士官学校での生活が始まった。一日の始まりは5時の総員起こし。そこから準備を済ませ朝礼へ。6時に朝食をとり、7時から訓練開始。訓練の内容は日によって異なり最初のうちは全体行動がメインだった。気をつけ、礼、行進などを一糸乱れぬよう行う。海軍に限らず集団で行動する組織において連携、チームワークは基本中の基本にあたる。共同体であるという意識を高めるため、また正確かつ素早い行動を取れるようになるためにも集団行動は必要な訓練なのだ。
全体行動の訓練が一通り終わるとさらに実戦に即した訓練が始まる。水泳訓練、人命救助演習、海戦演習、戦闘訓練などあらゆることを仕込まれる。
水泳訓練では速く長く泳げるようになるよう訓練される。基本的に師匠の修行でやってたことの延長で私はそこまで遅れることはなかった。この訓練のとき悪魔の実の能力者であるスモーカーさんは参加できないから、ゼファー先生と戦闘訓練をやっていた。その様子を見て羨ましいなんてことも思ったっけ。
人命救助演習では心臓マッサージや人工呼吸などの応急処置から海難事故にあった際の対処についてなど、命を救う訓練を行った。人より力が強い私がやると心臓マッサージで逆に骨を折ってしまいかねなかった。師匠が言っていた常に力をコントロールする必要があるというのが実感として理解できた。
海戦演習は座学がメインになる。軍艦の配置、必要に応じた兵の割り振り、作戦の立案に戦闘の進め方。士官として必要になる知識と技術を叩き込まれる。師匠との修行でこういうことも勉強したけど、なかなか覚えられず苦労した。物事を頭のなかで考えて動かすというのがいまいちつかめなくてこっち方面の才能はあまりないのだと理解させられた。
そして私が唯一遅れを取っていない戦闘訓練。武器の扱いを教わることもあるが、基本的には1対1の組手を行いその勝敗で成績がつけられる。戦闘訓練が始まって以来私は無敗の成績を維持していた。
師匠に初めて稽古をつけてもらったとき、私は戦闘のセンスが人並外れていると言われたことがある。師匠曰く私は全身の筋力が常人より遥かに高く、反射神経と反応速度が優れているそうだ。言われてみれば確かにそう思う場面は何度かあったし、たとえ視界の端からいきなり豪速球を投げられたとしても完璧に受け止められる自信がある。このパワーと反応反射こそが私の武器でありこれらのおかげで私は無敗記録を維持し続けられた。
そして無敗記録を持っているのはスモーカーさんもだった。さすがに即戦力といわれているだけあり、私から見ても手強いと感じる実力だった。
訓練の合間に昼食を挟み、すべての訓練が終わるころには夕食の時間となる。夕食を済ませれば入浴、自由時間となり就寝時間22時に一斉消灯という具合で士官学校での一日が終わる。
こういった生活を繰り返して数週間が経った頃、私はほかの候補生と比べてかなり遅れていると理解した。いくら師匠の指導を受けていたとしてもこっちはまだ14歳だ。本来士官学校の適正年齢は16〜17歳。それを私が無理を言って師匠についていけるよう仕上げてもらい、ゼファー先生に特別に入学を許可してもらったのだ。後れを取ることぐらい覚悟はしていたつもりだが、ここまでとは思っておらずへこんでしまった。師匠は目立たないよう力を抑えろと言っていたが、正直そんなことしなくても今のままではトップなんて無理だ。
このままではまずいと思った私はヒナさんの協力を借りながら空いた時間に自主訓練を繰り返した。特に私が一番苦手な座学の部分はヒナさんが得意だったので大いに助けてもらった。そのおかげもあり私の成績はじわじわと伸び続け上位に食い込むようになっていった。そして………
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「攻撃、Cー7」
「命中確認、撃沈せず」
私が指定した位置に攻撃するとヒナさんが結果を告げる。それを受けて私は手元のマス目に簡単に結果を書き記す。
「攻撃、Gー1」
「命中せず、水しぶき」
同じように今度はヒナさんが攻撃し私が結果を告げる。
今ヒナさんとやってるのは海戦ゲームという簡単なボードゲームだ。海戦ゲームとは決められたマス目に軍艦を配備しお互いが相手の軍艦の位置を予想して攻撃し、それを10回繰り返して撃沈数を競うゲームである。軍艦の種類は大型、中型、小型の3つでそれぞれ5マス、3マス、1マスと大きさが異なる。撃沈の判定は中型が2発、大型が3発で撃沈となり、大型は撃沈すると2点が入るようになっている。ただのボードゲームだと言ってしまえばそれまでだが、海軍ではこのルールがそのまま海戦の模擬演習として活用できるため訓練法として非常に便利なのだ。
