聖女はやがて魔女になる   作:北上 楓

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第5話 卒業

 

 三人でゼファーさんに怒られたあの日から数ヶ月が経った今日、私を含めた候補生全員はいつも以上に張り詰めた空気に支配されていた。しかしそうなるのも仕方ないだろう。なぜなら今日は………

 

「海軍兵学校第159期候補生の諸君、今日までの厳しい訓練をよく乗り越えた。兵学校での全過程は昨日の訓練で終了となった。諸君らはすでに一人前の海兵となるにふさわしいほどに成長した。まずは皆にこれを伝えさせて欲しい。よく頑張った。」

 

 私達候補生は士官学校での全訓練を修了した。残すは卒業試験だけだ。そしてその卒業試験は今日行われる。ただ卒業試験といっても合否で卒業が決まるわけじゃない。士官学校の卒業試験は最後までのこった候補生のなかで順位付けを行うだけのものだ。その成績によって卒業後の階級や配属部隊が決定される。つまり今日ここまで残った候補生は全員卒業できるということだ。

 そしてゼファー先生から祝辞をもらう私達。あのゼファー先生からそんな事を言ってもらえて、本当に卒業なんだと実感できて感慨深い。

 

「お前達はこれから士官としてそれぞれの部隊に配属される。今から行う試験結果を配属先の判断材料にさせてもらう。俺個人としてはお前たちは皆優秀な生徒だ、本来なら優劣などつけたくはないが競争こそが世の理というものだ。これまでの訓練の日々で培ったものすべてを出し切ってこの試験に臨んでほしい!」

 

 そう言い切ったゼファー先生は敬礼をして舞台を降り、私達候補生も敬礼を返す。

 

 そして別の教官から試験の説明がされる。卒業試験は筆記と実技の2つ。筆記は今までの座学の総まとめだと事前に聞いていた。最初は大の苦手だった座学もヒナさんのおかげですっかり克服しており、不安要素はないと言っていい。

 問題は実技試験の方だ。おそらく対人訓練と似たような形式になると思うけど、これに武器の使用が絡むと途端に私が不利になる。対人訓練では無敗の成績を誇る私だが、武器を使った訓練ではいつまでたってもまともに使いこなすことができなかった。刀を握っても型すらまともに使えずただ闇雲に振り回すだけだったし、銃なんて狙いを付けて弾を撃つより銃本体を投げたほうがよっぽど当たる始末だった。

 修行時代でもよくあったことだけど、私は手に持ったものを無意識のうちに放り投げてしまう「投擲癖」とも言うべきものを持っているらしい。特にイライラしているときや考え事を中断させられたときなんかによくやってしまい、その度にゼファー先生から直すように言われていた。だが結局直らないままここまできてしまったからなんとか抑え込まないと。そういえば師匠は私のこの癖はいつか武器になるって言ってたっけ。まあでもどっちが本当かは今はどうでもいいか。

 

 そんな考え事をしている間に実技試験の説明が始まった。内容は対人戦闘訓練とほぼ同じで、違うのは武器の使用が許可されることだ。これも戦闘訓練で培ったものを出し切ってもらうためのルールだということだ。加えて試験はトーナメント式らしく最後まで勝ち抜いた者が成績トップということだ。そして武器は使わなくてもいいがどのような戦い方でも加点も減点もないらしい。単純に実力だけを見る試験なら私にとっても好都合で安心した。

 

「そして今期のお前たちは運がいい。お前たちの成績を海軍本部が高く評価しており、本部の兵器庫を開放するという打診があった!しかも今回は二人だ!」

 

 試験の説明が終わったところで出されたその言葉に周囲がざわざわと騒がしくなる。

 

 海兵にはスモーカーさんのように悪魔の実の能力を持っている人がいる。そういった人のなかには海軍入隊前から能力を持っていた場合もあるが、大半は海軍本部が所有している悪魔の実をその人に与えたことで能力者となっている。悪魔の実はそれ自体が非常に高価で取引され、食べれば強力な能力を得られることもあり海賊たちは血眼になって探している。悪魔の実が海賊に渡ればどう扱ったとしても海軍に不利となる。それを防ぐために海賊の手に渡る前に海軍が回収して収蔵してある悪魔の実がいくつかある、という話をゼファー先生から聞いたことがある。ただ回収したはいいものの、泳げなくなることが海兵のデメリットとして大きすぎたため、誰にも食べられず死蔵状態となっているらしい。そこで倉庫の肥やしにするぐらいならと、ことあるごとに能力者になる機会を配っているという話だ。

 今回の本部の兵器庫解放とは悪魔の実の提供ということだ。まだ前線で戦う海兵と比べたら未熟もいいところな候補生にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。もちろん私も。しかしこんなことめったにあるわけでもないのに今回は2つか……本当に珍しい。

