すべてを失って身売りした少女にすべてを与えてみた結果   作:ヤンデレすこすこ侍

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第二話

 奴隷市から戻る道中、俺はずっと上機嫌だった。

 ついに見つけたのだ。

 俺に真正面から物を言ってくる同年代の人間を。

 

 しかもただ反抗的なだけじゃない。

 ちゃんと頭が回る。

 言葉の芯がぶれない。

 何より、俺を見ていた。

 第三皇子の肩書きでも、金でも、顔でもなく。

 何を考えている人間かを見ようとしていた。

 最高である。

 

「殿下」

「なんだ、ガレス」

「顔が気持ち悪うございます」

「減俸するぞ」

「本日はもう十二回目でございます」

 

 馬車の向かいに座るガレスは、いつも通り無表情だった。

 その隣で、フィーネは静かに座っている。

 檻から出した時のぼろ布のままではさすがにまずいので、途中で外套だけは買い与えた。

 それを羽織った彼女は、窓の外を見ていた。

 

 騒がない。

 怯えない。

 質問攻めにもしてこない。

 だが、無関心というわけでもない。

 視線の動きがいちいち鋭い。街路の造り、兵の配置、通る門の数、馬車の質、御者の手綱さばきまで見ている気がする。

 やはり当たりだな、こいつ。

 

「フィーネ」

「はい」

「着いたら、まず風呂と飯と医者だ」

「……ずいぶん順番が生活的ですね」

「生活が大事だからな」

「皇族の方は、もっとこう……名前を与えるとか、忠誠を誓わせるとか、そういうのから始まるものかと」

「面倒だろ、そういうの」

「雑ですね」

「効率的と言え」

 

 フィーネはほんの少しだけ口元を緩めた。

 それを見て、俺の機嫌はさらに上向く。

 やはり、会話が成立するというのは素晴らしい。

 

 しばらくして馬車は城ではなく、俺の管理する離宮のひとつに入った。

 本宮に連れて行くと人目が多すぎるし、説明が面倒だ。ここなら俺の息がかかった者しかいない。

 門をくぐった瞬間、フィーネの目がわずかに細くなった。

 

「……離宮」

「よく分かったな」

「外壁の紋章と、門兵の装備です」

「正解」

 

 馬車が止まる。

 扉が開き、侍女と使用人たちが整列して頭を下げた。

 

「お帰りなさいませ、レオンハルト殿下」

 

 そこで、フィーネが初めて明確に黙った。

 

 ああ、そうか。

 市場で正体を聞いた時より、実感として落ちてきたのだろう。

 

 俺は先に降りてから、手を差し出した。

 

「来い」

「……」

 

 一瞬だけ迷ってから、彼女はその手を取った。

 指先は驚くほど冷たかった。

 

 馬車から降りた途端、周囲の視線が彼女に集まる。

 当然だ。皇子が市場帰りに見知らぬ少女を連れてきたのだ。動揺しない方が無理である。

 だが、ここで余計な憶測を許すと面倒になる。

 

「紹介する」

 

 俺は使用人たちを見回した。

 

「彼女はフィーネ。今日からこの離宮の客人だ」

「……客人」

 

 侍女長のマリアが、極めてかすかに目を見開く。

 

「客人である以上、誰一人として下働き扱いをするな。命令もするな。礼をもって接しろ。いいな?」

「かしこまりました」

 

 返事は揃っていた。

 だが視線の揺れで分かる。みんな混乱している。

 まあ、追々慣れろ。

 

「マリア」

「はい、殿下」

「風呂の支度。温かい食事。あと医師を呼べ。衣服は一式、仮でいいから急ぎ見繕え」

「承知しました」

「それと、護衛を二名。客人付きだ」

「……客人付き、でございますか」

「ああ」

 

 俺は平然と言った。

 

「フィーネの身の安全は、俺のそれと同じ重さで扱え」

 

 空気が固まった。

 うん、言い過ぎたかもしれん。

 だがまあ、本心だしな。

 

 フィーネがこちらを見た。

 何を考えているかは読めない。

 

