イースタン・アーカイブ ~ファンタズム・ロータス~   作:hh9528

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第5話「蜘蛛の巣、そして女子高生」

「なに!? シャーレの先生、すごく……すごくかっこいいじゃん!」

 

 紫の根回しはすでに始まっていた。レイセンは騙されたという表情で、手のひらで顔を撫で下ろした。

 

 学校の正門で陣取っていたヤマメが、先生とレイセンを見つけて駆け寄り、開口一番に放った言葉が先生の評価だった。

 都会の人は生まれて初めて見ると言いながら、あちこち先生を観察してジリジリと近づいてくるのを、レイセンが体でブロックし、吊り目で睨みつけた。

 

 ヤマメは唇を尖らせて後ろに下がった。

 

 指定の制服である袴は穿いていたが、何重にも巻かれた工具ベルトには、蜘蛛の巣のように各種の道具がジャラジャラとぶら下がっていた。

 

 洗濯しても落ちない土埃やシミ、そして擦り切れ具合が、ヤマメがどれほどそれらを愛用しているかを物語っていた。

 

 淡いブロンドの金髪を大きなリボンで結んでおり、誰が見ても肉体派の女子高生だが、感受性だけは他の子たちと変わらず、先生とレイセンを中心にぐるぐると回りながら執拗なほどに絡んできた。

 

「鬱陶しいわよ、ヤマメ。今私たちは忙しいんだから、大人しくしてて」

 

 レイセンは切実な声で言った。先生にみっともない姿を見せまいと気を遣っているようだった。

 

「えー、ルーターの送信局でしょ? 昨日からWi-Fiの繋がりが悪いからピンと来てたよ」

 

 ヤマメもそう簡単には引き下がらなかった。体で立ち塞がるレイセンにすり寄り、まるで媚びへつらう奸臣のようにヒソヒソと囁く。

 

「そろそろ私の助けを借りてみたら? 頑丈に直してあげるからさ……」

 

「頑丈も何もないわよ、ただ中身を分解してみたいだけでしょ」

 

「そう言わずにさ。私が建物を作るのをどれだけ好きか、副会長殿もよくご存知でしょ~?」

 

 先生は一歩後ろに下がり、しばらく静観することにした。

 

 別に今回に限ったことではない。シャーレの先生は「できるなら生徒自身がやり遂げるのが良い」という教育観を持っていた。

 

 微笑ましくヤマメとレイセンを見守っていると、ヤマメは先生に感謝するように、レイセンから見えない角度でウィンクを飛ばした。

 

「……基礎構造物だけよ」

 

 腕組みをしたまま片目だけを開けたレイセンが、ヤマメを睨みつけながら、長い時間悩んだ末の妥協案を提示した。

 

 ヤマメは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、レイセンの肩を揉んだ。レイセンは少し痛そうに体をよじり、ヤマメを引き剥がした。

 

(きっと先生が上手くコントロールしてくれるはず)

 

 そんな確固たる一方的な信頼から下した決定だったが。

 

「こんにちは、先生。黒谷ヤマメと言います。『建築実践部』の部長で、家を建てるのが趣味です」

 

「こんにちは、ヤマメ。シャーレの先生です」

 

 奇跡的な妥結が終わり、皆再び歩き出した。

レイセンは昨日とは違う少し軽めの工具箱を手に取り、ヤマメはかなりずっしりとしたダッフルバッグを背負った。

 

「先生、基地局までは距離もありますけど山道になります。気をつけてついて来てくださいね」

 

 レイセンは先生を優しく見つめながら先頭に立った。ヤマメはその様子を不思議そうに見ていたが、ニヤッと笑ってぽつりと言い放った。

 

「へえ、レイセンってそんな表情もできるんだね。イライラと怒りしかないと思ってた」

 

「誰のせいだと思ってるのよ!」

 

 レイセンの耳がバネのようにピンと逆立ち、ヤマメはアハハと笑いながら逃げるように少し先へと進んでいく。

 

 先生は、生徒同士の関係がかなり強い絆で結ばれているのを感じて微笑ましく笑った。

そう。この時までは、すべてが順調に進むだろうと思っていた。

 

「はぁ……はぁっ……」

 