 

 教官の話が全て終わり、いよいよ試験本番となる。最初は筆記試験、普段の成績でも上位をキープできていたため苦戦することなく終わらせることができた。これもすべてヒナさんが教えてくれたからだ。もしヒナさんと同期じゃなかったら私は卒業できなかったかもしれない。本当にヒナさんには感謝してもしきれない。

 

 続いて実技試験が始まる。さっきの説明でしれっと筆記試験より実技試験のほうが優先的に評価される部分が多いと言われたからか、筆記試験のときよりも緊張感が激しかった。やはり海兵となる以上、戦闘力は海賊との戦闘や自分の身を守れるかなどの理由で重要視されるのだろう。

 訓練場でしばらく待っていると実技試験の組み合わせ表が発表される。ソワソワとした気持ちのまま自分の名前を探すと、第二試合に入れられているのを確認した。その流れでヒナさんとスモーカーさんの名前も探してみる。ヒナさんは私と同じグループだったけど準決勝まで当たらなさそうだ。そしてスモーカーさんとは別のグループになったようだ。そうこうしているうちに試験開始の通告がなされ第一試合に出る二人が揃う。私も次の試合の準備をしに訓練場を離れた。

 

 

 

 そこからの試験は順調そのものだった。まず私の一回戦、相手は私と同じ素手で戦うスタイルで開始と同時に接近戦を仕掛けてきた。向こうも当然私のパワーを警戒して一撃も食らわないように立ち回っていたけど、焦って決めに来た大振りの拳を躱してできた隙をついて腕をつかんだときに勝負はついた。そのまま背負い投げに移って相手を場外まで放り投げて私の勝利。

 

 続いて二回戦。今度の相手は刀を持っていた。迷いの無い正確な太刀筋と完璧な間合い管理に近づくことができなかった。だから狙いを刀に絞った。振り下ろされた刀に対して横方向に拳をぶつけて殴り折った。横方向に対する衝撃に弱いという刀の特性を知ったときに私が考えた刀対策だ。武器持ちの相手は大抵の場合その武器が壊されたら戦意も折られる。暴力で打ちのめすより簡単で平和的な決着方法で個人的に気に入っている。刀を折られた対戦相手は予想通りすぐさま降参した。

 

 そのまま進み三回戦。次の相手は私の倍はありそうなほどの体躯を誇る人だった。そしてその巨体に負けないほどの巨大な鉄槌を持っていた。この人とは訓練で何度か戦ったことはあるけど、武器を持った戦いは初めてだった。試合が始まっても警戒して動かずにいたら、両手で鉄槌を振り下ろして潰そうとしてきた。飛び退いて避けると休むことなくもう一撃が振り下ろされる。退いて、打ち付けて、退いて、打ち込んで。そんなやりとりがしばらく続いた。間合いの内側に潜り込んでも今度は向こうが飛び退いて距離を取られる。なかなか進展しない状況に私のほうが先に堪えられなくなった。私は立ち止まって今まで避けていた攻撃を真っ向から迎え撃つことにした。そんな私を見て相手は血迷ったと思ったのだろう、今までで一番の力を込めて振り下ろしてきた。頭上から迫る鉄槌に対し、覇気を伴った全力の拳で殴り返す。もう卒業するのだから覇気を使うのに躊躇することはない。私の全力を受けた鉄槌は打撃面から亀裂が走り、やがて鉄槌全体にまわり粉々に打ち砕かれた。想定外のことに呆然と立ち尽くす相手に、間髪を容れず懐に飛び込み鉄甲拳を叩き込む。いくら巨大であろうと私の腕力の前では関係ない。まともに食らった相手は耐えることもできず大きく吹き飛んで場外へ。私は準決勝まで進むことができた。

 

 ここまでは本当に順調だった。少し苦戦することはあったけど大きなダメージをもらわずにここまでこれたのは紛れもなく僥倖だった。けれど次は簡単にはいかないかもしれない。なんといっても次の相手は………

 

「絶好調みたいね、シルド。」

「ヒナさん。準決勝進出おめでとうございます。」

「ありがと。ここまできたんだからあなたにも勝って特典の能力も頂くわ。ヒナ臨戦」

「負けません。全力でお相手させていただきます。」

 

 私と同じく準決勝まで駒を進めたヒナさんが次の対戦相手である私に宣戦布告をしに来た。

 ついにヒナさんとの対戦。訓練では数回当たったことはあるし、その全部で勝ってきている。けれど今日のヒナさんは雰囲気が違う。いつもよりやる気、というか闘気が迸っているように見える。ヒナさんも今日のために仕上げてきたのが一目でわかった。

 

「準決勝第一試合始めるぞ!出場者は試合場の中へ!」

 

 ゼファー先生から入場を促され二人並んで試合場へ入る。

 

「よし、それでは準決勝第一試合……始め!」

 

 ゴオン………!

