聖女はやがて魔女になる   作:北上 楓

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10話 聖女伝説 知られざる始まり

 

 監獄見学をすることになったシルドはそこで非情な現実を突きつけられる。理想と現実のギャップに理解が追いつかない中で、看守長のシリュウが囚人を殺害するところを目撃してしまう。それに激怒したシルドはシリュウに戦いを申し込む。だがシリュウはシルドの実力を見るための前哨戦となる相手を用意した。

 そして今その対戦相手がギィ……という音とともにゆっくりとその姿を現す。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

 

 無言。現れたそれらは何も言葉を発することなく、何の感情も伺わせない表情で、何にも興味を持たない眼差しでただ見下ろしていた。その様子に驚くシルドだったが一番の理由はそれではない。シルドは彼らの風貌に何よりも驚いていた。

 

「あああ……なんてことを……シリュウ看守長!私の婚約者を傷つけたら承知しませんぞ!」

「俺に言うなよ。すべてはそいつら次第だ。」

「さらっとシルドを婚約者に仕立て上げるのやめな野心家。」

「すいません、この動物たちは何でしょうか?」

「そいつらは獄卒獣だ。もとは動物系の悪魔の実の能力者だったが能力の覚醒に失敗して意志が動物に持っていかれた奴らだ。いわゆる囚人に罰を与える地獄の鬼ってところだ。」

「人間なのですか!?」

 

 シリュウの言葉におぞましいものを覚えるシルド。署長室に入ってきたのはそれぞれが武器を持った巨大な動物たちだった。牛、シマウマ、コアラ、サイ、アルマジロ、さまざまな動物たちが人間のように二足で立ち上がりそのどれもが鼻水を垂らし何を考えているのかわからない表情をしている。あるいはシリュウの言葉を信じるのなら何も考えられないのか。

 

「それで何をさせるつもりですか?」

「無論、こいつらと戦ってもらう。今はおとなしいが命令ひとつで冷酷に刑を執行する処刑獣だ。動物の怪力に無尽蔵の体力で疲れ知らず、おまけに調伏済みで逆らうこともない便利な連中だ。」

「そうですか………味方でもお構いなし…か」

 

 目の前に立ち並ぶ獄卒獣を哀れに思いシルドはインペルダウンへの不信感を募らせる。

 

「……では始めましょうか。」

「じゃあ私は少し失礼するよ。年取るとずっと立ってるのがつらくてね。」

 

 そう言ったおつるはおもむろにしとやかな姿勢でシルドの後ろに座り込んだ。唐突な行動に周りの目が集まるもののその姿があまりにも美しく堂々としていたため誰も動くことができなかった。

 

「おつる中将?」

「シルド、私はさっき言ったね。お前は聖女として世界の皆から助けてほしい、救ってほしい、そんな夢を託された。これから私はここを動かない。」

「!」

「夢、見せてみな。」

「……はい。」

 

 目を閉じ自分のすべてをシルドに託すことでおつるは激励する。

 

 聖女として託された理想、それはシルドの掲げる理想と同じものだった。それを叶えるためにもたとえ組織の仲間であろうと聖女として理不尽な行いは見逃すことはできない。そして聖女は覚悟と共に戦う決意を固める。

 

(理想を叶えるための聖女として最初の仕事だ。)

「お待たせしました。お願いします。」

「じゃ、せいぜい死なねえようにな。」

 

 その言葉を合図に獄卒長から指示が飛ぶ。その途端今までおとなしくどこを見てるのかわからなかった獄卒獣たちが一斉にシルドへ視線を向ける。各々が武器を握りなおしシルドへ向けるが、当のシルドはその敵意に対して拳を構えることはなかった。

 

 そして前哨戦が始まる。最初に飛び込んだのはアルマジロだった。姿勢を低くして進行方向上にシルドを完璧に捉えた突進、さらにアルマジロは巨大な角を生やした兜を武器として頭に被っていた。その巨体からは想像もつかないほどのスピードで突っ込んだそれは単純でかつ必殺の一撃となるのは間違いなかった。

 しかしそれでもシルドは動揺を見せずただじっと立ち塞がるだけだった。二本のうちの一本が微動だにしないシルドの体を貫く。しかしその鮮血が後ろのおつるを赤く染めることはなかった。

 兜の角の先端を横から脇で抱えるようにして受け止めていた。目の前まで角が迫っている状況であっても目を瞑ったままのおつると、高速で突進し体を貫こうとする怪物を前にしても一切動じないシルド。二人の度胸に周りはひと言も発することができない。

 

(一応味方だし、なるべく怪我させないようにするか。)

 

 角を抱えたままシルドはアルマジロの被る兜に向けて手刀を振り下ろす。

 

 ゴォォーーーン!!

