「やっぱり」
口から漏れた声は納得に満ちていた。この位についてから二年の紀元251年、迫りくるゲヘナ人、とくに空崎族の大軍を眼の前にすれば過去の余が間違っていなかったことくらいはわかるものだ。余を推挙した近衛隊ですら、足が竦んでいては今回の陛下が長持ちしないことは明らかだ。
「近衛隊は防衛体勢へ。余の作戦通りにここで受け止め切るぞ。我が校に一歩も踏み入れさせぬぞ!!」
雄叫びを上げながら、銃を向け合う様は端から見たら滑稽であろう。盾に隠れ、新兵同様の近衛どもをなんとか指揮しているミステリオンと恐れること無く果敢に突撃するゲヘナ人たち。余が自ら声をかけても怯えが伝染している以上、思考は被害の最小化へと動く。バリスタやカタパルトに怯まなくない精強なゲヘナ人が相手だと、やりづらい。
「出し惜しみは無しか」
継承されてきた神秘が体の中で花開く。せめて、あの族長にはここで負けてもらわねば今後のミステリオンにとって都合が悪い。相手は悪魔だ、本当の失楽園とは何かを見せつけてやろう。
「
変わっていく地形に困惑するゲヘナ人の隙をついて、族長へ肉薄する。大きく権杖を振りかざし、無数の枝葉が捕らえんと忍び寄る。瞬時に成長していき、その木々はその族長を掴むコンマ一秒の差で避けられ、重機関銃のような武器で薙ぎ払われる。
「……ミステリオンの統治者は変な攻撃をするのね」
「それはお互い様だとも」
「面倒ね、早く片付けるわ」
それが出来ればだがなと張り上げた声と共に二人の巨人が衝突した。権杖で銃身を反らして、茨の冠で頭突きをお見舞いする。仰け反った族長は素早く、腰のホルスターに手を伸ばして拳銃で神秘を込めて2、3発を射って、ユリの足に直撃させる。怯んだところを狙って、重機関銃の銃口を腹部に押し当て、引き金を引いた。弾倉を空にするまで続いた撃発音。
「それでも倒れないのね」
「はぁ……はぁ、貴様らと違ってまだ次があるからな……」
服が銃撃で破れ、露わになった腹部を気にすること無く、木々から生る果実を一つ齧った。途端、傷だらけの腹部は徐々に治っていく。体力も戻りつつある。だが、後方では近衛隊の撤退の角笛が鳴り響いている。
「次があるからこそ、ここで貴様らを消耗させねば民に示しがつかないのでな」
心臓の鼓動に合わせて、神秘が唸っている。神秘がここで屈するべきではないと啓示するように力強く、荒ぶりだした。そうだ、余は使徒なのだ。この程度、どうだってことない。
「さぁ、かかってこい! ゲヘナ人ども! ミステリオンの陛下自ら相手にしてくれる!!!」
いつか、本物の楽園に行って、帰らずにのんびりしたいものだな。まぁ、楽園に行って帰ってくるなんて奴は存在しないからこそ、楽園は発見されてないわけだ。
「……これは面白い問いかもしれないな。後に残しておこう」
「いや、貴女はここで終わりよ。包囲されて、味方も居ない。抵抗したとて、意味がないわ」
余と同じ白髮で低身長の彼女から宣告されたことは事実だった。近衛隊はおそらく後方の防衛線まで下がり、余の周りを様々なゲヘナ人が取り囲んでいる。向けられた銃口は数え切れないほど。だが、不思議と恐ろしさは無かった。脈打つ心臓と生き抜いてきた年月が体を奮い立たせる。
「舐めるなよ。余は決して朽ちぬと知れ!」
主、憐れめよ。その聖句が戦いの続きを表した。本土に後継者は残してきた。運が良ければ継いでくれるだろう。継がなくとも、別に問題はない。既に重臣の数人には目をかけてある。いずれ、余になるのだから、違いなどあるまいて。降り注ぐゲヘナの怒りを受けながら、笑みを浮かべる余をまるで悪魔を見るような目をしよって。悪魔はそっちだろうに。
『彼女の神秘は使徒継承が長引けば、長引くほど強まっていきますね。素晴らしい。ミステリオンを存続させるためにも、必要不可欠。幸い、彼女の肉体は最適化されています。いくら、神秘が膨張しようとも破裂することがない。まさに使徒とするこのアプローチはやはり正解というわけですね。それにしても、彼女のなぞっているこの歴史は味方してくれるのでしょうか。ミクロストリアでは語り尽くせない出来事の数々が、キヴォトスのドメイン内に内包されてしまう帰結を辿るか。それとも、オントロジーがそこから逸脱するか次第で、観測の方法を変えなくてはいけなくなるでしょう……やはり、
アトスはユリに聞こえぬように、ぼそっと独り言を溢した。仮にユリが聞いていたとしたら、こう対応したであろう。初めて機械的な平坦でない声で話したので驚きと共にそのように常に話せと厳命する。それでは、アトスにとっては都合が悪い。陛下には陛下で居て貰わなければならないのだから。陛下は孤高の存在であるからこそ価値があると既に演算が済んでいる。
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
前回同様短い間での陛下の交代を得て、再び玉座に座ることは━━出来なかった。エデッサ川で惨めに縛られてる様がそれを表しているだろう。過去に粉砕した西の諸学園の連合は虎視眈々と機会を狙い、負けた側ですらあっぱれと言いたくなる大勝を勝ち取った。今まで戦場で早期に卒業することはあれど、捕らえられるのは初めての経験だ。紀元260年、ミステリオン近衛隊は陛下を奪われるという失態を犯したことに間違いはない。
「……ミステリオンが奪った学区を返すのなら無事に返してあげる」
黒髪で長髪の連合の長がアトスのような平坦な声で告げてくる。これが最後通告みたいなんだろう。既に戦い尽くし、余力はない。向こうに損害を与えたが、負けは負けであることは相手方より余のほうが理解している。