 

 お互いに構えを取ったところで試合開始の銅鑼が鳴る。まずは闘気に満ちたヒナさんを警戒してじっと動かずに様子見。ヒナさんもこちらを警戒しているようですぐには動きそうにない。じり…とわずかに近づけば同じだけ離れ、右から回り込もうとすれば反対に動く。そんな睨み合いの状況がお互いに続く。私は先に大きく仕掛けたほうが負けると直感していた。だがヒナさんはいきなり大きく後ろに飛び退いてラインギリギリまで下がった。あまりに唐突で何をしてくるのか最大限注意を向けるが、今の状況なら様子見よりも攻撃だ、と思いすぐに思考を切り替える。私はその場で肩幅よりも少し広めに足を広げ正拳突きの構えを取る。普通だったらここから試合場の端までいるヒナさんに攻撃するなんて無理だけど、鉄甲拳ならそれができる。自身の腕力の限りで空気を押し出し、衝撃を飛ばす鉄甲拳の「砲撃」の型。今の私にできる数少ない遠距離攻撃手段だ。

 

「鉄甲拳……」

「嵐脚!」

「え!?……っ、砲撃!」

 

 「砲撃」で攻撃しようとした瞬間、ヒナさんはその場で鋭い蹴りを放った。その蹴りと同じ軌道でかまいたちが起こり私に向かって飛んでくる。驚きながらもそのまま「砲撃」を放ち空気の拳がヒナさんめがけて飛んでいく。私とヒナさんの間のところで二つが衝突する。だが拮抗することもなく空気の拳がかまいたちを軽々と打ち消し突き進む。ヒナさんの目前まで迫るも衝突で威力の落ちた拳は軽々と蹴り飛ばされてしまう。

 

 今のヒナさんが使ったのは世界政府直轄機関が使う体術、「六式」の一つ。六式の存在自体は士官学校の資料で知ることができるけど、六式を習得する訓練はやらせてくれなかった。だから習得するには訓練以外の時間で自分で修行しなければならないが、士官学校の訓練の後では疲労のあまり自主練なんてそうそうできない。そんななかで六式を使いこなせるまで修行するなんて本当にヒナさんはすごい。だからといって負けるつもりなんてないけど。

 

 「砲撃」の後ろから付き従うかたちで接近していた私は格闘戦に持ち込もうとする。ヒナさんからすれば「砲撃」の裏から突然私が出てきて驚いたなんてものじゃないだろう。ヒナさんの目の前まで近づきスピードに全力をかけた連打を仕掛ける。パワーより手数で押して場外に出す狙いだったが、ヒナさんは上手く私の猛攻を受け流してしまう。おそらく合気道のような技術で受け止めるよりもいなす方に重点を置いたのだろう。実際それは有効だった。全然当てられない。重症にならない程度に加減しているとはいえ、一撃でも当たれば動けなくなる威力の攻撃を流れるように捌かれる。けれど私にはヒナさんが粘りながら何かを狙っているのがわかっていた。何を狙っているかも。

 

 それを誘うためわざと威力を強めた一撃を放ってみた。ヒナさんはそれを見逃さず、受け流すのではなく躱して私の腕を掴んだ。そのままグイッと引っ張り、場外に出そうとする。

 

 そんなことだろうと思ってた!

 足を払って確実に出そうとするヒナさんに対し両足で跳んで回避する。当然私の体は引っ張られたまま外へ出かけるが、着地する前にヒナさんの頭を掴み、支点代わりにしながら勢いそのまま大きく半回転するようにして場内に着地する。ポール代わりにされて体勢を崩したヒナさんを蹴り飛ばそうとするが、その前に跳躍して私ごと飛び越される。後ろに回ったヒナさんと向かい合い振り出しに戻ったかたちになる。

 

 予想できていたとはいえ自分でもよく戻れたな、と思う。また同じことをされないように今度は中心で戦うようにしなきゃ。今度は端まで下がられないようこっちから攻める。

 

 さっき六式を使われたけど、それはヒナさんだけの技じゃないことを見せてやろう。

 

「剃!」

 

 その場で地面を何度も蹴りその反動で爆発的なスピードで移動する六式の一つ、「剃」。普段は私の脚力だけをフル活用して一足で突っ込んでる。けれど今回は剃のスピードが乗る最後の一蹴りを私の脚力でブーストさせ、瞬く間にヒナさんの目の前まで飛んでみせた。はたから見てればまさに弾かれたという表現がぴったりだと思う。そのスピードのまま飛び膝蹴り放つが、

 

「っ!?指銃!」

「くっ!!」

 

