イースタン・アーカイブ ~ファンタズム・ロータス~   作:hh9528

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第7話「11.」

「ぐおぉぉぉっ、うぅぅぅっ……」

 

 目を覚ました先生は、床を這いずりながら奇声を上げていた。

夜明けの陽が差し込む午前5時頃。全身が怒ってストライキを起こしたかのように、どの筋肉も先生の言うことを聞いてはくれなかった。

 

 特に腰とふくらはぎが破裂しそうな感覚に、先生はどうにか起き上がろうと転げ回って努力してみるものの、返ってくるのは痛みと純度100%の苦しみだけだった。

 

「先生ー、起きてるー?」

 

 適当にノックをしてガチャッと、先生が返事をする暇もなくドアを開けてルーミアが入ってきた。

多少古びた制服。あちこちに継ぎ接ぎの跡が見え、カバンの代わりに風呂敷に本を包んで背負っていた。

ルーミアはいつも笑顔を浮かべていたが、転げ回っている先生を見て目をパチクリさせた。

 

「ええ……大丈夫?」

 

 完全にプランクの姿勢で全身をぷるぷると震わせている先生を見つめ、近寄ってしゃがみ込みながら尋ねた。

先生は苦笑いと、必死に耐える表情を混ぜ合わせながら、どうにか優しく答えた。

 

「お、おはよう、ルーミア……。ちょっとだけ待ってくれるかな?」

 

「うん。いいよー。 ……手、貸す?」

 

「お願いしてもいいかな……?」

 

 ルーミアが無邪気に笑いながら先生の腕を掴み、一緒に立ち上がった。

体格差が大きいため、途中からは先生が自力で床をついて起き上がらなければならなかったが、なんとか成功した。

 

「遠野は朝が本当に早いんだね?」

 

「うん。遠野は朝にやっておかなきゃいけないことが多いんだー」

 

 ルーミアは椅子に座り、足をぶらぶらさせながら待っている。

ふと、その表情に少しばかりの狡猾さが浮かび、辺りを見回して先生の荷物が入ったカバンの一つで視線が止まった。

先生が洗顔を始めると、ルーミアはあらかじめカバンに手を伸ばしながら尋ねた。

 

「もしかして、お菓子とか持ってたりするかなー?」

 

「食べかけのものが少し……」

 

「ルーミアも食べていい? 色々手伝ってあげたご褒美として」

 

 先生は快く承諾した。

カバンから出してあげようと急いで顔の水を拭いて振り返ると、すでにルーミアは目を輝かせながら残りのお菓子をすべて口に放り込み、もぐもぐと咀嚼していた。

中身は平凡なポテトチップスだったが、ルーミアは全身をブルブルと震わせて喜んだ。その瞳には星が刻まれ、キラキラと輝いている。

先生は今度来る時はおやつ類もたくさん持ってきた方が良さそうだと考えながら、コートを手に取った。

ただ、そこに付いている土や埃、どこで擦り切れたのか分からない傷跡を見て、そっと下ろしてからドアを開けた。

 

「出発しようか」

 

「うん!」

 

 機嫌が倍良くなったルーミアが、トコトコと先生の後をついてくる。

 

 

 ルーミアは真っ先に食堂へと向かった。いつの間にか先生の前に出て手を握り、無邪気に言う。

 

「遠野ではみんな集まってご飯を食べるの!」

 

 そうして手を引かれてやってきた食堂は、ただ放置された教室の一つを改装したような感じだった。「普段はまばらに集まるから十分なんだけど、今日は会長の命令でみんな集まってるの」というルーミアの補足説明通り、机3つに椅子6つがすべての『食堂』の中は、多くの人で賑わっていた。

 

いくつかの見知った顔。ゆっくりと給食を受け取りに行くルーミア、ココロ、ヤマメ……。

 

 そして昨日、少しだけ顔を合わせた二人の狼少女もいた。残りは、楽しそうにダンスのステップを踏みながら配膳をしている鳥の翼を持った子と、まるで澄んだ海のような青い髪をした二人の子。

 

 一人は車椅子に乗っており、もう一人はどこか古めかしい傘を閉じたまま大切そうに抱えていた。

うん。半分はまだ名前も聞いてないな。と、先生が食堂に足を踏み入れると、ルーミアの声に全員の注目が集まった。

 

「この前来たって言ってた先生だよ!」

 

「あっ……」

 

先生は覚悟を決めた。

 

「おはようございます。シャーレの先生です」

 

生徒たちが一斉に群がって飛び込んできた。

 

 

 

 朝食が終わり、授業を控えた遠野は慌ただしかった。

アリウスほど何も残っていない状態ではなかったが、教室のほとんどは本来の用途とは違う形に改造されてから長い時間が経っているようだった。

結局、子どもたちは先生の提案により、一つの教室から荷物をすべて運び出し、椅子と机を並べていた。

 

 均一な長さの木の床に机の脚先のゴムが擦れる音。椅子も机もそれぞれ違う時代の面影を持っており、一部は壊れていたり脚の長さが合わなかったりして、代わりを探しに行くため時間はどんどん過ぎていった。

 

