シルド隊の実力測定が目的の500対1の総力戦が開始され戦局は終盤。ハイネが指揮を取る多数側の戦力は力自慢である三人がまさかの力負けを喫し、続く突撃作戦もシルドの能力と覇気の硬度の前に打ち砕かれる。内心で勝ちを確信していたシルドだが、セーラの集めた精鋭部隊の作戦に翻弄される。
セーラたちにも確信があった。この4人であれば鉄甲聖女を討てると。
後頭部に走る鈍い痛みによろけながらシルドは思案する。それは今までの自分の振る舞いに対する猛省だった。
(……認めましょうあなた方は強い、私があなたがたを危機に感じるほどに。私は……あの4人の力を見誤っていた。)
倒れそうになる体を足で地面を強く踏みしめることで耐える。その衝撃で地面には蜘蛛の巣状のヒビが走り、近くにいたシスは風圧とともにその場から飛び去る。シルドの背後にいたヤツメは足場が揺れたことで回避が遅れ、シルドの振り向きざまの裏拳の一撃をなんとかメイスで防ぐことが精一杯だった。拳を振り抜いて軽くヤツメの体を飛ばしたシルドは集まった精鋭に向けて語りかける。
「まずは謝罪させてください。私はあなた方の実力を低く見積もりすぎていました。どれだけ集まったところで私に傷さえ負わすことはできないだろうと。それを驕り高ぶりでもなんでもなく、単なる事実として見ていたことを謝罪します。」
「でも始まってみればたった5人にいいように弄ばれて、今どんな気分?」
離れた位置から嘲るようにシスが煽る。だがシルドはそれを怒ることもなく、常理に基づいた叱責に心から反省するかのような姿勢を見せる。
「返す言葉もありません。大変失礼なことをしてしまいました。ですのでここからは私も全力でお相手させていただきます。こちらも十二分に気をつけますが、なにせここ最近相手に合わせて力を調整していたもので、くれぐれも壊されないようお気をつけください。」
その言葉に衝撃を覚える一同。あれでまだ全力を出していなかったのかとほぼ全員が心の中でため息とともに吐き出した。そのなかでハイネだけはわかっていたと言わんばかりに頷いていた。
「明らかに手加減してたからねシルド。鉄甲聖女があんな程度の実力なわけないだろう。」
「うげ〜……」
思わずうんざりといった様子でシスが声を漏らす。だがその直後、トトトトッという連続で地面を蹴る音が聞こえたことでわずかに緩んだ空気が再び引き締められる。音の方向を見ればすでに体を前に倒して今にも走り出そうとするシルドがいた。そしてそれがシルドが独自に編み出した六式の応用であると気づいたのは1人だけだった。その人物はシルドの狙いをも見抜き声を上げた。
「フラン曹長を死守!絶対にやらせるな!」
ハイネがそう叫んだその一瞬前の時点で、シルドは剃を使い飛び出していた。たった一度の踏み出しで遠巻きにシルドの動向を警戒していたフランの目の前までたどり着く。いきなり目の前に人が現れたことで息を呑むフラン。そのせいでフラフラの能力で動きを制限することが遅れるが、すぐにそれが意味のないことだと気づいた。
(目を……!)