 一瞬で詰め寄られても動揺を引きづらず六式で反撃してくるヒナさん。顔を狙ったそれを左にわずかに傾けることで躱す。だが躱しきれなかったらしく右頬がわずかに裂け血が滲む。構うことなく膝蹴りを繰り出そうとしたとき、ヒナさんのもう片方の手が体の前に置いてあるのが一瞬見えた。このまま打っても捕まる、そう思った私はいっそのこともうやめることにした。

 

 スピードの乗った蹴りを意思と筋力で無理やり真下に捻じ曲げる。蹴り飛ばすつもりだったパワーと強引に方向を変えた勢い余ったまま地面に叩きつけたことで、かなり大きなクレーターを作ってしまう。衝撃で吹き飛ばされたのか、それともその前に退避したのかヒナさんとの距離がまた開く。

 

 そろそろ決めようかな。剃を使わない跳躍で一直線にヒナさんに迫る。ヒナさんも指銃の連打で迎撃するがそれを正面からすり抜けヒナさんの顔面を鷲掴みにする。

 

「はぁぁぁぁぁぁでぇぇぇぇりゃあ!!!」

 

 気合いとともに私の全力でもってぶん投げる。投げられたヒナさんは見物人の集団に突っ込む。全力とは言っても壊さないよう加減はしたし、クッション目的で人が集まってるところに向けて投げたから大した怪我はしてないと思うけど。

 

「勝負あり!勝者イアン・シルド!決勝進出!」

「ふぅ…!ありがとうございました!」

 

 ゼファー先生から合図がなされ、深く息を吐き一礼する。その後でヒナさんが起き上がり、一度学校内に戻るというのでそれを見送った。

 

 そして準決勝第二試合が始まる。比較的軽傷で済んだ私はそのまま試合を見ることにした。出場者はやはりここまで勝ち抜いてきたスモーカーさんだ。対戦相手は私も訓練のとき苦戦を強いられた二刀流の使い手。周りの予想を聞く限り流石にいい勝負になるのではないかという感じだったが、スモーカーさんのモクモクの実の能力をなんとかできないと勝負にすらならないだろう。

 予想通り試合は一方的な展開で終わった。覇気を使えないらしい相手の方はスモーカーさんの煙の体にダメージを与えることも叶わず防戦のまま場外に出された。その様子に私とゼファー先生以外が呆然として、歓声を上げられないまま二人は退場していった。その時スモーカーさんが私のすぐ傍を通り目が合う。特に会話はなかったけど決勝に対するスモーカーさんの気迫が伝わった気がした。

 

 十五分ほどの休憩を挟みついに決勝戦が始まる。泣いても笑ってもこれが本当の最後。しかも相手はスモーカーさんだ。当然全力を出して勝つつもりだったけど、私のなかであの日のことが脳裏をよぎる。スモーカーさんに呼び出されて覇気を見せて戦ったときに表れた冷酷で残虐な力。あのあとなんであの力が出たのか考えてみたけど結局答えは出ず、あれ以降力が出ることもなかった。自分で再現しようとしてみてもできなかったから、少なくとも試験の間はそんな不安定な力に頼ることなく戦うことにした。あれはたしかに私の力だ。だけどまだ私が制御できる力じゃない。海兵を目指す者が、人の命を守ろうとする者がわからないまま振るっていいものではないと理解したから。

 

「それでは決勝戦、開始!」

 

 ゼファー先生の掛け声で思考を試合に戻し、銅鑼の音が響くと同時にスモーカーさんに向かって突進する。すると今まで開始直後は動かなかったスモーカーさんが私と同時に突進してきた。いきなり近接戦は想定外だったけどこちらとしては好都合だ。二人の距離が目の前まで迫ったとき両者の間を拳がすれ違った。お互いに顔を狙ったそれはそれぞれのもう片方の手によって防がれる。それを合図に激しい肉弾戦が始まる。フック、ストレート、ハイキック、足払い、回し蹴り。どれもハイレベルで飛び交う。

 

「今回はあの武器は使わないのですね!」

「お前に壊されたらたまったもんじゃねぇからな!」

 

 攻防の合間に会話を仕掛けて注意を削いでみる。準決勝までは十手のような武器を使っていたスモーカーさんは今は何も持っていない。理由は本人が言っていた通り。たしかに私だったら真っ先に壊しにかかる。

 そのまま肉弾戦を続けていると、攻撃の合間に一瞬の隙を見出しそこを思い切り殴り抜ける。しかし拳が届く前にスモーカーさんの体が煙になってしまう。覇気を込めて殴っても届く前に能力を使われたら意味がないと初めて知った。霧散したスモーカーさんを探そうと周囲を見回すがどこにも見当たらない。上空も探しても見えるのは薄っすらとした煙だけ。おそらくすぐ近くに体を形成して不意打ちするつもりだろうと予測し十分に警戒する。しかしいつまで待ってもスモーカーさんが現れることはなく、煙が濃くなる一方だった。

 

(……?煙が濃くなる……?)

