【仮想戦記】 The Islands War  二次創作   作:perry

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九話

 時間は矢のように過ぎていく。五分前まで、委員会の会場はごった返していた。おかしい、委員会は数十人ほどのはずだが……

 

「ドクグラム大将はまだですね」

 

 隣に立つ司令付秘書エレーナが呟く。そういえば、集まった関係者は国防軍の制服が多い。何か仕掛けてくるつもりだろうか。

 入口のほうでどよめきが起きた。どうやら噂の人物が登場したらしい。顔を向けると、豪華な勲章で着飾ったドクグラム大将の姿が見えた。白い歯を見せて、取り巻きたちと何か楽しそうに話している。

 

――こいつら、俺たちの苦労も知らないで。

 

 胸の奥に、じわりと怒りがこみ上げる。金もなく人手もない二重苦に苦しめられてきた植民地軍は、その原因である国防軍に憎悪に近い感情を持っていた。目の下にクマを作った植民地軍の幽鬼たちに睨めつけられ、国防軍側にわずかな動揺が走る。

 ドクグラム大将と目が合う。彼は口元をわずかに吊り上げ、こちらを観察するように嗤った。まったく、嫌な男だ。

 

◆◆◆

 

「では、時間となりましたので対ニホンに関しての意見交換委員会を始めます」

 

 大学の講義室のような会議室で、教壇に立ったナードラが開会を宣言する。着席した委員数十名とは別に、なぜか国防軍の幹部や高級官僚たちまで顔を揃えていた。非公開でないのだから不思議ではないが、多忙な彼らがわざわざ足を運ぶとは。

 会場が拍手に包まれる。ナードラは舞台女優のように優雅に一礼し、委員会の目的を説明した。

 

「今回の委員会の目的は、来るべき対ニホン解放戦争に関して、軍と元老院の意見を一致させることです。まず、国防軍・植民地軍それぞれの作戦案を説明し、その後に質疑応答を行います」

 

 会議場のど真ん中には第一執政官の姿がある。右手には勲章を連ねた国防軍関係者。左手には頬をこけさせた、異様な緊張感をまとう植民地軍関係者。その対照的な並びが、軍内の対立を如実に示していた。

 

「では、まず国防軍のドクグラム大将、作戦案の説明をお願いします」

 

 国防軍側の拍手とともにドクグラムが教壇に上がる。鳴りやまない拍手を片手で制し、場が落ち着くのを待った。

 

「僭越ながら代表して、私ドクグラムが説明いたします。では、資料の……」

 

 事前に配られた資料を元に、作戦案が説明された。大枠はこうだ。

 

 スロリア大陸の前線基地に飛行場を整備し、各地の航空戦力を集中させて開戦と同時に制空権を握る。次いで機甲師団と歩兵を前進させ、敵を押し返して一気に占領する。オーソドックスな正面突破だ。

 ただ、赤竜騎兵団の派遣が示唆された瞬間、会場がどよめいた。共和国最精鋭の赤竜騎兵団は最新鋭のガルダーン戦車を擁する、ローリダ最強の部隊だ。

 

「利権屋が頼み込んだのね」

 

 エミリーが毒づく。ガルダーン戦車を製造する軍需産業はその調達量に不満を持っている。だからといって、血税を一部の者がすするのはいただけない。

 

「――以上で、国防軍の作戦案説明を終わります」

 

 再び拍手が湧く。ドクグラムはそれに応えたあと、悠々と教壇を後にした。

 ナードラが壇上に戻る。

 

「次は、植民地軍総司令エンクルマ中将の作戦案説明です」

 

 先ほどと同じく拍手が起こる。しかし今度は、やる気なさそうだった議員たちが好奇の目でこちらを見ていた。植民地軍側からも国防軍側からも、拍手は少ない。植民地軍に体力はなく、国防軍がこちらに拍手を送る理由もない。

 壇上に上がる。ドクグラム大将とはまた違った意味の、何かを思いつめたような威圧感があった。

 

「ご紹介にあずかりましたエンクルマです。では早速……」

 

 説明を始めようとしたその時、

 

「失礼、エンクルマ司令に質問がある」

 