シルドは目を閉じたままフランに向かっていったのだ。
フラフラの実の能力の対策自体は簡単である。一番は能力者であるフランを見ないこと。姿を見なければ能力の発動条件を満たすことはない。加えて見聞色の覇気を使えば視界を塞ぐデメリットをある程度緩和できる。シルドの見聞色は武装色と比べたらまだ未熟だが、気配を察知する程度ならできるため迷うことなくフランの元へとたどり着くことができた。
気配からフランの近くまできたことを感じ取りシルドは覇気を拳に流す。今まで使っていた武装色は硬化もしていない弱いものだったが、これが目に見えて違うのは誰にでもわかった。硬化でもさせなければ見ることできない覇気が拳の周りをオーラのようなものが自然の炎のように揺らめいていたからだ。それこそがワノ国では『流桜』とも呼ばれる武装色の奥義、内部破壊の武装色。シルドは内部破壊の覇気をフランに向けて振るう。不意を突かれたフランには防ぐすべなどない。だがその拳がフランに届く前にシルドの脇腹に向けて全体が黒く染まったナイフが飛び出してくる。
「ふっ…!!」
先程のように溢れんばかりの殺気を放ちながらシスのナイフが突き出される。武装色の硬化まで施されたナイフは、たとえ鋼鉄の体のシルドでさえその防御性能を打ち消して傷を負わせることを可能にする。
だがそれはシスの武装色がシルドの武装色を上回っていた場合の話だ。
(あ、ダメだ。)
ナイフが届く寸前、シスはナイフの軌道をわずかに逸らす。ナイフはシルドの腹部を撫でるように切る結果となり折られることを防いだ。しかし当然その程度では能力で体とともに鋼鉄以上の硬度と化した衣服にすら傷をつけられない。
シルドとしては思わぬ横槍ではあったが、容赦しないと決めた以降は万全の覇気と能力で体を固めていたため対しダメージにならないことはわかっていた。
それよりも気になったのはシスの殺意だ。少なくともシルドはシスとはほぼ初対面である。初対面の人間相手にあれほどの殺意を抱けるものか、私ですら肝が冷えるほどの殺気をコントロールできるものか。フランもこの隙に離れた位置まで下がっており、シルドは少し考えやがて一つの結論に達する。
標的をフランからシスへと変えたシルドは突き出されたナイフを持つ手を掴み自分の方へぐいっと引っ張る。自分の腕のなかにシスを収めシスにだけ聞こえるように呟く。
「シス少尉、あなたは最初から私を殺すどころか傷つけるつもりさえありませんね。」
「!」
「最初の頸動脈を狙った一撃、私が避けなくても当たりませんでしたね?そして今もあなたは私の脇腹にギリギリ当たらないところへナイフを繰り出しましたが私が止まらなかったことで急遽ナイフを逸らした。」
「………いつから気づいてたの?」
「ついさっきです、確信はありませんでしたがやはりそうでしたか。シス少尉、あなたの戦闘スタイルは殺気を使った牽制ですね。」
シルドの指摘にシスは何も言わずにただコクンと頷いた。
シスの戦い方は自由に操作できる殺気を囮にした牽制による行動制限だった。シスの全身から溢れ出す殺意を一身に受けた相手はそれだけで動きが止まり、そのうえ急所を狙ったように見える一撃が飛んでくれば咄嗟に回避するか何もできないまま立ち尽くすしかない。その硬直時間中に味方に攻撃してもらうのがシスのいつもの戦闘だ。
この戦法は確実に一人を狙い撃つとき、特に乱戦時における数秒の隙を作らせ簡単に敵を仕留めることができる。だがこの戦い方は一人ではできず味方の火力だよりになってしまう。それでもシスはこの戦い方を続けてきた。
「……けどなんでかは言わない。そうさせる程の信頼が聖女サマにはない。」
「………わかりました。今は詮索はしません。ですが一応戦闘中ですので少々痛い目を見させてもらいますよ。」
「いいよ別に。こっちもただおしゃべりするつもりなんてないから。」
シスの拒絶に気落ちするのも束の間、ハイネとヤツメが左右から挟み込むように武器を構えて向かってくる。さらにその後方、二人の間からフランが姿を現し視界に入り込んでくる。ハッと息を呑んでしまい目を閉じるのが間に合わなかったシルドはフランの口が動いているのをはっきりと見てしまった。
【動くな】
フランの口がそう動いたのを確認した瞬間シルドは一切の身動きができなくなる。動けなくなったのを確認したハイネとヤツメは遠慮なく手にした武器を浴びせる。いくら無敵の鉄甲聖女といえど、無防備のところへ二人がかりであればただでは済まない。
