すべてを失って身売りした少女にすべてを与えてみた結果   作:ヤンデレすこすこ侍

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第七話

 帝国学院学生会長、セレナ・ヴィルヘルミナ。

 

 公爵家の長女にして、学院設立以来の最年少会長。

 成績は学年首席。

 魔術適性は水と風の複合。

 礼法、政治学、統治論、どれを取っても穴がない。

 そして何より厄介なのは、兄上――第一皇子派に連なる学院側の中心人物であることだ。

 

 つまり。

 敵ではない。

 だが、味方でもない。

 俺の周辺に何か異物が混ざれば、真っ先に確認しに来るタイプである。

 

 そして今、その確認が始まろうとしていた。

 

「あなたが本当に、殿下の隣に立つ方なのか――少し確かめたくなりました」

 

 訓練場の空気が、すっと張った。

 周囲で見守っていた生徒たちも、さすがにもう口を挟まない。

 ただ面白がっているだけの野次馬の空気ではない。

 学生会長が直々に出てきた時点で、これは学院内の立ち位置を量る場になっていた。

 

 フィーネは、静かにセレナを見返した。

 

「確かめる、と仰いますと」

「言葉通りです」

 

 セレナは整った微笑みを崩さない。

 

「殿下のお側に立つ以上、ただ優秀であるだけでは足りません」

「……」

「立場を理解しているか。場を乱さぬだけの知性があるか。殿下のお言葉やお立場を、自分の感情で曇らせないか」

「学生会長らしい物言いだな」

 

 俺が口を挟むと、セレナは視線だけこちらへ寄越した。

 

「学院の秩序に関わることですので」

「学院の秩序、ね」

「少なくとも、殿下が奴隷市から連れてきた少女が、わずか数日で編入し、当然のように隣にいる状況は、説明なしで流せるものではありません」

 

 うわ、真正面から来た。

 ぼかさないな、この女。

 

 周囲の生徒たちが、息を潜める気配がした。

 まあ、そうだろう。

 みんな聞きたいのだ。

 でも直接は聞けない。

 だから学生会長が代わりに切り込んでくれるなら好都合、という顔をしている。

 

 面倒くさい。

 実に学院らしくて面倒くさい。

 

「ですので」

 

 セレナはフィーネへ向き直る。

 

「あなた自身の口で示していただけますか」

「何をでしょう」

「あなたが、殿下の隣に立つに値する理由を」

 

 ……おお。

 なかなか嫌な聞き方をする。

 

 値する理由。

 つまり、弁明しろということだ。

 お前は何者で、何を根拠にここにいるのか、と。

 

 普通の貴族子女なら、この時点で言葉を選びすぎて沈む。

 あるいは、背後の権威を借りる。

 殿下が望まれたのでとか、宮廷魔術師長のお墨付きでとか、そういう答えになる。

 

 だが、フィーネは違った。

 

「値する理由は、まだありません」

 

 訓練場が、しんと静まった。

 

 セレナの眉が、わずかに動く。

 

「ほう」

「私はまだ編入したばかりで、学院内の実績も持っていません。家格もありません。人脈もありません」

 

 フィーネの声はいつも通り静かだった。

 言い訳の響きはない。

 事実だけを並べている。

 

「ですので、現時点で値すると主張するのは不誠実です」

「では、値しないと?」

「少なくとも、証明前です」

 

 周囲がざわめく。

 ああ、うまい。

 値しないとは言わない。

 まだ証明していないに留めた。

 

 否定ではなく、保留。

 しかも、逃げでもない。

 

 セレナもそれを感じ取ったらしい。

 微笑みはそのままだが、目が少しだけ本気になった。

 

「では、何をもって証明なさるおつもりですか」

「結果で」

「具体性に欠けますね」

「でしたら具体的に申し上げます」

 

 フィーネは一歩前へ出た。

 

「学業成績」

「……」

「礼法」

「……」

「魔術制御」

「……」

「対人判断」

「……」

「殿下に不要な負荷をかける者の選別」

 

 最後だけ何か物騒だな?

