イースタン・アーカイブ ~ファンタズム・ロータス~ 作:hh9528
(同気連枝: 同じ気を受け、連なった枝のようである)
陰陽部にて。
ニヤは忙しなくお茶を注ぐ手を止め、優雅に押し出すように先生に一杯のお茶を差し出した。
磁器製の湯呑みには梅の花がたおやかに描かれており、長い歴史を持つ骨董品のようだった。
先生は神妙な表情で湯呑みを二度回した。その後の作法もあったが、どこか疑わしげな視線を向けながらお茶をひと口すすった。
「普段はしないようなことを……」
先生がそう呟くと、ニヤはすかさず扇子を広げ、空いた手で頭を掻きながらにゃはっと笑った。
「それがですね~、少し緊張したと言いますか……」
すぐ隣、まるで二人を守るように囲んで座っている二人の生徒。
青い羽織が特徴の百花繚乱紛争調停委員会の、今や正式に委員長となったナグサと作戦参謀のキキョウは、声のする方へ視線をあちこちと向ける。
「先生も無事に到着されましたし、本題に入りましょう」
陰陽部の部長。生徒会がない百鬼夜行において、最も生徒会長に近い立ち位置の生徒。ニヤが目を細め、金色の瞳をわずかに覗かせながら言った。
「新しい怪談の噂が広まっています」
ナグサとキキョウ、そして先生が揃って少し驚いた顔になった。
一連の事件はいまだ未解決のまま残っていた。
前調停委員会委員長七稜アヤメと花鳥風月部がやって来たあの日からずいぶん時間が経っていたから。そろそろ新たな事件が起きてもおかしくはなかった。
「……何であれ、今度こそ勝って仕留めればいい」
キキョウが冷静さを取り戻して言った。ナグサはしばし考え込むように静かに座っていたが、やがてニヤに尋ねる。
「ユカリとレンゲが来たら詳しく教えて」
「あら? 聞いていらっしゃらなかったんですか? レンゲさんとユカリさんは今、先生がご案内していた他校の生徒たちの案内を頼まれているんですよ。別途、先生がご説明されるとのことで……」
「……あっ。ごめん……焼き鳥に気を取られてた。もうすぐ夏灯篭バザーに美味しいお店が来るって……」
「ナグサ先輩……」
キキョウはこめかみを押さえてため息をついた。
最近のナグサのネジの外れた言動には一層拍車がかかっていた。
百花繚乱の仕事を疎かにするわけではないが、中二病めいた台詞や突拍子もない行動が増えていた。
キキョウは誇りに思っている先輩がそんな様子を見せるのが少し恥ずかしかったが、いつだったか先生が「それだけ心の荷が軽くなったのかもしれない」と言っていたので、むやみに塞ぎ込むわけにもいかなかった。
ナグサは儚げでありながら、それでいて自然で華やかな笑みを浮かべて付け加えた。
「それに、みんなと一緒なら、きっとうまく解決できると信じてる」
その言葉にキキョウはずるいと思いながら、相変わらず何を考えているのか読めないニヤへと視線を向ける。先生も。ナグサも。
ニヤはしばらく扇子をもてあそんでから、話を続けた。
「噂の出所は、元花鳥風月部と思われる生徒が、うわ言のように騒ぎを起こした件なんです。どうやら、神隠しに遭って黄昏に吸い込まれたとか……。永遠に夕日が沈む野原で、『影の王、黄昏の主』という存在に出会い、生きて逃げ延びたと主張しているんですよ」
「『元』?」キキョウが問うた。ニヤは「一応は」と頷きながら答えた。二人は欺瞞工作の可能性を排除しないでいた。
ニヤが話を続けた。
「この情報が事実であれば、また花鳥風月部が動いたと判断してよさそうで。にゃはっ。立派な正面突破みたいでドキドキしますね~」
ナグサが真剣な表情になった。アヤメはまだ目を覚ましていなかった。花鳥風月部が狙うもの……その部長であるコクリコの胸の内……。いずれにせよ、みんなを守ることが先決だ。
「このあとユカリとレンゲにも行くから、ニヤが教えてくれたことを共有しておくね。それと私の方では今、遠野極東学院で業務を見てるから、いざとなれば百鬼夜行にすぐ支援できるよ」
先生がまとめに入った。しかし三人の生徒には別の疑問が浮かんだ。
百鬼夜行近くにあるのに聞いたことのない学校の名前。遠野? ニヤの眉がつり上がった。
「聞いたことのない学院ですね~……」
キキョウとナグサも首を横に振った。先生は初日の手紙から感じていた違和感が鮮明になるのを覚えた。
