紀元前から始める学園経営   作:イワシコ農相

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『紀元51年~紀元100年』


第三話「運命の女神は大胆に振る舞う者を助ける」

 大敗を喫してから、十年。全学公会はエクレクティスト(選民主義者)が大勢を占め、ソフィスト(弁論家)は苦しい立場に置かれている。ゲヘナ融和派だった故のことだろうが、余はソフィスト(弁論家)が甘言にて余を惑わせたのだと糾弾することで加害者に仕立て上げ、余の名誉に傷が付くことを減らそうとしたが厳しい状況だ。

 

 実際、余の実家の威厳というものが大きく損なわれ、次代の陛下を排出することは奇跡と言っても良い。支持基盤が薄い以上、嫌われる政策を今のうちにやっておくべきだろう。

 

『陛下、遂にやりますか』

 

「ああ、やるしかないだろう。今の余の実家は権力にしがみつくだけの蛆虫に過ぎん。その根を断つ。何度も、何度も余に実家に都合の良い勅令を発させようとは言語道断、万死に値する」

 

 まず、手始めに無能な議員の解任を執り行った。親族であれ、誰であれ、等しく議員として追い出す。欠員は全て、余の指名した者達で埋めたが、依然としてエクレクティスト(選民主義者)は優勢であった。

 

『陛下の悪名が広まっております。』

 

「知らぬわ、どうせ末代だ」

 

 次は宮殿をさらに大きく広げるように命じた。黄金宮殿(ドムス・アウレア)というよりはアヤソフィア大聖堂であるが、予算度外視の建築事業をいくつも建てた。まずはコロッセオの建設、そして余の巨大な像を。

 

 いずれ、仮にローマの大火とかが起きて燃えぬようにしっかりと生徒の住まう寮から離して、資金が足りぬなら富豪に資金提供を命じ、やり続けた。

 

 無論、ソフィスト(弁論家)の弾圧も忘れてはならない。見せしめにその代表を生徒の目の前で、貶して解任し、我が校を陥れたんだと喧伝した。

 

『陛下の悪名がさらに広まっております』

 

 そして、寮が密集する地帯に余が自ら火を着けようとした。知らぬうちに起こるよりは対処が出来る今の方が良い。そう、思っていたのに……

 

『陛下、ソフィスト(弁論家)が南方にてかつて保護したゲヘナ人と共に妹様を新たな陛下へと擁立しました。対して、エクレクティスト(選民主義者)は東家の三女を次期陛下へと擁立しました。』

 

『内戦状態を確認しました。内戦状態を確認しました。』

 

 無機質な声が淡々と続く。おそらく、今まで頑張って押さえていた火種が燃え盛ったに過ぎないのだろうと遠い目をしながら空を見上げた。酷く青くて、白い美しい雲が立ち並び、巨大な円環が浮かんでいる絶景がとても、とても、憎たらしかった。

 

 いっそ、一度だけ灰色の空になってくれないものか。今日は晴天、お日柄も良く。風が良く吹く、洗濯物日和。

 

「……頼んだぞ、次の余」

 

 持っていた松明から落ちてくる灰を払うことなく、そのまま放り投げた。火は放物線を描くように飛んでいって、狙っていた寮の壁側に当たって燃え始めた。

 

「他人に対して障害が残るような怪我を負わせ、その人と和解していない場合、怪我を負わせた人に対する同じ程度の復讐が許される。だったな、精々燃えるが良い」

 

『陛下、早期卒業を行いますか。必要単位数は既に満たしております』

 

「うん、それでいいよ。もう、疲れちゃった」

 

 

 

『おはようございます。陛下、東……いいえ、錠前ユリ24世陛下』

 

「あ、嗚呼……エクレクティスト(選民主義者)がまた勝っ……錠前?」

 

 四人の陛下(四皇帝)の年も、宇沢家(フラウィウス朝)であった時も、必死にやってきたが……今までの安定が嘘のように消え去ってしまった。

 