「さて」

 

 俺は歩き出す。

 

「風呂と飯の後、話をしよう」

 

 

   ***

 

 

 一時間後。

 俺は離宮の応接室で、湯気の立つ茶を飲みながら待っていた。

 

「遅いな」

「女性の身支度を急かすものではございません」

 

 ガレスが言う。

 

「別に急かしてない。暇なんだ」

「普段でしたら、ここで書類を三件ほど投げ捨てておられる時間です」

「今日は気分がいいからな」

 

 そう言ったところで、扉が開いた。

 侍女に伴われて入ってきたフィーネを見て、俺は数秒黙った。

 髪は丁寧に梳かれ、灰銀の色が柔らかく光っている。

 肌の汚れが落ちたことで、もとの白さが際立った。

 服は急造のシンプルなドレスだが、無駄のない体つきによく似合っていた。

 整っているとは思っていたが、予想以上だな。

 

 だが何より目を引くのは、やはり目だった。

 洗われ、着飾られても、そこだけはまるで変わらない。

 静かで、冷静で、よく見ている目。

 

「……何か」

 

 フィーネが言う。

 

「いや、思ったより普通に似合ってるなと」

「褒め方が雑ですね」

「今日はそれを言われる日か?」

 

 彼女は侍女に椅子を引かれたが、座る前に一瞬こちらを見た。

 

「どうした」

「先に座ってよろしいのですか」

「別にいいだろ」

「皇族より先に?」

「対等になる予定なんだろ」

「予定は予定です」

「じゃあ今日から慣れろ」

「……横暴ですね」

「皇族だからな」

 

 すると、フィーネは小さく息を吐いてから座った。

 

 いい。

 いちいち確認はするが、従順に縮こまるわけではない。

 この塩梅が大事だ。

 

 食事が運ばれてくる。

 温かなスープ、柔らかいパン、肉料理、果物。

 フィーネは一瞬だけ香りに反応したが、すぐ表情を戻した。

 

「食え」

「毒見は?」

「してある」

「私のために?」

「俺も飲み食いするからな」

 

 彼女はしばらく料理を見ていたが、やがてナイフとフォークを手に取った。

 飢えていたはずなのに、がっつかない。

 一口ずつ、きちんと飲み込んでいく。

 

「作法、知ってるのか」

「昔、少しだけ」

「家は商家だったんだよな」

「没落する前は、多少の出入りがありましたので」

「なるほど」

 

 食べ方にも性格が出る。

 乱れない。

 ひとつひとつを自分で制御している。

 そんな彼女を眺めながら、俺は本題を切り出した。

 

「医師の診断は?」

 

 これはガレスへ。

 

「大きな病はなし。栄養不足と疲労はありますが、休養と食事で戻る範囲とのこと」

「よし」

 

 俺はフィーネへ向き直った。

 

「では、ここから今後の話だ」

「はい」

「まず結論から言う。お前の弟と妹は、すでに保護させた」

「——っ」

 

 初めて、フィーネの手が止まった。

 その表情はほとんど動いていない。

 だが、目だけが大きく揺れた。

 

「所在は皇都南の借家で確認。食事と医師を回し、今夜のうちに安全な住まいへ移す」

「……」

「お前が望むなら、明日会わせる」

 

 しばらく返事がなかった。

 やがて彼女は、ゆっくりとフォークを置いた。

 

「……本当に」

「ああ」

「無事、ですか」

「今のところはな」

 

 そこで初めて、彼女は下を向いた。

 泣くかと思ったが、違った。

 彼女は両手を膝の上で組み、数秒だけ呼吸を整えると、顔を上げた。

 

「ありがとうございます」

「うむ」

 

 あまりにもきれいな礼だったので、逆に少し身構えた。

 学んだのだ。

 こいつが急に素直になる時は、たぶん何かある。

 

「で、ここからだ」

 

 俺は気を取り直して続けた。

 

「お前には今後、三つのものを与える」

「三つ」

「身分、財産、教育だ」

「……ずいぶん大きく出ましたね」

「小出しにするとつまらん」

「そこ、娯楽感覚で決めているのですか」

「半分くらいは」

「正直ですね」

 