 突然、声が遮った。会場のど真ん中に座る、この国の最高権力者——第一執政官カメシスだった。

 

◆◆◆

 

 まさに説明を始めようとした矢先に水を差された形になった。顔をさらに険しくして声の主を見ると、カメシス執政官その人だった。その顔は、悪戯を成功させる直前の子供のような表情だ。

 直感が警報を鳴らす——こいつは何かを企んでいる。それも、俺にとって都合の悪いことを。

 

 カメシスはこれまで、露骨に植民地軍と対立するような行動をとったことはなかった。しかし戦争を商売と見なし、利権と絡む国防軍との距離が近いことも分かっていた。そのカメシスが、説明の前に口を挟んできた。意図は明らかだ。

 

「……なんでしょうか、カメシス閣下。今は私が作戦案を説明する時間のはずですが」

 

 睨みつける視線を飄々とかわし、カメシスは集まった委員に向き直り、芝居がかった大ぶりな所作で口を開く。

 

「最近、面白い噂を聞きましてな。軍人と直接話せる機会はそう多くないゆえ、ここで確かめさせてもらおうかと」

 

 噂——俺が負けると言ったという、あの話についてだ。全身の平衡感覚を失うような不快感が広がる。当たってほしくない第六感が、これから起きることへの警報を鳴らし続けていた。

 

「……」

 

「なんと、噂ではあの"常勝将軍"とまで言われた司令が、ニホンに我がローリダ共和国が負ける、と言ったそうですな」

 

 芝居がかった口調で語る彼が、それなりのカリスマを持っていることはエンクルマも認めざるを得なかった。唯一、首肯できる長所だ。

 周囲の委員がざわめく。噂を聞いたことがない者はいなかった。しかし第一執政官が、この場でそれを問いただしているという事実が場に動揺をもたらした。

 

 顔が青ざめているのは自分でも分かる。今この状況を打破する一手が、どうしても思いつけない。

 

 「エンクルマが負けると言った」という噂——もちろん、植民地軍総司令部の外でそのような発言をするはずがない。自分はそこまで迂闊ではない。

 では、この噂はいつ、誰が流したのか。植民地軍首脳部も訝しんだが、二つも三つも体を持てるわけもなく、他の業務に忙殺されて対応する余裕がなかった。対ニホンに真剣に取り組んでいたのも、調べる手足となるはずの情報局も、ニホン工作で手いっぱいだったのだから。

 

 単純に否定すればいいのでは、という考えが浮かぶ。証拠がある可能性は低い。誰が軍の会議室に盗聴器を仕掛けるだろうか。

 しかし、そう簡単な話ならここまで頭を抱える必要はなかった。

 

 問題は、今まさに手にしているこの原稿——植民地軍が血を吐きながら作り上げた作戦案だった。

 

 この作戦案は極めて現実的に作られている。当然だ、もし実際に戦うことになれば、この案が大本になるのだから。植民地軍は国防軍と違い、作戦案を勝手に無視することはできない。

 そうなると、内容は必然的に積極性に欠けるものにならざるを得ない。ローリダ共和国軍の誇りにはおよそふさわしくない作戦だ。航空戦力と正面でやり合うような内容にはならない。敵基地へのゲリラ的な奇襲、撤退戦、先制テロ——それが現実的な答えだった。

 ニホンの弱点は自衛官の絶対数の少なさと、スロリア侵攻時に伸びるであろう兵站線だ。だから作戦の大枠は決まっていた。開戦前の工作、そして侵攻を受けてからのヒットアンドアウェイで伸びきった補給線を叩く。

 

 そんな作戦は、一般のローリダ兵士には逃げ腰にしか映らないだろう。神の加護を持つ共和国軍が、航空兵力すら持たない東の野蛮人に逃げながら戦うなど、許容できないと考える者は多い。

 そして今、この噂がある。否定は簡単だ——だがその後どうする? 国防軍のような作戦案を見せろということになる。そんなことはできない。

 

 植民地軍が作り上げた作戦案を強く握りしめる。胸の奥に、じわじわと絶望感が広がっていく。ここで取れる手段は二つしかない。噂を否定してこれまでの努力をすべて水に流すか、肯定して作戦案を最後まで説明するか。後者を選べば、自分の公人としての先行きはほとんど断たれるだろう。