ここまでの状況は2対1で私がリードしてる。残り攻撃回数はお互いに2回。ここは1点でも取って勝ちを確実にしたい。
「攻撃、Dー7」
「命中せず、水しぶき」
「げっ……」
言ったそばから外してしまった。これはかなりまずいかもしれない。思わず出てしまった声を聞き流しながらヒナさんは淡々と進めていく。
「攻撃、Bー3」
「…!?命中……小型艦撃沈……」
「やった♪」
ここで小型艦を撃沈され同点に並ばれてしまう。まさかピンボイントで当ててくるとは、さすがヒナさんだ。
………さてどうしようか。こうなると是が非でも1点を取らなくてはならない。私はこれまでの攻撃結果を振り返る。ふと命中したところが連続しているところを見つける。得点になってないからここに大型艦がいるか軍艦が隣接していることになる。勝つためにはここを当てるしかない!そう考え私の持てる頭脳をフル回転させる。そして私は大型艦の方に賭けた。
「攻撃、Aー6」
「命中確認、撃沈せず」
ゴンッ!
私の勝利がなくなったことが確定し、頭を強く机にぶつける音が響く。その後ヒナさんにさらっと大型艦を撃沈され2対4の逆転負けをしてしまった。
「……さすが海戦ゲーム無敗のヒナさん。今まで何度もやっているのに全然勝てません。」
「そう?でも今回はかなりいい勝負だったじゃない。シルドも強くなってるわ。それにいつも勝負に全力なシルドが好きよ私。」
机に倒れ伏す私に優しい声をかけるヒナさん。流石に二十歳にもなるとすごく大人っぽく見える。私と3つしか違わないのにな。
今日は訓練はお休みで候補生のみんなは思い思いに過ごしている。私達は自主練も兼ねてのんびり部屋でゲームをやることにした。
「そういえば、ここでの生活もずいぶん経ちますね。」
「そうね。……この部屋も広くなっちゃった。」
士官学校に入学してからすでに三年が経とうとしていた。その間にレミさんとカミラさんは訓練についていけず自主退学してしまった。同じように士官学校を去った人はほかにもおり、今では最初の人数の半分程度しか残っていない。
「………静かですね。」
「今日で何日連続かしらそれ。……気持ちはわかるけどね。」
二人の会話が虚しく響く。レミさんたちが使っていたベッドを覗いては寂しさを痛感する。別に心が折れたわけではないけど悲しいものは悲しい。
「……私たちももうすぐ卒業ですね。」
「さっきからどうしたの?今日は落ち込みモード長いんじゃない?」
「私だってそんな日ぐらいあります……。ただ思っただけで深い意味はありません。卒業できるかの心配はしてませんし。」
「ずいぶん余裕ね。」
「おかげさまです。」
他愛もない会話を続けながら束の間の休息を楽しむ。その後も数試合続けて結局私は一回しか勝てなかった。ヒナさんは一回だけでも成長の証だと言ったけれどもう少しやれると思ってただけに悔しい。
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その翌日、いつものように訓練の時間となる。今日はゼファー先生が自ら監督する戦闘訓練ということで皆殺気立っているように見える。
「ではこれより対人戦闘訓練を行う。組み合わせを張り出すので各自確認し始めるように。」
ゼファー先生がホワイトボードに掲示した組み合わせ表を確認しに候補生が一斉に集まる。私も確認しに向かうとある組み合わせを見て候補生たちがざわつき始める。
「見ろよこれ……」
「マジか、ついに……」
「イアン・シルド対スモーカー……ねぇシルド。」
「はいヒナさん。無敗対決ですね。」
今まで偶然かあるいは意図的かは知らないが、なかなか叶わなかったスモーカーさんとの対戦。お互いこれまでの戦闘訓練では負け無しできていたから周りがざわつくのも仕方がないだろう。なんといっても私が一番昂ぶってしまっていた。
「おいシルド、行くぞ。」
「っ!はい。」
スモーカーさんに呼びかけられ空いていた試合場に向かった。周りの視線が向けられるなかで私は試合場の中でスモーカーさんと対する。
「よろしくお願いします。」
「………よろしく。」
私の挨拶に対し形だけの挨拶で返すスモーカーさん。
戦闘訓練の形式は長方形に区切られた試合場で1対1の対人組手。試合場からどちらかが出てしまうか、降参するか、制限時間までのダメージの差で勝敗が決まる。時間短縮のためそれぞれの組み合わせごとでお互いに構えをとったことを確認できたらそのまま試合開始となる。
私とスモーカーさんが構えを取り試合開始。開始早々私はスモーカーさんに突っ込む。そのままスピードに任せた拳を胴体に叩き込む。だが………
フワッ…!
