「それでは…始めましょうか!」
500人の海兵の真ん中から模擬訓練の開始を宣言する。その後すぐに全員が私から距離を取り私を中心に円を描くように取り囲む形になった。開始直後の先制攻撃の警戒と同時に、様子見の間にチームアップと作戦会議が行われているようだ。今の一瞬でこの陣形を取れる判断力、この時点でここに集まったメンバーのレベルの高さを推し量れる。
いつ誰が行くか、その駆け引きが私と彼女たち、そして彼女たち同士で水面下で行われる。そんなとき1つの集団が一歩前に出た。
「ハッ!さっきからわかったようなこと言ってんじゃねぇよヒョロ女が!」
「なんだっけ〜?アタシらがビビりで根性なしだっけ〜?」
「心外。」
「…そこまでは言ってませんよ。」
出てきたのは例の筋肉三人娘だった。先頭に立って私を貶したカレンさん、先ほどの私の話を曲解しているらしいアリスさん、口数の少ないニーナさん。その三人がそれぞれ武器を持って私に対峙した。
「最初に言ったよなぁ。あたしらはあたしらより弱いやつの命令は聞かない。今までそうしてきたしこれからもそれは変わらない。」
「命令違反とか知らんし、そもそも雑魚の命令なんて聞く必要な〜し。」
「素人は黙っとれ……」
独自の持論を展開する3人に私のみならず周囲で聞いていたメンバーが若干呆れた様子を見せる。
「本来こんなところに来る必要もなかったが、あそこまでおちょくられちゃ一度痛い目見せなきゃこっちの気が済まないんでね。」
「それは私の脅しに怯えて言うとおりにした、ということですか?」
「カッチーン。あーキレた。今のキレたわ。カレン、ニーナこいつボコそ。」
「潰す。」
「ヒョロっちいくせに覚悟できてんだろうな……!」
「どうぞご自由に。そもそもあなた方が持論を押し通すなら、私を倒しこの場で一番強いと証明すればいいだけのことです。」
「…っ!言われなくてもそうするよ!」
怒号とともに両手に持った大盾を構えながらカレンさんが突進する。カレンさんの持つ盾は両手に持って合わせることで2つの盾を1つにできるもので、合わされば巨大な扉のようになる。片方だけでもカレンさんの半身が隠れるほど大きく、ひとつに合わさったそれはすっぽりとカレンさんの体を覆い隠していた。
私に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるカレンさんを横にそれて回避する。考えもなしに突っ込んであっさりと横を取れてしまう。拍子抜けだと思った瞬間それらすべてが間違いだったと気付かされる。避けられたことも構わず走りを止めないカレンさんの背中が横から見えるはずだった。だが私の目に飛び込んだのは拳に刃のついたガントレットを装着したアリスさんだった。ノコギリのような刃が腕から手の甲にかけて走るように何本も並ぶそれを私に向けて振り抜こうとしていた。
アリスさんの姿を見た時点で後ろに跳んでいたが、それでも執拗に拳を振りながら追ってくるアリスさんをやり過ごすため一度上空に避難する。私が上へ飛んだそこにちょうど襲いかかる鉄球。咄嗟に手を伸ばし横に押しのけるようにしてあしらう。月歩で滞空しつつ下を見ればニーナさんが鎖を手に持ちこちらを睨んでいた。ニーナさんが手に持つ鎖の先を見れば当然のように先ほどの鉄球にたどり着く。
3人の連係攻撃をかいくぐった私は再び陣形をとっている三人から距離を離したところへ着地する。
(なるほど……)
初撃のカレンさんの突進……一見無謀にも見えたあれこそが一連の攻撃の起点となっていた。大盾で自身の体ごとアリスさん、ニーナさんを隠し突撃。突撃を横に避ければニーナさんの追撃が待っており、上に跳んで逃げれば死角から出てきた鉄球に狩られる。そして一連の攻撃がすべて成功しなくてもそのときにはすでにカレンさんの再突撃の準備が完了している。対個人戦法としてはかなり完成度が高い。さっきも私が着地する瞬間を狙ってきてもよかったのに反撃を警戒して迂闊に飛び込んでこなかった。手ごわいが、つけ入る隙がないわけでもない。