 これまでは、ドクグラム派が俺を引きずり落とすのは難しかった。英雄であり、負けなしだったからだ。

 

 思えば、カメシスに作戦案を提示した時点で、この結末は決まっていたのかもしれない。委員会に人が多いのは、目撃者を増やすためだ。

 

 深く息を吐く。

 

――覚悟を決めなければならない。ここで折れることは、自分を、何より今まで付き合ってきてくれたみんなを裏切ることになる。それだけは避けなければ。

 

「……はい。確かに私はそう言いました。もう一度言いましょう。このままローリダ共和国と日本が戦えば、ローリダは必ず負けます」

 

 しんと、会議場が静まりかえる。ニヤニヤと笑うドクグラムの顔だけが、いやに目に入った。

 

◆◆◆

 

 ナードラは動揺を隠せずにいた。「ドクグラム派の情報操作だ」と信じていた噂を、エンクルマ司令自身が認めたのだ。

 

「この売国奴が!」

 

 静まり返った会場に、右手から罵声が飛んだ。国防軍が占める一帯だった。それを皮切りに、聞くに堪えない野次が壇上のエンクルマへ浴びせられていく。

 喧騒が会場を包んでいく。最初は国防軍側からだった罵倒が、やがて会場全体に広がる。みんな気づいたのだろう——彼がなぜあれほど慌てて会談まで開いたのかを。火のないところに煙は立たぬ。英雄だった男も権力が惜しくなり、臆病風に吹かれたか……!

 

 ナードラはこみ上げる感情を抑えながら、壇上のかつての英雄を見つめた。怒り、というより空しさ——そう形容するしかなかった。少なからず尊敬していた人物が、よりにもよってニホンに負けると口にし、自分の気持ちを裏切ったのだ。

 

 しかし、優秀な彼女の頭脳は同時にこの状況に違和感を感じていた。

 

 ドクグラム派の対応が早すぎる。事前に知っていた……?

 確かに事前に第一執政官へ作戦案を提示していた。しかし噂が流れ始めたのはその前だ。ということはドクグラム派は無関係?

 いや、だがエンクルマは自分の口で認めたのだ。もし国防軍の妨害に過ぎなかったなら、一言否定するだけで済む話ではないか——。

 

 答えのない問いが頭の中をぐるぐると回り続けた。

 

 野次がひどくなる。収拾がつかなくなるのではと心配し始めたころ、カメシス閣下が再び立ち上がった。自然に視線を集め、野次が徐々に収まっていく。

 

「さて、委員会・議員の総意はエンクルマ司令、分かっていただけたと思うが……」

 

「ええ、はっきり分かりました。この国は一度負けた方がいい。そうした方が、この国のためだ」

 

「な、なにを言う!」

 

 カメシスが狼狽する。弁明でも返ってくると思っていたのに、さらに自分の首を絞めるような言葉が飛び出してきた。

 しかし、壇上のエンクルマは悔しそうでも後悔した顔でもなかった。どこかすっきりとした表情だった。

 

「ああ、そうです。戦争相手の首都の名前も知らないでどう戦うつもりなのですか、あなたたちは! 相手の政治体制は? 経済は? そんなことすら知らずに戦争を仕掛けるとは、気が狂っているとしか思えない」

 

「な、何だと貴様! ローリダ共和国を侮辱する気か!」

 

 前方に座っていた国防軍の軍人が、興奮した様子で壇上のエンクルマに掴みかかろうとする。

 

「お待ちください、カーナレス従兄上」

 

 ドクグラムが片手を上げ、今にも飛び出しそうな従兄を制した。不満げな顔をするも、同じ内容をカメシス第一執政官に言われ、しぶしぶ席につく。

 ドクグラムはエンクルマに向き直り、再びにやりと嗤った。

 

「カメシス閣下。彼は今はここまで落ちぶれましたが、元は英雄。共和国に多大なる貢献をしたのも事実。なにとぞ穏便な処罰を」

 

「何よ! 軍事裁判も開かずに勝手に決めないで、ドクグラム! それは単なる私刑じゃない!」

 