当たれば致命の一撃となるはずの私の拳は煙にでもなったようなスモーカーさんの体をすり抜けた。それでも私は動揺を見せず側頭部を狙った回し蹴りを繰り出すが、これも空を切ったかのようにすり抜けるだけだった。そんなスモーカーさんは私と距離を取ったところで体を復元させた。
「無駄だ…お前の攻撃は俺には通じない。」
「やはり簡単にはいきませんか……モクモクの実……!」
そうこれがスモーカーさんの持つモクモクの実の能力。体が煙のようになる自然系の能力。煙を使いこなすスモーカーさんの技術も侮れないけど、なにより厄介なのは自然系の能力者はほとんどが通常の物理攻撃が無効なことだろう。どれだけ殴ろうと、切り裂こうと、弾丸で撃ち抜こうと尽く通り抜け再生してしまう。これこそがスモーカーさんの無敗記録を支える一番の要因だ。今まで誰もスモーカーさんに一撃も与えられたことがないらしい。
「とっとと終わらすか。たとえお前も無敗だろうと俺には勝てない。」
どう攻略しようか考えているとスモーカーさんが先に動き出す。
「ホワイトブロー!!」
「っ!!」
まだ距離があるところで放たれた拳は、腕が煙となってぐんぐんと伸び続けることで私にまで届く。なんとかガードは間に合ったけどこのまま有効打を与えられないまま攻められ続けたら負けは確実……!
「フンッ!!」
間髪を容れず追撃が来る。しかしこの攻撃の瞬間こそ反撃の絶好のチャンスのはずだ。どういう原理かは知らないけど全身すり抜ける煙人間のくせに殴るときは実体がある。ならこの殴られる瞬間にスモーカーさんの拳を捕まえられればそこからダメージを与えられるはずだ。
私は放たれた拳を受け止め握り潰さんばかりに力を込める。するとボフッ!と拳が私の手の中から消え、元のスモーカーさんの腕に復元していった。カウンターも望み薄で完全に物理攻撃を無効にするならいよいよ万策尽きる。
………やっぱり使うしかないかな。
私は師匠から教わっていた技術、けれど師匠本人から使用を控えるよう言われていたものを思い出していた。それは「覇気」。
「師匠、覇気とはなんですか?」
修行時代のある日師匠から覇気の修行を行うと告げられた私はそれがなんなのか問いかけたことがある。
「覇気とはすべての人類に潜在する意志の力のようなものだ。それは特別なものではなく、極端に才能がない限り修行すれば誰でも扱うことができる。まぁ簡単に言えば気配とか気合を強化したものだな。」
「それがこれから必要になるものなのですか?」
「誰でも扱うことができると言っただろう。世にいる海賊、海兵、果ては民間人の一部でさえ扱う者がいるほどだ。まず覇気が使えるかどうかで強者の線引きがされるという話も聞いたことがある。それほど重要な技術なのだ。」
「ではその覇気があればそれこそ楽に海兵になれるのでは?」
「そう。そこがお前にこれを教えるうえで気をつけてほしいことだ。」
師匠は神妙な顔つきで話を続ける。
「覇気は身につけて洗練することができればとてつもない力となる。士官学校なんて通わなくてもいいほどにな。だがそれはお前の師匠としては認められん。」
「………」
「お前にはまだ学ぶことがたくさんある。士官学校はそれらを学ぶのに絶好の環境だ。だが覇気が使えることが知れたらその時点で士官学校を卒業させられ実戦投入されるだろう。………私は自分の力を過信して戦場に赴いたものの末路を嫌というほど見てきた。お前にはそうなってほしくないんだ………」