「よーしやれるぞ!もう1回だ!行くぜジェットストリームタクティクス!」
「り!」
「ん」
さばくので手一杯だった私を見て勝機を見出したのか、より一層自分達を奮い立たせて攻撃の準備を進める3人。その判断は正しい。この戦法はいかに相手に対策を立てられる前に決められるかが全てだからだ。
筋肉三人娘が使う戦法、ジェットストリームタクティクスの弱点は、わかっていれば対策は容易なことだ。この戦法は大きく分けると突進、格闘、鉄球の3つしか攻撃パターンがない。1つずつ適切に対処して擬似的に一対一の形を取り続ければそこまで怖いものではない。特に二撃目、アリスさんが担当しているタイミングが狙い目だ。盾の裏から出てくるのがわかっていれば奇襲の効果はなくなり、持っている武器も間合いに入り込めやすいもので比較的攻略しやすい。最初にここを崩し、続けてニーナさん、カレンさんの順で1人ずつ制圧していくことがこの戦法を攻略するセオリーになるだろう。
そうそれが定石だ。戦闘に長けた者、この戦法の弱点に気づいた者なら必ずたどり着く模範解答。
だが私よ、それでいいのか?自分自身ですでに気づいているだろう。これよりもはるかに簡単で確実な攻略方法があることを。
「やるぞてめぇら!腹ぁ決めろ!」
「言われなくても!」
「いけるよ。」
「「「ジェットストリームタクティクス!」」」
掛け声とともにカレンさんが大盾を構え突進する。先程同様、その後ろにはアリスさんがいてさらに向こうではニーナさんが待ち構えているのだろう。
それは3人が直線軌道上に並んでいることを示していた。
私は深く息を吐き、足を開き腰を落として正拳の構えをとる。躱すつもりのない真っ向勝負の意思表明。だが大盾に視界を塞がれこちらのことがわからない3人は止まるという選択肢がない。依然として大盾の突撃で轢き飛ばそうと迫るカレンさんに対して、私は全力の鉄甲拳で応じた。
「鉄甲拳、
鋼鉄の体に内部破壊の武装色を纏う「黒鉄」、一撃で軍艦の装甲に穴を開ける単発高威力の「重撃」。その2つを重ね合わせた一撃をカレンさんの盾めがけて放つ。
ジェットストリームタクティクスのもう1つの弱点、それはカレンさんで後ろの2人を隠すために一直線の陣形にならざるを得ないことだ。ニーナさんは二人から離れているとはいえ、前にいる二人は前方からの攻撃から逃げることができない。盾を構えながらの突進で、ある程度の攻撃は防げるという前提の戦法だろうが、反対に盾でしのぎきれない攻撃では少なくとも二人がまともに食らってしまうことになる。もし私が拳でなく槍や矢などを投擲していたら二人だけでなくニーナさんをも貫いていただろう。これこそこの戦法のもう1つの弱点だ。
並以上の代物であろうと到底受け切れられない衝撃の大爆発を受けた盾は大きくひしゃげ、支えと勢いを奪われたカレンさんは衝撃に負けて吹き飛ばされる。そのまま真後ろにいたアリスさんを巻き込みニーナさんがいる位置まで飛んでいく。
2人が飛んできてさすがに驚いた様子を見せたニーナさんは、それでも2人を受け止めるために両腕を広げる。だが体格の良い2人の重量と鉄甲拳の衝撃は1人の力で受け止められるわけもなく、踏ん張りはしたがそのまま3人で最後方まで押し戻される。意外だったのがニーナさんが思ったよりも健闘し、壁にたたきつけられることがなかったことだ。怪力を自負するだけはある、ということだろうか
「っぅ……大丈夫?」
「ゴホッ…!ゲホッ…!なにが…起こった?」
「ちょ〜…なにやってんのカレン〜…?」
