憂鬱だ。幾度の卒業を経験したが、やはり自分が卒業出来ることは無く、またこの席に座っている。全学公会を高座より見下ろす、玉座に。使徒継承とやらが冗談であって欲しかったと願ったが、どうやら余は「陛下」でなければならないらしい。
目線を下げると、声を荒げて罵り合う議員達。このコロッセオを模したような円形の議場が如何に美しくとも、聞こえてくるのは罵詈雑言ばかりでは華を愛でることも難しい。
「だから、
「はっ、
舌戦で互いにぶつかる両派閥の代表者は互いに譲ることを知らない。全学公会を占める二大派閥、
あまりにも立場が違うが、多少の合意形成をして貰ってからじゃないと諮問機関の意味がない。それに、余は過労死したくない。多少はまとめて議案を提出して、アトスと共に修正を入れて勅令として発するのが一番楽なんだが……。
『陛下、今回の議案は受け入れ数を定めていないが故に拗れているかと思います。ですので、空いている寮の余剰分のみ受け入れるのが妥当かと』
このように片付かないことが多い。ゲヘナの無法地帯から大量の人々がミステリオンへ向けて移動してきている。言うなれば、ゲヘナ人の大移動だ。今、ちょっと400年ほど早くないかと愚痴りたい。本来なら4世紀から6世紀だった気がするから余計に。
「近衛隊はどうなっている?」
側に控えていた議場衛兵に話しかけると緊張した面影で、途中で何度か噛みつつも、答えてくれた。
「陛下の仰ったようにゲヘナ方面へ近衛隊を二割から三割に増して兵力を配置しております。一時期は軍事的兆候を見せていたパテル分校も大移動に対応を追われているのか、現状数少ない近衛隊で防衛可能であります。」
わかるよ。使徒継承が行われる度に外見が元に戻るんだ。多少、化け物を見る目で見られていても仕方がない。
「
無数の視線が突き刺さるのを感じるが、もうなれた気がする。いや、少し緊張するが陛下ロールプレイをしなければ、専制君主制が廃止されて使徒継承断絶とか、考えたくもない。
ブドウジュースの入った盃を右手で、何度か左右に揺らしてから呷る。砂糖の入ってないブドウの味だ。あまり美味しくはない。
「……まず、全学公会の名誉ある議員諸君。この問題は早急に対処せねばならないことはわかるな?」
議員が頭を深く下げ、恭順の姿勢を表す。あまり、口を挟むことがないからだろう。
「宜しい。
「だが、生徒の数が増えるのは我が校に望ましいと余は考える。よって、一年生以下に限り、受け入れよ。上限は空いている寮の分とし、その選定には
折衷案でしかないが、対応が遅れるよりはマシだ。余が両派閥に配慮したという事実もセットで付いてくる。片方に傾きすぎると
「「陛下の案に異論ありません」」
幸い、両代表はこれで納得してくれた。良かった。正直、内戦直前の状況を見ているようで胃が痛かった。余の全学公会、派閥化せぬように議員になれるのは3 • 4年生と余が指名した人物しかなることができないと定めたが、無意味だった。前議員からの推薦で選ばれる新3年生が居る以上は無理だろう。
「では、次の議題。余の定める『十二法典』だ」
勅令のみに基づく体制だといずれミステリオンが不安定化しかねん。分かりやすく、言うなら憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法の六法をこの時代に合わせて、余に都合良くアトスが上 • 下で分けたものだ。その為、十二法典と呼ぶことにした。ローマならではの十二表法にあやかってだな。
「……陛下、法とは……なんでございましょうか?」
一人の議員が聞く。法を知らないと来たか……困ったな。時代的には不思議ではないが、ここは簡単にいこう。
「勅令と同じものだ。この学区に居る万民が守らなければならぬ、余の法よ。委任状も、些細な小競り合いの立会人などもう必要ない。それら全てをこの法に基づいて判断し、罰せよ。改正したい場合は余の許可を求めよ。謂わば、余の勅令集になる故な」
議員は理解したのか、静かに頭を下げた。この法典にはある仕掛けを仕掛けてある。そう、仮に今の実家である東家が断絶した場合は新たな陛下が全学公会より選出されるというもの。使徒継承はロイヤルブラッドと違って、地位に付随し、意識を引き継いでいく。余は東家が廃位されても共に心中するほどのお人好しではない。
うむ。今日の議題が一通り終わり、権杖を白杖のように使いながら、宮殿へと帰っていく。後ろには近衛隊が二人、しっかりと護衛してくれている。
「それにしてもユリ12世か……」
