カミーユがティターンズに所属していたら(IF) 作:T9816
基地の廊下で、カミーユを呼び止めたのは実力皆無の中尉だった。かつて自分を尋問室で殴り飛ばした、あのMPの親戚。
「新兵の分際で、私に意見するつもりか?」
中尉の言葉は羽虫の羽音だ。カミーユは無言のまま、ニュータイプ特有の鋭利な「圧力」を叩きつける。中尉が思わず腰の拳銃に手をかけるほどの恐怖。
(……うるさいな。バスク大佐の命令すら遂行できない無能が、僕の時間を奪わないでくれ)
数日後、訓練演習。カミーユのMk-IIは悪魔的な滑らかさで中尉のジム・クゥエルを追い詰める。
「あ……。すみません、機体の調整が不十分だったみたいで」
ビーム・サーベルの光刃が、ミリ単位の精度で中尉のコックピット・ハッチを焼き切る。恐怖で失禁し、緊急脱出レバーを引く上官。
「……次は、外しませんから。中尉」
この一言が中尉を精神的な死へと追い込み、それを目撃していたジェリドら若手は、恐怖を超えた「強さ」への憧憬をカミーユに抱き始める。
カミーユの悪名は広まるが、それを「親の七光りの小僧」と蔑み、最前線にも出ず甘い汁を吸い続ける技術中尉がいた。彼はカミーユの両親の遺品を「ジャンク」としてゴミ箱に捨てた。
カミーユは直接手を下さない。整備中のハンガー、Mk-IIに座ったまま、眼下の中尉に殺気を照射する。
「……中尉。さっき、母さんの形見をゴミ箱に捨てましたね?」
外部スピーカーから響く湿り気を帯びた声。機体は動いていない。だが、中尉は巨大な黒い腕に喉を掴まれる錯覚に陥り、過呼吸で崩れ落ちる。
直後のスクランブル発進の混乱。カミーユはMk-IIの巨大な足を、中尉の車両の数センチ横に叩きつけた。
「おっと……出力が安定しなくて。次は、踏んづけてしまうかもしれません。気をつけてくださいね?」
逃げ惑う上官を「敵熱源」としてロックし続け、中尉を完全な発狂へと追い込む。物理的な処刑ではなく、「自爆(発狂)」させることで手を汚さず排除するのがカミーユのやり方だ。
バスクの執務室。カミーユは無表情に告げる。
「大佐、彼はノイローゼです。戦場に出るのが怖くて僕に八つ当たりをしている。ティターンズに、そんな『弱者』は必要ありませんよね?」
バスクはカミーユを「有能な狂犬」と信じて疑わず、満足げに頷く。
しかし、カミーユの瞳はさらに先を見つめていた。
(……笑っていればいい。あんたもいずれ、僕にとっての『弱者』に分類される日が来るんだから)
「民間人上がりの小僧が。せいぜい盾になって死ね。ガンダムは私が回収してやる」
通信回線から漏れ聞こえるハイファン大尉の声には、隠しきれない功名心と、自分だけは安全な後方に下がろうとする小悪党の卑屈さが混じっていた。
乱戦の最中、殿(しんがり)を命じられたガンダムMk-IIのコクピットで、カミーユの瞳は静かに、深く、凍りついていく。
(……ああ、そうか。この人は、僕を『盾』にしか見ていないんだ。だったら、盾の使い道くらい、僕が決めてもいいはずだよね)
カミーユは指先を滑らせ、機体を急加速させる。狙いは敵機ではない。後退しようとするハイファンのジム・クゥエルだ。
「……な、なんだ!? 近すぎるぞカミーユ!」
驚愕に震えるハイファンの声。バックミラー越しに迫る黒いガンダムの影に、彼は本能的な恐怖を感じたのか、操縦桿を乱暴に引いた。
「すみません、敵のロックオンを振り切ろうとして――」
言い終わる前に、Mk-IIの巨大なマニピュレーターが動いた。
それは格闘戦の打撃ではない。時計職人が精密機械を扱うかのような、ミリ単位の指先の作業。Mk-IIの鋼鉄の指が、ジムのメインスラスターのノズルを、無造作に、しかし確実にひしゃげさせた。
直後、ハイファンの機体は噴射のバランスを失い、宇宙の闇へと無様にスピンを始める。
「助けろ! 操縦不能だ! カミーユ、何をしている、早く曳航しろ!」