「くっ…!」
この状態では覇気も使えず防御ができないまま直撃を受けるがシルドの体には相変わらず有効打が与えられない。それでもあきらめずに攻撃を続ける2人。後方からフランも2人の間を縫うように二丁拳銃で援護する。そこにシスも加わりもはや絶体絶命にあると思われたシルドだが……
「……!」
なぜかシルドの体が動くようになった。このタイミングでフランが能力を解除するとは考えにくい。ならあり得るのはフラフラの能力の自然解除。詳しい解除条件はわからないものの、ある程度時間が経った頃前触れもなく能力が解除されるということらしい。そしてシルドはこの瞬間を見逃さず全身に武装色を纏わせる。
武装色の覇気には悪魔の実の能力を打ち消す効果があり、強大な覇気で覆えば能力の影響を弾く鎧となる。これでシルドはフランの妨害を気にすることなく戦えるようになったが……
(この状態は覇気を必要以上に使い効率が悪い……手早く片付けるのもハイネ少佐達相手では現実的じゃない。フラン曹長の存在がこうも厄介だとは。)
この世に無限のエネルギーは存在しない。水や電気を使いすぎれば枯渇するように、覇気も使い続けていればいずれ枯渇し使えなくなる。
シルドはここまでですでにかなりの覇気を使っており、覇気の鎧でさらに全体の1割ほど消費してしまっている。もしこの状況が続き何度も覇気の鎧を出させられたら先に息切れを起こし敗北が確定すると言ってもいい。常に鎧を展開し続けることも考えたが、向こうの狙いが覇気切れであることを考慮するなら無駄遣いはできない。事実ハイネもヤツメも覇気の鎧を見た時点でフランのすぐ近くに集まり、攻めの姿勢を見せなくなった。
(やはりこちらの息切れを狙いますか……そういうことならこちらにも考えはありますよ。)
シルドは目を閉じ覇気の鎧を解除して走り出した。だがシルドが向かう方向はフランでも背後に回っていたシスでもなかった。シルドとハイネたちを取り囲む包囲、その一角に向けて疾走する。
対峙している側からすれば逃走にも見えるそれにヤツメは狙いもわからないまま、とりあえず後を追うことにして走り出す。ハイネも続いて追おうとするが、シルドの狙いの一片に思い当たるとほぼ同時にセーラの通信が届く。
『武器を取られる!退避してください!』
口調が乱れ緊迫した声がハイネの耳元に、そしてヤツメのそばから包囲陣に向けて響く。
素手のシルド相手にここまで苦戦しているのに、武器を取られてしまえばいよいよ手がつけられなくなる。特に投擲されるものを手に入れられて遠距離からフランを狙われるのが一番まずい。筋肉三人娘がやられた光景を思い浮かべながらハイネはシルドを追う。
だがそれこそがシルドの狙いだった。
ヤツメとハイネがフランから離れたのを確認した瞬間シルドは急停止する。慣性を利用し体を後ろに向き直り、そのまま地面を連続で蹴り剃の準備体制に入る。その姿を見ていた全員がシルドの作戦に気づき、気づいたところでもはや手遅れだとわからされた。
シルドの狙いは始めからフランを守る前衛2人を引き離すことだった。武器なんて奪ったところで使えないし、投げたところでたかが一発二発だけなら砲撃で十分だ。
驚いた表情の2人を見ながらシルドは溜まったエネルギーを力の限り解放する。目を閉じたまま一直線に飛んでいく人型の鋼鉄の塊はまさに砲弾のようだった。シルドの脳内ではすでにフランを制圧しのこった4人を圧倒する光景が浮かんでいた。
しかしそれは金属同士がぶつかり合う甲高い音とともに崩れ去る。
すれ違う瞬間、ヤツメが持っていたメイスをタイミングよく振り下ろしシルドの左肩に直撃させる。目で追うことも難しいスピードで迫っていたシルドはダメージこそ大したことないものの、その衝撃で体勢を大きく崩し地面を転がりながら苦悶の表情を浮かべる。
(くっ…!やりますねヤツメさん…!でもここまで来れたら砲撃の射程距離内!すぐ立ち上がってフラン曹長を………!)
目を閉じたままの顔を上げ立ち上がろうとしたそのときだった。
『終わりです聖女様。』
「!?」
シルドのすぐ目の前、いやもっと近い、それこそ顔が触れそうなほど近い距離からセーラの声が聞こえた。思わずシルドは声のした方向を見る。しかしセーラの姿はなくそこにいたのは……
(なっ…!?フラン曹長…!?)
