紀元前から始める学園経営   作:イワシコ農相

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『紀元151年~200年』


第五話「死を忘れるな」

 トリニティ方面では依然として緊張状態が続いている。例えば、打ち立てた一つ目の長城(アントニヌスの長城)から奥の長城(ハドリアヌスの長城)への撤退を余儀なくされた。ヨハネ分校とハイランダー学園による連合によって、一度前線が下がったものの長城を使って防衛出来ているとのことだ。

 同時に悩ましいのが、これ以上の損害を防ぐためにゲヘナへ進出した際のマルコマンニ川付近でゲヘナ人による攻撃が止まらず、一定の近衛隊を増員しなければならないほど長期化している。ミステリオンの本土すら蝕まんとするゲヘナ人の大軍が押し寄せてるとて、全ての状況は現状ミステリオンに味方していた。

 

 桐藤家、聖園家、百合園家と秤家が特に問題もなく、ミステリオンへ臣従してくれたことがだ。今では彼女らはミステリオンの立派な貴族である。つまり、彼女らの有していた人員をそのままマルコマンニへ向かわせることが出来る。

 

『陛下、報告がございます』

 

「なんだ」

 

 前線基地で頬杖をつきながら、旧パテル地域から取れたブドウを頬張りながら、ぺっと種を吐き捨てている時にアトスが声を上げた。

 

『前回の戦いで武勲を上げた東家(ユリウス=クラウディウス朝)の末裔が陛下が卒業為されたと勘違いして、統治を任されていたミレニアム地域の一部にて反乱を起こしました。新たな陛下を名乗っているみたいですよ』

 

 またか。そう、悪態をつくのも仕方がない。確かに、今回の卒業の時期は迫っているが、余はまだ健在だ。何なら、わざわざゲヘナ方面に出向いて指示を伝えるくらいには在籍していると言って良い。

 

「せっかくの上手いブドウが不味くなる報せだ。全学公会はなんと?」

 

『陛下が健在であることを知っておられるため、学園の敵とする決議を既に可決しております。特に秤議員が強く、訴えかけたそうですよ』

 

「なら対処は簡単だ。付近の近衛隊に討伐を命じよ。西に行こうとも、東へ行こうとも、既に学園の敵ならば逃げ場はあるまい。平和を乱すならば、それ相応の罰が下るのは当然だろう」

 

 この時、卒業まで1ヶ月も無かったが、余としては特に心配することはなかった。今まで養子で繋いできた錠前家が子宝に恵まれ、後継者に困ることもない。既に引き継ぎの為の下地は作ってある故な。

 

『それより陛下、トリニティ全域でゲヘナ人への大規模な弾圧が起きています』

 

「それは我が校の生徒か?」

 

『いいえ、おそらく侵入してきた者たちです。ただ、巻き添えを食らう生徒も居るので、取り止めさせた方が良いかと』

 

 気持ちはわからなくはないが……ミステリオンには既にゲヘナ人の特徴を持った、いわゆる悪魔的な生徒たちが多数在籍している。過去の遺産とも言うべきだろう。エクレクティスト(選民主義者)ソフィスト(弁論家)、かつて全学公会を占めていた思想的派閥であったが、貴族の派閥政治に淘汰され、名を聞かなくなって久しい。

 

「現地の近衛隊は何をしている」

 

『それが……旧パテルの生徒が指揮官でありますので……』

 

「はぁ、弾圧を止めさせよ。これは厳命だ。そう、送っておけ。後、生徒でないゲヘナ人はいつものように追放するように。ミステリオンは楽園のように無限に食い物があるわけではない」

 

 不味くなったブドウを口に運んで、今度は種ごと噛み締めた。酷く、苦い味がした。このようにいくら上手いブドウであっても、不味い部分はある。だが、それを吐き出す度量がないのなら、ミステリオンの生徒会長など務まるはずがないのだ。

 

 

 紀元180年、ユリは再び卒業した。もはや、男であった頃など忘却の彼方へ追いやられかけている。他の生徒同様に見た目を気にしたり、服装を気にかけたりしたいが……宗教的象徴である為、いつもの服に腕を通して、冠を被った。黒い布もしっかりと目を塞ぐように結んだ。権杖もしっかりと握り締めた。

