先生紀元402年、万臣殿の統べる西ミステリオンではゲヘナ人の侵入が活発化。強大な敵として立ちふさがった。大軍勢を率いて迫りくる彼女らの戦いをパテルが角付きと見下していたゲヘナ出身の
トリニティ地域を荒らし回っていたゲヘナの総大将たる空崎族を学区から追放し、万臣殿の支配を磐石とした。
これは万臣殿の遷都事業に大きく役立ち、パテル領内に置かれていた本校舎をアリウス領へと遷都させることに繋がる。秤家による権力の維持というよりは守りやすい場所を求めたことが理由であり、万臣殿の内で百合園家や秤家、桐藤家が賛同したものの聖園家が反対。賛成3反対1で、遷都は行われた。
だが、北方での
一方、東ミステリオンではシスター騒ぎによって、余が頭を抱えることになる。宗教学校である以上、何らかの教義的な問題が起きるとは予期できたが、今回は世俗が問題を持ってきた。
演説が上手なシスターへの妬み嫉みが、彼女が秤家を侮辱しているという言説にまで飛躍した。金の口を持つと言われるほど熱心なシスターである以上、余は追放などしたくないのだが……実家の圧力とシスターからの追求を受けるよりは素直に追放した方が安全だろう。
「しかし、
今、魔境であるゲヘナへ追放しようとする声をなんとか抑え、アリウス地域へ追放とした。追放先として出た案はゲヘナ、アリウスの二つ。負傷事故によって銃闘士観戦を禁止した西の報告書を読みながら、厳しい学区の状況や情勢に疲れた声が漏れる。
この追放騒動で燃えた教会、つまり学校施設の一部の改修工事から不穏な西ミステリオンの情勢まで。
「なぁ、アトス。何か嫌な予感がするんだ」
『陛下、西の諸学園の再軍備とかでしょうか』
「いや、もっと違う……何かだ」
一人でやってきたが故に、嫌な胸騒ぎが残って離れない。差し込む月光が暗い影を作り、光を反射するような白い肌の余は静かに何事も起こらないようにと主憐れめよと呟いた。
405年、ユスティナ聖徒会が太古の教義を
翌年、再度ゲヘナ人が西ミステリオンへ侵入。計三部族が現地の近衛隊と交戦。ライン川を渡河し、攻撃を敢行するも旧パテル領内で足止めされ、結果的に学区から追放された。これもまた、
410年、西ミステリオンが北方での戦いに敗北。これを受けて、万臣殿は北方の全面放棄を決めたその矢先に、空崎族を中核とするゲヘナ諸部族連合軍が西ミステリオン本校舎を
それから三年が経って東ミステリオン本校舎の治める地域を囲うように
425年、東ミステリオンで一般生徒向けの教育カリキュラムの改定が完了する。教育科目の刷新が行われ、今まで曖昧だった哲学と神学の双方の区分けに共通授業を設けることで対処、これを哲学概論と神学概論と呼び必修科目とし、宗教学校としての体制を整備した。また、2年時より選択できる哲学専攻と神学専攻とコースごとに選べる授業を変えるなどより大学に類似したカリキュラムを採用した。軍事教練に関しては1年から4年まで軍事体育Ⅰ〜Ⅳと必修授業化、卒業するためには専攻関係なくこれらの授業を受けなければならない。
万臣殿はこの改定が相談なく行われたことを受け、423年より対立する陛下を擁立し、これが東ミステリオンの怒りを招き、東の近衛隊によって廃位させられた。これを受けて陛下は万臣殿の代表を秤家の者とし、四家平等体制が崩壊する。
431年、
また、翌年にユスティナ聖徒会が古聖堂を建立し、本格的な布教活動と独自の組織体制を確立。西ミステリオン内での影響力を高めていき、ゲヘナ部族との和議などの仲介を開始したりと政治的関与を強めていく。445年には西の万臣殿の公的な部活動として認められ、宗教的権威を有するまでに成長。
対して東ミステリオンでは438年に十二法典を改正し、曖昧だった部分が明確化され、より法としての機能を強めた。西も同じ法を採用したとは言え、ユスティナ聖徒会に与えられた特権を見れば、西と東で対応に差が出てくることは明白だった。
故に449年に東ミステリオンにて
「頭痛が痛い」
無論、余は頭が痛くなった。抱えたいくらいに。西ミステリオンの惨状自体は予想していた。そもそも北方とゲヘナのヘイトを分散することで本土を守ることが目的なんだが、見覚えのある展開が見えてきている。これ、トリニティ黎明期じゃないかと。
