BIOHAZARD - TARTARUS -   作:朔月夜宵

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1話

 

 

 

 其処は、地獄だった。

 

 燃え上がる街。

 湧き上がる悲鳴と銃声。

 路地に転がる、無数の死体。

 

 そしてそれを喰らう、"元人間"。

 

 地獄にはまだ秩序がある。

 罪人と責め苦と、裁く者がいる。

 

 だがこの街にはそれがない。

 

 ここは"ラクーンシティ"。

 

 あるのはただ、死と、飢えた肉の群れだけだ。

 

「司令部、応答しろ」

 

 無線、反応無し。

 何度も試しているが、最早それが何の意味もないことは明白だった。

 

 それでも呼びかけ続けるのは、我々にはもう後がないからだ。

 

 "U.S.S."デルタチーム、ウルフパック。

 アンブレラの私設特殊部隊である我々の任務は、証拠隠滅──今後、アンブレラにとって不利となる情報、人物の排除だった。

 だが、この街の惨状は、既に我々がどうこうできる規模を超えている。

 

「司令部、司令部っ……!! 

 クソッ、完全に見捨てられた!」

 

 隊長のルポが、真面目な彼女にしては珍しく悪態をつく。

 

 事態は最悪だ。

 補給もままならないまま、我々は何日も戦い続けている。

 

 脱出しようにも陸路は封鎖。

 飛び立てるヘリも、もう無い。

 

「やれやれ……

 我々もまた、組織にとって葬り去るべき汚点というわけか……」

 

 スペクターが重々しく呟く。

 その言葉に、皆の表情が暗くなるのを、ガスマスク越しに感じた。

 

「何を腑抜けたことを言っている!? 

 我々は何としても生きてここから脱出し、アンブレラに然るべき報いを受けさせるべきだ……!!」

 

 そう息巻くルポも、言葉とは裏腹に語尾に力が無い。

 

「……ルポ」

 

 フォーアイズが、おずおずと手を挙げる。

 

「私とバーサは、もう弾薬が無い。

 このまま感染者達の群れやB.O.W.と交戦すれば、次は誰かが死ぬことになる」

 

 我々は、素人では無い。

 戦況を把握し、そこから導かれる結果を予測して行動する。それ故に誰もが理解していた。

「詰み」であると。

 

「はっ……なら二人は、俺の弾を持っていきな」

 

 ベルトウェイが己の左脚を叩く。

 

「義足がイカれちまったみたいでよ。まともに歩けそうにねぇ。

 足手纏いは御免なんでな、俺はここに置いていけ。装備は譲るぜ」

 

 ベルトウェイとは思えない殊勝な物言いに、皆が押し黙る。

 

 皆、限界だった。

 

 その時。

 

 無線機が、微かに軋む。

 

 ノイズ。

 

 誰も触れていない。

 全員に、緊張が走る。

 

 そして──声が流れた。

 

『もしもーし、聞こえます?』

 

 声の主は、少年のようだった。

 

 まだ声変わりもしていない。

 あどけなく、無垢な声だった。

 

 それが、殺伐とした戦場の中で、

 異様なほどの存在感を放っていた。

 

 ルポに目配せをする。

 呆気に取られていたのか、彼女は一瞬遅れて我に返り、無線機を手に取った。

 

「誰だ!?」

 

『あ、よかった。やっと繋がりましたね』

 

 その口ぶりからして、司令部ではない。

 何者かが、我々の回線に割り込んできたようだ。

 

『U.S.S.デルタチーム、ウルフパックの皆さんで、間違いないですか?』

 

「そうだ。アンブレラの命令でラクーンシティにいる」

 

『それはご苦労様です』

 

 少年は、くすりと笑った。

 

『でも、そちらはもう任務どころじゃないですよね?』

 

「……何が言いたい?」

 

 短い沈黙。

 

 ノイズが、静かに鳴る。

 

 そして。

 

 通信相手は、まるで悪魔のように囁いた。

 

『助けて、欲しいですか?』

 

 誰かが、息を呑んだ。

 

 いつの間にか、全員の視線がルポの持つ無線機に集まっていた。

 

「何が目的だ?」

 

『やだなぁ。ただの善意の奉仕活動ですよ』

 

「そんなわけないだろう!!」

 

 少年が、からからと笑う。

 明らかに、こちらをおちょくっている。

 

『信じられないのも無理はありませんが……あなた方に悩んでる暇はないと思いますよ? 