 

 案の定、セレナもそこに引っかかったらしい。

 

「選別、ですか」

「はい」

「排除ではなく?」

「必要であれば段階を踏みます」

「段階を踏んだ先に排除がありそうな言い方ですね」

「学院の秩序を尊重いたします」

「尊重した結果、ですか」

「はい」

 

 怖い。

 フィーネ、顔は無表情なのに会話の圧が強いんだよな。

 

 俺が内心で頭を抱えていると、セレナがふっと息をついた。

 

「なるほど。少なくとも、自分が何者でないかは理解しているようですね」

「理解しております」

「その上で、殿下の隣に立つと」

「はい」

「随分な野心ですこと」

 

 その言葉に、フィーネは首を横に振った。

 

「野心ではありません」

「では?」

「選択です」

 

 短く、だがはっきりと言い切った。

 

「私は、殿下に拾われました」

「……」

「正確には、選ばれました」

「……」

「その時に、殿下は私へ、身分と教育と未来を与えてくださいました」

 

 周囲の空気が変わる。

 さっきまで面白半分に見ていた連中まで、黙って聞いていた。

 

「ですから私は、そのすべてを使って殿下の隣へ行くと決めました」

「恩返し、ですか」

「違います」

 

 即答だった。

 

「恩だけでは、人はここまで来ません」

「では執着?」

「それに近いかもしれません」

「フィーネ」

 

 思わず俺が呼ぶと、彼女は一瞬だけこちらを見た。

 

「事実ですので」

「言い切るなあ……」

 

 ざわ、と周囲がまた揺れた。

 セレナの微笑みが、少しだけ深くなる。

 こいつ、楽しんでるな?

 

「ずいぶんと重いのですね」

「はい」

「殿下は少し困っておいでのようですが」

「それも存じています」

「それでも?」

「それでもです」

 

 フィーネは迷いなく答えた。

 

「軽く受け取れるものではありませんでしたので」

「……」

「殿下は平気な顔で、人の人生を救います」

「おい」

「ですが救われた側は、それを平気な顔では受け取れません」

「……」

「だから私は、軽くしません」

 

 まただ。

 またこいつは、こういうところで俺の息を止める。

 

 セレナもさすがに黙った。

 たぶん今の一言で、ただ殿下に取り入った成り上がりではないと分かったのだろう。

 打算なら、もっと見栄えのいい言い方をする。

 もっと社交的で、もっと無難に、もっと貴族らしく飾る。

 

 でもフィーネは違う。

 飾らないくせに、妙に刺さる。

 

「……分かりました」

 

 やがてセレナが言った。

 

「言葉は悪くありません」

「ありがとうございます」

「ですが、学院は言葉だけで立てる場所ではありません」

「承知しております」

「なら、ひとつ試しましょう」

 

 嫌な予感しかしない。

 しかもこの場で言うということは、衆目のある形でだ。

 

「三日後、学生会主催の合同討論会があります」

「討論会?」

 

 俺が眉をひそめると、セレナはさらりと頷いた。

 

「毎月行っている公開形式の議論の場です。上級生から下級生まで見学自由。優秀者には学院側から推薦もつく」

「そんなものがあったな……」

「殿下は過去二回ほど欠席されております」

「覚えてなくていい」

「よく覚えております」

 

 覚えてやがる。

 

「そこで」

 

 セレナはフィーネを見る。

 

「あなたにも一席、用意しましょう」

「学生会長」

 

 俺は口を開いた。

 

「編入したての人間を、いきなり公開討論の席に?」

「ええ」

「潰す気か?」

「潰れる程度なら、その先でいずれ潰れます」

 

 冷静すぎる。

 だが間違ってはいないのが腹立たしい。

 

「テーマは?」

 

