「………ふぅ」
今日何度目かもわからない深呼吸で心を落ち着かせる。
今私は海軍本部から貸し与えられた小さな個室にいた。私が率いる部隊の編成が行われ、これから初めての顔合わせが始まろうとしていた。
正直かなり緊張している。おつる隊に配属されたときも強敵と相対したときもここまで緊張することはなかった。
私は今までできると思ったことをやっているに過ぎなかった。その結果が鉄甲聖女。そんな私が上に立って誰かを導くなんて……。部下の命を預かるその恐怖が実感として重くのしかかる。
それに選出したメンバーの経歴にも気になる傾向があった。命令の不履行常習、
「………ふぅ」
深呼吸の回数が一つ増える。
考えたところで仕方ない。未体験のものはなんであろうと怖いものだ。今までもそれは変わらなかった。だから今度もきっとなんとかなるはずだ。そう言い聞かせて平静を保とうとしていると、
コンコンッ
ドアがノックされる音に思わず身体が跳ねる。弾かれたように時計に目を向けると、最初の面談予定時間にはまだ余裕があった。時間を間違えていたかと考えながらも、待たせるわけにもいかないのでとりあえず入室を促す。
「ど、どうぞ」
まだ緊張が残る声で呼びかけると、いきなりバンっ!と勢いよくドアが開け放たれ、それと同時に響く聞き覚えのある高笑い。
「ハーハッハッハ!いいねいいね!聖女様といえど人並みに緊張はするようだ!」
「ハイネ少佐!」
やってきたのはおつる隊に所属しているはずのハイネ少佐だった。私が新兵の頃特にお世話になった人だが、今ここに来たということは……
「もしかしておつる中将が言っていたおつる隊からの選出とは……」
「私のことだね。ほかにも数人派遣されるようだよ。それと中将の計らいでこの部隊もおつる隊同様、女性のみの編成になってるって。」
「そうなんですか。なんにせよよかった…ハイネ少佐のお顔が見れて少し安心しました。」
不安に支配されたときのハイネ少佐は頼りになるなんてものじゃないほどの励ましだ。これで幾分か私のなかで余裕が生まれたが、ハイネ少佐はみるみるうちに表情を重く変容させていく。
「少佐……新兵だったシルドが大佐で隊長……私は一つしか階級上がらなかったのに………」
「あ……その、こういうのは時の運もありますし……」
「……ハーハッハッハ!いいさいいさ!かつての部下を今度は私が部下として支えてやろうじゃないか!」
沈んでいたかと思えばパッと明るくなる。この切り替えの早さが精神的な面でとても心強い。自分が沈んでいても明るく振る舞おうとするその姿勢に何度も支えられてきた。おつる隊でもみんなから慕われるわけだ。
「ところで少佐はなぜこちらへ?」
「シルドに顔見せと、私もこれから仲間になる人間を見ておこうと思ってね。少佐で副隊長っていうのも珍しいけど階級的に多分私がそうなると思うしね。」
なにかと出世の機会に恵まれなかったハイネ少佐だが、本来ならもう独立していていいほどの実力者だ。そんな人が副隊長とは……私としては嬉しいがやはり少し複雑な感じはする。それでもこの人と話しているとそんな気持ちさえ忘れてしまうのだから不思議だ。
「そういえば、今回の顔合わせってまさか全員分やるつもりじゃないよね?平均規模より小さいとはいえ総勢500人位にはなるけど。」
「まさか、個人的に気になった人にだけ声をかけました。意図的だと思いますが今回集められた人員、少々経歴が気になる方が多いので。おつる中将も部隊編成のときや追加加入のときにはこうしていたそうです。」
その後もとりとめのない会話をしていればすぐに最初の訪問者が現れる。コンコンッとたたかれるドアの音に今度は動揺することなく応えられる。これもハイネ少佐が緊張を紛らわせてくれたおかげだろう。
「どうぞ。」
「失礼します!」
快活な声とともに入ってきたのは一人の女性。赤いショートヘアを毛先だけ白く染めたスタイルが明るい印象の彼女によく似合う。