「は…?えっあ…!と、【止まれ!】」
「くっ……!」
目が合うとは思っていなかったフランの戸惑いながらの命令が通りシルドの足が止まる。あと数メートルというところで予想外の妨害を受け、シルドは音が鳴るほど強く歯噛みする。
セーラはペチャペチャの能力でシルドのすぐそばに不安を煽る声を届けることで目を開かせた。セーラ本人にこの状況でシルドを詰ませる手はなかったものの、狙い通りシルドはフランの能力の手に落ちた。狙撃手として戦場全体を俯瞰していたセーラだからこそ可能で、至極単純かつ致命的なまでの効果を与えた一手だった。
(まさかセーラ軍曹の能力にこんな使い方があるとは……いやそれよりもフラン曹長の能力が厄介すぎる!これを弾除けにしか使っていなかったのは無能としか言いようがないでしょう…!)
フランの能力を十二分に活かしたセーラの作戦に驚き、それ以上に理不尽とも言えるフラフラの能力に対してシルドは心の中で顔も知らないどこぞの隊長に憤る。この場では意味のない行いだとわかっていたが、それほどまでにシルドはフランの能力に翻弄されていた。
(早く……なんとかして早く解除条件を突き止めなければ……)
動かない足を睨みながら、焦りで表情が強張り顔から嫌な汗が流れ落ちる。意味もなく手を握りしめたときシルドはわずかな違和感を覚える。だがその違和感の正体に気づく前にシルドはフランの背後に控えていた包囲陣の一角から飛び出す人影を視界に捉えた。その人影は飛び出した勢いそのまま、真っすぐにシルドの方へ飛んでくる。シルドはその人物の正体をすぐに見抜きさらに驚かされることになる。
(まさか狙撃手が近づいてくるとは……セーラ軍曹!)
包囲陣の中から常にシルドを狙っていたセーラがこのタイミングで接近戦に参戦してきた。狙撃手でありながら自らの姿を晒し格闘戦を挑むというあまりにも突飛で愚かにも思える選択に、シルドは困惑で一瞬動きが止まる。セーラはその隙を見逃さなかった。
「嵐脚
(……!これは…もしかすると……!)
そのときシルドはあることを悟った。それはこの逆況を一変させる決定的なもの。
「…っ、やはり浅いか……」
「いえ、私をのけぞらせるだけでも大したものですよセーラ軍曹。」
自分の六式が通用しなかったのを見て小さく舌打ちをするセーラに対して、シルドはあくまでも穏やかに純粋に賞賛するように労う。仮とはいえ一応真剣勝負の場であるこの瞬間にふさわしくない穏やかさにセーラは疑念を抱く。
「……?」
「ええ、本当に素晴らしいですみなさん。だからこそ、もはや
その場にいた者たちはその言葉を自分たちに向けているようで、実際は誰に向けたものでもなくどこまでも平坦で無関心に言い放ったように感じた。それほどまでに冷たく、感情を伺わせないおぞましい雰囲気がシルドを包んでいた。
「容赦しない」。その言葉とともに引き出されたのは冷酷で残虐な力。鍛錬を重ねることでコントロールを可能にさせたシルドの殲滅状態。シルドは海賊との戦闘でも簡単に出すことはないそれを今ここで使う決断した。そしてそれはシルドに別の決断をさせたことと同じ意味であった。
シルドの放つ冷たい圧に気圧される精鋭たち。特に最も近くでそれを浴びたセーラは足を動かすことも叶わなかった。その様子を見たシルドはセーラに向かって駆ける。一手遅れて自分が狙われていると気づいたセーラは六式で防御することを選択する。
「鉄塊…!」
「指銃 紫電」
だがそれも間に合わない。目にも留まらぬ速さを乗せた鋼鉄の人差し指でセーラのみぞおちを穿つ。全身を鉄のように硬くする政府諜報員秘伝の技も、効力を得る前であれば生身の体。セーラは大きく咳き込み荒い息を吐きながら崩れ落ちる。体に穴があかなかったのはこの状態でも力のコントロールがブレていないことの証明だった。なんにせよまずは一人。
「う、【動くな!】」
