イースタン・アーカイブ ~ファンタズム・ロータス~ 作:hh9528
真夏の熱気よりも熱く搾り取られるような日常が過ぎた7月の終わり。
キーボードの最後のエンターキーを押すことで、その熱気は一段落した。
連邦捜査部「シャーレ」の先生は、半分下がってぶら下がっているネクタイを完全に外し、安堵の溜息を深く吐き出して机に上半身をだらりと預けた。
熾烈だった期末テストが過ぎ、休暇を控えて調整すべき各学園の問題が、珍しく綺麗に整理され、仕上げの段階に入ったのだった。
主に白と青で統一された執務室。書類の山に半分埋もれた卓上時計を持ち上げて確認してみると、昼食をとるには少し遅い午後3時を指していた。
シャーレは常に忙しい。単に「先生」として忙しいと考えて済ませるには、あまりにも。
数千の学園で構成された「キヴォトス」。その中心となるここD.U.シラトリ区に位置する
「連邦生徒会」の「連邦生徒会長」の失踪以降、その代行を一任された「シャーレ」という部活自体、誰がその席に座ろうとも忙しくなる運命だった。
もちろん、本当に忙しい理由は他にあるのだが。
キヴォトス唯一の「大人」として先生という肩書きを持つこの人間は、生徒のこととなれば、お節介を焼いてでも世話を焼こうとする責任感の塊だった。
それはつまり、一つの仕事を解決すれば二つに分裂して再び問題になり、それがそっくりそのまま四つの問題へと発展するという意味だ。
そんな気が狂いそうな連鎖に、シーシュポスのような献身が、先生にうんざりするほど忙しい日常を提供していた。
しかし、それが何だと言うのか? 少なくとも今はその火の海から抜け出し、しばしの休息を想像できる休暇前が訪れたのだ。
先生はタブレットを手に取った。
「アロナ、まだ新しく入った予定はないよね?」
返事は返ってこない。傍から見れば空のタブレット画面を見て独り言を言っているように見えるだろうが、先生にははっきりと、「教室」になってしまった世界の中で、青い髪の女の子が明るく、元気に返事をするのが見えていた。
「はい、先生! 今回の調整がうまくいったからか、キヴォトスはまだ静かですよ!」
先生はぐーっと背伸びをし、一口残ったコーヒーを飲み干す。いよいよ机を少しずつ片付けながら、休日は何をしようか、あるいは今度はどの生徒と時間を過ごそうかと幸せな想像をしていた時のことだった。
コンコン。控えめなノックと聞き慣れた声に、先生は自室に意識を戻し、音のする方を見つめた。
「あの…先生? 少しお時間よろしいでしょうか?」
よく顔を合わせる連邦生徒会の事務職の生徒の声だった。ここで苦情を処理する多くの生徒たちも、先生と同じくらい疲れ切っている者が多かった。先生は机の下のゴミを拾いながら軽快に言う。少なくとも声だけは生徒たちに負担をかけたくなかったからだ。
「いつでも大歓迎だよ~」
先生が机から頭だけをひょっこり出して入り口を見ると、事務職の生徒は深々とお辞儀をした。
「それが…。先生宛に郵便物が届いていまして。どうやら請求書のようなものではないみたいなので、直接お渡ししようと思って来ました」
そうして両手で丁寧に手渡された白い手紙の封筒は、青と赤の点線で縁取られており、発行年がそれぞれ違う切手が四枚も貼られている、少しシワの寄った状態だった。
先生はそれを、小学校の頃に辛うじて見たことがあった程度だと思い、目を丸くして何度か瞬きしてから受け取った。
「本当にありがとう。誰から来たんだろう? こんな手紙、子供の頃以来見たことがないな」
「最近はほとんど見かけませんね。物理的な手紙といえば、督促状か納付通知書くらいですから」
先生は手紙そのものにノスタルジーを感じ、今となってはかなり霞んでしまった記憶を辿りながら椅子に腰掛け、手紙をあちこち裏返して見た。