 

 不審に思った時にはすでに手遅れだった。私の周囲を視界が通らないほど濃い煙幕が包んでいた。これはあの訓練の時の……。

 

「ホワイトフォレスト!」

 

 どこかからスモーカーさんの声が聞こえ、目の前から飛んできた拳を咄嗟に回避する。だがすぐさま別方向から足が飛んできて、それを防ごうとしたとき新たに拳が形成されるのに目を取られ蹴りを食らってしまう。なんとか覇気でダメージを抑えたものの休む暇を与えられず攻撃が殺到してくる。四方八方から縦横無尽に飛んでくる煙の弾幕に圧倒される。スモーカーさんと初めて戦った訓練の時に使った戦法を今度はさらに洗練させてきた。これでは反撃できない、というより反撃のしようがない。煙幕から出ようともしたけど私に追従して煙幕も動いているらしく、満足に視界が通らない今の状況では場外も怖い。

 

 だからといってこのまま動くこともできずに削り切られるつもりはない。とりあえず厄介な弾幕を一掃するため地面に拳を叩きつけ衝撃で煙を吹き飛ばす。ついでに煙幕ごと消せないか、と思ったけどこっちはしっかり能力で散らないようになっているみたいだ。

 

(………ん?ということは………)

 

 一つの可能性に気づき考察しようとする。だがついさっきまで圧倒されていた連続攻撃が途絶えたことに違和感を覚えそちらに思考を移す。注意深く観察してみると吹き飛ばした煙がゆっくりと動いていることに気づく。それがどこに向かっているかを辿っていくと……

 

(……上!)

 

 そう気づいて上を向くと煙が集まって巨大な塊になっているところを目撃する。その塊はどんどん形を変えていき巨大な腕となっていく。何をするつもりか察して煙の腕から離れようとする前に腕が振り下ろされる。

 

 ドガァン!!

 

 相変わらず煙のくせにありえないほどの威力をしている。私がいうのもなんだけど煙で地面叩き割るやつがあるか。なんとか回避できたけど私じゃなかったら今ので決着だった。

 

 そして今のでスモーカーさんの能力の仕組みがわかった。思えば最初から違和感はあった。あの濃すぎる煙幕もさっきの巨大な腕も、スモーカーさんの体積から考えてあれだけの煙は出せない。なら考えられるのはスモーカーさんは自分の体を煙にして操ることができるだけじゃなく、自分以外の煙も同化して操ることができる。そうすることで能力でできる幅を増やしている。いつも吸っている大量の煙草は武器でもあったんだ。最初の格闘戦のときに煙を増やしてたんだと思う。

 

 それと煙の密度にも意味がある。多分煙の操作精度だ。仮に普段のスモーカーさんの身体が十分なパフォーマンスができるぐらいの体積と密度だとして、ほかの煙も操作するとなるとどこかの段階で手がまわらなくなるはずだ。だからスモーカーさんは攻撃する部分に煙を密集させて他は薄くするなりしてコントロールしている、と思う。煙幕のときで言うと密の部分が煙幕と拳や足の部分で、疎の部分は腕とか脚になる。だけどどこまでいっても煙だからぶれたりしたら攻撃にならない、そうならないように必要なところ以外は薄くしてあると思う。つまり煙が密集しているところ=スモーカーさんの体ということだと思う。だから煙でも殴れるしさらに集まれば普段以上の力が出せる。

 

 そして目の前の巨大な腕に目を向ける。咄嗟に考えた仮説をもとに判断するのなら、この腕がスモーカーさんだ。それに腕の方に煙を回したせいか煙幕が晴れていた。

 ならもう話は早い。あとはこの腕を殴り飛ばすだけだ。そう考え身構えていると腕が私の方に突進してきた。私はそれを正面からがっしりと受け止める。多少後ろに押されるものの大したことはない。やっと捕まえられた、()()()()()()()()()また煙に戻られる前に覇気を使って捉え拳を構える。

 

「ふっ!らぁっ!」

「なっ……!?うぐっ!」

 

 あとは振り抜くだけというところで突然後ろからスモーカーさんの腕が伸びてくる。驚き戸惑う間に私の首を絞めその体勢のまま後ろに私ごと倒れる。抜け出そうともがくが半分パニックになった私は無駄に体力と酸素を使うだけだった。

 

「お前はまともに殴っても硬すぎるからなぁ!そういう奴は絞め落とすに限る!」

「……っく!………ぁぁっ!」

 