 

 傷つけないよう加減された放たれた手刀は、それでも青銅の鍾でも突いたかのような鈍く低い音を響かせアルマジロを気絶させる。兜が震え音を立てるほどだった手刀はいかに頑丈な獄卒獣でも脳を揺らすのには十分だった。

 

「ご、獄卒獣を……一撃………?」

「一番硬いミノアルマジロを……兜の上から……」

「あわわわわわ………私の婚約者怖い……」

「へぇ……」

「これが『鉄甲聖女』か……」

 

 一瞬で獄卒獣を沈めてみせたシルドに、ある者は理解できないものを見たかのように驚き、ある者は恐れ、ある者は興味深そうに見据え、ある者は噂通りの実力に感嘆する。ただ一人おつるだけは当たり前のように平然としている。

 

 それらの反応を無視してシルドは気絶したミノアルマジロを傍らへ放り投げ次の相手を呼び込む。

 

 次に来たのはステレオタイプな金棒を持った牛、ミノタウロス。ミノアルマジロと同様に猛スピードで迫り一気に金棒の射程距離内へ入り込み軽く虫を払うように横薙ぎに金棒を振るう。

 

 先程のミノアルマジロもそうだが獄卒獣は感情を滅多に見せない。囚人に刑を執行するときもただ無情に作業的に武器を振るうだけだ。あまりにも機械的なその姿は恐怖の対象として囚人どころか職員からも恐れられている。しかしそれでもシルドは目の前の獄卒獣に対して恐れも怯えも絶望も見せず立ち向かう。それは決して相手の実力が分からないわけではなく、かといって比較して自分が勝っていることに天狗になっているわけでもない。シルドが考えていることはひとつ……

 

(全員武器を持ってるなら、砕けば7割方勝ちだ。)

 

 右から振り抜かれる鉄の塊に対し鋼鉄の拳を叩きつける。傍から見れば防御のために拳を置いたように見えるがシルドの膂力であればれっきとした攻撃となる。拳が叩きつけられたところからヒビが入る。たかだか直径数十センチ程度の金棒を殴り折るくらい覇気を使わずとも容易だった。すべてを壊す圧倒的なパワー、これこそ鉄甲聖女の名前の由来であった。ガキーン!!という金属がぶつかる甲高い音とともに金棒は粉砕される。さすがの獄卒獣であっても武器を砕かれてしまえば動揺を隠すことはできない。周りで見ていたインペルダウン関係者の驚きはそれ以上だった。

 

 しかし武器を失っても命令を実行するのが獄卒獣だ。破壊された金棒の柄を放り捨て動物系の能力者が誇る怪力で殴り飛ばそうとする。通常であれば正解であったその行動は鉄甲聖女の前では一番の愚行となってしまう。振り下ろされる拳を掴み、勢いをそのまま利用しグイッと引っ張って体勢を崩させる。そして前のめりに倒れ込む巨体のみぞおちに拳を突き上げる。

 その一撃では気絶していないことを察したシルドは確実に意識を刈り取るためにうなじに手刀を叩き込む。見た目が動物であろうと神経の通り方は人間のそれだったため、正確に打ち込まれた手刀は見事ミノタウロスの意識を闇の中へ落とす。

 

「次」

 

 淡々とどこまでも冷酷に告げるシルドにさすがの獄卒獣たちも動揺を覚える。頑丈が売りの獄卒獣を瞬く間に二人も鎮圧させた目の前の人間を明確に脅威であると認識する。

 

「……………」

「どうしました?先程までの攻勢が見る影もありませんが。どうぞ遠慮なく、来なければこちらから向かうまでですので。」

 

 本人にその意識はないだろうが、そう言い切るシルドの態度は獄卒獣の動きを止めさせるほど酷薄だった。士官学校時代から発現するようになった冷酷で残忍な力。完全に制御下に置いたその力を携えて歩み寄るシルドを警戒し不用意に動かず様子を見る三人の獄卒獣たち。

 

 シルドがコアラの獄卒獣の拳が届く距離まで近づいたとき、メリケンサックをはめた拳が振り下ろされる。一発、二発、三発、防御する隙さえ与えない高速の連打が襲いかかる。動物系の無尽蔵の体力を最大限に活用して、当てることよりも何もさせないことに全力を注ぐ。その効果はあったようで猛攻をしのぐばかりのシルドは攻めあぐねていた。

 

(結構やるな……性格の差とか……?)