 ガレスが無言で額を押さえた。

 

「まず身分」

 

 俺は指を一本立てる。

 

「今この瞬間から、お前は俺の客人であり保護対象だ。使用人ではない。奴隷でもない」

「はい」

「次に財産。お前個人名義で当面の資金を持たせる。弟妹の生活費も別枠で出す。お前が使途を決めろ」

「……個人名義」

「最後に教育。読み書き計算から礼法、帝国法、歴史、政治、剣術、魔術。必要な教師は全部つける」

「全部」

 

 フィーネは少しだけ首を傾げた。

 

「殿下」

「なんだ」

「あなたは、私を何にするおつもりで?」

「何って」

 

 俺は当然のように答えた。

 

「俺と話せる相手だが?」

「そのための教育量ではありません」

「対等ってそういうことだろ」

 

 俺が金を持っていて相手が持っていないなら、発言の重みはずれる。

 俺が権力構造を知っていて相手が知らないなら、それもまた対等ではない。

 

 だから埋める。

 埋められるものは全部埋める。

 

 するとフィーネは、珍しく少し長く黙った。

 

「……殿下」

「おう」

「ひとつ、確認したいのですが」

「聞け」

「もし私が、この教育を受け、財産を持ち、身分を得て、それでもあなたの望むような人間にならなかったら?」

 

 いい質問だ。

 俺は少し考え、それから肩をすくめた。

 

「その時はその時だ」

「それだけ?」

「人は育てた通りのものにはならんだろ。お前はお前だ」

「……」

「俺が与えるのは可能性だ。どう使うかはお前が決めろ」

 

 フィーネの瞳が、わずかに揺れる。

 

「選ばせるのですね」

「当たり前だ」

「命じるのではなく」

「命じたら意味がない」

 

 俺は茶をひと口飲んだ。

 

「勘違いするなよ。俺は従者が欲しいわけじゃない。友人……はちょっと照れくさいな。まあ、とにかくそういう類のものが欲しい」

「照れくさいのですね」

「うるさい」

 

 その時、扉が叩かれた。

 許可を出すと、配下の一人が入ってくる。

 

「殿下。ご報告を」

「言え」

「保護対象二名、確保いたしました。健康状態は軽度の栄養失調のみ。現在、医師の診察を受けております」

 

 ぴたり、と空気が止まった。

 フィーネはその報告を、まるで音ではなく意味として浴びるように聞いていた。

 

「……そうか」

 

 俺は頷く。

 

「引き続き最優先で保護。住居は北棟の使用人寮ではなく、街区の家を使え。見張りはつけるが、監視と悟らせるな」

「はっ」

 

 配下が下がる。

 応接室に静けさが戻った。

 そして。

 

「——ありがとうございます」

 

 先ほどより、少し低い声でフィーネが言った。

 俺が顔を上げると、彼女は椅子から立ち上がっていた。

 

「あ、おい」

 

 止める間もなく、彼女は俺の前まで来て、深く頭を下げた。

 

「ちょっと待て。そういうのは」

「いいえ」

 

 彼女は頭を上げないまま言った。

 

「ここは、きちんとさせてください」

 

 声音は落ち着いていた。

 だがその奥に、何かが固まっていく気配があった。

 

「殿下は、私から最も重いものを奪いました」

「は?」

「迷いです」

 

 顔を上げた彼女は、ひどく静かな顔をしていた。

 

「弟と妹が無事である以上、私はもう、自分を売った理由に縛られません」

「……そうだな」

「つまり、ここから先の私の人生は、すべて私の意思で選べる」

 

 そう言って、彼女は俺をまっすぐ見た。

 

「ならば、選びます」

「何を」

「あなたです」

 

 あ、来たな。

 嫌な予感の正体が、形を持って迫ってきた。

 

「いや、だからな」

 

 俺は軽く手を振った。

 