 余が見たのは造り上げた街が復興しきっていた姿。東家の最後の皇帝が放火したとも噂される大火は、ぶつかり合う両派閥によってさらに苛烈さを増したという。その最後の皇帝も、大火の中の避難誘導だけ命じ、姿を眩まし、今こうして東家は断絶した。

 

 錠前王朝は宇沢家の断絶後に全学公会の多数によって支持され、十二法典に基づいて選任された。

 

「……そうか、錠前……忠臣だとは思っていたが、まさか陛下になるとは」

 

『十分予測出来た結果です。陛下の自暴自棄が引き起こした乱世でしたが、都市計画の刷新やわだかまりの解消には役立ちました。全ては東家最後の皇帝が悪かったで済むのです。それに、前回位を親戚に譲ったのは陛下です』

 

「そうだったな……」

 

 錠前となったらしいが、触ってみたところ外見は変わらぬらしい。小柄で色白、髪の色も変化なしと。黒い布もバッチリだ。

 

「はぁ……いつこんなちんちくりんから卒業出来るんだ」

 

『陛下が死んだ時かと』

 

「もう良い……」

 

 それで、となんだ。山海経から使節が来たが、わざわざ遠路遙々何をしにここへ。

 

  奥で近衛隊が闊歩する音が聞こえてくる。使者も一緒に来たのだろう。

 

「……お目にかかれて光栄です。ミステリオン陛下」

 

 明らかにチャイナドレスを着て、その服に龍の刺繍が至るところに刻まれていることを見ると山海経の者で間違いないだろう。

 

「仁エイと申します。我が校の門主から巻物をお持ち致しました。白き街並みに、この広大な宮殿……流石はミステリオンとお褒めすることしか出来ないことをお許しください」

 

 大火以後、現在のギリシャで見るような白い街並みが広がっている。木の使用を取り止め、石灰の塗料に石やコンクリートにするように命じたからだろう。宮殿は……自暴自棄の産物だが、良しとしよう。

 

「うむ。受け取ろう。」

 

 開いた瞬間、漢文の羅列がひたすらに並んでいる。しかし、今ここでレ点を付けたりして読み出せば、格好が悪い。アトス、訳せ。

 

『はい、承知しました。東に聳え立つ強大な貴校よ、我が校と交易をせぬか。貴校の白大里は五色の石の一つにも似て、我が青玉の山河は天際を発し碧空に広がる。(しか)して月が東から昇り、西へ下るのならば、川が西から下り、東へ上るも是であろう。古より生徒は水にも比され、子は馮河(ひょうが)を治めてより門主の起りとする。これ則ち濫觴(らんしょう)の喩えに依らずとも……』

 

 なんか、古文で見たような言い回しだな。わからん。えー、東に聳え立つ……これは我が校かな。五色の石ってなんだ、宝石みたいなのに景観が似ているということか。そして、青玉の山河は山海経のことと……いや、やっぱりわからん。礼に徹してるのはわかるけど、相手に伝わる文章を切実に書いてほしい。

 

『要約しますと、めっちゃ交易してください。後、うちを襲わないで下さいです』

 

 権威が必要なのはわかるけど、それくらいは分かりやすく書いてくれ!そう、その門主に叫んでやりたかった。だが、これは所謂シルクロードへのご案内みたいなものだろう。

 

 無碍にしたら、それはそれでまた威厳を損ねる。ここは学校で学んだ例え話を出しておくか。

 

「うむ……他の学校の学園区を跨ぐ交易路であるが……交易する分には問題ないだろう。そちらの門主に伝えておけ」

 

「朋あり遠方より来たるまた楽しからずや」

 

 言いきった瞬間、使者は体が固まったかのように微動だにせず、再度言葉を発するのに今暫く時間を要した。使者はどうせ読めぬだろうと侮っていた。故に、訳してお伝えしようとしていたところ今こうして同じ文化圏の返しを送られて、相手が山海経を理解しているのだと突きつけられるようなものだろう。

 