 植民地軍側のエミリーが噛みつく。しかしそんなエミリーを無視して、ドクグラムはカメシスに迫った。

 

「そうじゃな、自宅謹慎……詳しい処罰は戦争の後でゆっくり決めればよいではないか」

 

 エンクルマ中心にまとまっていた植民地軍は、トップを替えれば後は空中分解する——あの嗤いの奥に、そういう計算が透けて見えた。

 

「……分かりました。自発的に自宅謹慎させていただきます」

 

「な!?」

 

 植民地軍側から驚きの声が漏れる。最悪の状況だとは分かっていたが、エンクルマがこうも素直に応じるとは思っていなかったのだろう。ドクグラム派も同様で、訝しげな顔をしている。

 いち早く我に返ったカメシスが、気が変わらないうちにと決着をつけた。

 

「では、今後しばらくはアドルフ副司令が兼任することでいいかね」

 

「はい。問題ありません」

 

「そうじゃな。勿論、作戦案は国防軍のものを全面採用しよう。敗北主義者の作った作戦など検討するに値せん」

 

 敗北主義——カメシスの言葉が、植民地軍の軍人たちに突き刺さる。

 

「ちょっと! カメシス閣下! この委員会の目的をお忘れですか!?」

 

 激昂のあまり語気が崩れかけたエミリーが吠える。さらに言葉を続けようとしたエミリーを制したのは、壇上から降りてきたエンクルマだった。

 カメシスがエミリーに目を細める。

 

「……参謀長だったかな、君にも休暇が必要かね?」

 

 露骨な脅しに、エミリーが息をのむ。この国の最高権力者であっても、植民地軍上層部の人事に口を出す権限など持っていないはずだ。

 

「もう、俺たちに味方はいないんだよ、エミリー」

 

 降りてきたエンクルマがエミリーに呟く。まさにその通りで、ここは敵の議会かと見紛うほどの敵意の嵐だった。エンクルマの公人としての人生は、今この瞬間に終わった。

 今までの努力を完全に否定された植民地軍側は自失茫然としていた。頭をつぶされた生き物は弱い——組織でも同じことだ。彼らは失意のうちに、罵声渦巻く会場を後にした。

 

◆◆◆

 

 会話もなく帰路についたエンクルマだったが、夢の中に逃げ込む暇も与えられなかった。

 軍高級幹部や議員が集まる高級住宅街にあるエンクルマ邸に、深夜、足音も荒く入ってきたのは——帰りに総司令部に寄ると言っていたエミリーだった。

 

「エンティ! 大変よ! とりあえず出なさい」

 

「……どうしたんだ、エミリー。そんなに慌てて」

 

 今日まで不眠不休を地で行っていたエンクルマはまどろみかけていたのだが、突然の侵入者にその安らぎを完全に打ち崩された。

 顔に赤みがさしたエミリーが、興奮した様子で言う。

 

「とりあえず、総司令部に行きましょう。話はそれからよ」

 

 制服に着替える時間も惜しいとせかすエミリーを不審に思いながら、先ほど決まったばかりの処遇を確認する。

 

「……エミリー、俺は自宅に"自発的に謹慎"しているはずだ。今外に出れば、ドクグラムの連中に何を言われるか分かったものじゃないぞ」

 

「分かってるわよそんなこと! それでもあなたがいないと始まらないの!」

 

 着替えをせかすエミリーの剣幕に押されて、エンクルマは着替え、裏口から逃げるようにして外に出た。深夜の闇に紛れ、少し歩いて軍高官用の黒塗り車とは違う普通の車に乗り込み、植民地軍総司令部へ向かう。道中、事情を聞こうとしたが、かなり切羽詰まった顔を見て諦めた。まあいい、行けば分かるだろう——これ以上悪いことが起きるはずもない、と。

 見慣れた景色が後ろへ流れていく。首都でも深夜とあって車は少ない。大学の前を過ぎ、いつものビル街に差し掛かったその時——向こうに軍の検問が見えた。植民地軍によるものだ。

 

「……これはどういうことだ」

 

「それを説明するために司令部に行くんじゃない」

 

 エンクルマ、人生最悪の一日はまだ終わらない——

 

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