紀元前から始める学園経営   作:イワシコ農相

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『紀元551年~紀元600年』


第十三話「不正の極致は真に正しい人間でないのに正しい人間たると思われることに尽きる」

 553年、第五次四家会議(第2コンスタンティノポリス公会議)を万臣殿に要請し、開催。通称、四家問題と言われている四家の機能不全を他の貴族家も参加出来るように規則を改正。四家問題は解決したが、四家からの強い要望により四家は使徒継承において指名権を有し、全学公会はあくまでも万臣殿の非常時においてのみ指名権を有することが再確認された。ただ、今までの会議を踏襲するため、余の後継者指名権も残ったままだ。

 

 これでようやく万臣殿の人員問題が解決出来る。四家の名誉を傷つけぬように胃をキリキリさせていたが、うまく他の貴族も参加出来るよう調整出来てる。余、偉い。これで皇帝府の人員を本来の業務に戻せる。

 

 554年、トリニティへの牽制を再開する頃合いだろうということで、余は近衛隊にフィリウス分校への攻撃命令を下した。激しい抵抗により、半分ほどしか占領できなかったが深入りを止め、統治を優先した。攻撃する対象はフィリウス分校だけではないからだ。

 

 占領したフィリウス分校を通じてパテル分校を攻撃、こちらも同様に半分ほどしか占領できなかった。だが、深入りして征服するよりはトリニティの邪魔を優先した。仮に泥沼化したら、こちらも消耗戦で兵站が干上がってしまう。

 

 555年、サンクトゥス分校へ攻撃を開始。こちらはミステリオン学区からの大規模攻撃によって電撃的に本校舎近くまで進撃するも、他の分校が連合して助けに入り、こちらも半分ほどしか占領できなかった。

 

 557年、ミステリオン全土で大地震。宮殿を象徴するドームに大きな被害が生じる。翌年には崩落。

 

「これを直すのにいくらかかるのかしら?」

 

『おそらく……』

 

「いや、聞きたくないわ。皇帝府の財務官が頭を抱えるので十分だもの」

 

 というか、最近地震が多くないか。耐震性とか、この時代だと厳しいし……知識がない。

 

『学園経営の補助を行うためなら、学園運営システムA.T.H.O.S.は保有する知識を開示出来ます』

 

「何故、それを早く言わないの!」

 

 一人だから良かったものの、周りから見れば一人で叫び喋る不審者だ。かっこで、学園の代表者とつくが。なら、やることは容易い。

 

「巡航ミサイルの知識を」

 

『不可。研究が足りていません』

 

「駄目じゃないの」

 

 アトスは補足するように、現状のミステリオンの技術力に基づいて出来ることでしか、知識をまとめられないらしい。

 

「そう、なら……元来の目的の耐震性建築は?」

 

『可能です。まずは宮殿を中心として耐震性工事を行うことを推奨します』

 

 そんなの当たり前でしょと言い捨てて、与えられた知識を書に書き留める作業に移る。いずれ、皇帝府の役人に渡して丸投げするためだ。

 

 565年、普通に卒業。いつも通り次の余に使徒継承が働いた。また、誰かの青春を奪った。

 

 578年、調子に乗りすぎたらしい。西の諸学園連合との大きな戦いに敗れ、これを好機と見た各分校が学区を取り返すべく一斉に攻撃を行ってトリニティ牽制のための領土も奪い返されてしまった。これは責任を取るしかないと早期卒業すると重臣に述べるとご乱心だと大騒ぎになったが、再度卒業。

 

 580年、トリニティを餌として免れていたゲヘナ人の武力侵入が再開。同時に継続的な西の諸学園連合と群発的に戦闘が生じ、ミステリオンの財政状況が悪化。余はこれを食事の配給を効率化することで改善しようとしたが、あまり効果がなかった。ただ、群発的な戦闘において相手方の代表を幾人かは卒業させたので、成果無しではない。

 

 582年、西との諸学園連合となんとか和議を交わした。余とて無駄な戦いは好まない。平和に越したことはないと思う。やる必要が無ければ、そもそも戦う選択を取る必要はない。

 

 

「交わせたがいいけれど……」

 

 高まりつつある近衛隊の不満が耳に入ってくる。財政状況の悪化はひとえに征服費用だけではない。大地震による修復、耐震性工事、万臣殿改革の予算、世界記録室の設立。列挙しようと思えば、幾数も列挙できるほどミステリオンは出費を重ねている。予定されているゲヘナ地域への遠征も考えれば、次の遠征が卒業時期になることをあらかじめ覚悟しておかなければならない。

 

 集められた近衛隊と物資、ゲヘナへと侵攻して彼らの侵入を防ぐための緩衝地帯を作るための材料たち。アトスに演算させた適切な配置と計画、侵入してくる彼女らへと逆に攻撃を仕掛ける。いわゆる、逆侵攻。すでに進軍ルートを定め、大きな集落二つへ直接攻撃をしかける。この攻撃によって、まとまったゲヘナ人の集団という脅威を消し去るために。連合軍でなく、ミステリオンの占領する地域でもない集団は下手すればゲヘナ学園の誕生の芽になりかねない。

 

「同族が邪魔なの、運命かしら」

 

 陸八魔家はゲヘナ出身の一族である。つまるところ、同族への攻撃となるのだ。ミステリオンの人口比率で言えば、おかしくない。ミステリオンは多民族であり、アメリカ並に柔軟だ。それを支える教義と繰り返されてきた使徒の卒業と受容。たとえ、角付きが使徒となっても声を荒げることがない羽付き、羽つきが使徒となっても角付きが抗うことはない。使徒という変わらない肉体はこういった人種の垣根を超える。そのように設計されかのように、不朽体はいつもちんちくりんな余のままだ。