「……白き陛下。確かにお伝えいたします。貴校は炯眼携えた苛虎ではなく、皮変じて翼を携えた騶虞(すうぐ)であると」

 

 なんかまた難しいこと言っているぞ。山海経の人は難解な話しか出来ないのかというステレオタイプを持ちそうになる。

 

『これは二つの意味がありますね。あなた方は目をぎらつかせて飢えた虎ではないらしい。美しい毛並みに変わり翼を得た瑞獣のようなものだな。と言っていますが、悪く言うならミステリオンの内戦などを鑑みて飢えた虎ばっかやとナメてたわ、すまん。良く言うと、交易というエサで釣って従属させようと思ってたけど、こりゃ山海経にとっても対等な関係である方がメリットあるわ。共栄しましょ。です』

 

 やっぱり、漢字文化圏の圧縮言語度合いが恐ろしいな。まぁ、少なくとも良い印象は得られたようだ。なら、贈り物を追加した方が向こうにも好印象だろう。

 

 使者は深く頭を下げて、去ろうとしたが。そこで待てと、声をかけた。

 

「そちらの門主に金杯の一つを送ろう。ブドウジュースを飲むかは知らぬが、遠路遙々来てもらったのだ」

 

「これは……金印で?」

 

 山海経に朝貢校になれと迫っているわけではないと強調しなければ。金印は朝貢貿易で有名。故に誤解を解かねば。

 

「まさか、ただ杯を交わす為のものだ」

 

 漢字を知らない職人しか居ない為、我が校の共通語(ギリシャ語)で音訳して山海経(Σανχαϊτζίν)と刻んだが、使者がギリシャ語を話せる以上、特に問題にならないだろう。

 

「なるほど、貴校は門主と杯を交わしたいと。遥か、西にある山海経と。改めて、感謝します。有り難く頂戴致します。そちらに麒麟が遭われないことを願うばかりです」

 

 そういって、使者は杯を大事そうに抱えて去っていく。近衛隊も去り、ポリポリと頭を掻く。

 

「はぁ~~まさか、近隣のパテルより先に山海経から使者が来るとはな」

 

 だらしなく、玉座にもたれ掛かるとふぅとため息が溢れる。もはや、キヴォトスに居る時間の方が長いとは言え、内心は為政者向きではない。小心者の男だったのが、今ではロリっ子陛下だ。

 

 欧州情勢どころか、世界情勢複雑怪奇が過ぎる。切実に総辞職……じゃなかった辞任したい。けど、死んでしまう方が恐ろしい。

 

『陛下、お気づきでないのですか』

 

「何にだ?」

 

『金杯を送って、門主と杯を交わしたいと言うのは姉妹校。つまり、陛下は同盟関係を申し込んだのです。』

 

 ぶらぶらと揺らしていた足が止まる。冷や汗が垂れてきて、喉の奥底から声が出てきた。

 

「なら、なぜ止めなかったんだ!あそこ、王朝が不安定だろう!」

 

『その方が利があると判断しました。仮に王朝が倒れても、こちらが金杯を送ったという事実は変わりませんから。それにミレニアム地域を跨ぐシルクロード構想は我が校にとっては望ましいでしょう。』

 

 やっぱり、圧縮言語は好きになれそうにない。百鬼夜行が出来たら、同じやり取りをすると考えるとまた胃が痛む。

 

「……まぁ、まだまだだ。」

 

 ブドウジュースを呷りながら、次の政策を考える。後千年と数百年で先生と逢えるのだ。

 

「ははっ、先生。どれだけ待たせるつもりだ?」

 

 悲しそうな笑みを浮かべる少女は玉座で孤独に唇を噛んだ。その美しい外見故に絵画として描くならば画題は『悲哀』となっていただろう。

 

 




『先生の着任まで残り1900年』
なんと早速バーが赤くなってて、驚きを隠せません本当にありがとうございます!
皆さんに面白いと思って頂けたのなら、感想や評価、ここすきなどをして頂けると幸いです。次話を書く活力にさせて頂きます。


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