 どんどん時間だけが経っていき頭がぼんやりし始める。

 諦めるな!もがけ!倒せ!そう心の中で鼓舞する。向こうも抜け出させる気がないならこっちだって!私の首を絞めるスモーカーさんの腕を掴み全力以上の力で握り潰す。

 

「がぁっ…!てめぇ…!」

 

 そのまま掴んだ腕を引き剥がし、わずかに空いたスペースで呼吸ができるようになる。

 

「っはぁ…!はぁっ…!」

 

 なんとか首の皮一枚繋がった。そして一呼吸できれば……!私はスモーカーさんの腕を強引に引き剥がし拘束から脱出する。すかさず翻り仰向けに倒れるスモーカーさんの顔面目掛けて鉄甲拳を放つ。轟音を立てて地面に穴を開けたが一瞬早く脱出されたようで、少し離れたところで立ち上がろうとしていた。立て直す隙は与えない。全力の剃で一気に近づいて目の前まできたところでビタッと止まり腰を落とす。

 

「鉄甲拳……重撃!」

 

 鉄甲拳基本三つの型の一つ「重撃」。完全に停止する必要があるけど威力は通常の鉄甲拳の数倍もある技だ。それをスモーカーさん目掛けて放つ。覇気を込めた全力で渾身の一撃はスモーカーさんの煙の体を捉える。爆発したかのような衝撃の余波が拳を中心に炸裂する。それを至近距離で食らえば当然耐えられるわけもなく後方に吹き飛ぶ。

 

 ドガッシャァァン!!!

 

 勢いよく吹っ飛んだスモーカーさんは周りの見物人を突っ切り、士官学校の壁に叩きつけられピクリとも動かなくなる。

 

 ふう……と深く息を吐き戦闘モードの頭を切り替える。

 

 

 

 

(また………やってしまった……!)

 

 落ち着いた頭で自分か何をしたか理解する。あの時の力は使わないつもりだったのに、スモーカーさんに絞められる直前でスイッチが入った感じがして最後の一撃は完璧に制御できてなかった。スモーカーさんまともに食らわせちゃったけど大丈夫かな………。

 

「勝負あり!勝者イアン・シルド!誰か!スモーカーを手当てしてやれ!」

 

 ゼファー先生の声で思考の海から戻ってきた私はスモーカーさんの方へ向かおうとしたけど、すでにほかの人に医務室へ連れられていった。

 その後スモーカーさんの容体を聞いたら命に別状はなく、起き上がるのにもそう時間はかからないだろうとのこと。それを聞いてとても安心したと同時にスモーカーさんの頑丈さに驚かされる。私が言うことじゃないけど本当にすごいなあの人。怪我人が多いから(ほとんど私のせい)結果発表は翌日に行われるということになった。

 

 

 

      ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 翌日、怪我人も回復したことで卒業試験の結果が告知される。比較的重い怪我だったと聞いていたスモーカーさんも包帯を巻きながら教室にいた。なんでも看護担当の先生の反対を押し切って無理やり来たらしい。

 

「諸君、卒業試験ご苦労だった。君達の成長ぶり思う存分見させてもらった。皆素晴らしい海兵になったと誰に対しても胸を張って言えるし、これから君達が実際に任務に当たることになっても言われ続ける言葉だろう。本当によく頑張ったな。」

 

 ゼファー先生からそんな言葉を掛けられ思わず泣きそうになってしまう。そして試験の結果が黒板に張り出される。

 

「今回の卒業試験の総合評価だ。上位の者は慢心せずこれからも精進すること、結果が振るわなかった者は自分の今の実力を受け止め今後の糧にすればいい。」

 

 皆が一斉に目の前の結果に注目する。私も自分の名前を探し、見つけたその場所に驚き思わず立ち上がってしまう。

 

「私が……一位……」

「フッ…よくやったな、シルド」

 

 ゼファー先生からもそう言ってもらい、これが幻じゃないとわからされる。驚きと嬉しさと安堵とその他いろんな感情がごちゃ混ぜになって、私の体は力が抜けたようにストンと椅子に落ちる。

 

「おめでとう、シルド」

「ヒナさん…ありがとうございます。」

「さて、そろそろここらで目玉イベントだ。」

 

 候補生が思い思いに試験結果について話し合っていたところにゼファー先生が呼び掛け静まりかえる。

 

「試験前にも告知したように今回は海軍本部から悪魔の実が二つ提供された。本部はそれを卒業試験の上位二名に与えるよう通達してきた。」

 

 上位二名、ということは私と……

 

「シルド、スモーカー、前へ」

 

 ゼファー先生に私と総合二位のスモーカーさんが呼ばれる。私はそれに従い前に出るがスモーカーさんは座ったままだった。

 