瞬く間に一人がやられ咄嗟にシルドを止めるべくフランは能力を使う。命令に従いシルドの体は確かに停止する。だがそこから数秒も経たないうちにシルドは走り出した。
「え…?嘘…なんで!?【止まれ!】【降伏しろ!】」
猛進してくるシルドに対し距離を保ち牽制の弾丸を撃ちながら何度も何度も命令するが、それでも止まることはなく着実にフランとの距離は縮められていく。
シルドはもう見抜いていたのだ。理不尽に思われたフラフラの能力の解除条件を。
「フラン曹長、まばたき…ですよね。」
シルドは追いながらフランに声をかける。「まばたき」、その言葉の真意に気づいたフランは顔を蒼白とさせる。
シルドが見つけたフラフラの実の能力の解除条件、それはまばたきをすることだった。より詳細に言うなら目を閉じることでフランを視認していない状態に戻すことが解除に必要なことである。これはフランから目をそらすだけでは解除されずあくまでも目を閉じることが必要である。例えば能力で【動くな】と命令された場合、自分の意志で動かせなくなるのは両腕、両足、首といった関節部が主である。これらは能力を受けた者の意思を無視して命令を遂行するが、人体には意思とは無関係に動き続ける場所がある。呼吸、鼓動、そしてまばたき。これらは【動くな】という命令では制限できない動きである。このまばたきによってフラフラの能力は一度解除され、次に目を開きもう一度フランを視認することで能力がまた発動する。この仕様のせいで発動から解除までの時間がバラバラになったり、一つしかできない命令を変えたりすることもできたのだった。
シルドがそれに気づいたのはセーラから攻撃を受けたとき。反射的に目を閉じたことで身体に自由が戻ったことに気づくことができた。そこからシルドは驚異的な反射神経でまばたきと同時に目を閉じ続けるという強引な解決法を咄嗟に編み出した。
対策ができてしまえばフラフラの能力もそこまで怖いものではなくなる。加えて【止まれ】の命令のときに手を握ることができたことから命令自体にも穴があることにシルドは気づいていた。あれは「止まる」という行為に腕は関係がないから起こった現象である。その仕組みを理解していればフランの能力はもはや理不尽なものではなくなってしまい、殲滅状態のシルドに沈められるのを待つだけとなった。
「ハァっ、ハっ…、ハァっ!」
能力を見破られ一向に止まる気配のないシルドに追い立てられているフラン。追い詰められる恐怖と自分の力が全くの無力となったことへの絶望で息が荒くなる。懸命に維持していたシルドとの距離もすでにないものとなり敗北を覚悟したとき……
「折れるな!フラン!」
「アンタがいないと本当に勝てなくなる!」
間一髪、ハイネとヤツメの二人がシルドの前に滑り込み、フランを守るように立ち塞がった。ハイネは盾を持つ手を体ごと前に向け防御に専念し、到着時にメイスの大振りで牽制していたヤツメは攻勢をアピールすることで近寄らせないようにしている。二人の目に諦めの感情は一切なかった。
「ヤツメ!シルドの足止め頼むよ!私はフランの守備に集中する!」
「了解!そういうわけでもう一度お手合わせお願いします聖女様!」
意気込んで立ち向かうヤツメに、シルドはというとヤツメに何も言うこともせずすぐに攻撃を仕掛けた。
(ちょっ…!いきなり…!)
顔を狙って放たれる地面を割る拳、背骨ごと折られそうな回し蹴り。先ほどのセーラを見れば大怪我をしないようコントロールされているのはわかるが、どれもが本気で殺しにきてるかのような気迫とともに繰り出されている。ヤツメはそのすべてを躱すかメイスで受け流すようにして防いでおり、そんな姿を見ながらハイネはフランを連れて二人の戦いから離れた。
(なんでああなったシルドと打ち合えてるんだあの子?やっぱりシルドの相手するにはどこかぶっ壊れてるくらいじゃないといけないのかな?)
