紀元前から始める学園経営   作:イワシコ農相

6 / 9
『紀元201年~紀元250年』


第六話「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」

 紀元203年、陛下の近衛隊の拡張は近衛隊自身の権力と武力を大きく増す結果をもたらした。そして、それを振るうことに迷いなんてなかった。襲いかかってくるゲヘナの族長らを過剰とも言える戦力を用いて、大勝を掴み取って、高らかに陛下自らミステリオンが健在であること宣言した。

 

 これは他の学園だけでなく、ミステリオン内部へ向けたメッセージでもあった。もはや、トラウマとなりつつあるあの凍結期間を再び作らないための戦略であり、学園を武威によって統制するための施策だ。現代進行形で今回の勝利の凱旋門を作らせることで、貴族や他の者が再び陛下という階級を求めて、争いださないようにするための牽制だ。気を許せば、背後を刺されるという恐怖が陛下をより高圧的に、慎重に変えてしまった。

 

 ミステリオンの生徒はそれを単に武人だからだと捉えて楽観視し、その明らかな変化を見過ごしてしまった。

 

 

 紀元207年、アトスがいつも通り、無機質な声で疲れて執務室で眠る余を起こした。黒い布の目隠し故に公然と寝れるのだが、脳内に響く声からは流石に逃れられない。

 

『陛下、卒業が間近となりますが後継が未だ決まっておりません。梯家内で候補が長女と次女と出ていることは理解しますが、おそらく選ばれなかった側が将来の内戦の種火になる可能性があります』

 

 ふむ、と手を顎に添えてユリは考えた。使徒継承は一人にしか出来ない都合上、これで家が割れて身内同士で内戦となればせっかく増強した近衛隊と復興したミステリオンの努力を無駄にしてしまう。かといって、凍結を受け入れて……不相応な者をこの位に座らせるくらいならば、結局変わらずに余がやるのが望ましい。留年をすることは権威に陰りを作り、錠前王朝みたく養子を取ることも悪手になるだろう。複雑に絡み合った権力構造にどのような地雷が埋められているかを見ながら、決断を下す必要がある。単なる征服事業の方が気が楽だ。戦略を立てて、攻めて、相手が許しを乞うか逃げるまで続ければ良い。

 

「どうしたものか」

 

 長女も次女も、双方一定の支持がある以上は配慮しなければ、見事に地雷を踏んでいたであろう。死を忘れていた余であれば、尚更だ。

 

『……』

 

 流石のアトスも簡単な対案を示せずに居る。継承順位に従えば長女なんだが、次女を持ち上げている貴族どもの面子を潰し、反乱を引き起こすだろう。

 

「そうだ! 閃いたぞ、アトスよ。共同陛下として、両者を指名すれば良いのだ。使徒継承は長女に引き継がせ、次女はあくまで名ばかりの陛下とせよ」

 

『しかし、それでは宗教勢力であるシスターからの反発が予想されます。陛下は使徒であるだけでなく、外見は変わらぬことから、不朽体とされております。一種の信仰の対象であるのです』

 

 クックックッ、黒服を真似て悪意に満ちた笑いが部屋を埋め尽くすように響く。ユリは笑みを隠すどころか、あからさまに歯茎を見せつけて獰猛な表情を浮かべて、大きくのけ反った。

 

「それで良いのだよ。陛下であるにも関わらず、その神性を引き継がない者を誰が敬う? 誰が祈りを捧げ、誰が頭を垂れるのだ?」

 

 この学園はその始まりから、聖俗を併せ持つように設計されている。太古の教義、トリニティやアリウスとはまた異なるキヴォトスの奇跡の一つ。現実世界で言うところの東方教会の系譜を教育によって既に200年以上引き継いできたのだ。対して、貴族制度自体が俗世を担うように作られている。

 

 トリニティの古代語(ラテン語)の授業とは異なって、神学や哲学を学ばせている。古代語(ギリシャ語)の時代に生きるミステリオンの生徒はそもそもその古代語を話し、それで暮らしているからこそ誰もが知っている。キヴォトスが、方舟(Κιβωτός)を意味する語であることくらい。

 

『陛下、まさかですが次女を排するおつもりで?』

 