「俺はもう持ってるんでいりません。他のやつに与えてやってください。」

「そうだろうな。では二位のスモーカーが辞退したため、ヒナ!来い。」

「っ!?はい!」

 

 すでに能力者のスモーカーさんが辞退して三位のヒナさんが呼ばれる。そして私たちの前に二つの奇妙な果実が置かれる。

 

「これが今回本部から提供されたオリオリの実とメタメタの実だ。まずはシルドから選んでもらおうか。」

 

 そう言われて2つの果実を見比べてみるけどどっちがどれなのか全くわからない。一つはレモンみたいな柑橘類のような見た目で、波が飛沫を立てている感じの模様がある。もう一つはブドウのような感じで小さな粒が一房にまとまっていて、その一つ一つに黒い縦線が等間隔で並んでいる。私はどっちがいいとかないけどヒナさんはどうかな。

 

「ヒナさん」

「いいわよ別に。勝者の特権なんだから、遠慮しないで。」

 

 何を言うか見抜かれていたらしい。どうしようか悩んでいると

 

「一説では悪魔の実はそれを求める者の前に現れるという。今この場にあるものがお前たちにとって必要な力で、たとえどれを選んでもお前たちをさらなる舞台へ連れて行くだろう。俺の持論だがな。」

 

 フッと最後にいつものように笑い飛ばすゼファー先生に勇気をもらった。そして私はレモンみたいな方を手に取る。それを見てヒナさんはブドウの方の一粒をもぎりとった。お互い見た目が怪しいこれを口にいれるのは怖くて一斉に食べることにした。

 

「………せーの!」

 

 パクッと同時に一口食べる。瞬間言い表せないほどの不快感が流れ込んでくる。食感はレモンなのに酸っぱくもなく甘くもなく食べ物ではないものを食べているような……。ただ一言で表すとしたら、

 

「「不味い……」」

 

 これに尽きると思う。なんとか飲み込んでも体の中からゾワゾワというかドクンッというか不思議な感じがしてとにかく不快だった。それでもなんとか食べきって二人してぐったりしてしまう。

 

「よく食べきったな……。なにはともあれ、これで二人は能力者になったわけだ。なにか体に変化は?」

「……うぅ、……特に変化は……シルドは?」

「私も特に……なんともありません。」

 

 強いて言うならまだ気持ち悪いくらいで……。しかしすぐに収まり問題なく立ち上がる。能力が使えるか試してみると私の方は腕が鉄そのものになった。ヒナさんの方も試してみたら腕が黒い檻のような形になって元の腕に戻すのに苦労していた。

 

「よし。二人とも問題なく能力が発言したな。これで………」

「待った。シルドお前本当になんともないのか?」

 

 不意にスモーカーさんがそんな事を言ってきた。

 

「え?はい……別に……」

「………先生、メタメタの実ってたしか自然系でしたよね。初めて自然系の能力を使ったときは大抵の場合、流動する体の制御ができず人の形を保つこともままならないもんなんだが……。」

「たしかに……。どうだシルド。」

「いえほんとになんとも。」

「……動くなよ。」

 

 そう言ってゼファー先生はチョークを手に取り私に向かって投げる。咄嗟に避けそうになるけどゼファー先生の言葉を思い出してそのままで耐える。

 

「いたっ」

 

 そしてチョークは当然のように私に()()()()。………あれ?

 

「え……あれ?」

「どうなってやがる……?」

 

 物理攻撃を無効化するはずの自然系の能力なのに覇気なしのチョークが当たって戸惑うばかりの私、何が起こったかわからず声を漏らすスモーカーさん、私の方をじっと見て何かを考え込むゼファー先生。それぞれが目の前の現象に呆気にとられる。

 

「うぅむ……これは推測だが、おそらく技術的な問題ではなく精神的な問題だろうな。」

「精神的な問題とは?」

「お前のなにが原因になっているかまではわからないが、能力の発動自体はできている以上内面的な問題であることには間違いないはずだ。無意識に能力を制限しているのか、別のなにかが邪魔しているのか。俺も聞いたことがないケースだ、とにかく今は様子を見るしかないだろう。」

 

 精神的な問題と聞いて私はスモーカーさんに使ってしまったあの力、私の中で殲滅状態と呼んでいる力のことを思い出す。昨日再び発動し、客観的に見直したことでわかったことがある。あれは力の暴走じゃなくて最速で勝負を決める戦いをしてるだけだ。私の力で勝つための行動だけを取ろうとしたら情け容赦のない暴虐でもって殲滅するのが一番早い。けれどやっぱりそれは海兵の戦い方じゃない。だからこの状態の制御は力ではなく理性でする必要がある。もしかしたらこれが能力に制限がかかっている原因なのかな………?