 

 明確な戦略的意図がある戦い方に感心するシルド。前二人の戦い方が動物系のメリットを押しつける単純なやり方だったのもあり、コアラの戦い方には新鮮さを覚えた。

 

 攻めながら少しずつ前へ進むコアラとかわしながら後ろに下がっていくシルド。おつるの目の前まで下がったときシルドの体に力が込められる。その直後、動物の中でも特別怪力であるコアラの腕力から繰り出された右フックを真正面から鉄甲拳で反撃する。激突の衝撃でメリケンサックが砕かれるも、その先の骨までは砕くことはなかった。

 武器が砕かれ一瞬怯んだ隙に両手で片腕をがっしりと掴む。そしてシルドは自分の胴ほどの太さはあるその腕を引き千切ろうとした。

 

「!?グォッ!グォォォァァ!?」

「ひっ…」

「ミノコアラのあんな声初めて聞いたぞ……」

 

 ブチブチ……ミチミチ……と筋肉と血管が千切れる音が小さく響き気の弱いものは耳を塞いだ。当然当事者であるミノコアラはそれらの比ではなく、激痛と恐怖に歪んだ顔で逃れようとひたすらにもがく。獄卒獣が滅多に見せない感情を、それもあれほどまでにあわてふためいたさまを見た者たちが目を疑うのも無理はなかった。

 

 突然シルドは掴んでいた手を離す。ゆっくりと襲ってくる痛みから解放されたミノコアラは涙を流しなりふり構わずその場から逃げ去る。獄卒獣として調伏された存在であればあり得るはずがない命令違反、敵前逃亡の瞬間だった。

 

「お、おい!どこ行く!戻れ!」

「あわわ…獄卒獣が逃げるなんて……」

 

 調伏したはずの獄卒獣が逃げ出したことに戸惑い、とりあえず戻るよう指示をする獄卒長だが、それでもシルドへの恐怖が勝つようで命令を聞く様子はなかった。その光景を見てさらに震えを強くするハンニャバル。

 

 獄卒獣を相手に怒涛の三連勝。これこそ鉄甲聖女の実力だと誰もが感じた。しかしただ一人、シルド本人が自身の身体に違和感を覚えていた。だがそれは決して悪いものではなくむしろ逆だった。

 

(なんだかいつもより体が動くような…柔らかいというか。それなのに能力を使ったときはいつも以上の硬さになってる。)

 

 今までのシルドであればあのミノコアラの連打はしのぎきれるものではなかった。そのうちの何発かは有効打となり確実に体力を削っていたはずだった。ミノタウロスの金棒も普段の硬度であればあの一発では粉砕することはできなかったはずだ。

 

 それらが可能になったのはシルドが自覚していない2つの要因がある。体が普段以上の硬度になったのはシルドが自身の身体に日常的に武装色の覇気を込め続けていたからだ。鋼鉄の体と肉体を硬化させる武装色。類似した特性を持つ2つが長期間触れ合ったことで混ざり新たな鋼へと変容した。以前のものと比べわずかに黒く染まり、硬度は武装色の硬化並みにまで引き上げられた。覇気の特性もわずかに有しており新たな武器としては破格の性能を手にしたことになる。

 

 もう一方の機動性に関しては様々な可能性が考えられた。LEVEL4の高熱により鋼鉄の体が軟化した、殲滅状態の体の使い方を覚えた、心境の変化が身体に影響を与えた。それらのうちのどれが正解かは不明だがこれにより以前よりも柔軟かつ迅速な攻撃が可能となった。

 

 そしてシルドは現時点でこれらの変化をシルド自身がどんな要因であるかを知るすべはないのだが、今は「そういうもの」として受け入れ使うことにした。

 

(ま、いいか。強くなったなら嬉しい限りだ。)

 

 思考を切り替え残る獄卒獣二人に向き合う。同僚が泣きわめきながら逃げ去る様を見ていた二人はわずかながら萎縮していた。

 

「どうしたお前たち、さあ行け!」

 

 それでも指示がされれば動かざるを得ないのが獄卒獣である。突撃の指令が鞭とともに飛び、萎縮していた体をなんとか動かし同時に武器を振り下ろす獄卒獣二人。それを後ろに跳んで避けたところを挟み撃ちの形で意図的なズレを生じさせた連携を繰り出す。真逆の方向から一撃ずつ交互に襲いかかる波状攻撃。本来であれば防ぎ切ることなどできないはずの連撃の一撃目は、片手でがっつり受け止められたことで崩壊する。続く二撃目も同様に掴み取られる。