ハイネの疑問はシルドを知っているものからすれば当然のものだった。この状態のシルドをさばける人間をハイネは一人しか知らない。だからこそ入隊して間もない若い海兵が同じことをやってのけていることに、この目で見たとしても信じられなかった。
一方でシルドは自分が攻めあぐねていることにすでに気づいており、またそれがなぜなのかも見当がついていた。最初のヤツメとの打ち合いからシルドはヤツメの武器を壊すための攻撃を繰り返していたが、その効果は一向に見られなかった。ヤツメはシルドの攻撃を受ける瞬間に同じ方向へ武器をそらすことでダメージを軽減させていた。ならばと武器を掴み握り潰そうとしても、ヤツメにその気配を悟られて躱される。
(面倒だな…あまり時間もかけたくないしいっそのこと………落ち着け、持っていかれるな。コントロールを意識しろ。)
決定打を与えられないストレスが冷淡な思考を良くない方向へ誘導する。殲滅状態は敵と見なした相手を最短かつ生死を問わない方法で殲滅する力を発揮するものである。今のシルドはその生死を問わないという部分を抑え込み、力だけを引き出している。だがそんな殲滅状態も長く続けばコントロールが乱れ、より冷酷に、より残虐な思考回路へと変化していく。この総力戦を無事に終わらせるためシルドにはもはや時間は残されていなかった。
シルドは片足を自身の体の後ろに持っていく。それを見てなにか来ると読んだヤツメはその前に潰そうと飛びかかる。だがシルドのそれはヤツメだけを狙ったものではなかった。
「グレイトストンプ!」
「嵐脚 飛影」
その場でサッカーのシュートでも打つようにして蹴りを放つ。高速かつ高威力の蹴りから作り出されるかまいたちが軌道上にあるものを切り刻みながら突き進む。かまいたちはヤツメの脇腹を切り裂きながら突き抜け、背後にいるフランの下へ飛んでいく。届く寸前でハイネが盾を構えかろうじて防ぐが、鋼鉄製の盾はその一撃を受けただけで切れ目が入り、その余波でハイネの顔から赤い雫が一滴垂れる。
「くっ…!フラン!」
「大丈夫!それよりヤツメはシルドを…!」
お互いに気遣うヤツメとハイネだが、わずかに生まれたその隙をシルドが見逃すわけがなかった。
「捕まえました。」
「痛っ…!ぁ……っ…!」
片手でヤツメの頭を掴み超人的な握力で潰そうとするシルド。比喩でもない頭が割れそうな痛みにヤツメは苦痛の声を漏らす。わずかな抵抗でメイスをぶつけたり自由な足で蹴りつけたりもしたが解放される気配は微塵もない。シルドはそんな抵抗をなんとも思ってないような冷めた目で見やる。そして一つため息をついたあとヤツメの頭を掴んでいた方の手を振りかぶり、フランたちのところへ思い切り投げた。
「えぇ嘘!?」
「フラン!お願い!」
「はい!【避けて!】」
「無茶言うんじゃ……!」
猛スピードで投げ飛ばされ、空中にいる状態でヤツメは対応を余儀なくさせられる。だがフラフラの能力で命令された体はそんな無茶振りを実現させ、二人に激突することを避け綺麗な着地を見せる。
「いけたわ!」
「そ……少尉、メイスは?」
「ん…?あれ……」
フランに指摘されヤツメのメイスが手にないことに気づいた瞬間、ヤツメの頭にそのメイスが飛んできて鈍い衝突音が響く。まともに額に受けてしまったヤツメは、言葉を発するまもなく意識を飛ばし後ろに飛ばされながら倒れた。
「ヤツメ!」
ハイネが思わずといった様子で声を上げる。
メイスが飛んできた方を見るとシルドが投擲後の姿勢から体を起こしているところだった。
(あのときだ……少尉を捕まえてたときにメイスを奪ったんだ。)
フランは戦慄した。ヤツメがやられたということは次は……
「来るよフラン!能力を!」
「無理です!聖女様には覇気の鎧が…」
続く言葉を言う前にシルドが目の前に現れ息を呑む。ハイネが舌打ちをしながらシルドの前に入り込むが、それにも構うことなくシルドの拳は放たれハイネのみぞおちに刺さる。
「ガハッ…!」
「少佐…!あぁ…!」
肺から押し出される空気に混じって吐き出された血が地面を赤く染める。それを見たフランは悲痛な声を上げ、目には涙をためていた。シルドはそんなフランを見ても止まることなくフランへと手を伸ばす。全てを諦めて目を閉じたフランだったが、伸ばされた手はシルドの背後へと回されフランに届くことはなかった。