「師匠………思ったよりちゃんとした理由でびっくりしてます今。」
「な!?私はいつも真面目だぞ!?」
「師匠前科あるので。」
回想から現実に意識を戻した私はスモーカーさんと改めて対峙する。覇気を使えばスモーカーさんに勝てるかもしれない。でも覇気が使えることが知られたらその時点で士官学校は卒業。私としてもまだ強くなれるのにその機会を奪われるのは本意じゃない。だからといってわざと負けるなんてごめんだ。必要でもない敗北はいらない。
ならどうするか。自分なりに考えて結論を出した私はもう一度距離を詰める。
「すぐ終わると思ってたんだがな、ずいぶん粘りやがる……。まあいい今度こそ終わりだ。」
スモーカーさんも勝負を決めに来ようとしているのがわかった。なにがきても反応できるように警戒はしていたけど、スモーカーさんの変貌に動揺してしまう。
(腕が……4本……!?)
スモーカーさん自身の腕に加え、おそらく煙で作ったと思われる腕が2つ現れる。その姿に驚いた私が見せた一瞬の隙をスモーカーさんは見逃さなかった。
「ホワイトラッシュ!!」
4本の腕から繰り出される高速の連撃。あまりの猛攻に私でさえかわすか防御するしかできず、先程同様こちらのアウトレンジからの攻撃のため近づくことすらままならない。私はスモーカーさんの猛攻を凌ぎながら仕掛ける機会を待ち続けた。スモーカーさんの4本の腕が同時に届く瞬間を。そしてその瞬間は来た。なかなか倒せない私に焦れたスモーカーさんが一気に勝負を決めにきた瞬間、私はその瞬間を見逃さず全力で大地を踏み割らんばかりに踏んづけた。地面に大きく亀裂が走り、同時に私の全力から巻き起こる衝撃がスモーカーさんの腕をすべて煙にして散らした。4本分の腕を作っていた煙は私の想定通り試合場を薄くはない濃度で包み込む。これで外からは何をしているか見えづらくなったはずだ。
スモーカーさんの能力を利用した即席の煙幕。数秒もたたずに消えるだろうがそれで十分だった。煙幕の中でもスモーカーさんの腕がまだ再生してないことがかすかに確認できた。再生される前に突撃する。ようやく私の射程距離まで辿り着き、覇気を込めた一撃を叩き込む。
「鉄甲拳!!」
「な……ぐおっ……!」
いつも通り能力で無効化しようとしたのだろうスモーカーさんは、直前で違和感に気づいたようだった。しかし両腕をまだ再生できていなかったスモーカーさんには防ぐすべはない。覇気が込められた鉄甲拳をまともに受けて吹き飛ばされるスモーカーさん、だが士官学校で鍛え上げた身体能力で堪え場外に出るのだけは防いだ。
さすが……でもまだ……!煙幕はまだ消えてない!もう一撃食らわせられれば……!
次で確実にとどめを刺すつもりで左手を振りかぶる。スモーカーさんは反応できてない。これで決まる……!
その瞬間、私の体が後ろから
そして私は自分のミスを理解した。スモーカーさんの能力が自身の体を煙と化しその煙を自由に操るというなら、モクモクの実の能力を利用した煙幕はスモーカーさんの体そのもの。煙に包まれた私なんてどうとでもできたんだ。あの腕も再生できていなかったんじゃなくて、再生させてなかっただけだ。あのとき煙幕を張った時点で私の負けは決定していたんだ。
けれど、まだ負けてない!あと一撃だけでも………!