 

「…わかりました。自分でも心当たりがあります。改善できるよう試してみます。」

「そうか。何かあれば協力は惜しまない。もし改善できれば未知のケースの対策が生まれることになるからな。よし!これにて卒業試験の総評は以上だ。次は卒業式を執り行う。全員大講堂へ集合!」

「はっ!」

 

 候補生全員が立ち上がり敬礼で返す。

 

 そして卒業式はつつがなく執り行われた。各教官から一言ずついただき、卒業証書を手渡される。私のを渡されたときゼファー先生から投擲癖を直せとか、手のかかる問題児だったとか最後まで叱られてしまった。でもそれも最後だと思うとなんだか嬉しく思えた。最後に最終成績トップだった私が教官たちへ候補生代表として答辞を述べて終了となった。

 

 卒業式の後これからの配属先についての説明がされた。配属先の決定は部隊長の希望によって決まることが多い。つまり成績が上であればあるほど名のある部隊にスカウトされる可能性が高くなる。そのスカウトの中から諸々の適性を考慮して士官学校側が最終決定を下すらしい。

 

「シルドどうだった?」

「ヒナさん、私はあのおつる隊でした!ヒナさんは?」

「おつる隊!?さすがね……。私はギオン隊だったわ。」

「ギオン隊といえば二十代の若さで准将まで上り詰めた隊長が率いる実力のある部隊ですね。ヒナさんもすごいじゃないですか。」

「なんか嫌味に聞こえるわね……ヒナ屈辱。」

 

 ヒナさんと一緒に配属先のことについて談笑する。そこにスモーカーさんが通りかかりヒナさんが捕まえる。

 

「あ、スモーカーくん。スモーカーくんは配属先どこだったの?」

「なんで俺に聞く。てめぇらでやってろよ。」

「あら冷たい。教えくれてもいいじゃない、ねぇ?」

「そうですね、私も気になります。」

「てめぇら……」

 

 ヒナさんが私の方に振ってくる。私も気になってたから乗ってみることにした。スモーカーさんも根負けしたらしく渋々ながら教えてくれた。

 

「………ガープ隊。」

「えぇ!?嘘!?」

「ガ、ガープ隊ですか!?」

 

 予想してなかった名前が飛び出して大声を上げてしまう。英雄ガープといえば私の配属先であるおつる中将と同じ伝説の海兵と呼ばれる偉人だ。私もおつる隊配属と知ったときは飛び上がって腰を抜かすかと思うくらい驚いたけど、スモーカーさんは平然としているように見える。

 

「なんというか……意外と落ち着いていますね。」

「こんなのぜってぇ先生からのイジメだろ。ガープ隊で揉まれろってことだ。」

「あぁ……それはありそうですね……」

 

 ガープ中将は気まぐれな方で、新兵の指導は中将に見込まれた人間でないといけないというのは有名な話だ。そして運よく見込まれても中将の加減の知らないスパルタ訓練で何度も医療班送りにされるとか。

 

「三人とも有名部隊に配属されるのね。誰が一番出世するかしら。」

「私はスモーカーさんだと思います。」

「くだらねぇ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。」

「あらかっこいい。………そろそろ時間ね。」

「あ………もうお別れですか……寂しいですね。」

「また会えるわよ。………生きていればだけど。」

「死ぬかよ。俺もお前らもそんなたまじゃねえだろ。」

「ふふっ、それもそうね。」

「はい、………ではまた。」

「えぇ」

 

 士官学校での長い訓練の日々が終わる。かけがえのない出会いがあり、友人との別れがあり、躓いて、足掻いて、喧嘩して、食らいついて、ぶつかって、勝ち取って。本当にいろんな事があった日々だった。そんな時間が終わり今の私はもう海兵だ。あの日憧れた存在になるための大きな大きな一段を上がる。私を助けてくれた中将さんみたいな海兵にまた一歩近づいた。一つの区切りを超えたその先に見える景色はきっと輝いて見えるだろう。私はまだまだ歩き続ける。私のように理不尽に苦しめられる人がもう二度と現れないように。期待、高揚、不安、緊張、いろんな感情を抱えながらも、それでも私は胸を弾ませるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど私はまだわかっていなかった。

 海兵の輝かしい姿に目がくらみ、海軍の暗い部分は見えていなかった。

 

『あーあー、もしもし、おつるちゃんかい?ちょいと頼まれてほしいんだが。』

「はいはい、なんだいセンゴク。また厄介事じゃないだろうね?」

 

 私の知らないところで事態は動く。悪意に対抗するためにはきれいなままではいられない。私はそれがわかっていなかった。

 これから巻き込まれる事件は私にとって決して忘れることのできないものとなり、海軍とはどういう組織なのかを思い知らされることになるのだった。

 

 

 

 

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