「見えてきましたわ」
銀輪に牽引された馬車モドキから、使徒無きミステリオンを眺める。白の都はさながら寿命が近づいた老人のように活気を失い、さながら呼吸する度に咳する壊れた肺のように人々を送り出していた。方角を見れば、アビドス方面へ限界まで兵を送り出しているのだろう。膨れ上がったであろう銃民の数は後になれば、知れるだろうが……まさに死んでいっている学園がそこにあった。かつての豊かさはそこになく、かつて使徒が乱立したあの時代と同じ空気が漂っている。
「なんて……酷い」
『陛下、ミステリオンは太古の教義が無ければ存続できません。学園のテクスチャというのは一度貼られれば、消えることなくその学園を蝕むものになります。使徒という存在はミステリオンにとって不可分であり、同時に陛下にとってミステリオンが不可分であります。1=1という計算式と全く同じものです』
「705年と経って言うのね」
『陛下から聞かれませんでしたので……それに以前「陛下の有する使徒継承はこの学園を運営するのに不可欠です」と申した通りでございます。かつての凍結と異なり、陛下が眠られていないので今度は学園の側が滅びへ向かっているわけです』
はぁと深くため息が溢れた。幸福が逃げると言うが、幸福ならそもそもこんな状況に陥っていない。引き連れてきたタルタロス学園の兵力を率いて、使徒として仕事を果たす。いずれ、滅ぼすものたちを都合よく扱うだけ扱って、捨てるのだ。だが、これが最も正しいと今まで培ってきた政治への理解が告げている。老獪というには、あまりにも年を取りすぎたが……ミステリオンの存続のためだから。そう、余は自分に言い聞かせ続けるのだ。余に逃げ場がないのだし。
705年、余たる使徒が偽使徒を打倒し復位を果たす。引き連れたタルタロス兵を私兵の如く、用い余は最前列に立って使徒の帰還を民衆に見せつけた。太古から不朽であるこのちんちくりんな外見が、大熱狂を引き起こした。民衆は皆、余を、主を、ミステリオンを讃える言葉を叫び、偽使徒へは罵倒を浴びせ、高座から引きずり下ろした。
余の耳が正しければ、反乱が頻発していたとのこと。特にシスター勢力は偽使徒への従順を拒否し、度々襲撃していたらしい。
708年、密約に基づいてアンキアルス川の戦いを引き起こした。タルタロス学園を認めるための内外用の理由作りである。兵力だけ見れば、互いに大戦争したように見えるが、茶番劇に過ぎず。ミステリオンが許容出来る損害の中で行われたため、余の権威は少し下がったが、巻き返せる程度のものだ。余を追い出したもの達への制裁を執り行えば良いのだから。
711年、グアダレーテ川の戦いで、アビドスがトリニティ地域の一つの分校を滅ぼし、そのまま占領。これにより、アビドスはミステリオンだけの問題じゃなくなったことで分校間闘争は落ち着きを見せ始める。それは困るなと思っていた矢先に。
同年、余が反乱部隊に襲撃され、
713年、そんな人物にヘイトが向かないわけがなく、
715年、使徒として万臣殿を落ち着かせる試みは虚しく砕け散り、やがて反発した万臣殿は銃民を唆し、近衛隊の隊長が呼応しクーデターを実行。
717年、長い旅を終えて、
何を言おう、後からわかったことだが実家に無相談で使徒になったらしい。
718年、昨年から続いていたアビドスの包囲戦が終結した。余が近衛隊を率いて、包囲したアビドスを撃退したためだ。口を開くや否や、飛び出る長文の自己紹介には近衛隊が呆気に取られていたが、しょうがないじゃないか。何故か、引っ張られる。神秘の影響かと疑いを立てて、研究所の追加設立を考えるほどだ。
722年、 コバドンガ川の戦いでアストゥリアス分校がアビドスから征服されていた分校の一部を奪回、これがトリニティ勢による最初のレコンキスタになる。
723年、アビドス生徒会長がミステリオンの太古の教義を禁止する。
726年、レーテ川ですら消すことが出来ない幸薄色白美少女ロリである余が余の
730年、余が肖像画擁護派の神学専攻の
732年、トゥール・ポワティエ川の戦いで、分校側の聖園家などの四大貴族率いる連合軍がアビドスを破り、これ以上のトリニティへの侵入を防いだ。
余はトリニティの成立を危惧して同年にパテル第二分校の裁治権を聖園家から皇帝府に移管する。
740年、アクロイノン川の戦いでミステリオン近衛隊がアビドスに勝利し、ミレニアムのほぼ全域の確保に成功。銃民制による成果が極めて大きく、出た戦いだったとしか言いようがない。
741年、余によりミステリオンの諸法を改訂した「ミステリオン法典」が出される。
余が普通に卒業を果たすと同時に自画像擁護派であった