「ニヤ。少し調べてもらえないかな? 文献とか、そういうものを」
先生の頼みにニヤはにゃは~と脱力系の笑いを見せながら、しかし内心の喜びをあえて隠しもせずに微笑んだ。
「お任せください」
─
「……どこから手をつければいいか、わからないよ」
「はわわ……」
レンゲとユカリは半ば諦めたように肩を落として、遠野の生徒たちを眺めた。
みんなどこかネジが緩んだように、あちこちへ飛び出し、それぞれ気になるものに興味を示していた。
幸い全員が視界に収まっているのはましだったが、さっきのルーミアの暴れっぷりがあったから、二人としてはうかうか気を抜いていられなかった。
他校からの来客。百鬼夜行では珍しくもないとはいえ、団体客と呼べる規模で、しかも先生のお客様ともなれば、粗末には扱えなかった。
「どうするんだこれ……全然言うこと聞かないじゃないか」レンゲの呟きにレイセンが横へ歩み寄り、しょんぼり垂れた耳のまま何度もお辞儀をした。
「都市が初めての子が多くて……何かとご迷惑をおかけします」
レンゲはすぐに両手を広げ、構わないというジェスチャーを見せた。
「あ、いや。そういうこともあるって。それよりも遠野? って聞いたことない学校だな」
「百鬼夜行を基準に東の方にある、何もない田舎です」
レンゲはどうにもレイセンから滲み出る苦労人のオーラを感じたのか、「まあ何だ……手伝うから、最後まで頑張ろう」と応援を送ると同時に、カゲロウがリップを取り出せず本体ごと壊してしまい、「ひゃっ」と固まってしまった。
その向こうではココロが無表情のまま、射的が仕掛けられていると怒っていた。勘解由小路ユカリがよちよちと「みなさん、落ち着いてくださいまし……!」と止めに入ろうとしたが、遠野の誰一人として聞こえていないようだった。
「あの……ユカリさん。こういう時は……」
途中でレイセンが割り込んだ。まずカゲロウの件は折れたリップを買うことでその場を収め、ココロの場合は後頭部をパンと叩いてから首根っこを掴んで引きずった。ココロは無表情のまま頭に大きなたんこぶを作り、引きずられながらも射的の店主に文句を言い続けている。
「ユカリと呼んでくださいまし!」
ユカリが天然かつ無邪気に言うと、再びレイセンを含む遠野の全員が数秒間、動きを止めた。しかしほんの数秒と持たない散漫な子たちはすぐにそれぞれのことへ戻り、レイセンは再びルーミアを追いかけて離れていった。
「どこか幼稚園の先生みたいですわね」
ユカリの言葉にレンゲは思っていたことを口にした。
「なんか、ユカリの名前を聞くと皆が動きを止めるの気づいた?」
「身共の名前がそんなにおかしいのでしょうか」
どこかしょんぼりしたユカリと、半ば引率を諦めたレンゲの隣で、頭に大きなたんこぶをつけたまましゃがんでいたココロが、表情一つ変えずに答えた。
「うちの学校の会長と名前が同じだから」
「へ~。不思議な偶然だね」
「会長は、少し怖くて。皆がびっくりするのはそのせいだと思う。そんな私だって少し……いや、私は全然怖くないけど」
うん、と頷いてココロが立ち上がった。同時に遠くからレイセンがユカリに助けを呼んだ。ユカリが再びよちよちと駆けていき、レンゲとココロはわずかな間、ぎこちない沈黙を共にした。
「私は百花繚乱の切り込み隊長、不破レンゲっていうんだ。よろしく」
差し出された手に、ココロは何やらもじもじと身をよじりながらその手を見つめた。表情からは感情を読み取ることができなかったが、その戸惑いが不安に変わる前に、ココロは両手でがしっとその手を握り、鼻息を鳴らして、
「遠野極東学院生徒会書記、秦ココロだっ!」
その声は、明らかに歓喜の声だった。
遠くで先生が手を振りながら皆を呼ぶ声が聞こえる。傍らにはナグサ先輩も、キョウの姿も見えた。
最も近くにいた生徒から、まるで子犬の群れのように先生のもとへと駆け寄っていく。最も離れた二人はそれを眺めていたが、レンゲは両手を組んで後頭部に回しながら、さばさばとした口調で言った。
「行こっか」
「うん」
─
先生は簡潔に状況をまとめた。
陰陽部であったこと、花鳥風月部の動き……。幸いなことに、遠野の子たちの大半は興味がないようで、先生の指先や仕草を眺めたり、飛び出したい気持ちをこらえながら店の見物を続けていた。