その決意も容易く打ち砕かれることになる。
「でえりゃあ!!」
「っ!!」
巨大な煙の手が私を投げ飛ばす。抵抗もできず大きく投げ飛ばされた私はそのまま試合場の外へと放り出されてしまう。
「っあ……!!」
「………ありがとうございました。」
「………ありがとうございました………」
場外で座り込む私にスモーカーさんが礼をする。負けたショックで力ないまま、けれど失礼にならないよう私もしっかりと礼を返す。
………負けてしまった。今まで積み上げてきた無敗記録も自信も崩れ去ってしまった。スモーカーさんも強かったけど一番の敗因は私の立ち回りの甘さにある。考えが足りなかった。師匠の修行で強くなって、士官学校でも通用するほどの実力を待っていると思っていた。けれど最後は私のミスで負けた。あまりにも自分が情けなく思えて涙が流れそうになる。
(……泣くな!もう泣かないって決めただろ!それに泣いている暇なんてない。もっと強くなってあの人のような海兵になるんだ!)
挫けそうになる自分を心の中で立ち直らせる。その後も他の候補生と試合をしてなんとか全勝することができたけど、あの時の一敗がいつまでも引っかかっていた。
「おい、シルド。ちょっと付き合え。」
「はい?」
その日の夜のこと。私はスモーカーさんに呼び出されていた。言われるがままスモーカーさんのあとについていくと、訓練場に辿り着いた。今日の訓練でスモーカーさんに敗北した訓練場…………。
「それでスモーカーさん、訓練場まで連れてきて一体何の用でしょうか?」
「………その前に、なんでてめぇまでついてきてやがる。ヒナ。」
「あら、いいじゃない別に。こんな面白そうなこと気にならないわけないでしょ?スモーカーくん。」
「『スモーカーくん?』」
「おいその呼び方やめろ。」
いつの間にかヒナさんとスモーカーさんが仲良くなっている?いや多分これはひなさんが一方的に絡んでるだけだな。
「……チッ、まあいい、本題だ。シルド。」
「はい。」
「今日の訓練、なんで俺を殴れた?あれはゼファー先生が使ってた技だ。なんでてめぇがその技を使える?」
なんとなく予想はついてたけどやっぱりその話か。
「それ私も気になってたの。二人の試合見てたとき煙幕越しだったけどぼんやりシルドがスモーカーくんを殴り飛ばしたように見えて、ありえないと思ったんだけど……。」
「見間違いじゃねぇよ。たしかに俺が殴られた。どうなってやがる?なにしやがった?」
ヒナさんにも結局見られてしまっていたとは……。じゃあ他の人も見てただろうな。ならもうこれ以上隠しても意味無いか。
「特別な技術じゃありませんよ。士官学校に入る前、師匠から教えてもらった覇気というものです。」
「覇気?」
「覇気とはすべての人類に潜在する気合や気配や気迫といったものを使った技術です。覇気には武装色、見聞色、覇王色の3種類がありスモーカーさんに使ったのは武装色の覇気です。師匠が言うには私は武装色の才能があるようで。」
「個人差があるの?」
「かなり顕著に出るそうです。私は武装色の才能の代わりに見聞色がかなり苦手で……。まだ簡単な気配察知しかできません。特に覇王色の覇気は選ばれた人間にしか使うことができないそうです。そして人によってはどれだけ修行しても武装色、見聞色のどちらかあるいは両方が使えないこともあるのだとか。」
「その覇気ってのは具体的にどんな事ができるんだ?」
「武装色の覇気は自分の体を鎧のように硬化させ、防御のほかに攻撃にも役立つ戦闘向きなものです。また武装色の覇気には実態のないものを捉える特徴があり、自然系の能力者に正攻法で対抗できる数少ない方法でもあります。スモーカーさんの体に攻撃が当てられたのも武装色の力です。」
「なるほどね………。」
「せっかくですし少し見せましょうか。」
覇気の説明をしているなかで実際に見せたほうが早いと思い、私は二人の前に立ち見やすいよう軽く右腕を掲げる。そして右腕に軽く覇気を込めてみせる。