「なぁ、アトス今から再度征服出来ると思うか」
『421年、440年の西の連合軍との戦闘で、既に近衛隊は消耗状態にあると言えるでしょう。近衛隊はゲヘナだけじゃなくて、西の連合と西ミステリオンをも警戒しなくてはなりませんから、能書家と言われるほど重臣に政治をやらせた今代では、ご実家を含めて、他の貴族の影響力が強まりすぎて逆に失敗するでしょう。ですので、仮に征服事業を始めたとしても、近衛隊など多数が陛下を名乗る乱世を招きかねません』
「やはり、そうか」
失敗とは思っていない。思うことがあれば、これがなんらかのシナリオでその通りに進んでいるだけに過ぎない可能性が浮上したこと。ゲームを遊んでるだけの先生だった頃の思い出せる過去とそうでない過去が存在する以上、連邦生徒会長ルートだった場合は確定でバッド・エンド。そうでなくとも、クロコの時空であっても、バッド・エンド急行に直行。
そうでない先生ルートでも何らかの筋書き通りであるのなら、原作にミステリオン公立学園の存在が公言されていないことが何より恐ろしい。
「……最悪、征服したとて三大校に囲まれ、戦わないといけないなら城壁を学区を囲むように建てなければ……滅ぶこと間違いなしだ」
『計算しますと、資源が足りません。非現実的かと』
使徒としての権威を示す茨の冠を触る。光が当たれば金色に光って、外へ飛び出た
「いや、少なくともミステリオンにおいては救世主でなくては困る」
悠久に近い時から助け出してくれる救世主であって貰わないと、そうでない可能性を考えるだけで震える身体が、いよいよ絶望してしまうだろうから。
「……死に至る病がこの身を蝕む前に」
「助けて」
生前はキリスト教徒でもなんでもなかった。ただゲームを遊んでいただけの先生で、読書が好きで、学校では常に端っこの席に座る程度の何でもない人だった。社会人になってもコミュニケーションは最低限で、空気みたいに生きていた。だけど、ここまで来ると縋るしかない。醜くても、神とやらがこのブルーアーカイブで大人である自分を救い上げてくれると信じて祈る。神秘があるんだ、神だって居るだろうと。
出会いと別れ、それを繰り返して。もう450年目、とっくにアメリカより長生きしているのに解放の糸口が見えない。諦めるには大切なものが出来すぎた。だから、進むしかない。
「主憐れめよ」
月光夜ではミステリオンは青く染まる。淀んだ海の色が空に浮かび、白い寮に月光が当たっては弾ける。それらを見下ろせる宮殿から、見れば波が何度も当たって、ミステリオンが白い渚に見えてくる。
さらに眺める為にバルコニーに出ても、出迎えてくれる満月は少し明るいだけ。夜学の生徒たちが校舎で学習する様子が校舎から漏れる光こそが最も明るい。24時間、動き続けるこの学園の象徴だからだ。
「波で崩れないように……しなくては」
自分にとっての現実が、今ここである以上は妥協は許されない。三大校が出来たとて、この学区だけでも守り抜く。先生さえ来れば、ひと悶着はあってもハッピーエンドになるだろうから。仮にただのご都合展開、デウスエクスマキナ、推理小説の中国人のようであっても十分だ。だから、それまで足掻くんだ。
「アトス、仮にだ。トリニティが出来たとして、何か出来ることは無いか」
『まずは内部分裂を狙って各家と交渉するか、アリウスが統合に反対した際に全面介入する案があります。今の万臣殿での出来事は各家が記憶するでしょう。故に、陛下の実家とは確執がございます。そこを狙って打開を試みるというのも手です。ああ、陛下今考えているミステリオンのトリニティへの参加は陛下の死を招くでしょう。あくまでもミステリオンの陛下にのみ使徒継承を許される為です』
「……ちぇっ」
楽な道は消えたな、その呟きが渚に飲み込まれ、やがて消えていく。改めて、自分勝手な自分を蔑む気力も今は無い。
「主憐れめよ」
そう言って、バルコニーから中へ引き返す。今日はいつも住んでいる宮殿がやけに大きく感じた。そんな日だった。運命はきっと優艶に微笑んでいるだろう。そう思う。自分を嘲笑うかのように。
『先生の着任まで残り1550年』
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