450年、東で新たな陛下が即位した翌年にゲヘナ人が再度侵入を果たす。西ミステリオンを狙ってのことであった。一つの軍として統率された彼女らは西ミステリオン近衛隊とその従属下にある
氾濫により泥濘んだ土地で、飛び交ったのは無数の弾丸。生い茂っていた木々は倒され、簡易的な防御陣地として、
「撃てぇ!!!」
鳴り響くモシンナガンとゲヘナ部族の機関銃が泥にまみれながらも、必死に撃ち続ける。靡く旗が竿から剥がれ、空まで飛んでいく。ミステリオンの校章は揺蕩いながら、戦場を見下す。突風が吹き荒れ、怒号が飛び交い、倒れていく双方の生徒が積み重なっていってもカタラウヌムでの決戦は西ミステリオンにとっては急務であった。
「キッキッキッ! やはり、こうでなくてはな!」
羽沼の姓を冠する首長は高らかに嗤った。夜まで続くこの戦いで、勝利を捥ぎ取るという甘美な誘いは口の中に無くとも、甘く感じるものだ。引き返していく、相手の軍を見れば尚更。勝利の喚声を我慢する必要はない。
「かったぞぉぉぉ!!!!」
「ミステリオンに勝利あり! 向かいうる敵なし!」
「万歳! 万臣殿万歳!」
轟く声はやがて、溜め込んでいた疲れによって萎れていき、穴だらけの戦場で彼女らは静かに空を見上げた。十三個の星がきらきらと他のどの星より輝いていた。
同年、増加するゲヘナ人の侵入を受けて、開催された
452年、撤退中の
455年、代表を勤めていた秤家の者が襲撃され、万臣殿が独自の代表を合議で選出するも、これが東ミステリオンから承認されることはなかった。また、同年、西の本校舎が再びゲヘナ人に略奪される事件が勃発。大きな被害を被る結果となった。
457年、養子だった秤家最後の陛下が卒業し、秤家内部で次代を決めるのに手こずっていた。その為、四家会議によって新たな陛下が選出されるはずであったが、大貴族であり近衛隊長を勤めていた者が万臣殿が西を治めており、東を治める余裕はないと断言。今回は全学公会による指名の対象だと主張し、全学公会が指名していた自分ではなく、大将軍を排出している
『おはようございます。氷室ユリ陛下、戴冠式は如何でしたか』
「いささか、豪勢過ぎないか?」
神学専攻の成績優良者から戴冠され、茨の冠を被せられるだけでなく、大宴会を開いてその即位を祝った。いくらの金が無くなったかは想像もしたくない。裏で糸を引いている重臣のせいで自由に身動きも取れない。有能極まりないが、余は傀儡になるつもりはない。なんとか、文字通りの専制君主にならなくては。
「……余は大帝なんだぞ」
宴会が終わり、みんなが過ぎ去った時に怒気の込もった声で自分自身に告げた。まず、463年に本校舎の神学専攻教室を拡張した。これは余の権威を高め、重臣に対抗しやすくするための布石。また、ゲヘナから制限付きであるが再びミステリオン生徒として受け入れ、忠誠を誓わせて近衛隊へ編入。自分の身辺を彼らで固めることで、自分の意に従う武力を持つことで来る戦いに備える。
467年、余は万臣殿の代表者を指名した。氷室家の者であったが、万臣殿は独自の代表を立てることを固辞し、わずか二年で指名した代表が早期卒業に追い込まれた。翌年、重臣の反対を押し切り、彼らの息がかかった近衛隊を万臣殿の近衛隊と共に北方の再征服へ向かわせ、大敗。重臣の名誉は高まったものの、彼女らの近衛隊への影響力を大きく削ぐことが出来た。自分の手元に居る近衛隊は誰一人とも行かせていない。469年に余の息のかかった近衛隊長がミレニアム地域で襲撃され、逃げ延びることが起きてしまうも、特に問題はない。
471年、余は近衛隊を率いて重臣を追い詰めて、意外と呆気なかったが見事に早期卒業に追い込んだ。ゲヘナ人を身内にするか、重臣の傀儡になるかのどちらかを選ぶとすれば当然、ゲヘナだろう。
474年に氷室家の余が卒業しそうだったため近衛隊長を指名し、即位。同年、再び万臣殿の代表者を指名するも、万臣殿が拒否。万臣殿の代表が東西で違うという、問題が発生し、東西対立が悪化。翌年、義姉によって一度本校から追い出され、ミステリオンの支配が揺らぐが冷静に対応した。
476年、西ミステリオンが滅亡する直前に兵力を率いて不安定な義姉の統治力の隙をついて、ミステリオン本校に凱旋して義姉を廃位させた。西ミステリオンにトドメを刺したのは北方より進撃したヨハネ分校の蒼森家である。万臣殿の代表が捕らえられ、廃位させられた、挙げ句に万臣殿を東ミステリオンに返上するという屈辱を彼女らがどう処理したかは想像もしたくない。余は万臣殿に代わりヨハネ分校にトリニティ地域の土地の一部を与えるという合意をし、こちらに進撃してこないように土地に縛った。これにより、東ミステリオンのみが使徒継承の権利を有し、わざわざ東ミステリオンと名乗る必要も無くなった。
「にしても酷いな」