レイセンだけは耳をぴくぴくさせながら聞き耳を立てていたが、今は中古車ディーラーを捕まえてあれこれ尋ねていた。
先生を中心に、百花繚乱の子たちはやや真剣な表情をしていた。いくつかの状況が、少し前のアヤメ騒動と一部重なっている部分があった。
「それにしても先生は……夏休みなのに休む気はないんだね」
キキョウは尻尾を下げながらわずかに揺らし、腕を組んだ。視線はこちらへ向いていたが、関心は外側、遠野の子たちへと向いているような感じだった。レンゲもそんなキキョウの行動を予想していたというように腕を組み、深く考え込む表情で言う。
「百鬼夜行を基準に東から来た子たちだって。お祭りが初めてなんだって」
ナグサは何を考えているのかわからない普段通りの表情でレイセンを見つめていた。
「服装もすごく古びていますわね。あんてぃーくですわ」
ユカリも口を添えた。一部の生徒の制服には、繕った跡が目立つほど鮮明だったからだ。
「疑ってる目だね?、キキョウ」
レンゲの問いにキキョウは顎に手を当てて答えを保留した。疑う動機も理由も薄かった。しかし前回の一件は、その部分を突かれたのだった。とはいえ合理的に考えれば、こうして疑心暗鬼へと誘導されるのが花鳥風月部の基本戦術でもあった。
沈黙が少し長くなると、ナグサが体を向けてみんなの前を横切る。静かに、レイセンの方へと歩みを進める様子に百花繚乱もぞろぞろと後に続く形になった。
─
「へえ~、軽トラか」
「不足を乗り越えようとするその努力、ぶりりあんとですわ!」
なかなかやるな、と感心するレンゲと、遠野の状況と抱負を聞いたユカリが褒め言葉を並べると、なんとなく気恥ずかしくなったレイセンは、あまり見慣れない笑顔でぽりぽりと頭をかきながら何度もお辞儀をした。とりあえず同じ生徒会のルーミアとココロは、そんなレイセンがどこか頼りないというか、呆れたとでも言いたそうに鋭い目で睨みつけていたが、すぐに遠野の外ではじめての友達との話に花を咲かせようと、勢いよく話の種をまく。
「ねえねえ、それでさ、ルーミアは稼いだお金でおいしいものをいっぱい食べたいんだけど。何がいいかな?」
「それでしたら、身共がご案内いたしますわ!」
「わ~い!」
少女たちの会話から三歩離れたところで、キキョウが和やかな笑みを浮かべるナグサに疑問を指摘した。
「ナグサ先輩。何かおかしい」
「うん?」
「あのうさ耳の生徒。銃が妙に最新式なのよ。これまで聞いた話だと、遠野っていうのはエビス分校より設備のない田舎みたいなのに」
ナグサがわずかに体を向けてレイセンを見つめた。百鬼夜行でも、まして田舎ならなおさら目立つ洗練されたアサルトライフル。
戦術的なアタッチメントが充実しており、銃身を半分ほど短く改造した極端な攻撃性を感じる、いわゆる普通の子が持つような銃ではなかった。もちろん、他の子たちの猟銃と比べれば差は歴然だった。
「うーん……聞いてみればいいんじゃないかな。あ。でも一つだけ確信があることは……」ナグサがわずかに振り向き、キキョウの目を見て言った。
「レイセンさんは強いと思う」
「……うん。おそらく、D.U スタイルだと思う」
キキョウが肯定しながら淡々とレイセンの分析を続けようとしたところで、レイセンが小走りで百花繚乱の子たちへと近づいてきた。そろそろ帰ろうという雰囲気。
「あの、私たちはそろそろ失礼しようと思いまして。今度は私たちも百鬼夜行夏灯篭バザーに参加しようと思ってるので。機会があれば……」
「うん。見に行くね」
ナグサのあっさりとした返事にレイセンの表情が明るくなった。両手でナグサの左腕をぎゅっと掴み、上下に揺らしながら何度も頭を下げた。
「何かあったら連絡するね。それと、何かあったら気軽く連絡して」
先生の言葉を最後に、遠野の子たちは遠くへと消えていく。
なんとも言えない初対面に、百花繚乱の子たちは不思議そうな表情で互いを見合わせた。
「じゃあ……陰陽部であったことを説明するね」
しかし今は目の前のことを片付けなければ。バザーのことはいったん棚上げにして、ナグサとキキョウ、レンゲとユカリは花鳥風月部のことを考え始めた。