紀元301年、
そこから二年が過ぎて、紀元303年に万臣殿が学区内の不良への大規模な弾圧を開始。原因は武装した不良が平民であるにも関わらず拳銃でなく、アサルトライフルで武装していたことが理由であった。学園の貴族制度に背く行為は厳罰を持って対処すべきとする聖園家の主張が採用された結果であった。余としても異論は無く、やるがよろしいと背中を押したせいで規模が拡大したが、治安の向上へと繋がった。不良になるのが悪いと目をそらして、別のことを考える。迫りくる卒業を控え、学園内が安定の道を辿っていることを見れて良かったなぁとしみじみ思いながら紀元305年に晴れて卒業したが……
『おはようございます。百合園ユリ陛下』
どうやら、実家が権力継承に失敗した結果、トリニティ地域を担当する万臣殿の構成する家である百合園家から新陛下へと推挙されたということでもない。さては……予知夢で即位式を見たな。つまり、自分が陛下になる未来を観測し、前任の陛下が卒業した瞬間に即位を宣言したと。そうするとどうなるかを知りながらも、受け入れて、百合園家の為に身を捧げたわけか。そうすれば、予定されていた継承者から継承権を簒奪出来るから。
口の中が苦くて仕方がない。この少女に自己犠牲を強いるために、余は学園を分割したわけではないのに。全て裏目に出ている気がする。余の自己保身もあったが、これでも統治者として────いや、かつての信頼できる友人を守るためでもあったのだぞ。いくら、トリニティを形成する可能性のある危険分子といったって、何十世代と見届け続ければ情が……。いや、考えるのはやめよう。
「うつけが……」
こんなバグ技が使われては、抵抗するものも何も無いではないか。陛下が居なくなり、それが百合園家に継承される意味を理解しているのだろうか。
紀元306年、トリニティの離宮にて百合園ユリは即位を宣言した。万臣殿の枠組みを保ちつつ、配慮したつもりだったが他の三家からの反発は非常に激しく、全学公会を巻き込む大論争へと発展した。
結果、僭称行為であるとして即位宣言は認められず、トリニティ地域を治める万臣殿の一人という形で落ち着く。だが、これではおそらくシスターが騒ぎかねない。いや、既に騒いでいるだろう。
「……これは再統一せねば、ミステリオンを万臣殿が道連れにして滅びかねん」
下したのは再統一の決断。百合園家が使徒継承を勝ち取った以上、再度戦うことで権力を掌握するしかない。膝元を暖めている彼女の為にも、余は覚悟を決めなければな。
「なぁ、妹よ」
「なぁに」
「お姉ちゃんはちゃんと笑えているか?」
えへへ、お姉ちゃん変な喋り方だね〜と笑みを浮かべている狐耳の少女は長い金髪を揺らしながら、ペタペタと余を触っている。
「うーん、笑えてないよ。へたくそ~お肌真っ白だし、お耳どこに隠しちゃったの?」
『陛下、以前の彼女のお姉ちゃんなら小難しく遠回しに誤魔化していました』
「そうか……全部主が持っていっちゃったのさ」
不貞腐れて何それ変なのと言いながら、妹はそのまま走り去って行ってしまった。
「似つかわしくないか……なぁ、アトス。次期継承者は彼女以外に出来るか」
『百合園家の権力構造を考えると、望ましいとは言えないでしょう。陛下の仰った再統一への障害は少ない方がよろしいかと』
「そうか……」
紀元312年、桐藤家が統べているアリウス地域への侵攻を開始した。百合園家の精鋭を率いて、奇襲に近い形で戦端を開いた。百合園家となって以降、予知夢が稀にだが見れるようになった。ゲームのセイアのように病弱になるかと一度恐れたが、この体はすこぶる健康体。
おかげで、何が起きるかわかるからこそ余を支持する近衛を率いて、進軍している。桐藤家は因縁の相手であるミレニアム地域を統べる聖園家がミステリオン本土の秤家へ攻め入ることを警戒していると、知ることが出来た。つまり、今が手薄なわけだ。無論、既にこの戦いの結末は知っている。