 先生はワイシャツのボタンをもう一つ外した。ジャケットを脱いで肩にかけてからずいぶん経つ。

 手に持ったタブレットが重く感じられた。まだ朝早いうちの時間帯のはずなのに、涼しい森の空気以上に、蒸し暑さが自分の体の中から噴き出しているのをリアルタイムで感じていた。

 

 顔を上げる。かなり急な山道の向こうでは、レイセンとヤマメが心配そうに振り返っていた。

 

 二人はまるで散歩道でも歩くようにスタスタと先を進んでいたが、すぐに引き離されてしまう先生のために、何度も立ち止まって待ってくれていた。

 

 先生がやっと追いつくと、形式的に「少し休んで行きましょうか?」と声をかけてくれたが、先生は手を振りながら「まだ慣れてないからかな……まだ頑張れるよ」と遠慮した。

 

 ここで過ごすにはスーツよりもジャージの方が良かったかもしれない、いや登山服が……先生は目の前が黄色くなるような感覚で息を喘がせながら、木に寄りかかって空を見上げた。

 

 これまでの運動不足が、こんな形でツケとして回ってくるとは。

前方からヒソヒソと話す声が聞こえた。「やっぱり少し休みましょう。このままじゃ倒れちゃいますよ」というレイセンの言葉は、汗を乾かす涼しい風にかき消された。

 

「二人ともすごいね……疲れない?」

 

 先生はヤマメが渡してくれた水筒を受け取り、慎重に一口飲みながら尋ねた。

 

 視線は木々の間を抜け、どこまでも蒼い樹海の一面をすべて捉えていた。

徐々に息が整うと、頭の中まで洗い流してくれそうなほのかな木の香りが、体の中を豊かに巡って再び抜けていくのを感じた。

 

 ヤマメは首を傾げながら水筒を受け取り、答えた。

 

「うーん……疲れるよ? 登山はいつだって疲れるもん」

 

 レイセンが言葉を補足するように付け加えた。

 

「遠野は山岳地形が多いですから。何かをしようとすれば、ほぼ無条件で山に登らなきゃいけないんです。だから、遠野の生徒たちはほとんどみんな適応していると思っていただければ」

 

「副会長殿は難しい言い方をするねぇ」

 

 ヤマメはそれでも間違ってはいないとでも言うようにアハハと笑い、自分も水を一口飲んだ。

 

 自然にレイセンに差し出したが、レイセンは片手を広げて辞退した。ヤマメは気にすることなく水筒をしまい、ダッフルバッグを背負い直した。

 

 息がすっかり整った先生は感心した。考えてみれば、この子たちは銃と工具箱、そしてバッグを背負ったまま、平然とこの険しい山道を疲れることなく登ってきていたのだ。

 

 やはり田舎に住めばこれくらいはできるものなのだろうか? なんだか情けない先生にならないよう、気合を入れ直した。

 

「待っててくれてありがとう。そろそろ行こうか?」

 

 先生が頻繁に休憩したとはいえ、目的地まで約2時間の山行。

やはり学校から少し離れた場所に、ツルに絡まれた小さな送信塔が見えた。

 

 立っている基準で人の手が届く部分は綺麗にペンキが塗られていたが、高くなるにつれて塗装が剥がれ、錆びた部分が露出していた。

 

 形も特異だった。先生がこれまで見てきたどの送信塔とも似ていなかった。

ごちゃごちゃと電線を垂らし、ひどく古い部品と比較的真新しい部品が混在しているその姿は、業者が作ったというより、どこか廃品でオブジェを作ったのではないかと感じるほどだった。

 

 レイセンとヤマメは先生が到着する少し前に既に着いており、準備を進めていた。

 

 

 彼女は着実に、ウサギの耳が通るように穴が二つ空いたヘルメットを被り、安全帯用のハーネスを着用していた。一方ヤマメは、手をかざして遠くを見るように顔に当てたまま、送信塔のあちこちを見回していた。舌をペロッと出し、何かの見積もりを出しているかのようにニコニコしている。先生の姿を二人の生徒も認識すると、レイセンは身なりを整え、ヤマメは大きく手を振った。

 

「ここだよ、先生! ここが遠野で一番発展した場所なんだ!」

 

 勢いに任せてヤマメが楽しそうに説明した。振っていた手を下ろし、ダッフルバッグを床に置いて中を探りながら言う。

 