 フィーネが聞く。

 セレナは少しだけ間を置いてから告げた。

 

「才能と出自、いずれが統治者の側近に必要か」

「うわあ」

 

 俺、思わず声に出た。

 最悪だ。

 学院生が好きそうな題材で、なおかつ今のフィーネに一番刺さるやつだ。

 

 出自のないフィーネ。

 才能を認めた俺。

 そして俺の隣に立とうとしている現状。

 どう転んでも注目される。

 

 セレナは俺の反応を見て、ほんの少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「よい題材でしょう?」

「趣味が悪いな」

「学院らしい、とお褒めください」

 

 褒めてない。

 

「……受けます」

 

 フィーネが言った。

 俺はすぐそちらを見る。

 

「おい」

「必要なのでしょう」

「必要かもしれんが、いきなりすぎる」

「ですが、逃げる理由がありません」

 

 そう言って、フィーネは俺にだけ分かるくらい、ほんの少し口元を緩めた。

 

「殿下の隣に立つ証明ですので」

「お前、そういう時だけ格好いいこと言うよな」

「普段から言っております」

「普段は重いんだよ」

 

 周囲に小さな笑いが漏れた。

 空気が少しだけほぐれる。

 セレナはそのやり取りを見ていたが、やがて静かに言った。

 

「では決まりですね」

「学生会長」

 

 フィーネが呼び止める。

 

「ひとつ、お聞きしても」

「何かしら」

「これは、学院の秩序のためですか」

「半分は」

「残り半分は?」

「個人的な興味です」

 

 即答だった。

 セレナは涼しい顔のまま続ける。

 

「殿下がここまで表に出して庇う方を、私はまだ見たことがありません」

「……」

「ですので、見てみたくなりました。あなたが本物かどうかを」

「本物でなかった場合は?」

「学院では埋もれていただきます」

「本物だった場合は?」

「その時は」

 

 セレナは、ほんの少しだけ微笑みを深くした。

 

「歓迎いたします。全力で」

 

 ……ああ。

 なるほど。

 こいつ、最初から敵意だけで来たわけじゃない。

 見定めに来たのだ。

 使えるかどうか。

 学院という場に置くに値するかどうか。

 そしてたぶん、将来的に皇族の周辺へ食い込むに足るかどうかまで。

 

 面倒だが、筋は通っている。

 

「分かった」

 

 俺は一歩前へ出た。

 

「討論会には俺も出る」

「殿下が?」

 

 セレナが珍しく目を瞬かせた。

 周囲も一気にざわつく。

 

「なんだ、その顔は」

「いえ。欠席常習の殿下が、自ら出席を?」

「うるさいな」

「これは学院史に残るかもしれません」

「残すな」

 

 だが、俺にも譲れない線はある。

 

「フィーネ一人を、初手から野次馬の前に立たせる気はない」

「殿下」

 

 フィーネが何か言いかけたが、俺は先に言った。

 

「勘違いするな。庇うだけじゃない」

「……」

「お前が俺の隣に立つって言うなら、俺もその場には立つ」

 

 一瞬、フィーネが黙る。

 その灰銀の目が、少しだけ揺れた。

 こういう時、こいつは本当に分かりやすくなる。

 

「不満か?」

「……いえ」

「ならいい」

「少しだけ」

「あるのかよ」

「嬉しいです」

 

 小さく、だがはっきりと。

 そんなことを言うから困る。

 

 セレナが、面白そうに目を細めた。

 

「よろしいですね。三日後、中央講堂にて」

「ああ」

「逃げないでくださいませ、殿下」

「お前らは俺をなんだと思ってる」

「放っておくと静かに消える方かと」

「否定しづらいな……」

 

 セレナは一礼すると、踵を返した。

 取り巻きもいない。

 最後まで一人で来て、一人で去っていく。

 あの辺りも、いかにも彼女らしい。

 

 その背を見送りながら、俺は深く息を吐いた。

 