「百合園家の他に勝利者なし」
桐藤家を屈服させ、トリニティ方面の万臣殿はこれで有名無実化された。そのおかげもあって、トリニティ方面の陛下としては公認された。だがあくまでも、万臣殿にて二人分の力を有するとして残りの二家は抵抗を続けた。
翌年、万臣殿にてシスターの宗教的な立場を認める
「……部活動を与えるのも考えてみるか」
神学などは学校で学ぶことが出来る為、現状ミステリオンにはシスターフッドのような組織は認められてない。教会もあれば、日に三回の祈りもある故にあくまでも学校活動の範囲になる。その為、シスターというのは個人でやる慈善事業扱いに留まっている状況が今のシスターを取り巻く環境と言える。また、ミステリオンは部活動を厳しく統制していることもあって、正式に集団で活動出来ないことに鬱憤がかなり貯まっていることが今回の勅令のきっかけとなっただろう。余としても、これで溜飲を下げてくれるなら助かるところだ。変に第三勢力登場となれば、流石に胃に穴が開くのは現在関係が嫌悪な万臣殿であっても変わらない。
紀元324年、百合園家と桐藤家の連合軍が秤家の統べるミステリオン本土へと流れ込んだ。秤家は近衛隊と城壁を用いて抵抗したものの、門の鍵を閉め忘れていたことによって城壁内に侵入されてしまう。本土の荒廃を危惧した秤家は屈服を選択し、百合園家はミステリオン本土へと堂々と校章を掲げながら、凱旋した。この出来事は万臣殿の機能不全を意味し、聖園家は一部好戦派による反乱騒動はあったものの戦闘をせずに屈服した。これには百合園ユリが万臣殿の存続と各家を罰しないことを約束したことが大きく影響している。
学園四分割による動乱を収めた彼女に対して全学公会は「大いなる陛下」と称号を送り、百合園家による統治を全会一致で追認することで、ミステリオンは再び一つになった。万臣殿には変わらず、四家が席を持ち続け、かつて陛下が短期間で交代を繰り返した動乱の時代を考慮し、補佐的役割として残ると陛下自ら宣言している。いわば、陛下位が断絶した際には持ち回りで、担当していくというものであった。
城壁から白亜の町並みを見下ろしながら、そっと呟く。もはや口が勝手に動いたとも言っていいほどに心から漏れた声だった。先を知っているからこそ、今の内に言っておかなければという悲鳴に近い何かだ。
「これで一旦は落ち着いたな……」
『陛下、今回はお見事でした。ミステリオンは再び一つの旗の下に集ったわけでありますから。それにしても、大いなる陛下ですか。再建者に比べれば良い称号ですね』
「夢で知っていたからな」
靡く風がその白髪を揺らし、微かな温もりが白い肌をなぞっていく。されど、纏う空気はどんよりとした雨季の湿ったものだ。これからミステリオンを取り巻く、未来を憂い、それに抗おうにも既に決定された歴史の事項だと理解からこその諦めなんだろうと余は思う。
先生という特異点が居なければ、変えることができないことは三百年以上前の余がまだこの世界をゲームとして遊んでいる頃に無数と言って良いほど思い知らされた。そして、自分はゲームで先生であっただけの、第四の壁の向こう側の人間に過ぎない。
「なぁ、アトスよ。本当に楽園はあると思うか。こんな世界、かつての世界のどちらでも良い。楽園が芽吹き、相互理解の風がミステリオンに靡いてくれるだろうか」
『……楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか。ですか、第二と第五の古則ですね。仮に芽吹くとしたら、それは陛下の神秘によってでしょう。時間は残酷にも無限にあります。それに理解出来ないものの理解を試みることは別の理解をもたらします』