 

『おはようございます。錠前陛下、遂に養子じゃなくなると感慨深いものがありますね』

 

 後に五賢帝を輩出したと言われた錠前家はようやく、血統を繋いだのだ。

 

「……やることは変わらん。マルコマンニ川での戦いを終わらせる。既に前回で十分痛手を与えたのだ。和議を結ぶには十分だろう」

 

 一部のゲヘナ人をあえて受け入れ、内部の不和を煽り、相手がもう攻撃できないところで和議を提案する。トリニティ生徒が居たとすれば拍手しながら絶賛されるであろう手法だろう。

 

『もしかしたら、ミステリオン産かもしれませんね』

 

「戯言を」

 

 その可能性があること自体、否定しきることが出来ない自身に苦笑いが溢れる。キヴォトスに来る前を合わせると既に200年以上生きているようなものだ。やり方が老獪だとしても、必要経費だと思ってもらいたいところだ。

 

「陛下、相手の代表が来られています」

 

「そうか。では、行くか」

 

 権杖が床を叩く音が足音と重なる。前線基地から出て、大量の近衛隊に見守られながら、突き進む。

 

主、憐れめよ(キリエ・エレイソン)

 

 余の姿を見て、祈り出す近衛隊は捧げ銃の姿勢を崩すこと無く、後ろを付いてくる旗兵は我が校の校章を高らかに掲げている。

 

「……噂には聞いていたが、キッキッキッ。こりゃ……ガキに負けたってことか」

 

「フッ、余をガキと見誤ったことが最大の誤りだったな。羽沼よ」

 

 長い銀髪を揺らしながら、鋭い目でこちらを見下ろす長身の彼女はマルコマンニにてゲヘナの主戦力を担った羽沼族の族長。自由と混沌に荒ぶるゲヘナ地域には学園がない。成立しえないというのが正しいところだ。

 

 常に争い、乱世であるかの地域では家族間の繋がりが強い。ゲヘナ人と言っても、多種多様に居るということだ。

 

「そうみたいだな……それで、何を求める」

 

「簡単だ。従属しろ。異論は認めない」

 

 きっぱりと言い放った。この戦いの終結点は一つしかないことは始めた両者が最初からわかっている。

 

「……今回参加した族長の一部は従わんぞ?」

 

「なら、屈服させるだけだ。そちらとて我が本土へ迫った際に現れた近衛隊の数を忘れたわけではあるまい?」

 

 それを聞いた瞬間、苦虫を噛み潰したような顔を羽沼は浮かべた。白亜の都を目前にして勝てると勝利の雄叫びを上げた瞬間に大量の近衛隊が現れ、敗走を余儀なくされたという思い出は鮮明に覚えている。

 

 まるで、ミステリオンには無限に人が居るほどと錯覚するほどの物量と戦い続けることは賢明ではないことは明らか。既にミステリオンに寝返った族長も居ることを考えれば、この戦いには既に意味なんてない。

 

「キッキッキ! ミステリオンは何を食べたら、こんな戦術が思い付くのだ!」

 

「……そうだな、ブドウかな」

 

 それを聞いた途端、羽沼は再び大笑いした。心底愉快であるか、一部の近衛隊が耳を塞ぐほどの声量で笑い。やがて、従属を宣言した。こうして、新たに即位した陛下は一つの難解な戦いを終わらせ、全学公会へと近衛隊を率いて凱旋した。

 

 勝利して凱旋したが故に新たに建設を始めたゲヘナ方面の市壁や北門(ポルタ・ニグラ)は全学公会で全会一致で予算が認められ、わざわざ勅令を発する必要すらなかった。

 

 

 

 紀元192年、錠前家の新たに即位するはずだった生徒が襲撃される事件が発生。結果、虎視眈々と権力の座を狙っていた複数の貴族がそれぞれ陛下を擁立し、なんと五人も陛下(五皇帝)を名乗る大内戦へと発展する。シスターから軍人、貴族まで名乗りを上げたことは陛下という位が武力によって勝ち取れるものであると示してしまった。

