イースタン・アーカイブ ~ファンタズム・ロータス~   作:hh9528

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第13話「羽化」

 遠野の子たちは軽トラの荷台に揺られながら、黄昏の中を駆け抜けていた。

きゃあきゃあと賑やかな荷台とは対照的に、運転席にはレイセン。

 

 助手席では先生が静かに、この戦利品の不快な乗り心地が何よりも頼もしい未来への糧であることに、込み上げる感動を覚えていた。

 

 カーラジオではキヴォトスのくだらないゴシップを特集として騒ぎ立てていた。ドン。遠野のくぼんだ土道に車が一度揺れら、子たちの歓声が聞こえる。

 

「よく頑張ったね、レイセン」

 

 先生が頬杖をつき、窓の外を見ていた視線を戻してレイセンを見た。レイセンの耳が一度ぴくりと立ち、柔らかく一、二度ぱたりと揺れた。

 

「そ、それはみんなが……」

 

「みんなを後ろから支えてくれたのはレイセンだったよ」

 

 レイセンは唇をそっと噛んだ。ハンドルを両手でしっかり握っていたが、うふふんと頭の角度がじわじわ上がっていった。

 

「これで必要な時に遠くまで行けるね。役に立てればいいな」

 

 そう会話を締めくくろうとする先生に、レイセンがうんうんと照れを隠そうとする声で、

 

「……私を含めて、みんなを応援してくださったのは……先生ですよ」

 

 自信満々に始まった声は、最後には萎んだ耳とともに消え入るように言葉を濁した。

ハンドルを握っていた両手はいつの間にか片手になり、空いた手が忙しなく扇ぎ始めていた。

 

 レイセンの顔は黄昏に染まったのか、赤くなったのか判別がつかない。

先生はしばし考えてから、

「もう一度言ってくれる?」と聞き返した。

 

「何でも! ないです! 先生こそ本当にお疲れ様でした!」

 

 先生はレイセンの気持ちを知ってか知らずか、穏やかな笑みとともに、不便な古びた軽トラのシートに身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 コクリコが中庭に座り、煙管をパンと一度叩きつけた。ぱらぱらと、火のついた形跡のない生煙草の葉がそのまま床に落ちた。

二人の子は震えながら頭を下げ、丁寧に座っていた。

 先日の失敗でしばらくは顔を出さないかと思われた二人は、粛清への恐怖より強い忠義のこもった声で繰り返した。

 

「それで……」

 

 コクリコが一連の話を聞いて口を開いた。

 

「その怪異というものを遠野の生徒会長がよく知っており、我らの風聞を盗み、来るよう挑発したということかえ?」

 

アザミが答えた。

 

「その通りでございます、コクリコ様。その『八雲紫』というやつが、不満があれば生徒会室まで来いと。」

 

 ユカリ、ユカリ。よりにもよって。

 

縁のある名がもう一度出てくることになろうとは。

 

「手を尽くして場所を突き止めて……その……コクリコ様のために……」

 

 シュロが様子を窺いながらコクリコを見上げた。

コクリコはしばし考え込むように沈黙を保った。

妖怪という取り立て人が訪ねてきたのなら、風流はしばらく置いておくのが現実的な計算だった。

 

「シュロ、アザミ」

 

 二人は身をすくめた。コクリコの次の言葉を待つ。

 

「本当にあの子は我らのものを盗んだのかえ?」

 

 シュロとアザミは互いの顔を見合わせた。明らかに盗んだかといえば言葉では説明しにくい奇妙な体験だったし、物証もなかった。

 

「白蓮もなしに怪談を倒しました」

「誠に。それは怪談であったのかえ?」

 

 二人は再び沈黙した。

あの無数の指の感触。体を締め付けるざらついた皮膚。

しかし外見は滑らかだった影の塊。

それはただの噂などではなく、まるで実在した怪物のようで……二人は控えめに答えた。

 

「これまで見てきたどんな怪談とも違いました、としか……」

 

 コクリコはそこまで聞いて立ち上がった。

いつもの撤退ではなかった。あくまで、超然として見えながら決然とした表情で、

 

「支度をしなさい。」

 

 この件は二人に任せておくだけではいけない。

コクリコはぞくりとした寒気が背筋から消えないのを、さっきからずっと感じていた。

 

『まことに奇妙で不条理極まりないことよ。人の肝を冷やす風流を作ろうと15年。語り手ではなく、自ら役者になることになろうとは』

 

 コクリコは音もなく動き、壁に掛かった。やや古びたライフルを手に取った。

その姿に二人は息を呑んだ。コクリコが武装する姿は、見たことも、想像したこともなかった。

 

「何をぼうっとしておるの。お前たちも、自らを守る手立ては確かに整えておきなさい。」

 

 アザミはすばやく自分の部屋へと戻っていく。

シュロはこれがこれまでにある平凡な出陣式ではないことに戦慄していた。

消え入るような声で、この状況が戦いであることを確認でもするかのように。

 

「コクリコ様。その……怪異というのは、手前||てまえ||たちの敵ということですよね?」

「そうさね。訂正した方がよかろう。我らの債権者と表現するのが正しかろうな」

「債権者……?」

 

 コクリコは目を閉じて頷いた。

 

「シュロ、怪書はどこから来ると思うかえ?」

 

「え? それは……大予言者クズノハが遺した本……黄昏から?」

 

「怪談……その全てをクズノハが全部作ったと?」

 

 コクリコの言葉にシュロは『まさか』と思いながら眉をわずかに上げた。

コクリコは長く放置されていた銃の遊底を引いて薬室を確認する。銃を直接触るのは久しぶりだったが、一つ一つの動作に、しっかりとした訓練で培われた老練さが滲み出ていた。

 

 どこか百花繚乱の影が感じられてシュロは再び疑問が喉まで出かかったが、先手を打ったのはコクリコだった。

 

「理解しがたい噂を紡いだもの。ならば、その不可解の主体が我らの取り立て人であろう。さあシュロ、お前も支度をしっかりと整えようぞ」

 

 コクリコの冷たい眼差しにシュロは慌てて深く頭を下げると、たたたっと自分の部屋へと駆け出した。

残されたコクリコはその姿をしばらく見つめてから、銃を背負い、中庭へと出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄昏の光が弱まる、完全な日暮れ。

光の届かない影の一つ一つに、人の形が浮かび上がる。

正座をした影。万歳をする影。奇怪に折れ曲がった影。

皆、寂しげな風と擦れる木の枝の音だけを立てている。

 

 あのお方の御体が崩れ落ちた。

彼女がまた奪い去った。

正当な我らの取り立てを阻むもの。

影たちが素早くうねる。

 

いまだ意を結ばぬそれらが、生地のようにこねられて一つに束ねられる。

遠くでチャントがうめく。

 

男、女、子ども、老人、入り混じった声で呪文を詠む。

 

 

「カンカンダラ……カンカンダラ……カンカンダラ……」

 

 注連縄で縛られたお札だらけの石が砕ける音を立て、やがて縄が断ち切られる。

影は鱗をまとい、現実へと出力されていく。

 

花が咲くように伸びていく六本の腕。

それが咆哮するや、宣戦布告だった。

もはや耐えることを拒んだ、理の慟哭だった。

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