 獄卒獣の怪力二人がかりでもってしてもびくともしないシルドの膂力に驚愕し動きが止まる。そしてシルドは一撃目に放たれたミノゼブラのモーニングスターを砕き、ミノリノケロスから棍棒を引き抜く。そのまま棍棒を手にしてミノリノケロスに向ければ腰を抜かして座りこんでしまった。その姿を見届けたあとにミノゼブラを睨むと、こちらは腹部を見せるように仰向けに倒れて降伏した。

 

 獄卒獣五人に圧倒的な力を見せつけ勝利した、誰もがそう思っていたとき……

 

「ギシャアァァァ!!」

 

 最初に倒したはずのミノアルマジロが目を覚まし雄叫びを上げる。動物系の能力によって極限まで強化された回復力で復活した彼は、もう一度シルドに向かっていく。「これ以上コケにされてたまるか」という獄卒獣としてのプライドを掲げ闘志を燃やす。

 変形した兜を脱ぎ捨て硬い甲殻に覆われた体を丸め転がりながらシルドを轢き殺そうとする。一度目のものとは全く違う本気の猛進。その獄卒獣のパワーとスピードに鉄と同程度の硬度を誇る体による突撃はまさに重戦車のそれに匹敵した。

 

 突進してくるミノアルマジロに対し重心を落として真っ向から受け止めようとするシルド。しかしさすがのシルドもそれほどの質量とパワーの衝撃は受け止めきれず押し負けてしまう。少しずつ減速させることに成功はするものの、完全にとめることはできず壁を突き抜け隣の区画へ吹き飛ばされる。

 

(……力負けしたの、海軍に入って初めてかも……)

 

 能力で鋼鉄化していたおかげでダメージはほとんどなかったにしろ、自慢だった力で負けてしまったことに少なくないショックを受ける。だが受けたショックもそれによる動揺もパフォーマンスを落とすほどのものではなかった。

 

(師匠にいつも言われてたな。決して力に驕るな、お前より強いやつは必ず現れるって。)

 

 いつか自分の力は通用しなくなる。それは理解していたし覚悟もできていたから、今がそうなんだろうというくらいの認識だった。だからこそすぐに思考を切り替え対抗策を考える。

 

(力の押し合いでは負ける可能性がある、でも私の一撃は兜の上からあの硬い殻を突破して気絶させられた。ならやり方を変えて受け止めるんじゃなくて真っ向から殴り飛ばす。)

 

 方針を定めもう一度ミノアルマジロと向かい合う。それを見てまだ戦意があるとわかったミノアルマジロはもう一度、今度は確実にとどめを刺せるよう力を、回転数を溜めすり潰そうとする。

 

 溜めて、溜めて、溜めて、そして放たれる。猛スピードで突っ込む重戦車は真っ直ぐシルドへ向かう。シルドは先程と同じように一歩も引かず、今度は拳を構えながら走り、高速で転がる球体に鋼鉄の拳を放つ。

 

「鉄甲拳 黒鉄(くろがね)!」

 

 覇気によって変容した体にさらに内部破壊の武装色を纏わせる。膨大な量の覇気を流したことで周囲が炎のように黒く揺らぐ拳をミノアルマジロの甲殻に突き刺す。常識外れの力同士がぶつかり爆発したかのような風圧も巻き起こる。

 

「どっ……せい!」

 

 ドッグオォォン!!

 

 力比べで勝ったのはシルド。戦艦の砲撃を超える威力のある拳は獄卒獣の全力をも凌ぎ、ミノアルマジロの体をもといた署長室の反対の壁まで吹き飛ばす。シルドすら吹き飛ばした突進を正面から力でねじ伏せられたミノアルマジロは、わずかにピクピクと痙攣するだけで立ち上がることはできなかった。

 

 

 

 ふぅぅっ…と長めに一息吐いて体と頭を冷やす。そして自分が吹き飛ばされて空けた穴から戻り、ほとんどの職員がぐったり倒れている獄卒獣らに向けていた唖然とした目で見られながらシリュウへ歩み寄る。

 

「前哨戦、終了しました。では約束通り始めましょうか。シリュウ看守長。」

「……フっ!舐めたこと言って悪かったな聖女サマ。ここまでやられちゃ認めないわけにはいかねぇ。お前は強い、少尉なんぞに収まるレベルじゃねぇほどにな!」

「そんなことより私が勝ったら今までの行動を改めてもらいますよ。」

「フッハハ!いいぞ!久方ぶりに楽しめそうだ!」

 