余としては考える間もなく、これは酷いと言うだろう。実際に口に出てる。西ミステリオンだった場所は分校が割拠する文字通りの地獄。かつて、法がない状態とは万人による万人の闘争と言った者が居たが、今のトリニティを言うならまさにそれが当てはまるだろう。混乱に乗じて侵入するゲヘナ人、分校同士の諍い、また新たな学園を打ち立てようとする者や西ミステリオンを復古しようとする者まで、銃声が鳴らない日なんて今のトリニティ地域には無いのだろう。
そのせいもあってか西ミステリオンの生徒が難民の如く、流れ込んでくる。そんな者たちの中に百合園家等の四家の一部が居ることを見るに分校に残る側とミステリオンに逃げる側で四家は別れたようだ。これでトリニティの誕生を上手く妨害出来れば良いのだが……楽観論の可能性が高い。
480年、万臣殿の東側の代表者であった者が襲撃され、文字通り如何なる西ミステリオンの学園が有していた権力基盤は崩壊した。
482年、余の名で
488年、余は公式に西ミステリオンの学園寮閉鎖を命じ、生徒が本土へと移動するように誘導することで人口の確保と分校が強化されることを妨害した。
全て狙ってやったんだろうと糾弾されれば、余は否定できない。トリニティの統治が不可能なら、分断させ、争わせる方が良いと決断したのは余の他に居ないのだから。トリニティが成立したとしても無傷で成立することがないように。ゲヘナ人を唆し、四家にはそれぞれ違う約束を結び、対立させる。それも、四家同士だけじゃなく、四家の家内でもミステリオン派と独立派で意見の相違を生じさせ、あとは火薬庫に火を付けるだけ。
「……つくづく余は自分が嫌になる」
自己嫌悪しながらも、ミステリオンに来てくれた四家の者たちをもてなさなければならない。神聖な存在として、彼女らを祝福しなければならない。他の難民もそうだ。太古の教義の言葉を語り、彼女らを慰め、落ち着かせ、忠誠を誓わさせなくてはならない。反吐が出るほどのマッチポンプだ。
宮殿を出ると護衛の近衛隊が数人、角が目立つ。ミステリオンが受け入れたゲヘナ人のうち、最もよく迎合した彼女らを率いて町中を歩く。白亜の都と言われるだけあり、白い建物しかない。
「使徒様! お守りくださりありがとうございます!」
「使徒よ、永遠なれ! ミステリオンに栄光あれ!」
「主憐れめよ! 使徒よ、我らを憐れめよ!」
余の姿を見るだけでありがたがり、声高らかに叫ぶ市民たちを横目に心はさらに沈んでいく。賛美が聞こえる度にのしかかる責任の重さはシーシュポスの背負う巨大な岩くらいであろうか。そんな下らないことを考えながら、清潔な白から灰かぶりな煤汚れた教会広場へ出る。寮の部屋が足りずにテントを張って、暮らしている難民たち。増設が終わりさえすれば見なくて済む光景だが、鱗で隠れているはずの眼球がその情報を、いや、アトスが視覚情報を伝えてくる。
「趣味が悪い……」
「ええ、そうです。陛下、これはすべて西の怠慢が招いた惨状。ですが、陛下のお言葉を頂ければきっと彼女らも前を向けるでしょう。私達を受け入れたように、彼女らにも御慈悲を」
また、声が溢れていたらしい。お側付きの近衛が同意するように頷いて、言った。打算まみれの受け入れを御慈悲という彼女に、余が原因とも言える難民たち。かつて、家を共にした四家の者たちの瞳に浮かぶ損失の念が、余を見るなり希望に輝いた目に変わるのを見てしまって。どうしようもなく、吐きたくなった。
『陛下、演説の時間ですよ』
そんな心情を知ってか、知らずか。アトスは急かしてくる。確かに、全ての目が今自分に向いている。さながら、昔ニュースで見た教皇のように用意された高台で言葉を紡いだ。
「あなたたちは、望みを持たない外の人々のように悲しんではならない」
テサロニケ前4章13節。
「この苦難があなたたちの人生を変えてしまったことは事実だ。そこから目を背けてはならない。見ないフリをして、新たな一歩を踏み出すのは空虚。分かりやすく、そちらの
目を隠している余が言うのは滑稽であるはずなのに、皆耳を傾け真剣に聞いている。涙を流す者のすすり声に耐えきれずに早く話を終えることにした。
「望みを持ちなさい。希望を抱きなさい。どんなに世界があなたたちを辛い目に遭わせたとしても、笑い、そして喜びなさい。主はそれを見ておられる。だからこそ、あなたたちはここミステリオンで元気いっぱいに笑え。生きているのに死体と言われて、なんだそれはと笑みを溢して、伝染させていきなさい。主はきっと、高みより見ておられるであろうから」
ポツポツと咲き始めた笑みに反吐が出そうで、演説が終わり次第。近衛に待機を命じてトイレに駆け込んで、吐瀉物の無い嘔吐を繰り返した。何も、出ない。液も、ものも、食べているはずのこの身でえづいたとしても、余はトイレを出る頃にはいつもの笑みを浮かべた。使徒である余なら、浮かべるであろう笑みを。
『先生の着任まで残り1500年』
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あとあらすじに主人公ちゃんの絵があることにお気づきになられましたか?
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