やがて手紙を届けてくれた生徒にお茶でも一杯どうかいと勧めたが、忙しそうに手を振りながら、
「いいえ。今日中に処理する仕事が多いので。今度ぜひ一緒に飲みましょう」
と、とても名残惜しそうにして帰っていった。
先生はそれを少し寂しそうに見送りつつも、笑顔を絶やさずに受け取った手紙を見下ろした。
印刷機から出てきたように綺麗な字が、手紙の隅に几帳面に書かれている。
『拝啓。先生へ。』
先生はどういうわけか封筒を無傷で残しておきたくなり、慎重にカッターを取り出して手紙をそっと開け始めた。
どこか奥深い森の苔のような香りがする便箋を慎重に広げ、読み始める。
[ 先生。初めまして。私は遠野極東学園に在学中の2年生、生徒副会長のレイセンと申します。 ]
初めて聞く学園名に、先生は片手で手紙を握ったままタブレットを軽くトントンと叩き、優しくアロナを呼んだ。
「アロナ、起きてる?」
「んへ? あ、先生! ね、寝てませんよ…。」
「起こしてごめんね。『遠野極東学園』っていう学校を調べてくれる?」
「遠野極東学園ですか? うーん…。とりあえず検索してみます!」
「ありがとう、アロナ」
先生は手紙の続きを読んだ。
[ まず、事前の連絡もなくこのように手紙をお送りする非礼につきましては、寛大なご容赦をお願い申し上げると共に、我が遠野極東学園の問題点を先生に泣きつきたく存じます。 ]
[ 我が遠野極東学園はこれまで、「勉強」というものとはかけ離れた生活を送っておりました。 ]
[ あまりにも僻地にある田舎であるため、数学や科学、社会よりも、農作物や採集の方が生きていく上ではより有用だと考えられていたからです。 ]
先生は文字を読みながら想像に耽る。学業ではなく、自然が生活の役に立つ環境。百鬼夜行のエビス地域やD.U.のヤト村のような、のどかな村の風景が脳裏をよぎった。
[ 最近、当校の生徒会長が新たな学園運営方針として教育の正常化を指示しました。生徒は勉強をするのが本分であると。 ]
[ 良い趣旨だと思います。しかし問題は、当校には何も残っていないという点です。 ]
[ 生徒会長は指示だけを下して、これまで何もしておらず。教科書はずっと昔に鍋敷きになり、すべての教室は事実上、倉庫のような多目的室になって久しいです。 ]
先生は自分の目を疑った。いつか見たような田園風景の映画の内容が重なって見える。
[ 先生。私たちは勉強に必要な物も問題ですが、勉強の仕方すら忘れてしまいました。 ]
[ どうか、一週間でも構いませんのでご来訪いただき、私たちにご教示くださいますよう切にお願い申し上げます。移動に必要な路線図を別途添付いたします。何卒よろしくお願いいたします。 ]
[ レイセン 敬具。 ]
ふにゃふにゃと曖昧に描かれていた遠野の想像が、やがて生地が練り上がって明確になった。
のどかな田舎で、不器用に勉強に挑戦する情熱的な子供たちを想像する。もはや自分が調停官なのか先生なのかも曖昧になっていたが、高揚した気分と共に、先生は席を蹴って立ち上がった。
これだ! 今回の休暇は先生らしい仕事ができるチャンス。様々な教科の内容がかなり頭から薄れていたが、もう一度ざっとおさらいすればどうにかなる自信があった。
「先生。あの…その、遠野極東学園を検索してみたんですが…」
そして、先生を想像から現実へと引き戻した声はアロナのものだった。どこか申し訳なさそうな、自信のない声で言葉を続ける。
「学校名簿にはあるんですけど…連邦生徒会との交流は一件も…見つかりませんでした。手書きで連絡を取り合ったのもすでに何十年も前で、内容まではアップロードされていないみたいです」
「うーん…。」
先生はアロナの言葉に耳を傾けた後、質問を選んだ。
「それはつまり、幽霊学園ってこと?」
「単にデジタルでやり取りされた内容がないだけで、アナログなら直接探してみないといけないと思います」