「これが覇気を込めた状態です。まだこの状態では見た目にさほどの変化はありませんが、これでも覇気の効果は十分に乗ります。」
続いてもう少し覇気を強く込める。すると右腕が重厚感のある黒に染まる。
「これが武装色の硬化と呼ばれているものです。簡単に言うとレベル2です。さっきのものと比べて防御力、攻撃力ともに上なのでこっちが出来るならこれしか使わないと思わないます。」
「へぇ……」
「ほぉ……」
二人が興味深そうに眺めてきてちょっと優越感を覚える。気分が良くなった私はもう少しだけ見せてみることにした。まだ完璧に会得できているわけではないから上手くできるといいけど。
「そしてこれが武装色レベル3とも言えるものです!」
いつもより気合を入れて思いっきり覇気を流す。すると黒く染まった腕は元の色に戻り、かわりに右腕の周囲に覇気がオーラのように流れ始める。よかった今回は成功したみたいだ。
「とある国では『流桜』と呼ばれているそうですが、師匠が言うには海軍では内部破壊の武装色というのだそうです。」
「内部破壊?」
「膨大な覇気のエネルギーを流し込むことで衝撃が内側から炸裂するためそのように言われているらしいです。現状これが武装色の最終段階だと思います。」
「……俺は覇気がどれぐらい難しいもんか知らねぇが、ここまでなるのにどれだけかかったんだ?」
「覇気の存在を知ったのは10歳の頃で、武装色の方はそこから1年くらいで今と同じレベルまで会得しました。見聞色の方はまだ全然ですけど………。」
「そういえばさっき言ってたわね、種類があるって。他のはどんな事ができるの?」
二人とも興が乗ってきたようでさっきよりも前のめりになって聞いてくる。
「見聞色の覇気は周囲の気配を読んで相手の位置を把握したり、行動の先読みができます。………なのですが、私はとにかく見聞色が苦手で……。武装色の倍以上の時間修行しても20〜30mまでにある気配をなんとなく感じ取れる程度にしか使えません。ただ、人によってはどれだけ修行しても使えないこともあるらしいので、使えさえすればあとは伸ばし続けられるそうです。」
「やっぱり才能に依るところが大きいのね……。」
「先程も言いましたが覇王色の覇気がその最たるものです。覇王色は相手を威圧する力なのですが、使える人が非常に稀でほとんどの人は使うことができないそうです。覇王色については私も詳しくは知らないのでここまでしか言えないのですが。」
覇気の説明をあらかたやりきる。二人とも私の拙い説明でも理解してくれたようでそれぞれで何やら考え込んでいる。………これもしかして私の説明じゃ理解しきれなくて噛み砕いてる最中だったり?
「だいたいわかったわ。シルドが訓練のときに使ってたのは武装色の覇気だったのね。」
「そうです!」
よかったわかってくれてた。ホッと安心したところで話は終わりかなと判断する。
「ご理解いただけたのならそろそろ解散しましょうか。消灯時間も近いですし。」
「そうね。行きましょスモーカーくん。」
まだ「スモーカーくん」呼びを続けるヒナさん。あとでどういう経緯か聞いてみよう。
「待て」
このまま解散の流れかと思ったらスモーカーさんに呼び止められる。振り返るとスモーカーさんの強面が普段よりさらに険しく見える。
「まだ話は終わってねぇぞ。勝手に帰るんじゃねぇ。」
そのように言うスモーカーさんはまっすぐ私だけを睨んでいた。
「シルド、てめぇそんだけできるってことは訓練のとき手抜いてやがったな。」
痛いところを突かれて言葉が詰まる。でもこっちにも事情がある。
「それは……すみません、そのとおりです。ですが覇気は使えるだけで十分な戦力を持つとみなされ士官学校を強制的に卒業させられるんです。私にはまだ足りないものがある。それを得られる機会が失われるのは不本意です。」
「つまりお前は今すぐにでも海兵になれるってことだろ。ここは海兵になるための場所だ。お前に何が足りねぇんだ?足りねぇてめぇに手ぇ抜かれた俺はどうなんだ?不愉快極まりねぇ。」