「この度シルド隊に配属されました、ヤツメと申します!聖女様とともに戦えること生涯の誇りです!よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。私がイアン・シルドです。」
「存じております!シルド様!」
「シルド様!?」
私が聖女と呼ばれるようになってから10年足らず。聖女の信者がいることは知っていたけど思わぬ形で出会ってしまった。それもかなり信心深そうだ。
「ずいぶん聖女、シルドのことを慕ってるんだね。あ、私はユーグリット・ハイネ。少佐だよ。」
「当然です!私にとって聖女様は生きる支え!目指すべき人生の道しるべなのですから!」
お、重い……。ハイネ少佐の自己紹介もまともに聞いていないようだった。これだけの感情を持ってるとなると何かあったと考えるのが普通だけど……
「そ…そうなんだ………何かエピソードがあったりするのかな?」
「もちろんです!忘れもしません。あれは5年前、孤児だった私を拾ってくれた町にあの聖女様が所属するおつる隊がやってきたんです!」
「そうだっけ……?そうだったかも……?」
「そして聖女様はなんと私が働いていた酒場にお越しくださったのです!そこで私は聖女様が掲げる理想の正義を聞き感銘を受けました。そして確信しました!この方ならその理想を必ず実現すると!だから私は聖女様の力になるために海軍を志し、士官学校に入学したのです!」
「へー、そんなことがあったんだ……シルドの方はどうなの?」
「………………」
今の話を聞いてハイネ少佐は私にも確認を求める。しかし私はその問いかけに即答することができなかった。
なにを隠そうヤツメさんの話した過去と一致する記憶が私にはなかったからだ。ヤツメさんには本当に申し訳ないがそのことについて詳しく思い出すことができない。確かに聖女と呼ばれだしてから酒場に行った記憶はあるのだが、そこにヤツメさんがいたかどうか、私が正義を語ったかどうか全く思い出せない。5年前のことだから思い出せないこともないはずだけど………酔ってた…とか?
「……シルド?どうかした?」
「…!いえ……なんでもありません……」
どうしよう……謝るべきだけど……でもここまで尊敬してくれているヤツメさんになんていえば……
「ところでさっきから気になってたんだけど、その髪キレイだね。似合ってる。」
「わ、ありがとうございます!」
悩んでいたところでハイネ少佐が話題を変えてくれて首の皮一枚繋がった。
「実は海軍のイメージカラーに合わせて染めてみたんです。海軍って青のイメージ強いんですけど、制服とかコートとかは白なんですよね。」
「白ですか?」
ハイネ少佐がヤツメさんの髪について聞くと意外な答えが返ってきた。色の割合を見る限り白い髪を赤く染めているのだと思っていたが本人は白のつもりらしい。
「でも…ほらここ、毛先の部分だけ白いよ。」
「え……やば!?染め忘れましたぁ!」
「……妙な染め忘れ方したね。」
指摘された途端あうあうとうめきながら頭を押さえてうずくまってしまう。どうやら今の今まで気づいていなかったらしい。ということは本来の髪色は赤なのか。
「すみません……少し失礼していいですか……」
「ええ…もう顔合わせは終わりましたし……なんにせよ今日は話せてよかったです。」
「はい……失礼します……」
「…そうだ忘れるところでした。ヤツメさん3日後の正午過ぎに広場の一角を借りましたのでお集まりください。簡単なレクリエーションを企画しておりますので。」
「え!?聖女様自ら!?わかりました!失礼します!」
バタン!と勢いよくドアを閉じ飛び出していってしまう。落ち込んでいたように見えたがあの様子なら大丈夫そうだ。
「レクリエーションなんて用意してあったんだ。私も初めて聞いたよ。」
「歓迎も兼ねたちょっとしたものを。ハイネ少佐にも参加してもらう予定ですよ。」
へぇ…とどこか含みを持ったような表情でこちらを伺ってくるハイネ少佐。これまでのやらかしから何か怪しまれているのだろうか……