「そういう重い感じじゃなくて――」

「重いです」

「認めるな」

「殿下は、私に身分と財産と教育を与えると仰った」

「言ったが」

「でしたら私は、それに見合う価値を返します」

「返さなくていい」

「返します」

「強いな」

 

 フィーネは一歩も引かない。

 

「返さなくていい、と仰るのは殿下の自由です」

「うむ」

「ですが、返したいと思うのは私の自由です」

「……」

 

 あっ、駄目だこれ。

 理屈が通っている。

 俺が選ばせると言った以上、彼女が俺へ全力で返そうとする選択を否定しづらい。

 ガレスが横で、いかにも「申し上げましたよ」と言いたげな気配を出している。

 腹立つなこいつ。

 

「では、改めて申し上げます」

 

 フィーネは胸に手を当てた。

 

「私は殿下が与えてくださるすべてを使って、殿下にふさわしい価値を持つ人間になります」

「そこまではいい」

「そして殿下の飢えを満たします」

「そこが重い」

「二度と、つまらないなどと言わせません」

「そこも重い」

「誰より近くで、誰より深く」

「やめろ、言い方が危ない」

「理解し、支え、必要なら叱責し、必要なら切り捨ててでも、殿下にとって最善の存在になります」

「切り捨てるな」

 

 俺が頭を抱えると、フィーネは少しだけ不思議そうに瞬いた。

 

「何か問題が?」

「問題しかないが?」

「ですが、殿下は対等を望まれたのでしょう」

「望んだ」

「ならば、甘やかすだけの相手では不足です」

「それはそうだが」

「嫌われることを恐れず、必要なことを言う相手が必要なのでは?」

「そうだが」

「でしたら」

 

 フィーネは小さく微笑んだ。

 

「ぴったりですね」

 

 うわあ。

 笑ってるのに圧がある。

 

 俺は助けを求めてガレスを見た。

 だが老執事は一歩下がって恭しく言った。

 

「大変ようございました、殿下」

「他人事だと思って」

「実際、他人事でございます」

 

 裏切り者め。

 

「……分かった」

 

 俺は息を吐く。

 

「その覚悟は受け取る。だが条件がある」

「何でしょう」

「まず、命を懸けるな」

「善処します」

「断言しろ」

「殿下が先に無茶をなさらないなら」

「急に条件を返すな」

「対等なので」

 

 ぐっ……!

 便利だな、その返し!

 俺が言葉に詰まっていると、フィーネは続けた。

 

「もうひとつ、こちらからも条件を」

「なんだ」

「時間をください」

「時間?」

「最短で殿下に並ぶための」

 

 彼女はテーブルの上にあった紙とペンを取った。

 そして迷いなく、さらさらと何かを書き始める。

 

「おい、何を」

「予定です」

「予定」

「明日からの」

 

 書くの速いな。

 

「起床は六刻。朝食を取りながら帝国文字と算術の確認。午前は礼法と歴史、午後は剣術基礎と体力作り。夕刻に魔力測定と魔術理論。夜は殿下との会話時間」

「会話時間?」

「対等になるために最も重要ですので」

「最後だけ妙に嬉しいな」

「就寝前には一日の反省と、殿下の言動分析を」

「怖い怖い怖い」

 

 さらっととんでもない項目が混じったぞ。

 

「あと護衛の配置見直しも必要です」

「なんでお前がそこに口出す」

「殿下の周囲、視線が緩い者が三名いました」

「は?」

「奴隷市からの帰路で確認しています」

「……」

 

 俺はガレスを見る。

 ガレスは真顔のまま、しかしわずかに目を見開いていた。

 

「後で確認します」

「お前も気づいてなかったのか」

「市場であの状況の中、そちらまで見ていたとは」

 

 フィーネは当然のように言う。

 

「私にとって、あの時点で殿下は最優先の観察対象でしたので」

 

 重い。

 まだ一日目だぞ。

 

「それから」

 

 フィーネは紙から顔を上げた。

 