「………?」
「……なんでっ……気づくの……!」
いつまで経っても触れられないことに疑問を覚えたフランはゆっくりと目を開き、誰かの絞り出したかのような声を聞いた。よく見るとシルドの背後にはナイフを突き出したシスがいた。しかしそのナイフはシルドの背中に突き刺さる寸前で、シルド自身の手によって刃を固く握りしめられ止まっていた。必死に引き抜こうとするシスだったがピクリとも動かすことができない。
背中を貫かれかけたというのにそれすらも何とも思っていないかのような様で振り返る。冷めた目で見下ろしながらシスからナイフを奪い取り逆手で持ち直す。
「あ、こ…降参!降参するから…」
唯一の武器を奪われ両手を挙げて無抵抗の意思を示したシス。しかしシルドはその姿を見たにも関わらず、手にしたナイフを無造作に、ただただ無感情にシスの目に向けて振り下ろした。
「え……?ひっ…!」
シルドの持ったナイフが止まることなく迫り、恐怖のあまり引きつった声を上げる。そして振り下ろされたナイフは正確にシスの右目を捉えていた。
ドサッとシスの体が崩れ落ちた。顔は上を向いたままシルドの姿しか瞳に映していなかった。
ハァ、ハァ、と荒い息遣いがあたりにこだまする。ドクドクと速い鼓動が耳元で鳴っているかのようにうるさく、体は震えが止まらない。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」
頭に冷静さを取り戻させるようにシルドは深い呼吸を繰り返す。そしてもうひとつ、それとは対照的な浅い呼吸が震えながらシルドの呼吸の合間に入り込む。
浅い呼吸はシスのものだった。シルドが振り下ろしたナイフはシスの目に突き刺さる寸前、わずかに理性を取り戻したシルドが全霊でもって止め自らの手で惨劇が引き起こされるのを防いだ。
(……力のコントロールはできても、理性のコントロールは課題ですね……)
士官学校時代に初めて自覚した殲滅状態をシルドは今まで制御下に置けるように訓練を続けていた。その結果殲滅状態中の力のコントロールに不安はないが、その間の思考回路のコントロールは完全とは言い難かった。自身の未熟からシスに取り返しのつかないことをしてしまうところだったことをシルドは猛省する。
一方でシスは目の前でナイフが止まったことの安堵とそれまでの恐怖によって膝から崩れ落ち全身を震わせていた。
「ハァ………降参……ですか……」
最後に大きく呼吸を整えたシルドはシスの降参に今更ながら反応する。一滴の血もついていないナイフをしばし見つめたあとそれを手放してからフランの方を振り向いた。
「フラン曹長、もはやあなたを守る人間はいないわけですが……あなたはどうしますか?」
「………降参…します。」
ここまで圧倒的な実力差を見せつけられたフランは打ちひしがれた様子で呟き俯いた。それを見ていたシルドはもう一度深く息を吐いた。そして周囲を見回してシルドは全員に聞こえる声で語りかけた。
「さてそちらの精鋭部隊が戦闘不能となりました。そこで私からあなたがたに申告しなければならないことがあります。」
シルドと精鋭部隊の戦闘を介入する隙も見出せず遠巻きに眺めているだけだった包囲陣の面々は、なにが飛び出してくるのかと戦々恐々とする。しかしシルドの告げた一言はその場にいる誰もが想像だにしていなかったものだった。
「降参します。この勝負あなたがたの勝利です。」
シルドの放った一言で水を打ったように静まり返る。それを聞いた者はシルドがなにを言ったのか受け止めるのに数秒、意味を飲み込むのに数秒かけた。十数秒程経った頃、静寂に包まれていた広場に爆発が起こった。
「「「えぇーーーーーーーーーー!?」」」
それはシルドの爆弾発言を受けた者が上げた驚嘆の爆発。なぜいきなり降参したのか、あれほどの実力を見せておいてふざけているのか、と色々言いたいことがあったが驚愕に支配された今はただ声を上げることしかできなかった。
「どういうことですか聖女様!?」
「わぁ!?少尉!?起きてたんですか、ていうか大丈夫なんですか!?」
(頑丈ですねこの人……)