 さっき、政府はラクーンシティを地図から消す──"滅菌作戦"を決行するって発表してましたし』

 

「なんだと!?」

 

 少年が語ったのは、実に悍ましい作戦だった。

 新型爆弾による、自国領への無差別攻撃。

 事件の証拠も、生存者も──全てを灰に変えるつもりらしい。

 

 アンブレラと政府が癒着していることは知ってはいたが、ここまで露骨だと流石に渇いた笑いが漏れる。

 

『今僕の部下がそちらにヘリで向かっています。

 決断するなら、今のうちですよ』

 

 ルポが顔を上げる。

 

 こういう時の判断は、隊長であるルポに一任している。

 全員が、同時に頷いた。

 

「……わかった。だが一つ質問させてくれ。

 お前は、何者だ?」

 

『おっと、自己紹介がまだでしたね。

 僕は、アレイスター。

 アレイスター・アシュフォードといいます』

 

「アシュフォードだと?」

 

 思わず、声が漏れる。

 

「お前の知り合いか? ベクター」

 

 ベルトウェイが、訝しげな視線を送る。

 

「俺とマスターが訓練を受けたロックフォート島──そこを所有しているのがアシュフォード家だ」

 

『ロックフォート出身の方がいましたか。

 なら、話は早い。

 ええ、そのアシュフォード家です』

 

 その言葉に、スペクターが反応する。

 

「知っているぞ。

 アンブレラ創設者の三人。

 オズウェル・E・スペンサー。

 ジェームス・マーカス。

 そして──エドワード・アシュフォード」

 

『はい、エドワードは僕の祖父にあたります』

 

 ……これは想像以上の大物だ。

 

 だからこそ、理解できない。

 そんな人物が、無意味な行動をとるはずがない。

 

 ベルトウェイが鼻を鳴らす。

 

「アシュフォードねぇ……そんな大幹部さまが、一体何の得があって俺たちを助けるってんだ?」

 

 我々が口に出さなかった疑問を、こいつは平然と吐き出す。

 

『メリットならありますよ。

 僕が欲しいのは、B.O.W.との交戦経験のある兵士──要するに戦闘データが欲しいんです』

 

 戦闘データか。

 ハンター、ケルベロス、タイラント……イレギュラーミュータントも含めれば、今の俺たちは、恐らく世界で最もB.O.W.との交戦データを持つ部隊だ。

 

 最もな理由だが、恐らくそれだけじゃない。

 単に戦闘データが欲しいだけなら、アンブレラの決定を無視してわざわざ俺たちを助ける必要はない。

 "U.B.C.S."や米軍だってこの街にはいるのだ。

 

 だが、今ここでそれを追求しても、時間の無駄だろう。

 

 奴には俺たちを助けるメリットがある。

 そして俺たちは、こいつを頼る他ない。

 

 なら、やるべきことは決まっている。

 

「回収ヘリの到着予定ポイントは?」

 

『皆さんがいる位置から南東に500m。

 噴水広場が目印です』

 

「よし。

 馬鹿共、もう一踏ん張りだ。

 癪だが、今の我々にはこいつを信じる以外に道はない。異論のある奴はいるか?」

 

 ルポの判断に、異を唱える者は居なかった。

 

 ようやく、希望が見えてきた。

 果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。

 

「アレイスター、貴様の提案に乗ろう。

 報酬は、本当に戦闘データだけでいいのか?」

 

『ふふ、疑い深いですね。

 まあ、今後のことについては、僕の拠点に着いた後でゆっくり話しましょう。

 では、健闘を祈ります』

 

 通信が切れる。

 

 再び訪れる、静寂。

 

 我々を覆っていた重い空気は、既に霧散していた。

 

 代わりに、胸の奥に熱が灯る。

 ……ロマンチストすぎるだろうか。

 

「へっ、面白くなってきたじゃねぇか。

 こりゃあなんとしても生き残らなきゃな」

 

「アレイスター・アシュフォード……奴が何を企んでいるか知らないが、奴の出方次第じゃアンブレラへ報復する足がかりにできるやもしれん……」

 

「弾薬が切れた二人はベルトウェイから受け取れ。

 ベクターはベルトウェイに肩を貸してやれ、私とスペクターで左右を固める。

 フォーメーションDだ、皆死ぬなよ?」

 

 ラクーンの地獄に、一筋の糸が垂れる。

 糸の先は、天国か。はたまた、別の地獄か。

 

 それを手繰り寄せたのは、6匹の狼だった。

 それは本来、歴史の闇に葬り去られるはずだった者。

 

 彼らの運命が変わる時──

 世界の歯車が、静かに狂いだす。

 

 果たしてそれが、

 どのような結果をもたらすのか──。

 

 

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