 準備が始まってからほぼ一時間が過ぎてようやく落ち着いた教室を、先生は教卓に両手をついて見渡した。

教室の広さからして、本来なら賑わっていたであろう昔の風景が重なって見えるようだったが、今はキラキラとした10人の瞳が先生を見つめていた。

 

「それじゃあ、出席をとります」

 

 先生は穏やかな声でそう言い、先ほど紫から受け取った出席簿に先に目を通し、名前を呼び始めた。

 

 レイセン……は、まだ着席していなかった。少し用事があると言って、机を準備している途中でどこかへ行ってしまった。

ルーミア。ココロ。ヤマメ……。

 

 昨日の少女二人はモミジとカゲロウという名前だった。モミジは元気よく返事をし、カゲロウは少し恥ずかしそうに小さな声で返事をした。

食堂で初めて見た顔の名前も目で追い、声に出して呼んでみる。

配膳をしてくれた子はミスティア。傘を大切そうに抱えていた子はコガサ。今も椅子の代わりに車椅子に座っている子はワカサキヒメ。

 

 皆それぞれ多様な反応で先生の呼びかけに答えた。先生は視線を動かし、残る10人目。

八雲紫の名前を呼ぶ前にふと立ち止まった。渡された名簿には10人の名前だけがシンプルに書かれていたが、どこか最後の行の行間が不自然に空いていた。

まるで、もう一人いるかのように。先生が躊躇していると、紫は机に頬杖をついたまま、微笑みを浮かべて先生を真っ直ぐに見つめた。

 

 先生が何かおかしいというように指を立てて机を一つ一つ数え始めた。少し席を外しているレイセンの席を含め、空席は二つ。一つ、二つ、三つ……。

その姿に他の生徒たちは首を傾げながらお互いの顔を見合わせたり、先生を見つめて待っていたりした。

やがて沈黙のカウントが終わり、先生は慎重にクラス全体に尋ねた。

 

「遠野の生徒は、全部で10人だって言ってたよね?」 出席簿にもそうあった。

 

子どもたちはその質問の意図自体が分からないというように瞬きをし、しばらくきょとんとしていた。やがて誰かが口を開いた。

 

「どこか問題でもありますか?」

 

「それが、机が11個置かれているみたいで」

 

 遠野の放置された机は大抵傷んでいた。つまり、手当たり次第に持ってきたところで使えない家具は、先ほどの紫の指揮で弾かれていたはずだった。子どもたちがそれぞれ机を数えてみて、傾げていた首がさらに深く傾く。

 

「本当だ」

 

 しかし、誰一人としてなぜ余分な机を置いたのか、記憶も理由も分からないというように、ざわざわと意見を交わし始めた。

先生は再び出席簿を確認する。最後の空欄。どう考えてもそこには何かが足されなければならないような感覚。

 

全員が奇妙な不安感に襲われ、次第に沈黙が場を支配し始めたその時……。

 

ガチャッと教室のドアが開いた。

 

「遅れてすみません! 探すのに手こずっちゃって……」

 

 ピクッ。耳を一度跳ねさせてレイセンが入ってきた。その手には、初めて見る生徒が首根っこを掴まれたままズルズルと引きずられてくる形だった。

 

「……?」

 

 全員が凍りついた教室に、レイセンは首を傾げながら慎重に入ってきた。

ルーミアとココロが手短に現状を伝えると、レイセンは一体何を言っているのかというように一言吐き捨てた。

 

「何言ってるの? コイシの席でしょ。ほら、捕まえてきたわよ」

 

 その時ようやく、レイセンの手に引きずられていた生徒がピースサインをしながら顔を上げた。

エメラルド色の髪、多少奇抜な柄の袴を着た、無邪気な笑顔の少女。ただ、そのすべての肯定的な雰囲気の中で、瞳にだけは一切のハイライトが宿っていなかった。

 

「ヤッホー。誰も授業の話をしてくれなかったから、知らなかったよ」

 

 その途端、教室内で空気が再び循環し始めた。全員が本当に忘れていたかのように「本当だ! なんで忘れてたんだろ?」「コイシちゃん! 久しぶり!」と声が上がる。

現実に戻ってこられなかったのは先生だけだったが、頬杖をついたまま紫がにやにやしながら先生を呼んだ。

 

「出欠。まだ終わっていませんわよ」

 

 その言葉に、先生はようやく現実へと引き戻された。

先生が戸惑いながら出席簿に目を落とすと、空欄はいつ空いていたのかと言わんばかりに、そこにははっきりと名前が刻まれていた。

 

古明地コイシ。

 

「わあ! やっと名前を呼んでくれたね!」

 

その少女は深淵のような瞳で先生を直視し、微笑みを浮かべてみせた。

 

「何度も目があったのに無視されて、寂しかったんだから」

 

「えー」と周囲の女子高生たちから軽い非難が飛んできたが、先生は背筋が寒くなり、それを気にする余裕はなかった。

 

「よろしくね、先生」

 

 先生は無意識にシッテムの箱を強く握りしめ、そして再び体の力を抜いた。

次は忘れないようにしよう。そう心に誓いながら、遠野での授業が久しぶりに幕を開ける。

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