「殿下の食事の好み、苦手なもの、睡眠時間、執務の癖、よく使う言い回し、人間関係、政治的立場、過去の失敗、隠し事、全部教えてください」

「一気に踏み込みすぎでは?」

「最短で理解するには必要です」

「最後の方は不要だろ」

「不要ではありません」

「なんで」

「殿下を満たすために」

 

 言い切りやがった。

 俺は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。

 

 嬉しい。

 嬉しいのだが、なんか違う。

 俺が欲しかったのは、もっとこう、気軽にくだらない話をしたり、たまに喧嘩したりする感じの――。

 

「殿下」

「なんだ」

「もうひとつ」

「まだあるのか」

「部屋ですが」

「ああ、客間を用意させているはずだ」

「殿下のお部屋の隣にしてください」

「近い近い近い」

「何かあった時にすぐ対応できます」

「何もなくていいんだよ」

「それは殿下が決めることではありません」

「なんでだ」

「敵は、殿下が暇を持て余している時でも襲ってくるので」

「急にまともなこと言うな」

 

 フィーネは表情ひとつ変えずに頷いた。

 

「ご安心ください。距離感は学びます」

「本当か?」

「……必要なら」

「今の一拍に不穏さを感じたが?」

 

 フィーネは小首を傾げる。

 

「殿下は、私が近すぎるのはお嫌ですか」

「嫌というか、早い」

「では、適切な速度で近づきます」

「言い方!」

 

 ガレスがとうとう咳払いで笑いを誤魔化した。

 この野郎、楽しんでるな。

 フィーネは書き上げた予定表を俺の前に差し出した。

 

「ひとまず、初日はこれで」

「初日でこれ?」

「足りませんか」

「多い」

「削るとしたら、睡眠ですか?」

「お前が寝ろ」

 

 俺は紙を受け取り、眺める。

 几帳面で、無駄がない。

 恐ろしいほど本気だ。

 そして、少しだけ思った。

 ああ、こいつは本当に、自分の人生の使い道を俺に定めたのだな、と。

 

 軽く受け流せるものではない。

 けれど、命令して止めるのも違う。

 俺が与えると言ったのは、彼女の自由そのものでもあるのだから。

 

「……分かった」

 

 俺は予定表を畳んだ。

 

「好きにしろ。ただし無理はするな」

「はい」

「あと、俺を満たすとか理解するとか、その辺の物言いはもう少し軽くできないのか」

「難しいですね」

「なぜ」

「私にとっては重いことだからです」

 

 まっすぐに、そう返された。

 その目には一片の冗談もない。

 俺は数秒黙ってから、深く息を吐いた。

 

「……とりあえず」

「はい」

「明日は会話の練習からだ」

「承知しました」

「普通に雑談しろ」

「全力で臨みます」

「雑談に全力を出すな」

 

 だが、フィーネはもう完全にその気だった。

 その灰銀の瞳は、獲物を定めた猛禽のようにまっすぐ俺を捉えている。

 たぶんこいつは、本当にやる。

 

 学べることは全部学び、

 使えるものは全部使い、

 俺が軽口で口にした対等に、本気で辿り着こうとする。

 そしてその過程で、きっと俺の想像以上に面倒なことになる。

 

 ……まあ、望んだのは俺だ。

 逃げるのも違うだろう。

 

「よし」

 

 俺は立ち上がった。

 

「まずは弟妹に会いに行く準備だ。お前も来るか?」

「もちろん」

「食事は」

「歩きながらでも」

「ちゃんと食え」

「はい、殿下」

 

 フィーネはすっと立ち上がった。

 さっきまで奴隷市の檻にいた少女とは思えないほど、もう迷いがなかった。

 その横顔を見ながら、俺はなんとなく理解した。

 たぶん俺は、とんでもないものを拾った。

 

 ただの気まぐれで。

 退屈しのぎのつもりで。

 対等に話せる相手が欲しかっただけで。

 

 それなのに――

 

「殿下」

「ん?」

「本日から、どうぞよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく」

「はい」

 

 フィーネはほんの少しだけ笑った。

 

「あなたの人生、飽きさせませんので」

 

 やっぱり言い方が重いんだよなあ。

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