「……面倒だ」

「はい」

「学院ってやつは本当に面倒だな」

「ですが」

 

 フィーネはまっすぐ前を見たまま言う。

 

「ちょうどよかったです」

「何が」

「証明の機会を、向こうから差し出してくださったので」

「前向きだな」

「殿下の隣に立つには、いずれ必要なことです」

「まあ、それはそうだが」

 

 俺は彼女を横目で見た。

 

「緊張してないのか」

「しています」

「そうは見えん」

「見せても意味がありませんので」

「最初に会った時と同じこと言ったな」

「ええ」

 

 フィーネはそこで、ほんの少しだけ笑った。

 

「ですが、今回は少し違います」

「どう違う」

「あの時は一人でした」

「……」

「今は、殿下が隣にいてくださるので」

 

 やめろ。

 そういう素直な重さは不意打ちで来るから危ない。

 

「……フィーネ」

「はい」

「討論会でそれ言うなよ」

「なぜです」

「俺の心臓に悪い」

「殿下にも弱点はあるのですね」

「お前のせいで増えてる気がする」

 

 フィーネは小さく息をついた。

 

「では、三日で準備します」

「もう切り替えたのか」

「当然です」

「何をやる」

「過去の討論会記録、主要出席者の傾向、学院派閥の発言傾向、統治論と側近論の主要文献の確認」

「多いな」

「あと、殿下の過去の失言集も」

「なんで!?」

「回避のためです」

「そんなにあるのか」

「収集中です」

「怖い怖い怖い」

 

 周囲の生徒たちが、今度は明らかに笑いを堪えていた。

 さっきまでの張りつめた空気が、奇妙に和らいでいる。

 

 ……なるほど。

 こういうところかもしれない。

 

 フィーネは場を支配するタイプではない。

 だが、場の温度を自分の側へ引き寄せる。

 静かなまま。

 無理なく。

 それでいて、相手に主導権を渡しきらない。

 

 厄介だ。

 そして、強い。

 

「殿下」

「なんだ」

「本日中に、学院図書館の統治論区画へ案内していただけますか」

「俺が?」

「殿下の同伴ですと、閲覧制限の一部が緩みます」

「そういう使い方をするのか」

「使えるものは使うべきです」

「頼もしいな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてはいる」

 

 するとフィーネは、ほんの少しだけ俺に近づいて、小声で言った。

 

「それと」

「ん?」

「三日後、講堂では隣にいてくださいね」

「……さっきと言ってること同じだぞ」

「大事なことですので」

「重い」

「はい」

 

 開き直りやがった。

 

 だが、その『はい』に、もう周囲は引かなかった。

 むしろ、何人かは妙に納得した顔をしていた。

 たぶんみんな薄々分かり始めているのだ。

 フィーネはただ俺にすがっている女ではない。

 俺の隣に立つと決めて、本気でそこへ来ようとしているのだと。

 

 そして俺も、たぶん。

 こいつがその席へ来るのを、どこかで当然のように思い始めている。

 

「……よし」

 

 俺は肩を回した。

 

「図書館だな。行くぞ」

「はい、殿下」

「その前に飯だ」

「承知しました」

「あと討論会の準備、徹夜はするなよ」

「必要なら」

「する気だな?」

「効率次第です」

「睡眠を削るな」

「殿下がご一緒に早くお休みくださるなら」

「なんでそうなる?」

「生活管理の一環です」

「俺まで管理対象に入れるな」

 

 また笑いが漏れた。

 訓練場に残っていた生徒たちの視線は、もう好奇心だけではなかった。

 値踏みでも、侮りでもない。

 少なくとも一度は見てみたい、という目だ。

 

 三日後。

 中央講堂。

 公開討論会。

 

 面倒くさい。

 ものすごく面倒くさい。

 

 だが――

 

 隣を歩く灰銀の少女は、もう迷っていなかった。

 静かな顔のまま、まっすぐ前を見ている。

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