前触れもなくむくっと起き上がり疑問を投げかけるヤツメ。それに驚いてフランは素っ頓狂な声を上げてしまう。ヤツメの丈夫さに感心しながらもシルドは当然の疑問に答える。
「実はもう覇気をほとんど使い尽くしてしまいまして、このまま続けても私の負けは決まっています。それに筋肉三人娘やヤツメ少尉たち精鋭部隊を倒してもまだ十人程度です。残り490人、全員がその方たちと同じ実力とは言いませんが、それに近い人たちがまだ控えていると考えたらどうやっても勝てません。」
「鉄甲聖女と呼ばれている人でもですか?」
「私は最強でも万能でもありません。今の私は世界が求める聖女に恥じないよう振る舞った結果なのです。もしこの場に私に憧れる人がいましたら夢を壊してしまい申し訳ありません。」
自嘲気味にそう答えるシルドに周りは何も言うことができなかった。シルドはさらに言葉を続ける
「それに始まる前からあの力を使った時点で降参すると決めていました。いわばこの力を使わなければ勝てないという降参宣言です。なのでこの力を使わせたあなた達の勝利です。」
「でも私たちは何もしてないのに………」
少し離れたところからそんな言葉が聞こえてくる。包囲で待機していた者のその声はひとつではなかった。シルドはまた答える。
「そうでもありませんよ。あなた達は作戦の通り号令があるまで動かなかった。確かに私が戦っている間に加勢すれば状況が良くなる場面はありましたが、その分包囲の数が減り私の勝機が残る結果となっていたでしょう。結果論にはなりますがあなた達は戦わずに備えることを選択したことで勝利を掴んだのですよ。」
そこまで聞いた包囲陣の海兵は少しだけ救われたような温かな雰囲気を帯び始めた。近くで聞いていたヤツメとフランも、復活して立ち上がったセーラとシスもこれまでのシルドを見る目とは明らかに違っていた。
「本当に嬉しいです。これほどまでに強いあなた達とこれからはともに戦えるなんて、光栄の極みです。」
シルドの言葉に一瞬面食らうも、その意味に気づいて全員がどよめく。そう、今は敵として戦ったシルドが、恐ろしいまでに圧倒的だった力がこれからは仲間として戦ってくれる。穏やかで心優しくてその力で誰も傷つけさせないために守るように戦うあの鉄甲聖女が私たちを導いてくれる。そのことを実感できたことで海兵たちには湧き上がる気持ちがあった。それを解放するために声を上げた。
「「「わぁーーーーーーーー!!」」」
海兵たちの歓声が広場を包んだ。そこにあるのは確かな希望、もはや海軍に敵などいないという確信、そしてそんなシルドに少なからず認められたという自信が海兵を大いに奮い立たせた。
「やったやった!これで私も聖女隊の一員だ!」
ヤツメも自分が聖女の仲間になれたことを素直に喜んだ。その喜びの中にあった聞き慣れない言葉にフランは半分あきれた声で問いかけていた。
「なんですかそれ?聖女隊って……聖女様以外も聖女みたいな名前じゃないですか。」
「あ……私のなかでそう呼んでたから……」
「いいじゃないですか。聖女隊、いい名前です。では少尉たちはさしづめ聖女精鋭部隊といったところでしょうか。」
コロコロと声を弾ませて笑うシルドは本当におかしそうに笑っていて、その姿は無垢な少女のようでもあり、落ち着きのある女性が不意に見せた陽だまりのような笑顔でもあった。その笑顔に見惚れてしまったのはシルドに心酔しているヤツメだけではなかった。
「決まりですね。これより我々は聖女隊を名乗り正義に準ずるため戦うことを誓います。皆さんついてきていただけますか。」
そしてシルドは自分の周りを囲む海兵に向けて宣誓する。答えを確信しているかのようなシルドの呼びかけに対する返事は寸分違わず重なった。
「「「はい!」」」
かくして聖女達の物語は今動き出し、聖女の伝説は新たな章へと移ろうのだった。
「あの~いい雰囲気のところ水差しちゃって悪いんだけど…」
「シス少尉?どうかしましたか?」
「ハイネ少佐がまだ動けそうにないから早く医務室連れてったほうがいいと思うんだけど。」
「………もしかして、やりすぎました?」
シルドは急いで痛みに震えたままのハイネを抱えてヤツメらとともに医務室へと駆け込むのだった。