747年、アビドスの名家である
749年、星園家によってアビドスの
750年、ザーブ川の戦いで、星園朝アビドスが三日月朝残党に勝利し、以後国内の反乱分子の粛清を開始する。アビドスの副生徒会長が早期卒業に追い込まれるなどの事件が勃発し、アビドス学園内が不安定との報告が間諜から伝えられた。
「ずっと内戦していれば良いものを。どんな泥より汚い色をしているアビドスなんて、余のミステリオンに比べれば、この白より白く太陽すら眩しく感じさせる都はこれっぽっちも……いや、比べるのは失礼かもしれませんね。ミステリオンに」
天才的な戦力の配置によって、戦争芸術とも形容すべき戦術がアビドスに突き刺さり、その積み重ねが戦略となって彼女らをミレニアムから叩き出したのだから痛快なことこの上ない。既に不整備だった近衛隊の編成は最適化され、ミレニアムにて防衛を為せれば近衛隊による活躍も増えること間違いなし。
いくら、かつて好きだった生徒たちが居るアビドスだからって手加減でもしたら、この白い肌が青白くなるのは目に見えてるので、この内戦が続けば続くほど望ましい。だが、今の問題はそこではない。
「トリニティ……厄介な相手ですね」
肖像画問題はやがて、なんらかの会議にて終結させるとして。トリニティの成立の足音が明確に聞こえてきていることが問題だ。西ミステリオンの宗主権は放棄していないだけであり、事実上機能はしていない。せいぜいアリウスとパテル第二分校を教義によって影響下に置いてるだけで、肝心の三分派にはパテルを除いて効いていない。
「突けるなら今突くべきですが、この天才的な頭脳は悪手だと言っています。今のミステリオンが殴りかかれば、まとまる理由をさらに作るだけですから」
あれだけ分校間でいがみ合っていたのにアビドスに対しては連合軍を組んだ事実。背景にユスティナ聖徒会が居ることには間違いないでしょう。ならば、なんらかの密約が交わされているはず。
「まさか」
思わず、手に持っていた金杯を落としそうになりました。病弱ではなく、幸薄美少女なので未遂で済ましたが、トリニティはこうも簡単に片付きそうにないことが分かって、幸が薄くなっていくのがわかります。
「……学区調整ですか。これはしてやられましたね。三分派の連合軍後の不自然な他の分校の攻撃。今までならサンクトゥス保護下だった分校をフィリウス分校が攻め落としても、サンクトゥス分校は動いていない。つまり、既にパテル、フィリウス、サンクトゥスで合意形成が出来ているということ……困りましたね。ユスティナ聖徒会は仲介者として一部の学区を貰い、それが古聖堂に繋がるのなら……最後のチャンスは」
アリウスですね。自然と清い余の口から、理不尽を強いられることになる学園の名前が出ていました。トリニティの公会議に唯一反対する分校で、ベアトリーチェとかいう元ネタ要素どこだよっていう大人によって支配されることになる憐れな学園。そして、今まさにミステリオンのトリニティ征討の大義名分を作ることになる学園。
「アリウス分校の抵抗運動に同調して、アリウスと共に戦うことでトリニティが成立しても不完全な状態にする。アリウス分校がカタコンベに行かずに太陽の下で学園を存続させるだけで、ドイツに突き刺さるチェコと同じようにミステリオンが杭を刺せる」
合意形成が出来ているならば、いくら今存在する弱小な分校を抱えたとしても、アリウスには及ばない。むしろ弱小分校が多少なりとも抵抗して、時間を稼いでくれたほうが有益ですね。
「ふむ、これは決まりですね。では、次の段階に進みましょう」
使者を送るために、皇帝府の役人に秤家の者を呼ぶように伝えて後は待つだけ。金杯の中のぶどうジュースを何度か揺らして、やがて秤家の者が緊張した面がやってくる。玉座から見下ろすように傅く、その者に喜びと毒を同時にこれから告げるのですから、言葉を選びませんと。
「アリウス分校との同盟の締結のための使者を秤家で用意してくださいね」
「はっ!?」
「言葉の通り。裏表見ても、同じ意味ですわ。それにそちらの悲願でしょう?秤家が再び隔てられること無く、同盟関係にあるのが」
「はい!そうです!ありがとうございます!陛下!本当にありがとうございます……うぅっぅ、使徒万歳!ミステリオンは永遠なり!主は我らを慈しみ給うた!」
感極まったように涙を流す、その者の涙は確かにどんな川より透き通っていましたわ。隔てたのが余だと知らないのですから。
『先生の着任まで残り1250年』
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