「まぁいいか。さ、まだ1人目だよどんどん行こうか!」
「はい。」
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「イスニア・フランチェスカ……曹長です。スカー隊から移籍してきました。」
「よろしくお願いしますイスニア曹長。私が隊長のイアン・シルドです。」
「フランで大丈夫です聖女様。」
次に訪れたのは金髪のショートツインテールで碧眼の女性海兵。私を聖女様と呼ぶ彼女だがヤツメさんと違い信仰の域にまではいってないようだ。そんな彼女はわずかに高貴さを感じさせる雰囲気を放つが、その目はどこか疲れ切っていて光を感じられなかった。
「スカー隊……たしか無謀な作戦ばかりとって海兵の犠牲者を多く出しているとか……任務に忠実ではあるけどあまりいい噂は聞かないところだね。」
「はい……隊長のスカーは自分の実力を声高に喧伝するくせにそれほどの実力があるわけでもなく、作戦の失敗を部下のせいにしたり……女性をただの道具としてしか見ていませんでした。」
「…というと?」
「……私は後衛での銃撃支援の訓練を積んでいました。しかしスカーは私を前衛、それも能力のみを頼りにした弾除けとして使いました。私の能力は期待されるほどの性能ではありませんので何度か銃弾を食らいました……」
「能力って……悪魔の実?」
「はい。フラフラの実という悪魔の実の力です。」
自分の強みを認識してそれを伸ばす訓練を積みながら、それが活かされることはなくあまつさえ弾除けにされるなど……フラン曹長の目から光が失われるのもわかるというものだ……
「言いづらいことをすみません。重ねてすみませんが、そんなことがありながらなぜいまだ海軍に籍を?報告を行えば簡単に退役できると思いますが。」
「それが力を持ったものの宿命だからです。」
まっすぐこちらを向いてはっきりと言い切ったその言葉を聞いて私ははっとさせられた。いつかの私が抱いていた思いと同じことを語る彼女の目は先ほどとは打って変わって光を宿していた。
「……なるほど、ありがとうございました。こちらからは以上です、それと3日後の正午過ぎに広場へお集まりください。」
「わかりました。それでは失礼します。」
淡々と必要なことだけを話していったフラン曹長の目は、来たときと同じように光を映していなかった。けれどこうして話を聞いて彼女の人となりがわかったような気がした。
「なんか終始重い空気だったような気がするね…ヤツメと比較するとより一層…」
「私は本来こういうものだと思っていましたから落ち着いてやれた気がします。」
「そういうもの……かもね……けどもう少しくらい明るめにやってもいいんじゃないかな。」
「そうしてみます。」
「ケーラ・セーラ軍曹です。ペチャペチャの実の能力者で、以前は
「こちらこそよろしくお願いします。」
「ペチャペチャ?」
「簡単に言うと人間電伝虫です。マーカーを置いた場所に声を届かせることができます。ただ一方通行なので会話はできませんけど。」
「あ、おしゃべりのペチャペチャね。」
「
「能力を駆使した潜入がメインでした。戦闘面での不安はありませんのでご心配なく。」
「頼もしい限りです。」
「ちなみになんで海軍に来たか聞いてもよかったり?」
「………上司からセクハラを受け、抵抗したらクビにされました。」
「っ……そっ…か………言わせちゃってごめんね。」
「……お話くださりありがとうございました。では3日後の…」
「レクリエーションですね?ハイネ少佐から通達がありました。」
「今日の分の子には休憩もらったときに伝えといたんだ。いちいち説明するのシルドが大変そうだったから。」
「あとドアに張り紙とかしとくのもいいかもしれません。それなら待ってる間に確認できますし。」
「いいね、明日からそうしてみるよ。じゃあ準備は私の方でやっておくから。」
「あ…ありがとうございます。」
(私が隊長のはずが世話を焼いてもらっている?)