 

 故に、ゲヘナからすれば今回の攻撃の衝撃は大きい。先に手を出したのは向こうだが、それは将来現れるヘルメット団並に甘い見通しで行ったことは容易に想像がつく。だが、それでも彼女らは対価を支払わなければならない。

 

「ソドムとゴモラ、全て焼き尽くしなさい」

 

 実際の集落の名前は知らない。ミステリオン側が勝手につけた呼称であり、おそらく歴史書に残る名だ。この二つへ近衛隊を突き進ませる。何も残すことがないよう念入りに燃やせと大命を下して。

 

 同族だと思っていた彼女らはひどく驚いていた。同じ角を持つ者が、耳の長い者が、獣耳の生えた者が、羽を持つ者と共に銃を放ち、家には火をつけ、微かな文明の兆しすら弾丸によって、消されていく光景を目の当たりにして。無言であった。終始無言で作業のように推し進められていく破壊に抵抗する者から泣き叫ぶ者まで、掲げられたミステリオンの校章の下では文明人たりえないのである。

 

 余の目元は日の当たり具合で影となって、本物の悪魔の如く、白い肌のまま命令を下し続けた。学園の形成準備に入っていたこの二つの集落の根絶、それがゲヘナ学園の成立を邪魔するかは定かではない。されど、その可能性を見逃す余裕はミステリオンには許されていない。忌み名をつけ、陥れ、破壊し、二度と芽生えぬように恐怖を見せつける。

 

「陛下、既に終わりました。もうこの集落は栄えないでしょう」

 

 余の重臣の一人が口を開いた。皇帝府の獣耳の彼女は悲痛そうな顔を隠すように、仕事という仮面をつけて報告した。

 

「駄目よ。まだ、ドアノブが残っているわ。まだ、ネジが残っているわ。ほらそこにも、農具が残っているじゃない」

 

 すべて破壊しなさい。端的に命じた。既に煤にまみれ、天が涙するように降り始めた雨が黒い川になって地面を流れていく。そんな光景のなかで、近衛隊はドアノブを破壊し、ネジを折り曲げ、農具は集めて鹵獲した。容赦など要らぬと切り捨て、この地域のゲヘナ人を受け入れることもない。

 

 分校間闘争からすれば、下手したら生ぬるいと評されるかもしれぬが……余はそれでも冷酷無比な君主のように振る舞った。この恐怖が伝わり、やがてミステリオンに侵入しようなんて気を起こさせぬ為に。

 

「陛下、これほどやる必要性は……」

 

「そもそも前提が違うの。これはあくまでも、予防策。多分、攻撃と勘違いしていたようだけれど、これは下拵え。そうね、ブドウジュースを作る前の潰す段階ね」

 

 ゲヘナ学園が成立すれば危機が訪れることを知らない。未来を知らない近衛隊と重臣には苦しい言い訳を並べ立てる他無い。

 

「ゲヘナ人、あの野蛮人が学区を荒らす時に必ずここを通るはずよ。最短で、しかも近くにあるミステリオン分校舎へ攻め込めるんだから」

 

 一拍、間をおいて。

 

「見るでしょうね。同胞の無惨にも破壊され尽くした校舎を。ここに希望を抱いた者たちも、戦略的に攻めようとしていた者も、皆足がすくむんじゃないかしら」

 

 ぐるりと黒い地面になったソドムとゴモラを眺める。嘆き叫ぶ空の喘鳴が雷となって響き、涙するのを余は笑みを浮かべて歓迎するしかない。

 

「ねぇ、そこの近衛兵。余を外道だと思うのかしら?」

 

 絶句した目で、破壊の跡を眺める近衛に問いかけると不意をついたのか肩を大きく跳ねさせて、やがて下手に平静を取り繕って答えた。

 

「いいえ、陛下。先に侵入してきたのは彼女らです」

 

「そう、実に正しいわ」

 

 彼女の手元にある折れたネジを指し示して、余は誉め称えるように言葉を続けた。

 

「そのネジ1本で戦況は変わるかもしれなかった。投げて武器にすることも、新たな拠点を作るのにも役立つんだから。でも、折ってしまえば……ただの鉄屑、それも火で燃やされ、脆くなった煤鉄。だから、今回命じたのよ?だから、誇りなさい。立派な近衛ね、全ては」

 

 全てはミステリオンが永遠であり続けるためにすることなんだから。その言葉を最後に余はミステリオンへ引き返した。雨は残骸を流していくように満遍なく散っていく、軽い物は浮いて、川に流される葉のようにぷかぷか浮かんで。でも、重いものは二度と浮かんでこない。少なくとも、ここに住んでいたゲヘナ人たちの心は葉のように軽いわけがない。川のように流れて、別れていっても、今回の恐怖は運ばれていく。恐怖は葉のように軽いから。そして、心に沈めば二度と浮かんでこない。

 

 もはや、チクリとも傷まない心に笑みが、笑いが込み上げてくる。嗚呼、何度も征服して、何度も青春を奪って、何度も生きながらえている余はミステリオンのために。そう、ミステリオンのためだと心を騙すことさえ出来れば。如何に、楽であろうか。

 

『陛下の悪名が広まっております』

 

「陛下の名声が広まっております」

 

 アトスと重臣、逆のことを言うことすら気にしていられない。考え続けたくもない。ただ。

 

「そうね」

 

 と返事を返して、いつもの業務に戻ればよいのだから。 

 

 

 

 

 




『先生の着任まで残り1400年』
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