ボソッと呟くようにして、思わず口から漏れる。この世界に来てから、早50年。分校や学園がそれぞれの学区を巡って争う戦国時代で、一つ決断を迫られた。
あれは
『陛下、ミレニアムは科学。トリニティは伝統。ゲヘナは無尽蔵な生徒数が強みですが、我が校の強みを如何に定義しますか』
まさしく目から鱗であった。実際に目の中に鱗が入ってるらしいのは置いといて、その三校に対抗するための選択肢は多くない。それぞれの特徴で争っても負けるならば、いっそのこと違うことをすれば良い。
「アリウスだ」
『アリウス……軍事教練を中核として、何らかの教義を採用する。というものですか』
「違う。教義ならもうあるだろう。使徒継承、これは太古の教義なんだろう?」
肯定。とだけ返答が来た。実際問題、キヴォトスの治安を考えるとこのまま行けば、パテル分校か、また別の学校に踏み潰されるだけだろう。
「SRTにシスターフッドを足す。太古の教義の教育を主軸において、同時に軍事教育も行う。運良く、ここを何らかの聖地に出来れば攻撃されにくくなるかもしれん」
『なるほど。所謂、十字軍学校ですか。部活規模でなく、学校規模で行うとなれば新規性はあります。了解しました』
東方教会的になるのだろうという気配はする。ビザンツの有名で得意な分野の一つ。神学と哲学、これを教育の主軸とし、同時に軍事教育も行う。将来的な戦いは既に確約されている以上、軍拡するしかない。
時は戻って、ユリ12世。宮殿に設けられた執務室には多くの報告が集まる。パテル分校とのミステリオンの校区間の沈黙はパテル分校がフィリウス分校との武装衝突で忙しかったらしいとの報告。山海経で政権が変わったらしいことも。
そして、何より頭が痛いのが、ゲヘナ人との全面衝突。ミステリオンとゲヘナを隔てるトイトブルク川を挟んで、受け入れ上限に達した瞬間。近衛隊との全面軍事衝突が生じ、なんと敗北したとのこと。
「……ゲヘナよ、我が近衛隊を返せ!」
なんとか橋を落とし、ゲヘナ人を足止めしたようだが、援軍を送るには予算的に余裕がない。
怒りのあまり、強く机を叩く。ジンジンと痛む右手に思わず目から涙が溢れるも、黒い布に吸われていく。湿って、余計に陰鬱な気分になる。
「はぁ……はぁ……余のゲヘナ方面隊が壊滅したに過ぎない。予備の隊を回して、橋をかけられないように守り通せと現地の責任者に命じよう」
震えた声で告げる。
「貴様、命令を伝達しろ。これ以上、越境を許すな」
「はっ!」
今回の報告書を持ってきた文官が怯えて、部屋を素早く飛び出していく。ただでさえ、実家が最近力を失ってきており、そこに付け込む者が増えたのだ。この失態は余を非難するためというよりは、余の実家を弱らせる為に使うだろう。
「はぁ……なんで、政治と外交をやらねばならんのだ」
『それは陛下が陛下であるからです。大丈夫です。仮に東家が没落しても、次の王朝がミステリオンを繋いでくれます』
「そんなこと知ってる……なんで、なんで、思い通りにいかぬのだ。融和してやったであろう。我が校とて、無際限に物資があるわけではないのに……武力で訴えるなど……容認出来ん。次はこのような屈辱、繰り返させん!」
一方、ゲヘナミステリオン校区間。
「なんとか橋は落とせましたか……」
そう、言うのはゲヘナ方面隊の隊長。彼女のミステリオン特有のエルフのような長い耳には泥がかかっている。戦場は無数の火によって燃え盛り、未だ聞こえる銃声がゲヘナがなんとかして川を渡るのを阻害しているのだろう。
見事な相手の作戦勝ちであった。ゲヘナ側へ誘い出してからの集中攻撃、こちらは気絶した仲間を引きずる必要があるが、相手は撃つだけで良い。おそらく、歴史書に載るであろう大敗と陛下からのお言葉を想像すると乾いた笑いが漏れた。
「ははっ……ウァルス。僕たちじゃ、ダメだったみたいや」
強く握っている折れたモシンナガンへそう声をかける。擦り傷、泥、むき出しの弾倉まで……近衛隊に入隊してから整備を欠かさなかった相棒は無惨にトイトブルクにて散った。
「隊長!負傷者はどうしますか!後方へ移しますか!」
「……ああ、そのようにしろ。僕は暫くここに残るよ」
この戦禍を洗い流すように降りだした大雨に、思わず空を見上げた。そうすれば、部下に泣いているのがバレることはないだろうから。そんなみっともない姿、方面隊隊長として見せるわけにはいかない。
折れたウァルスを静かに撫でながら、雨に打たれ続けた。
『先生の着任まで残り1950年』
前回感想を書いてくださった方々ありがとうございます!
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