先生は顎に手を当てて少し悩んだ。どこか奇妙だと感じた。青い波が打ち寄せる教室の中、アロナの頭を撫でながら、役に立てなくて申し訳なさそうにソワソワしている彼女を宥めるように言った。
「でも、こうして手紙が来たってことは、確かにあるっていう意味じゃないかな? とりあえず、リンちゃんに電話をかけてくれる?」
「えへへ…。先生の手、あったかいです。あっ、はい! 今すぐかけますね」
プルルル、通話の呼び出し音が続く中、先生はコートとバックパックを手にした。一日二日で片付く仕事ではないため、簡素ながらも数日は持ち堪えられる短い旅行用の鞄に荷物を詰め、電話機を首に挟んで慌ただしく動く。先生の心はすでに遠野極東学園にあった。
間もなく、冷たい印象の、しかし非常に落ち着いた声が聞こえた。
「もしもし? 連邦生徒会首席行政官のリンです。先生? 何かご用件でもありますか?」
「リンちゃん!」
先生の声は浮き立ち、とても高かった。1秒の静寂。そして、不満げな、しかし満更でもないような口調で、
「誰がリンちゃんですか…。公務中は…」
先生はその言葉を誤魔化すように遮って続けた。
「うん…忙しいところ本当にごめんね。一つ聞きたいことがあって。学校に関することなんだけど」
「学校のことですか? またどこの学校が問題でも…」
「遠野極東学園って知ってる?」
「遠野…」
リンの言葉尻が遠のく。彼女は聡明だ。そして非常に優秀であるため、滅多に言葉を濁したりしない。それはつまり、「詳しくは知らないが、全くの初耳というわけではない」という意味だった。彼女は考えをまとめるように沈黙を保ち、
「学校名簿のどこかで見た記憶はありますが…」
「それが、遠野に出張に行かなきゃいけなくなりそうで」
「え? ですが先生。溜まっている書類がまだたくさんありますよ。ただでさえ、一度お伺いしようと思っていたところです」
彼女より素早く行動しなければ、また終わりの見えない永遠の書類地獄の始まりが鮮明だった。
チェックを省略して、先生は慌てて鞄のジッパーを閉めた。スーツのジャケットにアロナとプラナが宿るシッテムの箱――タブレット――を入れ、鞄を背負った。ようやく両手が空いた先生は、電話機を持ち直して、
「手紙が来たんだ。本当に深刻な問題に直面しているみたいで。ごめんねリンちゃん。移動中に少しずつやるから、書類はメールでお願いしてもいいかな?」
「えっ、あ…はい。ですが先生、セキュリティの問題で直接署名していただかないといけない書類も…」
声が一瞬冷たく冷めたが、リンはそう言ってから諦めのため息をついた。
先生が時には公文書をサボり、多少怠けることがあるのは知っていたが、無理に嘘をついたり、特に生徒の危機を適当にやり過ごすような人ではないことは、多くの経験から知っていた。
これも、数あるキヴォトスの危機か、一人の生徒の危機を救うためなのだろうと、柔らかい声で言った。
「書類の提出は少し遅らせられるよう手配しておきます。それから…遠野極東地域についても、こちらで分かる範囲で調べて資料を送ります。キヴォトスには数千の学園がありますから、あまり知られていないとすれば、大抵はキヴォトスの端にある辺鄙な場所でしょうから」
「さすがリンちゃん! 大好き!」
「ですから、誰がリンちゃんですか…。そういうのは公務中以外に…」
「うん。本当にありがとう。もうバスの時間がギリギリだから、出発するね!」
「あ、はい…。先生。ご無事をお祈りしております」
先生の勢いに押され、リンは言いたいことを全て言うことはできなかった。おそらく、腹を割って自分の言いたいことを全て言うには、時間も勇気も到底足りなかっただろう。彼女は正直だが、それを必ず口にしなければ気が済まない性格ではないからだ。
「はぁ…」