 腰に下げた刀を握りいつでも抜き放てるよう居合の型を取るシリュウ。それを感情を伺わせない冷徹な目で見据えたシルドは了承とみなし走り出す。

 

「ちょちょ…!これ以上はマズイのでは!?」

「だね。ありがとうマゼランもういいよ。」

「ああ、これ以上は言われなくても動いた。」

 

 周囲が騒ぎ出すのも構わずに戦い始める二人。二人の距離が目の前まで詰まり初撃が交わされようとしたとき

 

「いい加減にしろ。馬鹿者共!」

 

 底冷えするような怒気を孕んだ声が二人を止めた。だがその声だけで戦闘状態だった二人がおとなしく止まったわけではない。ボタ、ボタ、と粘性のある液体が落ちる音になにかが溶けるような音とともに立ち上る煙。二人が振り向くと鬼の形相をしたマゼランよりもその体から伸びるものに目が引かれた。

 それはドクドクの実の能力で作られた毒液の龍だった。紫の液体が滴りながら三つ首の龍を象りこちらを睨む。液体が蒸発しシュー、シューと毒ガスを発生させている様子はまるで吐息のようで生きているようにさえ思えた。

 

「わかった、悪かったからそれはやめてくれマゼラン。」

「もうしません!申し訳ありませんマゼラン署長!」

 

 一目見てこれはまずいものだと判断したシルドは、先に両手を挙げてこれ以上の戦意がないことを示したシリュウを真似て両手を挙げ降参する。

 

「ハァ~…まったく、あまり毒を使わせるな。また腹を壊したらどうする。」

 

 さっと距離を離した二人に大きくため息をつきながら、マゼランは毒の龍をしまって椅子に腰を沈めた。

 

「……はぁーー………一時はどうなることかと思った……!」

「ほんとだよ。シルド!いくらなんでもやりすぎだ!」

「申し訳ありません!壁の修繕は私がやらせていただきますので!」

「当たり前だよ!今すぐ取り掛かりな!」

「はい!」

 

 それからシルドとおつるはインペルダウンの面々に頭を下げながら、海軍本部で補給を行うため船に乗り込み監獄をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 その2週間後、インペルダウンの署長室にて

 

「ふむ……最近シリュウのやつがやけにおとなしいな。なにかあったか?……いや問題が起こらんならいいことだが。」

「俺が静かなのがそんなにおかしいことか?」

「シリュウ!いたのか。」

 

 マゼランが最近のシリュウの行動が大人しくなってることに疑問を覚えていた頃、その本人が所長室にやってきた。

 

「……ま、あんな口約束でも乗ったのは俺だからな。聖女サマの名前が聞こえるうちはおとなしくしとこうかってな。俺なりの聖女サマに対する敬意ってやつだ。」

 

 普段のシリュウを知っている人間が聞いたら自分の耳を疑うかシリュウの頭を心配する程の言葉にマゼランは動揺を隠せない。あまりにも似つかわしくない殊勝な言動にマゼランは考えるより先に言葉が出ていた。

 

「……珍しいなんてものではないな。どういう風の吹き回しだ?」

「…海軍の階級システムは実力重視だったな?」

「…?まぁほかにも任務実績といった貢献度も評価されると聞くが、それがどうした?」

「あいつは少尉なんぞに収まっていいやつじゃねえってことだ。」

 

 やたらとシルドのことを持ち上げるシリュウのことがいっそうわからなくなり言葉を続ける。

 

「確かに非凡な才能ではあると思うが、お前がそこまで言うほどとはな。じゃあどの程度までいけると思う?」

「最低でも少将、中将も余裕だろう。うまくいきゃ大将だっていけると思うぜ。」

 

 今のシルドであればいいところで大佐ぐらいだろうと思っていたマゼランは想定以上の高評価に思わず立ち上がってしまう。だが素行以外、特に強さの面では絶大な信頼を置いているシリュウの言葉を反芻し自分を納得させた。

 

「あのときお前が止めなかったら俺はマジであのままやってた。そして相打ちもどきの辛勝ってところだったろうな。」

 

 あのシリュウにそこまで言わせるシルドに戦慄するマゼラン。そんな人間が海賊にならなかったことに心の底から安堵しながら執務に戻った。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃 おつる隊の軍艦にて

 

「あの、この間から私の電伝虫にいつも着信があるのですが……」

「だから義理で連絡すんじゃないって言ったろ……」

 

 野心家な副署長の執拗なアプローチは、仕事中にまで電話をかけていたことが発覚する一ヶ月の間続いた。

 

 

 

 

 





しれっとオリキャラ出しましたが伏線も再登場の予定もないので深い意味はありません。
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