なんとか受け止めたもののそれなりのダメージを負った様子で、それでも2人を気遣うニーナさん。それに大盾の目隠しでなにをされたのかわかっていないカレンさんとアリスさんが軽く咳き込みながらも無事であることを主張する。大きな怪我をしない範囲で出せる限りの力で殴ったからそこまで心配する必要はないだろう。
「………休んでていいよ。わたし1人でなんとかしてみる。」
「は?なにニーナそれ、アタシらのことなめてんの?このくらいで動けなくなるようなアタシらじゃ……」
「待てアリス…ニーナに任せろ。もうあたしらはあいつと戦いになるぐらいの力も残っちゃいねぇ……」
「はぁ?……え、嘘でしょ…カレンといっしょに押し飛ばされただけなのに……直接殴られたわけでもないのに……」
2人を守るように前に立ち、鎖を握りしめて私と対峙するニーナさん。そんなニーナさんに庇われた2人は狙い通り私の攻撃で手足がしびれて動けないでいるようだった。
「最初からそれが狙いだった…そうでしょ聖女様?」
「ええ、それよりどうでしょう?そちらのお二人は降参しますか?」
「…いってくれんじゃん……こんなもんすぐに治るし。」
「その意気は認めますが、あなた方はわかったのでは?私との力量の差を。」
この企画の最大の意味は海兵の素質を見極めること。だがそれと同時に、少々大人気なくはあるが私の力を見せつける意味もあった。
私は基本的に誰に対しても敬語で話す。それは子供の頃の母さんの稽古で染み付いたものだ。淑女としての振る舞いを意識するあまりいつしかそれが抜けなくなってしまった。以前まではそれでもいいと思っていたが、私が誰かの上に立つのならそうはいかない。言葉遣いはその人の印象を決めるうえで非常に重要で、私のような話し方は下の者から舐められてしまうだろう。事実目の前の筋肉三人娘やおそらくシス少尉も私を軽く見ている節がある。
だからそれを行動でもって矯正する。私の力を見せつけ最低限私に従うよう指導する。文句は言わせない、海軍はあくまでも力こそが尊重される組織だ。それに個人の勝手なわがままが許されるほどこの世界も甘くはない。無意味な死を、理不尽な悲劇を避けるために必要なことだった。
「こいつ……!」
「ちなみに皆さんがここで降参しても私は失格にするつもりはありません。開始前に言ったのは必要なときに立ち向かうことができるかどうか。今ここで参加している時点でその方は素質ありと判断し全員合格とします。あとは皆さんがどこまで戦えるかを見させていただくだけです。そしてあなた方3人の実力もすでに測れました。」
憎らしげにこちらを睨むアリスさんを横目に私は全員に向けてそう宣言し、それからほとんど満身創痍の3人に目を向ける。
「それでもまだ…向かってきますか?」
「っ……」
「く……」
「……うん、やるよ。」
悔しそうにうつむくカレンさんとアリスさんの前で、それでも戦うつもりのニーナさんは私の背丈程はあるだろう鉄球を手元で振り回す。
「……これが訓練でなければあなたは命を落としていたでしょう。引き際の見極めも海軍の大事な資質です……しかし今はその高潔な精神に敬意を表します。あなたのような方とこれからともに戦えること、私は光栄に思います。」
「ん、それ2人にも言ってあげて。」
「もちろんです。あなたたちは三人で一人、なのでしょう?」
コクン、と小さく頷いたニーナさんは振り回した鉄球をその勢いのままこちらへ放つ。
目の前に迫る大質量のそれを私はサッと潜り抜け鉄球につながる鎖を握り込む。掴んだ際に軽く引っ張ったことでニーナさんも武器を奪われまいとして両手で引っ張り、綱引きのかたちで力比べが始まる。だが私は綱引きをするつもりで掴んだわけではない。せっかくニーナさんが引っ張ってくれているし、ここは甘えさせてもらおう。
お互いが反対の方向へ引っ張ったことでピンと張った鎖を私は内側に巻き込むようにして力を込める。ニーナさんの1人の力には耐えられた鎖も、私の力が加わったことで耐えきれなくなったようで
バキィン!