「よし!この調子でサクサクいこうか!」
「パルモア・シス少尉。よろしく。」
「よろしくお願いします。私は…」
「聖女様でしょ。今どき知らない人いないし。」
「ちょっといいかな。あまり細かいことは言いたくないんだけど、初対面で年齢も階級も上の相手ぐらい敬語を使ったらどうかな?」
「………はぁ、失礼しました……でもこれだけは言わせてください。私のモットーは青キジ大将に倣った嫌々やる正義です。前時代的な熱血思想の強要はやめてください。」
「おぉ……これはまた、ある意味思い切りのいいのが来たな…」
「……わかりました、気をつけます。敬語の方もシス少尉が話しやすいようにしてくれて構いません。私相手であれば何も言いませんので。他になにか言っておかなければならないことはありますか?」
「……いいの?あ、いえ……なにも、ありません。」
「ではこれで。また3日後にお会いしましょう。」
「前から思ってたんだけどシルドってさ………」
「なんでしょうか?」
「………いや、なんでもない。全部終わったらまた話すよ。」
「あたしらは人呼んで筋肉三人娘!あたしがカレン!」
「いついかなるときも3人で1人!アタシはアリス!」
「一心同体。……あ、ニーナ。」
「はあ…」
「見な!この筋肉!」
「生き物である以上!力こそがすべて!」
「パワーイズジャスティス。パワードバイパワー。」
「それ使い方あってます?」
「ゆえに私らより力の劣る奴に従う理由はない!」
「最強の私たちこそ一番えらい!」
「弱肉強食。」
「ハーッハッハッハ!いいねいいね!これぐらい威勢が良ければしごき甲斐があるというものだよ!」
「うわなんだこいつ突然。」
「キッショ、近寄らんとこ。」
「情緒不安定。」
「ハイネ少佐今は真面目な場ですので。」
「は?」
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「………こちらからは以上です。ありがとうございました。」
「失礼します!」
「………フゥ」
「お疲れ様〜また癖の強いのが多かったね。」
太陽が傾き空が夕焼けに染まり出そうとした頃、あらかじめ声をかけておいた全員分のクルーの顔合わせを終えた私は大きく息を吐いて椅子に沈み込んだ。総勢50人との2日にわたる面談は体力的にもそうだが、なにより精神的にもかなり消耗した。
「ある程度絞ったつもりでしたがさすがに無謀でしたかね。」
「やりきったんだからいいさ。」
「というか今さらですけどこれなにかの面接とかだと思われたのでは?」
「違うの?私は最初からそのつもりだと思ってたけど。」
「あぁやっぱり………違うんです特に深い意味とかなくて単純にどんな人か気になっただけなんです……」
途中から雰囲気が重くなっていってもしやと思っていたが、ハイネ少佐も同じように思っていたらしい。けれどこれで私の中の部下の人たちへの疑念は解消された。あと残っているのは海兵にとって最も大事な要素………
「そうだシルド、明日のレクってどんなのやるか聞いてもいい?私も参加するならどんなのか知っておこうと思って。」
「………そうですね、本当は直前まで秘密にしておこうと思っていましたがハイネ少佐であれば他言はしないでしょう。」
私はハイネ少佐に話した。明日のレクリエーションのこと、そしてそれは海兵にとって最も大事な要素を見極めるためのものであることを。
「……へぇ……ふぅん……ほぉ……………うっわぁ………」
私の狙いを聞いたハイネ少佐は生返事を繰り返しながら最後には少し青ざめながらこちらを冷めた目で見てくる。まごうことなきジト目でのドン引きだった。
「なんか脳筋が考えたバカみたいな企画って感じ……いや実際そのとおりだったんだけど……」
「なにを言いますか。ここが最も大事なところです。手抜きはできませんし、なによりこれが一番わかりやすいでしょう。」
あまりにもな物言いに納得のいかない私の抗議も、いまだにうーんうーんと唸っているハイネ少佐の目にも耳にも届かない。それなりに長い付き合いのはずだが意外と信頼されていなかったりするんだろうか……