 レイセンは少し恥ずかしくなったのか、唇を尖らせて「そんなこと説明しないでよ……D.U.に比べたらこんなのただの……」と小さな声で窘めた。

 

 先生は襟元を掴んでパタパタとあおぎながら、塔の下から上までもう一度、今度はさらに近い場所から見上げてみた。

 

「すごく風情があるね。滅亡した世界に残された場所みたいな、神秘的な感じがするよ……」

 

 先生はそう呟いた。レイセンの顔は少しさらに赤くなったが、ヤマメは「詩人みたい!」と言いながらダッフルバッグからガラス瓶を取り出した。

 

 鮮明にラベルが貼ってあった。『ダルモンテ』……。先生自身が子供の頃にも流行っていたオレンジジュースの瓶だった。

 

頑丈なので、家庭ではいつも飲み終わった瓶に麦茶などを入れて保存していたものだ……。ただ、ヤマメが持っている瓶には、どこかずっしりとした、白いクリームのようなものが入っていた。

 

「ちょっと、ヤマメ! それを使わないでってば!」

 

 レイセンが鼻を何度かクンクンさせたかと思うと、心底嫌そうに叫んだ。手は送信塔の鉄骨に安全帯のフックをかけている。

 

 先生も一足遅れてレイセンの行動の意味が理解でき始めた。どこかツンとするような臭いに始まり、急速に周囲へ強烈な悪臭が広がっていったのだ。ヤマメは顔をしかめながらすぐに答えた。

 

「これ、すっごく頑丈なんだから。遠野の建築物は全部これを使ってるんだよ」

 

 先生はクラクラする感覚の中で、笑顔と余裕を失わずヤマメに近づいて尋ねた。

 

「独特な匂いがするね。もしかしてそれ、『膠(にかわ)』かな?」

 

 先生は、膠だとしたら酸っぱい臭いがするし、腐っているのではないかと考えた。伝統的な接着剤。一応、教育者として持ち合わせている雑学でもあった。

 

 ヤマメはたちまち表情を緩ませ、首をブンブンと振った。

 

「ううん! これは『特製』だから匂いがちょっと独特だけど、鉄もよくくっつくんだよ」

 

「その臭いが問題なのよ!」

 

 レイセンが少しヒステリックな声を上げた。ヤマメがすぐにでも喧嘩腰になりそうな表情を固めると、先生は素早く二人の間に入り、両手を広げて「な、仲良くしよう……? 修理が急ぎだったよね?」と仲裁に入った。二人の表情が少し和らぐのはすぐのことだった。

 

 先生は二人の生徒、レイセンとヤマメの補助に回ることにした。いざ何かを建てたり直したりすることは、先生にとっても不慣れな領域だった。

 

 工具が必要そうなら渡し、物を渡したり受け取ったり。作業が始まった二人の生徒は、案外先ほどの緊張感がどこへ行ったのかと思うほど、黙々と自分の仕事に取り組み始めた。

 

 レイセンは何度も確認しながら慎重に、かつ厳しく進めるかと思われたが、意外にもヤマメの作業に細かな指示を出したりはしなかった。

 

 ほとんど壊れかけたプラスチックケースから基板を取り出してあちこち見回し、はんだ付けをしたり埃を払ったり、線を再び挿したりして機器を修理していた。

 

 ヤマメは安全装備をつけていなかったが、まるで蜘蛛の巣を伝う蜘蛛のように建築物のあちこちを這い回りながら検査を進めていた。

 

 レンチを持って鉄骨を何度か叩いてみたり、錆びた部分を指先で触ってみたり。少し目を離して先生が再び見ると、溶接をしたり、その『特製膠』を塗った補強板を貼り付けたりしている。二人ともかなり手慣れた様子だった。

 

 先生は二人の生徒がどう感じているか不安だったが、少なくとも自分自身にはこの沈黙がかなり心地良いものに感じられた。言い争いをするのも、彼女たちが長い時間を共にし、文字通り家族のように過ごしてきたからこそ見せる一面なのだと感じられるほどだった。

 

「少し休んでからにしない?」

 

 いつの間にか日が傾き、昨日見たあの黄金色の夕日が微かに空にかかり始めると、どこか焦っているようなレイセンの顔を見て先生が言った。

 

 時計で確認した時刻が17時だったからだ。

 