 

 この内戦は5年続いた。近衛隊ですら、どの陛下に従えば良いかわからない中、ミステリオンは再度燃え上がる。人間の権力欲が海より深く、空より高いことを示す良い例だろう。

 

 使徒継承はあくまでも一人の者にしか宿らない。つまり、仮に強引に武力で全学公会に認めさせたとて、前任者が即位前の状態であれば凍結されるのだ。対抗馬が居る以上、即位を宣言したある貴族に太古の教義が宿ることはなく、本物の陛下が決まるまでユリは眠り続けることしか出来ない。

 

「へっ?」

 

 故に、新たに目覚めた時に聞いた近況報告に情けない声を漏らすことしか出来なかった。気付けば5年が過ぎ去り、内戦が起きたというのだ。姓も変わっており、錠前王朝が倒れたことを意味した。

 

『おはようございます。梯ユリ陛下、5年の休息で療養は出来ましたか?』

 

「は? 休息なわけなかろう! 目が覚めたら、この惨状だ。トリニティは!? ミレニアムは!?」

 

 この混乱で独立なんてされたら、再征服するのは難しいことこの上ない。用意しなければならない物資、生徒、装備の数々。アトスの補佐なしで、ユリの脳は即座に算盤を弾いた。全学公会が一度屈したのは良いとして、これで宗教的な問題が学内で起きれば、それこそ詰みだ。このちんちくりんなロリっ子姿が陛下イコール宗教的象徴である使徒なのだ。

 

 この姿ではない陛下が誕生したとなれば、熱心な連中が何をしでかすかを想像するだけで胃が痛む。

 

『陛下、ご安心下さい。陛下は戦乱を収めて、全学公会に武力を示して即位されました。トリニティ、ミレニアムは今のところ離反の傾向が御座いません』

 

「……そうか……それは、それは……良かった」

 

 自分の手から離れた状況をある意味、この凍結体験のショックは根深かった。歴史がその流れの通りに流れるということ自体、ユリにとっては恐ろしくて、堪らなかった。5年の内戦で国が滅んでいれば、抵抗することも出来ずに死んでいた。

 

 初めて死に直面した。キヴォトスでは銃弾で撃たれても死なず、体は手榴弾の直撃を耐えれるほど頑丈だ。余もそうなのだろう。しかし、廃校になると死ぬ条件下でのこの凍結は深い深い傷を心に残した。

 

「……近衛隊の給与の増額と軍備拡大を押し進める」

 

『陛下、前回軍事費が財政を圧迫していると言って、下げておりましたが』

 

「関係ない!」

 

 吠えるような醜い声が轟いた。幸い、執務室で一人きりだったから良いものを、誰か居たとしたら急な激怒に陛下の正気を疑っただろう。

 

「ミステリオンは弱さを見せてしまった! これからも我が校という果実に多くの虫が寄ってくるに違いない!」

 

『陛下、お言葉ですが……現状の近衛隊の急速な影響力の上昇はあまり好ましくない傾向と言えます。それを助長する恐れがあるかと……』

 

「うるさい! うるさい! うるさい!」

 

 そこに居たのは広い大地を統べ、多くの民を持ち、最高権威と謳われる陛下は居なかった。居たのは死ぬことが恐れる一人の少女(元男)、膝を涙で濡らすことも許されず、目元の黒い布がじんわりと湿っていく。望んでいない地位に百年以上も縛られ続けている彼女の乾いた嗚咽が、執務室の静謐を破るように響き続けた。

 

『承知しました。近衛隊の増強を行います』

 

 




『先生の着任まで残り1800年』
なんと日間ランキングに載っているのを見て思わず二度見しましたね。本当に読んで下さる方々に感謝を申し上げます。
皆さんに面白いと思って頂けたのなら、感想や評価、ここすきなどをして頂けると幸いです。次話を書く活力にさせて頂きます。ここすきがあると助かります!(乞食)
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