「私は海兵になることが目的じゃありません。海兵となって理不尽のない世界を作ることが目的です。そのためにはまだ全てが足りません。スモーカーさんもそうではないのですか?」
険しい雰囲気の中それぞれの主張をぶつけ合う。そして思い出すのはあの日の決意表明。スモーカーさんは海兵になってすべての海賊を倒すと言っていた。ただ海兵になっただけではそんなこと到底無理だ。それをスモーカーさん自身もわかっているからこそ、士官学校の厳しい訓練を乗り越えてきたんだろう。私と同じように。私の問いかけに対し少しの間沈黙する。
「………だとしても納得はできねぇ。だから、戦え。今ここで、全力で。」
「え!?」
「ちょ……!何言ってるのスモーカーくん!?」
唐突にそんなことを言うスモーカーさんに驚く私とヒナさん。
「それは不味いのでは……。訓練場の無断使用は規則違反ですよ。」
「いいからやるぞ。こんな舐められたまま終われるか。」
「ですが……」
「うるせぇ。今度はもう容赦しねぇ。完膚なきまでに叩きのめす。」
「っ………容赦、しない………」
そのときなぜかわからないけど子供の頃のあの日のことを思い出した。海賊が町を蹂躙してお父さんを殺して、私を叩きのめしたあの日の光景。今まで思い出さないようにしてたのに唐突にそして残酷なほど鮮明に映し出され、私の脳に焼印のように刻み込まれてしまう。あの日のことを思い出すたびに怖くて悲しくなって塞ぎ込んでしまっていたけど、今はなぜか別の感情が占めている。この感情が怒りなのか恨みなのか言葉にするのは難しいけど、今はただ目の前の
「本当に、容赦なしで………本気でいいんですか。」
「シルド!」
「ああ、全力で来い。」
ヒナさんの忠告も無視して試合場に入る私とスモーカーさん。午前の訓練のように対面しじっとスモーカーさんを見据える。現在進行形で規則違反をしているこんな状況だけど、今の私は不思議なことに今までのなかで一番冷静になれていると思う。普通だったらこんなことしてどうなるかとか本気で戦うなんて馬鹿なことをとか考えるだろうけど、私は倒すために最善の動きをすることしか頭になかった。なんだかここにいるけどどこか遠くにいるみたいだ。
私が構えを取るとスモーカーさんが弾かれたように続いて構えを取る。それを確認すると私は全力の脚力で一気に距離を詰める。一瞬で懐に潜り込んだ私にスモーカーさんは反応できない。その勢いのまま覇気と鉄甲拳を使った拳を胴体に叩き込んだ。
「ぐうぉっ!」
胴体に突き刺さった拳でスモーカーさんの体を押すようにして吹き飛ばす。そして吹き飛ばしたスモーカーさんに一足で追いつき飛び蹴りを放つ。
「うあっ!」
拳同様覇気を込めた蹴りは正確にスモーカーさんを穿つ。そして今度はその足で踏みつけるように地面に叩きつける。そのまま仰向けになったスモーカーさんに跨り、両手を組み合わせた拳で頭を叩き潰すつもりで全力で振り下ろす………
「そこまで!」
……寸前で掛けられた停止の声に動きが止まる。同時に今までとは違う意味で冷静になり自分が何をしようとしたか理解しサーッと血の気が引く。
「す、すみません!ご無事ですかスモーカーさん!」
「あ…あぁ、大丈夫だ。なんとかな。」
パッとスモーカーさんから飛び退き精一杯謝罪する。どうやら無事みたいで安心する……
「何をしている……?お前たち………」
そんなとき背後から怒りに満ちた低く響く声が聞こえた。それは先程停止を呼びかけた声と同じ声だった。恐る恐る振り向くと………
「ゼファー………先生………」
「就寝時間はとっくに過ぎてるぞ………覚悟はできてるんだろうな?」
そこにはやはりゼファー先生が立っていた。腕を組み額のあたりに血管を浮き出させて怒りの態度を隠そうともしない。
激昂寸前のゼファーさんに怯えながら三人で必死に事情を説明する。けれど……
「そんなこと知らん!就寝時間外での無断外出、加えて訓練場の無断使用!お前ら三人に反省文3枚のペナルティを科す!提出期限は日付が変わるまでだ!」