 レイセンは先生ではなくヤマメを凝視した。ヤマメは釘を口の中でモゴモゴさせながら頷いた。その合図に、先生は首を傾げた。

 

「先生は休んでいていいですよ。基板が……ほぼ完全に壊れてしまっているみたいで。もう少し時間がかかりそうなんです」

 

ヤマメが相槌を打った。

 

「うん。私の方はほぼ終わったんだけど……夜になる前に終わらせなきゃいけないからさ。休むのは難しいかな……」

 

 ポンッ、と鉄筋に逆さにぶら下がっていたヤマメが、先生の隣に着地して言った。表情は笑顔だったが、どこか真剣な空気を含んで言った。

 

 先生は考えが複雑になった。昨日もそうだったし、今日も。遠野の生徒たちは「夜」を忌避しているような印象を受けた。

 

「遠野の夜って、そんなに危険なの?」

 

 レイセンはその言葉すら聞き逃した。できるだけ早く直そうと、完全に基板に没頭していた。隣にいたヤマメは顎を少し撫でながら、「うーん……」と口を開いた。

 

「うん。危険だよ。ごめん、上手く説明したいんだけど、こうとしか言いようがないんだ」

 

「暗いから?」

 

ヤマメは首を振った。

 

「ううん……いくら遠野だからって、灯りくらいは点けられるよ。人が活動する場所は古いかもしれないけど、暮らせないほどじゃないってこと」

 

先生はまだ疑問が解決されていなかったので、ヤマメの言葉を待った。

 

「遠野の夜は……『怪異』が出るんだ」

 

 時計は20時を指していた。

二人の生徒の表情からは、すでに余裕が完全に消え去っていた。緊張感が漂う空気に、先生の表情も重くなった。

 

 レイセンがもう何度目になるか分からない独り言をこぼした。「分解するんじゃなかった……」勢いに乗って、普段なら修理が難しかった部分まで直そうとした自分の傲慢さを後悔しているようだった。

 

 ヤマメはその意欲に対してあえて何も言えず、黙々と、よく分からないながらもレイセンの補助をしていた。先生も一緒になって手伝ったが、特に速度が改善されることはなかった。

 

「怪異っていうと……その、お化けとか幽霊みたいなもののこと?」

 

 せめて焦燥感だけでも和らげようと、先生が言葉を継いだ。レイセンが答えようとしたが、ヤマメが遮って答えた。

 

「うん。会長はそれらを怪異って呼んでるけど……危険ではあっても、対処できない存在じゃないんだ」

 

「先生はキヴォトスの外の人だから問題なんですよ」レイセンが回路をいじりながら言った。傷心した顔が泣き出しそうな表情に変わり、しおれた耳が感情を露わにしていた。

 

「意欲が先行しちゃいました……」

 

「大丈夫。私たち二人がいるじゃない。今日中にできそうになかったら、一日くらい使えなくても平気だよ」

 

 自責するレイセンに、ヤマメは慎重に慰めの言葉をかけた。

先生もその言葉に同意した。レイセンは震える手を深呼吸で落ち着かせ、しばらくカチャカチャと音を立てた後、配電盤の蓋を閉めた。

 

「ヤマメ! ちょっと確認してみて!」

 

「おおっ! どれどれ……グッドだよ! アンテナ4本!」

 

 レイセンの耳が倒れて長く垂れ下がり、ふぅっと深いため息をついた。しかし、一息つくや否や、二人は即座に撤収の準備を始めた。

 

「先生。ここからものすごく早く、そして想像以上に暗くなります。でも早く学校に戻らないと、敵と遭遇する可能性が指数関数的に跳ね上がるんです」

 

 レイセンから渡された懐中電灯を受け取りながら、先生は頷いた。

 

「大丈夫だよ。安全第一で急ごう」

 

 レイセンもコクリと頷いた。ヤマメは猟銃に近い古い銃を取り出し、レイセンは素早く薬室を確認してマガジンを挿入し、装填した。

そうして急いで下山しようとした彼らが、森の小道へと振り返った瞬間。

 

 

 

 夕闇の漆黒に溶け込むような人型の影が、ぽつんと先生と二人の生徒を直視していた。

同時に、先生は形容しがたい悪寒が背筋を這い上がるのを感じた。ヤマメも、レイセンも、驚愕の眼差しで手にしていた銃を構え、即座に照準を合わせた。

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