かつて、理解できないものであったゲヘナ人の戦術を受け入れて、あえて同じ作戦を行うことで勝ったことがあったなと余は返事する。弱々しい声であった。それに対して、アトスは指針を示す。
『ですから、造りましょう。楽園が無ければ、創造しましょう。理解出来ないのなら、理解出来るように変えましょう。陛下、ミステリオンを楽園に出来るかは、陛下の努力次第。理解出来るかも努力次第。ならば、使徒継承という恩恵を使って、成功するまで続けていきましょう』
「……そうなるな、余が励まなければ意味がない。だが、度々思うのだ。第八の古則があれば、それは」
奇跡がどこかで起きるならば、それは果たしてすべての人にとって奇跡足り得るか。なのだろうと思う。これは奇跡だと余が言っても、他の人がいやこれは違うと言うだけで、立証できない問い。
水面を歩くことが奇跡ならば、神秘を使って水面を歩いた生徒は奇跡と言えるか。
水をワインに変えることが奇跡ならば、それが行える生徒の行為は奇跡と言えるか。
一つのパンだけで多くの者の空腹を満腹にした生徒は奇跡と言えるか。
それは神秘に過ぎないとキヴォトスでは切り捨てられるだろう。奇跡、どこまでが奇跡で、どこまでが普通なのか。その境界を証明してくれる者は本当の奇跡を起こせる者だけだろう。故に、立証できない。
「余の使う神秘だって、あくまでも面妖な攻撃と形容されるに過ぎなかった。アトスの言う、造ると変えるは奇跡の類いだ」
『試してもいないのに諦めるのですか。陛下、貴方は多くの
アトスは諭す。要約すれば、いずれ、万人にとって奇跡と言えることが出来るまで、諦めて歩みを止めるなと。それにただ、嗚呼と言うに止めた。
紀元325年、百合園家が主導して万臣殿にて
また、ミステリオン生徒の学区外への移動に制限が設けられる勅令が紀元332年に発布されるなど改革が推し進められた。
そこから5年後、ミステリオンは百合園家によって三分割された。西方、中央、東方と綺麗に分けられ、陛下は中央にて治めると万臣殿は決定し、全学公会はその判断を全会一致で追認した。
当然、平和が崩れるのにさほど時間はかからなかった。紀元340年、西方から本土を要求して侵攻してきた姉を陛下は撃ち破るも、配下の近衛隊が反旗を翻し、紀元350年に卒業を余儀なくされた。
「本当にままならないね……」
使徒継承が起きる時の高揚感に身を任せて、今回の陛下は役目を終える。そして、また次へ引き継がれていく。
対して、アトスはユリの聞こえないどこかで、堪えていたのか興奮に満ちた声を上げた。
『百合園家の神秘を引き継いだわけですか。青写真が正常に機能しているようで、大変僥倖です。既に芽吹く為の種は植えられた。それが知恵であるか、生命であるかの差しかないことを見れば、同じドメインで処理出来るでしょう……やはり、仮説に間違いは無かった!』
『先生の着任まで残り1650年』
前回の感想にありましたが、考察等は全然OKですのでご自由にお書きください!
ただ、考察が当たっちゃった場合やそうでない場合もネタバレ防止の観点から曖昧な返答になることはお許し下さい。
皆さんに面白いと思って頂けたのなら、感想(全て返信しております)や評価、ここすきなどをして頂けると幸いです。次話を書く活力にさせて頂きます。
分かりにくかったと思うで、起きたことを端っこに書きますと百合園家の予知夢で即位の夢を見る→本来即位するはずった人物から位を簒奪出来ると知覚→即位した方が百合園家のためになると使徒継承を理解した上で受け入れて→即位を宣言。という流れです。それに対して、ユリちゃんが「うつけ」と言っているわけですね。(こういうまとめ的なのは蛇足だよ!という場合はお申し付けください)