「いやー…別に言いたいことはわかるしシルドの事信頼してないってわけじゃないよ?むしろ違う方に全幅の信頼を置いてるというか、あぁどうせまたやらかすんだろうなとか……」
「失礼な………そういえばハイネ少佐、私になにか聞きたいことがあったのでは?」
「え?あーあれか……いや今はいいや。さっきの話を聞いたら明日にでもその答えは見られそうだし。」
「…?」
「じゃっ、そろそろ私もおいとまさせてもらおうかな。」
聞きたいことがあると言っておきながら、最後に気になることを言い残しハイネ少佐は立ち去った。私も明日のために準備しておくこともあるし帰るとしよう。
そうして私は本部から自宅として与えられた家へと足を向けた。
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翌日、レクリエーションの集合場所である広場の一角には大勢の海兵がすでに集まっていた。ハイネ少佐の言うとおり集まっているのは女性の海兵ばかりだ。
本当はもう少し早く着くつもりでいたが、昨日の帰り道でおつる中将と会い、今日のことを話すと「上が早く着いてると下のやつが困るから行くときは遅れるぐらいで行きな。」と忠告をもらった。なので今は全員がそろったと思われるまで建物の影から様子をうかがっている。
時間的にもそろそろ頃合いだろう。私は建物の影から飛び出し全員の目の前まで歩き出す。集まっていた海兵は誰に言われるでもなく見事に整列をしていたが、これだけ集まればざわつきのほうが目立つのは当然だった。それが私の姿を確認した一人がしんと静まるのを皮切りに、静寂が波のように広がっていく。流石だな、と感心しながら私は全員から見える位置に立って、事前に考えていた進行通りに話し始める。
「みなさん本日はお集まりいただきありがとうございます。私がこのシルド隊の隊長イアン・シルドです。」
今回のために練習を重ねてきたおかげか、順調に進めることができている。私のなかで少し余裕が生まれ、集まった海兵の顔や姿が見えるようになった。
姿勢を崩さず静かに私の話を聞いている者、噂の聖女の姿に目を輝かせている者、大きく分ければこの二通りだった。そのなかで一人、周りの様子など目に入らないというほどにキラキラした目を向けている人がいる。こういう場でもヤツメさんは変わらないらしい。ヤツメさんの方に目線を合わせほほ笑んでみると、ヤツメさんは途端に天を仰ぎ撃ち抜かれたかのように胸を抑えながら崩れ落ちそうになる。声を上げないよう堪えたことは評価したい。その後ろでは悶えるヤツメさんにフラン曹長が冷ややかな目を送っている。
少し離れたところに白のマフラーで口元を覆った白髪ボブの海兵とその隣に深い青の髪をそのまま流した海兵を見つける。ケーラ軍曹とシス少尉だ。高身長で凹凸のはっきりしたスタイルのケーラさんと小柄で慎ましやかなシス少尉が並ぶとその違いがはっきりとわかってしまう。
後ろの方に目を向けると例の筋肉三人娘を見つけた。全身筋骨隆々で体格だけならゼファー先生に近い彼女たちを見つけるのは容易い。だが正直に言って彼女たちが素直に来るとは思っていなかった。やはり昨日のパフォーマンスが効いたのだろうか。目の前で刀を指2本で折っただけなのだが。
そして列から離れしれっと私の傍で副官のように控えているハイネ少佐。現状そのとおりだからなにも問題はないけど。
「……では挨拶もこのぐらいにして、本日行う企画の説明をさせていただきます。」
気づけば長々と話し続けてしまっていたのを切り上げ本題に入る。
「海軍に求められる資質はいくつかありますが、そのなかで最も重視されるのが戦闘力です。皆さんの経歴は拝見させていただきましたが書類では戦闘力を確認できません。そこでみなさんにはそれぞれでその実力を見せてもらおうと思います。」
一呼吸入れて様子を見回す。それぞれが多様な反応を見せながら私の次の言葉を待っている。
「みなさんにはこの場で戦ってもらいます。……私と。」
「!?」