「申し訳ありません!承知しました!」
「おい!日付が変わるまでってあと2時間もないじゃ………」
「なにか文句でも………?」
「なんでもありません!失礼します!」
ペナルティを科された私たちは颯爽と施設内へ走り去った。
「すみません二人とも……。私がしっかり断っていれば……」
「なんで私まで………。とんだとばっちりだわ。」
「ちっ……くそ……」
「ちょっとスモーカーくん!何その態度!元はといえばスモーカーくんが………!」
その後は三人で迷惑にならない程度にぎゃいぎゃい言いながら反省文を書き終え、無事に日付が変わるまでに提出できた。卒業間近でこんなことになるなんて……。でもこの程度の罰で済んでよかった。そう思いながらその夜は更けていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
海軍兵学校のとある一室、そこには巨躯を誇る一人の男がソファに座っていた。
「全く、卒業間近だというのにあいつらには困ったものだな。」
男の名はゼファー。海軍兵学校の校長であり、かつてはガープ、センゴクと並び伝説の海兵と謳われている男だ。今は現役を退き後進育成に注力している。
そのゼファーは今自室にて自らが抱える問題児たちにため息をついていた。
「スモーカーは相変わらず血の気が多い。もう少し落ち着いてくれたらいいのだがな……」
即戦力と期待されていた候補生のまだ至らない部分に一人頭を悩ます。だが、今ゼファーの脳内を占めているのはもう一人の問題児の方だった。
(シルド………まさか既にあれほどの覇気を使いこなすとは。もはや候補生のレベルではないな。)
実は例の三人が訓練場に向かっているころから様子を見ていたゼファーだったが、ヒナとスモーカーに見せたシルドの覇気の練度に驚くばかりだった。
(覇気を知ってからたった一年で内部破壊まで使えるなど桁違いの才能だ。見聞色の方はまだ未熟だがそれを補えるほどの武装色……。ナガト仕込みの修行の成果なのだろうな。)
気に入らん、と心のなかで吐き捨てる。そしてゼファーの思考はあの時のシルドの様子に移る。
(スモーカーと戦っていたあのとき、おそらくシルドは無意識だっただろうが確実にスモーカーを殺すつもりだった。シルドがスモーカーに放った攻撃はすべて急所を捉えていた。そして一瞬見ることができたあの眼差し……まるで氷のようにどこまでも冷たく恐ろしいものだった。とても人に向ける目ではない。あの目に正面から見られたら勝負の直前でも構えを取るどころか動くこともできないだろう。何が引き金となったのか知らないがシルドは敵と見なしたものを容赦なく叩き潰すだろう。)
教え子の異様な様子について考察を進める。その思考は彼女の以前の師、現役時代に共に戦った人物に及んでいく。
(あいつはシルドの性質のことを知っていたのか?あんな物騒なもの矯正して当然………。いやしなかったんだな。シルドなら制御しきれると信じているからか……。しかし入学当初のシルドは正直に言って期待外れもいいとこだった。あいつはどこに才能を見出したのかと。だがシルドの目を見張るほどの成長速度にあの覇気の練度で納得させられた。あれを未熟なまま使い潰すのはたしかに惜しい。)
そしてゼファーは気づく。戦友が自らの弟子を兵学校へ入れた一番の理由に。ヒーローを育てたいと日頃から言っていた自分に弟子の面倒を見させようとしていたことに。
「フッ!本当に相変わらずいけ好かないヤツだ。」
昔と変わらない戦友に自室で独りごちる。スッと立ち上がりテーブルのグラスとシェリー酒を手に取る。
「そういえばあいつに馬鹿にされたこともあったな。酒にかっこいいも悪いもあるのかって。」
グラスに注がれた琥珀色の液体を見ながらかつての日々を思い出す。くだらなくも二度とは戻らないかけがえのない日々。その輝きを目の前の琥珀色に映しながらグラスを煽りその夜は更けていった。