「余を誰と心得る。キヴォトスにて栄華を誇るミステリオンの陛下ぞ。交渉のための道具にしようとしたところで、既に新たな陛下が即位の準備をしているだろう」
そう煽ってやると、腹部に拳がめり込んだ。息が唾と共に飛び交い、くの字に体がねじ曲がった。何故、どいつもこいつも腹部ばかり狙うんだ。
「ぜぇ……ぜぇ……」
必死に息を吸いながら下を向くが両手で顔を捕まれ、強制的に向き合わされる。怒りに満ちた瞳だ。理解も容易い。ミレニアム地域全域の奪還を目論んで、作戦を行い、勝利を納めたのに得られたのはちっぽけな少女一人だ。
「知ってるか」
「何よ」
きっと悪どい笑みだったと思う。それこそ、大人と形容されるほどの悪意を含んだ声色で優しく諭してあげることにした。
「ミステリオンは定時制の学園だ。三部に別れ、それぞれの時間帯で学習することで卒業資格を得るんだ」
「有名な話ね。だけど、今の状況と何の関係があると思うの?」
「簡単な話だとも。この三部で、いつ陛下が休めると思う? 朝か、昼か、夜か……いや、そんなの無いからこそ。陛下は短い間で卒業条件を満たすんだ。では、さようなら。西のマダムよ」
相手は息を飲んだ。その隙に、アトスに余を早期卒業させるように命じた。彼女の戦果をわずかな領地に抑えるにはこれが適切だ。ぼやけていく視界と慌てる彼女を見て、満足げに微笑んでやった。ざまぁみろって。
『おはようございます。■ユリ陛下、早速ですがミステリオンから分離した一派がミステリオン分校をトリニティ地域の一部にて設立を宣言しました。更にその責任が陛下に追求されています』
まず、ミステリオン分校ってなんだ。支持母体は現地民だと聞くと現在は本土に居るティーパーティーの三家ではないことが安心できる要素か。むしろ、一旦ゲヘナ人に対する防波堤として使って、後ほど再征服すれば良い。
「一旦、放置だ。まずはミステリオンの近衛隊を再編成して、内部にも外部にも対応出来るように人事異動を行う。もう軍事クーデターは散々だ。そういうのは後のレッドウィンターに任せるべきだ」
紀元270年
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
もう、突っ込まないぞ。ミレニアムの方でも分離独立勢力が狼煙を上げている。ミステリオン分校も含めて、征服せよと命令した。もとより寄せ集めの部隊しか居ない故に簡単であった。
まずはミステリオン分校を近衛隊を率いて、侵攻。我が校ですでにマッピングが済んでいる以上、じわじわと追い詰めて同年に殲滅。ミステリオン分校なんていう危うい存在を歴史から消した。仮にトリニティが出来たら統合されるか、弾圧されるかの二択しかないことを彼女らは理解していないのだろう。戦略は語るまでもなく、簡単な平押しで十分だった。正面から道路を均すように進軍すれば、ミステリオン分校は粉々に砕けて、再統合された。
そこから三年、ミレニアム地域の分離勢力も等しく統合した。再編成された近衛隊による攻撃で十分だったようだ。本校舎を落として、そこから仮校舎を潰していくだけで分離運動の沈静化に成功した。
この反乱を収めたことでミステリオンの再建者なんていう大層な称号を全学公会より貰ったが、これ全部一人でやってるんだよなと今代の陛下は優秀だと賛美する議員を見ながら思ってしまう。まぁ、権威がある以上は予算は通しやすい。城壁を本土に建てておこう。
『おはようございます。■陛下、西へ行く度に襲撃されますね』
「やかましい」
というか卒業間近の奴が陛下になってるんじゃないよ。そう、この体の元の人に叫んでやりたかった。使徒継承がバグでも起こしたら、どう責任を取ってくれるんだ。後継者選びを考えている時間すら無いじゃないか!
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
『おはようございます。■ユリ陛下』
うん、一人でやるのは無理だ。天を仰いで、これほど襲撃が横行するこの学園の運営をしなければならない苦痛をどうにか言語化しようと口を何度か、開いたり、閉じたりを繰り返した。
「アトスよ、新たな生徒会を発足させる」
『それは全学公会と対立する恐れが非常に高い判断です』
当然、そのような返答がくることは目に見えていた。故に回答も既に用意し終えている。
「余が陛下ならば、全学公会は国会のようなものだ。余がこれから作るのは内閣、つまり行政を委託出来る機関だ」
この広大な学園を一人で統治するから狙われるのなら、分散させてしまえと。ヘイト管理をするのだ。
「余の権威を委託する形で、学園の行政を四つに分割する。これを担うのがその生徒会というわけだ。名を
『なるほど……しかし、その四家はトリニティとの関係が深いですが……その危険性は承知でしょうか』
「信頼出来るのが、もうこの四家くらいなのが悪い。それにこうして学園の要職に置いておけば、裏切るどころかその椅子を守りに行くだろう」
テトラルキアの勅令を全学公会に通知して、四家に領地が割り振られて飛んできた報告が聖園の令嬢が、前に余を縛った連合を打ち倒し、その本校を攻め落としたというものだった。
「……ゴリラは遺伝するのだな」
紀元297年の出来事であった。
『先生の着任まで残り1700年』
沢山の応援ありがとうございます!ランキングにもまた載せて頂けました。感無量です。
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