「歴史書だと状況証拠からそう書かれるだろう。しかしだ、不適格な陛下を誰が排したかを気にするのは精々その背後に居る貴族だけだろう?」

 

 真面目であればあるほど、次女を許す者は多くないだろう。宗教的な理由でなくとも、伝統的な理由も合わせてだ。

 

『陛下、無理して笑っておられますね。普通の心をお持ちになっている陛下の記憶を拝借すると、これを罪悪感と……』

 

 陛下は黙って、返答を返すこと無く次期陛下に関しての文書をしたため始めた。ただ、担ぎ上げられただけの少女をこれから陥れるのだ。ミステリオンの未来のために攻めて征服するわけでもなく、内戦や反乱を収めるためでもない。余に残った変な人間臭さが、毒のように心臓を強く締め付け続けるが、それでも書ききった。

 

 狂わせてくれないこの世を呪い、陛下はサインをする。慕ってくれた親族を犠牲にして。ミステリオンから追い出されて、どこかへと逃げ延びるだろう。それこそ、アリウスとかであれば……似た姓ですと言い訳出きるだろう。梯の姓を持つ子がゲームの時に居たはず、200以上前の記憶故に確信は持てないが。

 

 

 結果、長女も次女も即位した。まさにその翌日に次女は姿を眩ました。全学公会は一部荒れたものの、捜索を行うことはせずに長女を陛下として歓迎した。

 

「……嗚呼、やはり決起の準備か」 

 

 次女派に忍ばせていたスパイによって受けた報告は予想通りであった。次女の捜索を名目にミステリオン本土へ侵攻すると。だからこそ、淡白に、いや簡単に命じた。

 

歴史から抹消せよ(ダムナティオ・メモリアエ)。何も起きなかった、歴史家が知るのはそれで十分だ」

 

 冷えきった心は不思議にも、今回はチクリとも痛まない。そう、これで良いのだ。

 

 

 翌年、十二法典に一つ勅令を加えた。ミステリオン内に住まう全生徒にミステリオン生徒としての権利を与える。この勅令によって、今までミステリオン式の教育を受けていなかったミステリオン本土以外の領地にもミステリオン式の教育を受ける義務を与えた。

 

 後の世では同化政策の一貫と批判される勅令であるが、ミステリオン全体の法の統一に役立ったとする声もある。だが、寮が足りなくなっていったため、ゲヘナ地域の一部へ侵攻し編入することで解決した。次いで大浴場も作り、そこに自身の家名を刻んだ。

 

「……で、そこまでは良かったのだが……この位がそれほど欲しいか。貴族どもよ」

 

 眼前に居る数百の武装した襲撃者に向かい合い、もはや諦観に染まった眼差しで彼女らを見やる。

 

「……すみませんが陛下、貴女の更なる西への遠征はここで終わりです」

 

 ミレニアム地域を通りすぎて、山海経へと向かうべくその間の学園を排するための大遠征。襲撃者は淡々とそう告げてくる。

 

「友に会いに行きたかっただけだったが……やはり、この方舟は呪われているらしい」

 

 だが、この体には神秘だけは大量にある。簡単に負けるつもりは一切なかった。

 

「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福であって、呪ってはならない」

 

 権杖が強く、地面に叩きつけられ、地面がひび割れていく。その裂け目から生えてくる様々な果実の実った木々が襲撃者を縛り上げていく、青天白日の中で、徐々に広がっていく楽園を模した奇跡として彼女らを祝福する。敵意の無い者には効果の無い祝福は敵意ある者へは罰となる。

 

主、憐れめよ(キリエ・エレイソン)

 

 擬似的な失楽園と言えば分かりやすいだろうか。楽園に踏み入れることが出来るのは清い者だけであろうから。

 

  隕石を飛ばす者が居るくらいだ。これくらい許して欲しいものだなと、スペシャル(SPECIAL)生徒として画面に映る余を幻視する。馬鹿馬鹿しいなと笑いたかったが、それでも第三隊と第四隊と続々と現れ、絶え間ない攻撃を続ける彼女らによって疲弊して意識が薄れていく中では難しかった。

 

 