パニックに陥り、全回線で悲鳴を上げるハイファン。その醜い姿を、カミーユはMk-IIを静止させたまま、冷徹な観察者の目で見つめていた。
「どうしたんですか大尉? そんな操縦じゃ、エゥーゴのテロリストに笑われますよ……?」
「な……お前……っ! 貴様、わざと……!」
「ああ、敵の反応です。……さようなら、大尉。あなたの席は、僕が有効活用させてもらいます」
ハイファンの絶叫が途切れるよりも早く、エゥーゴの放ったビームが、制御を失ったジムのコックピットを正確に貫いた。
音のない宇宙で、小さな光となって霧散する「かつての上官」。
カミーユはその爆発をバックに、淡々と脳内の戦闘報告書を書き換えていく。
「……事故、ですよね。報告書には『勇敢に殿を務め、部下を逃がして戦死した』と書いておきます。感謝してくださいね、大尉」
コックピットに響くのは、自分の冷たい呼吸音だけ。
カミーユは一滴の涙も、一筋の迷いも見せることなく、獲物を探すように次の戦域へと漆黒の機体を向けた。
帰還したアレキサンドリアの格納庫は、勝利の熱狂よりも、どこか奇妙な静寂に包まれていた。
無能な上官たちが立て続けに「事故」で消え、その中心には常に、無表情な少年と漆黒のガンダムがいたからだ。
カミーユは独り、Mk-IIの足元に佇み、漆黒の装甲を見上げていた。そこに近づく、迷いのない軍靴の音。
「カミーユ……。少し、いいかしら」
エマ・シーン中尉だった。彼女の表情は硬く、その手には不自然な数値が並んだ戦闘記録のタブレットが握られている。
「ハイファン大尉の件……。記録では不慮の事故となっているけれど、本当に機体の不調だったの? あなたの技量なら、あの距離で誤射なんて、到底ありえないわ」
エマの真っ直ぐな追及。だが、カミーユは動じない。
彼はゆっくりと振り返ると、いつもの冷徹な仮面を脱ぎ捨て、月光に照らされた「傷ついた少年」の表情を浮かべた。
「……中尉なら、分かってくれると思っていました。規律よりも、僕たちの『命』を重んじてくれる人だと」
カミーユの声は小さく震えている。エマが息を呑むのが分かった。
「……大尉は補給物資を私物化し、前線で死にかけている僕たちを盾にして逃げようとしていた。中尉、あんな男がのさばる組織に、未来があると思いますか? 規律が守ってくれるのは、地球ですか? それとも無能な上官の椅子ですか?」
「それは……。でも、それは軍人のすることじゃないわ! 私的制裁なんて……!」
「ええ、そうです。分かっています」
カミーユは一歩、エマのパーソナルスペースへと踏み込む。
彼はエマの瞳を潤んだ目で見つめ、縋り付くようにその言葉を紡いだ。
「だから……僕を見捨てないでください、エマ中尉。あなたがそばにいて、僕を導いてくれないと……僕は本当に、ただの『人殺しの道具』になってしまう。……僕を、一人にしないでください」
その瞬間、エマの胸に激しい葛藤と、それを上回るほどの「母性的な責任感」が突き上げた。
目の前の少年は、あまりにも純粋で、あまりにも繊細であるがゆえに、この腐敗した組織の中で独り、壊れかけている。
(この子を一人にしてはいけない。私が側にいて、正しい軍人の道を教えなければ……)
エマは震える手で、カミーユの肩を抱き寄せた。
カミーユは彼女の胸に顔を埋め、幼子のように静かに呼吸を合わせる。
(……そう、その顔だ、エマ中尉)
エマの体温を感じながら、カミーユの脳内では冷徹な計算が完了していた。
彼女が自分を「救わなきゃ」と思えば思うほど、その足元はティターンズという泥沼に深く沈んでいく。
エマ・シーンが「正しい軍人」であろうとするその誇りこそが、彼女をこの地獄に繋ぎ止める最強の鎖となった。
カミーユは彼女に抱かれながら、暗闇の中で、誰にも見えない冷笑を浮かべた。
――また一人、大切な「盾」が手に入った。