甲高い破壊音を鳴らし、鎖は破片を散らしながら引きちぎられる。片手の私と力で拮抗したことか、自慢の武器を目の前で失わされたことか、どちらが原因かは知らないがニーナさんは目をいっぱいまで見開いて驚きの様子を隠せないようだ。「は?」という戸惑いの声がこちらまで聞こえてくるが、こちらの手を緩めるつもりはない。
引きちぎった鎖の先、ニーナさんが振り回していた鉄球を持ち上げる。そしてニーナさんの方へ向けて腕を振りかぶる。イメージはガープ中将の砲弾投げの要領。
「っ!2人とも起きて!手伝って!」
口数が少なくマイペースな印象のあるニーナさんが初めて見せた焦りの感情。これから私がなにをしようとするのかわかったのだろう。後ろの二人もそんなニーナさんを見るのは珍しいらしく驚いた表情をしながらも、まだしびれの残る体を無理やり起き上がらせ後ろから支えた。
3人の絆に感動を覚えながらも私は鉄球を投擲する。3人のダメージを考慮してできる限り手加減をしたそれは、それでも3人の力で受け止めることは叶わず今度こそ轟音とともに3人揃って壁にたたきつけられる。
「…さすがの鍛え方ですね、大変見事でした。」
煙が晴れ3人の姿が見えたときに私はそう言い放つ。鉄球と壁に挟まれ通常であれば致命傷を負うはずだったが、3人は気絶しているだけで深い外傷は見当たらない。それはまさしく筋肉の鎧、鍛え上げられた肉体強度による恩恵だった。
(まずは一グループ。)
筋肉三人娘を沈めてから一度周りを見渡してみる。そして最初の包囲よりも明らかに様子が違うことに気づく。士気が下がっている。鍛え上げられた体に負けることなど想像もしない態度、誰の目から見ても腕自慢の3人がよりにもよって力負けした。その事実がほかの海兵の戦意を大きく削いでいた。「本当に私たちが勝てる相手なのか?」と。その動揺が恐れがここから見ているだけでも伝わってきて、戦ってもいないのに今にも降参しようとする者が現れそうだった。
(死んでほしいわけではないのでそれで正解なのですが……)
ここで引くことはなにも悪いことではない。戦うべきところで逃げず、そうでないときは逃げて自分の、そして他者の命を守ることが最善。
だからこれは私の欲だ。強さを見たいと言いながら、ただ戦ってみたいというだけの闘争願望だ。わかってはいるがどうにももどかしい。
「では、次の方。何人がかりでも構いませんよ。」
我ながらなんて白々しい。こんなことを言ったとて先程の圧倒劇を見れば誰も出てくるわけがないのはわかっているのに。
「ハーッハッハッハ!いいねいいね!それでこそ我らが隊長!それでこそ世界に誇る鉄甲聖女!」
暗い絶望の底のような空気を吹き飛ばす大きく響く高笑い。聞き馴染みのあるそれがかつての部隊のときと同様に皆を奮い立たせる。
「だが臆することはない。たとえ有力な三名がやられたとしても数の有利は依然失ってはいない。いかに聖女といえこの500という数を打ち倒すのは不可能だろう!」
どこか芝居めいた口調でそれでもどこまでも通る声でハイネ少佐が全員を鼓舞する。左手に盾を、右手には高く掲げた剣を手にして武装した姿はまるで舞台に立つ騎士のワンシーンを見てるかのようだった。
「これより私が君達の指揮を取る!総員、対象を5列で全周包囲!包囲完了後、各自突撃用意!さあ動け!」
ハイネ少佐の指示に最初は戸惑っていたものの、すぐに飲み込み全員が迅速に動き包囲がより完全なものになっていく。この規模の人数になれば指揮官の存在は必須となる。ハイネ少佐には始まる前の段階から指揮官役を期待していたが見事と言わざるを得ない手腕だった。周囲も電伝虫などの伝達手段を使っている様子もないのに、いきなりの指示でも速やかに動ける点は評価点だった。
「よし!私の合図で順次突撃開始だ!100人規模による連続波状攻撃、これを一人で対処できる人間はいない!」
包囲が完了していたるところから武器を向けられたとき、ハイネ少佐の檄を飛ばす声が聞こえた。
少佐の作戦の大筋は把握できた。私の全方位から100人ずつ突撃させ私の体力を削り、第四波第五波を本命として仕留めるといったところだろう。たしかにその作戦ならいくら私であっても数の暴力ですり潰される。自分たちの利点を最大まで活用したいい作戦だと思う。だが……
「敵の目の前でそれを言うのは、悪手でしょうに。」
「究極の戦略はわかっててもどうにもできないものだよ。」
仮初ではあるが精一杯の敵意を込めた表情で侮蔑するように言い放てば、勝ちを確信するようにニヒルな笑みを浮かべて返すハイネ少佐。そしてハイネ少佐は掲げた剣を私に振り下ろした。
「第一波!順次突撃!」
号令とともに武器を手に一斉にこちらへ駆け出してくる。その中にはハイネ少佐の姿もあった。自分が最初に突撃に参加して士気を維持しようということだろう。
だが…おかしい……突撃の参加者がたった10人程度しかいない。100人が同時に攻撃するはずでは…
………いや違う。同じ規模の相手であればそれも戦術だが、私1人に対してだと大人数は逆に味方の邪魔になる。だから人数を絞った……ということは!