『■ユリ陛下、おはようございます。西方での戦いは未だ終わっておりません。それと梯家が権力を奪還しようと画策しているようです』

 

 聞いたことない名字だった。少なくとも、全学公会の議員ではないだろう。だが、梯家が政権を取り返してくれるなら都合が良い。適当に西で戦っているうちに本土で実権を握ってくれるだろう。貴族政治とはそういうものだろう? アトス。

 

『可能性としてあり得ると返答します』

 

 

『おはようございます。梯ユリ陛下』

 

 前任者には西で大敗して、早期卒業して貰った。というか、させた。権力基盤の薄い者はミステリオンを続かせるのには不都合。

 

『改めておはようございます。梯ユリ陛下』

 

 また、襲撃を受けて交代するしかなかった。ミステリオンは一体いつから、こうも簡単に陛下を攻撃するようになったのだ? 

 

 近衛隊長ですら、無事じゃない。明らかに何かがおかしい。

 

『陛下、近衛隊自体が暗躍している可能性が高いです』

 

 そうか……近衛隊か、増長させたが故に好き放題に暴れている可能性は否定できんな。注意するようにしよう。

 

 

 紀元235年、梯王朝断絶。近衛隊のクーデターにより、ミステリオン本土から追放されたことが主因であった。これが、284年まで続く近衛隊などによる軍人陛下時代の幕開けを意味した。

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

 陛下は深く、ため息をついた。自分からロリになりにくるこの長身の近衛隊どもはロリコンなんだろうと思うことで、なんとか心を安らごうと試みる。

 

 ほとんど内乱と変わらない状況の中で、冷静さを前にみたいに失ってはいよいよミステリオンが滅ぶ。だから、ここは慎重に……

 

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

「はぁ……はぁ……なんとか内乱(六皇帝)を収めたぞ」

 

 たった短期間で何度も使徒継承が行われるのは、悩ましいどころの話ではない。既にミステリオンの混乱を察して、西から諸学園の連合が迫ってきている。

 

 無事に済んだ近衛隊を率いて、出陣しなければミステリオンが滅びかねない。余とて、出来れば内政したいが……仕方がない。この栄華とミステリオンを守るために身を粉にするのが、求められている役目なのだから。

 

 

 

『おはようございます。■ユリ陛下、大敗はしましたが学園の防衛には成功しましたね』

 

 もはや、何度継承が行われたかすら数えたくない。何も考えたくない。休ませて。

 

『……お言葉ですが、本土に向けて近衛隊の一部が反乱を宣言したみたいです。陛下、対処をお願いします』

 

「はへぇ……? またぁ、ばっかじゃないの。あーあーあーあー」

 

「バカばっかりじゃんね。また、学園内で戦うの……あはははッ!! この恩知らずどもが!!!!」

 

 黒い布に覆われているが、余は虚ろな目をしているのだろう。味方の近衛隊に命令を出しながら防衛計画を立てていると、正門が開けられたとの報告が入ってくる。あれ、これ詰みでは? 

 

 

 紀元249年

 

『おはようございます。■ユリ陛下』

 

 どうすんだよコレ。本当に。先生お願いだから、今すぐ来て。余はわりとじゃないな。もう、限界が、限界が近いぞ。

 

「せんせぇ……どこで何してるんだ……」

 

 ここに助けるべき生徒が居るぞ! と叫んでやりたい。元男で、元大人なんて関係ない! 

 

 今は、というかずっとロリっ子なんだから面倒見てよ。めんどくさい学園経営とかもやって……

 

『学園運営システムA.T.H.O.S.は陛下の学園の経営を支援致しますので、ご安心ください』

 

「はいはい」

 

 力無く、玉座にもたれ掛かる。この座は果たして何年持つかな。どうせ、1年2年とかだろうなぁと遠い目をした。

 

 

 

 




『先生の着任まで残り1750年』
日間ランキング上位50位入り、ありがとうございます!
今話はわりと書くのが難しかったですが、なるべくクオリティは下げずにお届け出来てるかと思います!
皆さんに面白いと思って頂けたのなら、感想や評価、ここすきなどをして頂けると幸いです。次話を書く活力にさせて頂きます。ここすきがあると助かります!(乞食)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。