「もちろん1対1ではありません。私とあなた方、1対500、全員同時にお相手いたします。」
「え!?」
私の言葉に2度驚くことになった女性海兵たち。ただでさえ格上というだけで萎縮するのにそれがあの聖女様相手なんて、いやそれよりも1対500なんて正気の沙汰じゃない。そんなざわめきが耳に届くがそれらをいったん無視して話を続ける。
「複雑なルールはありません。銃、刀、棍棒、能力、毒。なにを使っても構いません。それぞれが一番力を発揮できる戦いを見せてください。」
「ですが2つほど守っていただきたいことがあります。1つは味方同士の妨害は決してしないこと。誤射であっても2回目以降は失格とみなしシルド隊への配属は認めません。私はおつる中将と面識がありますので多少の無理は通してもらえます。冗談などとは努々思わないように。」
続く衝撃的な通告にざわめきも忘れて呆然とする一同。実際そんなことになったら私もただでは済まないが一応本気である。人にいたずらに武器を向けるような人間は海兵としてふさわしくない。おつる中将も理解していただけるはずだ。
「もう1つは決して躊躇しないこと。戦力差は歴然ですが私の実力を考慮すればあなた方のほうがわずかに有利といったところです。一瞬の躊躇いが戦力差をひっくり返します。たとえ10人だろうと、100人だろうと、全員で一斉にかかったとしてもそれぞれ本気でお願いします。これはあなた方の実力を見るほかにあなた達自身の身を守るためにも必要なことです。下手に手を抜かれてしまうとこちらが不意に壊しかねませんので。」
新兵と実戦経験者が混ざった寄せ集めの集団とはいえ、500という数は私を苦戦させるには十分だ。だからこちらも手加減はあまりできない。もちろん細心の注意は払うが思わぬ事故が起きては取り返しがつかない。それを防ぐために受け身や防御の態勢をしっかり取ってもらう必要がある。
「それとこの試合……いえ、模擬訓練ですね。こちらは辞退してもなにかペナルティを科すつもりはありません。参加の強制はしませんので希望者のみ私に向かってきてください。しかし私は今この場で体験しておくことを推奨します。」
私の言葉で安堵しかけていた雰囲気が再び引き締められる。
「海賊王ゴールド・ロジャーの処刑から始まってしまった大海賊時代。不本意なことですがこれが今の時代の名前であることは否定できません。今この瞬間も世界の海には海賊があふれ蹂躙が行われているかもしれません。私たち海軍はそんな悪行を止めるべく組織されたのです。そこであなたたちに問います。今私という強敵から逃げ、海賊に立ち向かえますか?」
私の言葉を聞いた大多数はそこで静かになった。ただその面持ちは責められたことによる反省ではなく、私の意図に気づき海兵として正しくあろうとする真剣さによるものからだった。
「四皇を始めこの海には私よりもはるかに強大な者が存在します。我々海軍はそんな輩共にも立ち向かわなくてはなりません。なぜなら私たちが逃げれば次に狙われるのは私たちの後ろで怯えている一般人たちだからです。」
私の話を全員が姿勢も表情も変えず真剣に聞き入る。なかにはすでに覚悟を決めたよう目をしてる人も見えた。
「私たちは海賊に対抗する最前線戦力であり、市民を守る最終防衛ラインです。今ここで私から逃げ出す者にその覚悟ができますか?」
否。そんな人間は本番でも逃げ出してしまうだろう。そう思ったのは私だけではなく、今目の前に対峙している総勢500人の海兵全員が同じ思いを持ち、そのうえで誰一人逃げ出すことなく私の話に耳を傾けている。
「……私からはこれで以上となります。その他聞きたいこともあるでしょうがまずは実際にやってみましょう。質問はその都度答えていくこととします。」
私は壇上から飛び降り全員の目の前に着地する。そのままゆっくりと歩き始めきれいに整列しているところを横切る。私の邪魔にならないよう周囲の人が私の歩みに合わせて避けていく様はどこかで聞いた神話の出来事のようだった。
そして500人の中心まで来た私は高らかに宣言した。
「それでは…始めましょうか!」