(これからあと50回分の突撃が待っている!)
鬱陶しいなどという言葉では収まらない。各回を一撃で全員仕留められなければ処理スピードが追加突撃に追いつかなくなる。
いいだろう、馬鹿げたことを考えたものだが私はあえてそれを受けよう。全50回の連続突撃、受け切ってみせようじゃないか。
もっとも、そちらの心が折れなければだが。
「さあ行くよ!」
剣を構えこちらへ斬撃を放とうとするハイネ少佐に合わせ、他の面々も武器を振りかぶってこちらへ迫る。私は能力を発動し全身を鋼鉄に変え、両腕を顔の前に持っていって防御の姿勢を取る。そして四方八方から武器がぶつけられる。
その瞬間彼女らの作戦は破綻する。剣、槍、刀、……私の周囲から容赦なく振られるそれらは、私の鋼鉄の体に衝突しそして砕けた。
私はなにもしていない。ただ能力とわずかの覇気で体を硬化させ防御していただけだ。それだけでことごとくの武器が折れ、砕かれてしまった。もはや私の硬度は通常の武器では太刀打ちできないレベルまで来たことを証明した。だからこそそのなかで唯一壊れなかったハイネ少佐の剣は特別なものなのだとわかる。
「は……?いや……ちょっとさ……君勝たせる気ある!?」
「やるからには本気でいかなければ。そうでしょう?」
この企画の趣旨を勘違いしているらしいハイネ少佐に訂正を加えつつ周りの様子を見る。呆然と破壊された武器を見ながら皆一様に驚愕と失意に飲み込まれた表情でうなだれていた。包囲している方も似たようなものでこれ以上の攻撃は絶望的だろう。
「健闘は認めます。ですが手を緩めるつもりはありませんよ。あ、受け身はしっかり取ってくださいね。」
そう言って私は突撃してきた海兵の一人の襟を掴む。動揺する海兵を無視して包囲の一角に放り投げる。奴隷などによる人間の投擲は質量攻撃として有効で、時には戦術に使われたこともあるのだとか。だがさすがに人間を使って人間を傷つけるのは非人道的すぎるので、包囲陣を崩すための放物線を描く威力を殺した投擲だ。ポーンと軽く投げたつもりだったが思いのほか力が入っていたらしく、それなりのスピードで飛んでいき包囲の陣形を崩しながら落下する。間髪を入れず次々と海兵を掴み投げ入れていく。投げられた海兵が悲鳴を上げながら包囲陣に突っ込み、いくつか包囲に穴ができる。包囲していた海兵もまさか人間が降ってくるとは思っておらず、まさに阿鼻叫喚といった感じでとても作戦遂行ができる状態ではなさそうだ。
普通なら空けた穴から包囲を脱出し援軍を呼ぶなり、外側から穴を広げるように敵を倒していくなりするのだが、今回の企画はそういうものではない。一仕事終えたように手をパンパンと払いながらハイネ少佐の方に振り向く。
「それでは少佐、一騎打ち…お受けできますね?」
「くっ……!」
私との実力差をわかっているハイネ少佐は勝ち目のない私の提案に歯噛みして僅かに後ずさる。それを見た私は少佐が逃げるつもりだと判断し、戦闘のための動きから逃さないための動きをするよう脳内でため息をつきつつ作戦を変更する。
(少し不完全燃焼ですが…仕方ありませんね。)
そして私は一歩、また一歩とハイネ少佐に詰め寄り、少佐も私が近づくたびに一歩、また一歩と遠ざかっていく。
(次に距離を詰めるとき、右から一気に背後に回り込みそのまま……捕らえる………!)
攻めの機会をうかがっていた私はそう算段を整え重心を落とす。そのまま地面を踏みしめて……走り出す!
(……………!?)
