。それに議員たちの中にも戦時関連の株など戦争の利益を貪る者が居るのは想像に難くない。

 そうした戦争で利益を得る者たちの妨害がないはずがない。もうすでにあの日、エンクルマがニホンの存在を知った時に全ては決まっていたのだ。

 

「……エレーナ、プランBに変更だ」

 

「分かりました、第一級までの招集を手配しておきます」

 

「それと、明日朝一番の招集も併せて伝えといてくれ」

 

「了解です」

 

 黒塗りの車は夜でも明るいアダロネスの渋滞に消えていった。

 

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