連邦生徒会長代行室で、彼女は通話の切れたスマートフォンの画面を見つめながら、またしても孤軍奮闘、率先垂範してキヴォトスの問題へと向かって走る先生を思い浮かべ、微かな微笑みを浮かべた。
ガタッ、ガタッ。
規則的なバスが未舗装の道路を走って揺れる音が子守唄となり、これまで疲労に浸っていた先生のまぶたをそっと閉じさせていた。
バスに乗って駅へ。駅からまたバスへ。
そうして何度か乗り継ぎ、一日に二本しかない最終バスの窓際に身を任せたまま、船を漕ぐようにうとうとしていた。いつの間にか文明は姿を消し、長く伸びたオレンジ色の太陽が、果てしなく広がる田畑に掛かっていた。実るのを待つ青い稲は、チカチカと光を散乱させながら、逆説的にも暗く影を落としていた。
「次はこのバスの終点、遠野総合ターミナルです」
機械のアナウンスではなく、運転手が直接くるくると巻かれたコードに繋がった手のひらサイズのハンド型マイクで案内する声に、半分よだれを垂らしそうになっていた先生はガバッと飛び起きた。
辺りを見回して慌てて降りる準備をしていたが、乗客は先生だけだった。運転手は笑顔で先生が降りるまで待っていたが、話しかけたり関わったりしたくないというように静かに座っていた。まるで、これから消え去る人間に対するように。
奇妙な違和感を覚えながら先生が降りると、バスは一抹の猶予もなく逃げるように車体をUターンさせ、黄金色の地平線へと消えていき始めた。
「ここが…総合ターミナル?」
風景は大きく変わらなかった。ほとんど崩れ落ちた小さな停留所が全てである、道のど真ん中だった。
周辺も管理されていないのか、ベンチは割れ、その間には雑草が生い茂っていた。
停留所の壁にはすでに青い下地がむき出しになった、おそらく元は黄色かったであろう広告紙がベタベタと重なり合い、かつての熾烈だった競争を化石のように残していた。
「うーん…」
先生は東を見る。果てしない地平線。そして黄昏の痕跡である藍色の闇。西を見れば、未だに掛かっている黄昏。
困ったように苦笑いをして頭を掻く。
「困ったな…」
考えてみれば、手紙にはレイセンの番号や連絡先が書かれていなかった。急いで到着したのはいいが、遠野へ向かう道は皆目見当がつかなかった。
リンに電話をかけようにも、電波は圏外というステータス表示で、Wi-Fiは辛うじてアンテナ1本で切断と再接続を繰り返していた。
先生はひび割れた停留所のベンチに座り、ため息をつきながら独り言をこぼした。
「今日一日は野宿かな…」
ガサゴソと鞄を探っていたその時だった。
「もしかして、遠野極東学園へ向かわれる方ですか?」
あどけない声。先生は驚いて音のする方向を見た。日が沈む方角。薄暗がりの中で、小柄な少女が大きなゴールデンレトリバーのリードを握ったまま、いつの間にかそこに立っていた。
小柄な体格、闇を切り裂くような金色の髪、黄昏に染まった白いワンピース、深い紫色の瞳。どこか達観したような微笑み。
制服も、銃器類も見当たらない彼女を、先生は小学生か中学生くらいだろうと認識するしかなかった。
「あ、もし道を教えてもらえるなら…」
道を尋ねるために近づく先生に、クンクン。白に近いクリーム色の毛をしたレトリバーが鼻を地面に擦り付け、こちらに向かってくる。
少女はリードを軽く引いて犬を制し、背を向けた。どこか精巧なフランス人形のようなその姿が、田舎の風景にどこか神秘的な異質感を漂わせていた。
「もちろんです。道はこちらですよ」
余裕を失わない少女は、自分のペースを少しも崩すことなく、好奇心も含めた一切の躊躇もなく、ゲームのNPCのような速度で先生を案内し始めた。
まるで先生が来ることを、とうの昔から知っていたかのような態度だった。
少女が背を向けたままそのまま歩いていく。そして先生は荷物を持ち、小走りで彼女の後を追った。