その瞬間だった。私の右後方からなにかを感じた。突発的に発動した見聞色なのか私の本能が警鐘を鳴らしたのかはわからない。だがたしかに感じたそれははっきりとした闘志と敵意を私に向けていた。
咄嗟に硬化した左腕を翳す。ちょうどそのときガァン!という金属同士がぶつかる音と火花の光が散り私を驚かせた。こんなに近くまで接近させていたことを今この瞬間まで一切気づかなかった、いや気づかせなかった事実に驚愕する。周囲の警戒を怠っていたわけではない……ないが………
「ウソ…!?気配消してたのにこれ反応されるの!?」
持っている武器が私と鍔迫り合う形となり、上の方から驚嘆交じりの呟きが聞こえる。私は腕を振り払いその人物と距離を離す。そしてその刺客の顔をしかと見据えた。
「………ヤツメさん。」
「!………お手合わせよろしくお願いします!」
私に名前を呼ばれて一瞬嬉しそうな表情をしたものの、すぐに気を取り直して武器を構え私と対峙するヤツメさん。そのゴタゴタのさなか、いつの間にかここから離れていたハイネ少佐は再び私の視界の端で剣を向けていた。あの圧倒劇を見せられてなお立ち向かおうとする姿に小さくない昂揚を覚える。だが私の左腕が訴えるわずかな違和感が私を冷静にさせた。
(さっき受けたところ…かすかに痺れる……覇気を使った素振りはない、純粋な腕力と武術で私の体にダメージを与えたのか!)
先程のハイネ少佐達のように、私の鋼鉄の体は通常の武器であれば受けるだけで砕け散るほどの硬度を誇る。それなのにヤツメさんの場合は砕かれないどころか私にわずかながらダメージを負わせた。その驚くべき事実は昂る私を現実に引き戻すのに十分だった。
「メイスとは、珍しい武器をお持ちですね。」
「酒場ではほうき片手に酔っぱらいやチンピラを追い払ってましたから。扱いが似ているこれが一番しっくりきたんです。」
左腕の痺れを取るため軽く腕を振りながらヤツメさんに話しかけることで時間を稼ぐ。ヤツメさんの方も油断なくその様子を見つめており、不用意に近づいてこない。隙を伺うためヤツメさんを注視していると、ヤツメさんの後ろから不意にフラン曹長の姿が視界に入り込んできた。おそらくはヤツメさんが前衛、フラン曹長が後衛で援護という形の作戦だろう。わかりやすく即興で実行しやすい作戦だがそれ故に対策も容易、まずは後衛のフラン曹長から……、そう思った瞬間だった。
(…!?か…体が…)
体が動かない。動かせない。頭では必死に命令しているのに体がまるで別の命令を聞いて反抗しているかのように動いてくれない。動揺する私をよそに今度は左手が勝手に動き、私の右手を動かせないように掴み始めた。次々と自分の意志と反する体に私は無意識に後ずさっていた。
(間違いなく悪魔の実、そしてこれは……フラン曹長か!)
事前に資料で読んでいたことが功を奏した。フラン曹長が持っているフラフラの実の能力、それは自身を視認した相手を意のままに操るというもの。考えてみればこの現象が起こり始めたのはフラン曹長が現れてからだった。これが2人の作戦の真髄…してやられたことを実感し、歯噛みしたとき気づいたことがある。先程から体が動けている。左手を離すことはできないが足や顔などはもう自由に動かせるようになっていた。
(どうやら1人にできる命令は1つだけ。それならこちらもやりようはある……だが今は立て直す時間を………)
想定以上の脅威だと判明したフラン曹長の対策のため、一度距離を取ろうとしたとき再び後ろから気配がする。警戒心に従うまま振り向いたと同時に銃声が鳴り響く。直後私の額に衝撃が走り顔をのけぞらされる。能力で硬化させていなかったら確実に脳まで撃ち抜かれていた。
振り向いた瞬間わずかに見えた光景は包囲の最前列から狙撃銃を構えていたセーラ軍曹の姿だった。
(2人の作戦に便乗した……いや、セーラ軍曹も作戦の一部!)
私にダメージを与えうる前衛2枚に厄介な後衛も2枚、1人を仕留めるならこれ以上ないほどの完璧な布陣。連絡手段も示し合わせた気配もないのに即席でここまで的確なメンバーと作戦が用意できるものなのか?
(……!そうかセーラさんの能力なら……!)
確かセーラ軍曹はペチャペチャの実の能力のことを人間電伝虫と言っていた。その能力を使って全員に作戦を通達し迅速な包囲を、そして私を倒すためのメンバーを集め作戦を伝えた。それらをすべて咄嗟に行うなど驚くべきことだった。なんという戦略眼、なんという情報処理能力、さすがに元諜報員といったところだろうか。
だがそれよりも私は撃たれるまでの一瞬のうちに視界の端に捉えた人影の方を気にせざるを得なかった。包囲から飛び出し私の視界から外れるようにしながら接近してくる深い青の髪をなびかせた一人の存在。
(シス少尉……!)
姿を見かけたときから意外だと思っていた。保身のためなのかその理由はわからないが、あんな消極的なことを言っていたシス少尉が参加したという事実。あまつさえ今このタイミングで出てきたということは、セーラさんの作戦に協力しているのは間違いない。想定外の出来事の連続に私の思考は現実についてこれなくなってきていた。
そしてシス少尉が近接戦の間合いにまで近づき、袖に隠していたナイフを滑らせるようにして取り出す。そのナイフの刃先はみるみるうちに黒く染まっていき私の首、頸動脈に向けて突き出される。
(覇気使い!)
咄嗟に体ごと左後ろにそらしてナイフを躱す。躱せたからよかったものの今の攻撃は明らかな殺意が込められていた。確実に私を殺そうとしていたナイフの振り方だった。ただのナイフなら避けるまでもないが、まさか大佐程度の部隊に覇気使いが配属されるなんて。いや階級から考えるにシス少尉が隠していたのか。
自分の命の危機を感じさせられて少なからず動揺していた私に、後ろから存在を主張するかのように打撃が打ち込まれる。ヤツメさんのメイスが振るわれたようだ。
(なんだ……なにが起こっている……!?)
後頭部に走るわずかな痛みによろけながら私は自問する。それが現状を打破するための建設的な思考とはかけ離れた現実逃避であることは自分が一番わかっていた。
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時は遡り、筋肉三人娘が倒れた直後、ハイネの鼓舞が士気の下がっていた海兵を奮い立たせた頃。ハイネは作戦の指示を各員に飛ばしながらある人物を探していた。
「セーラ軍曹はいるかな。」
「ここに。」
名を呼ばれた人物、セーラはハイネの傍に控えた。どうやら呼ばれる前からハイネの近くに居ようとしていたらしい。
「能力を使って全員に情報伝達をお願いしたい。なるべくシルドにこちらの情報を把握させたくないんだ。」
「作戦を悟らせないためですね、わかりました。私からも意見具申よろしいですか。」
「許可するよ。」
「こちらでも作戦を用意してあります。勝利のために一部人員を貸していただきたいのですが。」
「へぇ……うん、いいよ。むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。」
「ありがとうございます。では…」
一礼して足早に立ち去るセーラ。その足取りのままセーラは能力を使い以前から考えていた作戦を決行できるメンバーに通話を行う。
『ヤツメ准尉、フラン曹長、シス少尉、突然の通信失礼します。ケーラ・セーラ軍曹です。まずこの通信はこちらからの一方通行ですので会話はできません。ご了承ください。』
「え!?なんか聞こえる!?」
「なにこれ?誰かの能力?」
「用件は?」
セーラの声を受け取った3人は、どこかから聞こえてきた突然の声に戸惑ったり、疑問の表情を浮かべたりなどその反応は異なった。だがシスの声はどこまでも冷静で、届くはずのないセーラのもとまで届いた。すぐにセーラは周囲を見回す。そして近くにその声の主、シスの姿を視界に収める。
「とりあえず残り2人、早くここに呼んだら?」
「はい、すぐに。」
シスの言葉に従って追加の通信を行い、セーラが声をかけた3人が集まる。
「それで用件は?」
「あなたがあの変な声の主?」
「なんでもいいですけどとりあえず早く行きません?作戦はもう始まってますし…」
「では単刀直入に。今からこの4人で聖女様、シルド大佐を倒すための作戦を実行します。」
その言葉に3人は驚きの表情を隠せなかった。いち早く復帰したシスが3人の第一声を担う。
「私がそんなことする必要ないとか、本当に倒せる確信があるのかとかいろいろ言いたいけど、そこら辺一旦棚上げしてこの一つだけ聞かせて。なんでこの4人なの?」
シスがこのメンバーを集めた理由を問いただす。それはほかの2人も少なからず思っていたことでもあり、セーラに視線が集まる。3人からの視線を受けたセーラはゆっくりと口を開く。
「……おそらく今この場にいる4人があの3人よりも、ハイネ少佐よりも強いからです。もちろん4人全員の総合力ではなく個人の実力で。」