ようやく原作の内容に触れます
マリンフォード。そこは世界政府直下組織である海軍の総本山「海軍本部」が置かれている島。海兵たちの家族が暮らす大きな町があり、そこには不安や恐怖なんて存在しない。なんせ海軍のすべてがこの島にはあるのだ。わざわざここを襲おうとする物好きはいない。今日もマリンフォードは海軍の名のもとに平和を謳歌する。
そんなマリンフォードの海軍本部のとある一室にて、私はある人物に呼び出された。
「イアン・シルド少尉であります。」
「どうぞ」
ノックをしてドアの向こうに呼びかける。返ってきた言葉に「失礼します」と言ってから入室する。部屋の中には執務机に座っている女性が一人だけおり、その人物に対して敬礼する。
「この度おつる隊に配属されましたイアン・シルドと申します。よろしくお願いします。」
「よく来てくれたね。士官学校での話を聞いてうちで見てやるべきだと思ってね。……年取ると余計なこと話していけないね。おつる隊のつるだ。歓迎するよシルド少尉。」
「はっ、光栄であります。」
この人が伝説の海兵の一人、おつる中将……。話し方ひとつとっても威厳があり芯の通った印象を受ける。不意に見せる所作も美しさを感じさせ女性的なかっこよさと言うべきものに魅せられてしまう。
それからいくつかの話をされる。おつる隊の方針や出港の日程にこれから私が担う役割についてなど、必要なことをあらかた説明される。
「……まぁ言っておくことはこのぐらいかね。じゃあここからはちょっとした雑談に付き合っておくれ。楽にしてくれて構わないから。」
「はい………」
そう言いながら椅子を勧めてくれた中将。だけどこういう雑談の切り出し方で本当にただの雑談をするとは思えない。何を聞かれるか気構えていたけど、内容は趣味とか出身地とか本当に普通の雑談に思えた。いやもしかしたらこれは一種の尋問のやり方とかでは………
「……まだ緊張してるみたいだね。そう気を張らなくてもいいよ本当にただ聞きたいだけだから。」
「そうですか……」
「ふむ……、ところでシルドはなんで海兵になると決めたんだい?」
「それは……、子供の頃海賊に故郷を襲われ私も殺されそうになったところ、ある海兵の方が助けてくれたんです。その後ろ姿が輝いていて、憧れて。その海兵の方のように強くなって、私と同じように理不尽に何かを奪われることのない世界にしたいと思ったからです。」
「なるほど。でもその海兵はあんたが思ってるよりろくでもないやつだね。」
「………どういうことでしょうか?」
私が憧れた人を貶され上官だとわかっていても語気が強くなってしまう。
「そのままの意味さ。さっきの話を聞けばそいつは助けに来といて守れなかったものがある。悪意から人を、命を守るのが海軍だ。何か失わせたものがあるならその時点でそいつは海兵失格さ。」
「それは違います中将。海軍の方が到着したときにはすでに町には火がつけられ、その時すでに命を奪われた者がいました。海軍の方たちはその時の最善を尽くしてくださいました。悪いのは無関係の人間を自らの欲望のために蹂躙した海賊です。」
「なにもわかっていないんだね。最善を尽くしたなんて言葉はすべてを守り抜いた者だけが使っていい言葉だ。海兵であるなら海賊になにかさせる前に捕まえなくてはならない、失ってからじゃ遅いんだよ。」
「それは………」
言い返そうとした、けれど言い返せなかった。あの時海軍の人達は最善を尽くしていたと本当に思っている。それでも失った命があるのは事実だ。命を奪われて仕方のない人間はいない。わかってはいるつもりだった、けれど言葉にして突きつけられて私の心に重くのしかかる。
「悪いのは海賊じゃない、助けられなかった海軍の方だろう。海軍の仕事っていうのはそういうことだ。」
「それでも……しかし……」
「ならその海兵のどこにお前は憧れたんだい?海賊を倒した力かい?それならお前は強くなれればいいのかい?」
「違います!」
上官相手でありながら思わず声を荒げてしまう。
「あの人は凄まじい力を持っていました。一瞬ですべての海賊を制圧できてしまうほど圧倒的な力を。しかしそれをいたずらに振るうのではなく、人を救うために使う高潔な精神。力に溺れ慢心していた私に進むべき道を示してくれた偉大な人です。尊敬すべき人なんです。」
「そいつにそんなつもりなんて無かったろうよ。」
「なぜわかるのですか?」
「……そいつはお前に海軍には入るなと言わなかったかい?」
「え?」
なぜおつる中将がそのことを知って……?あのときいたのは私と中将さんだけ………
「……もう十年も経つか。そりゃあ子供だったやつも大きくなるし、あたしも年をとるもんだよ。」
「なぜ中将がそのことを……?」
「やれやれ、人の話聞かない小娘は勘も鈍いのかい。」
呆れたような声で呟きながら、おつる中将は引き出しから少し古くなった手紙取り出した。そしてそれは私にも見覚えがあるものだった。なぜならその手紙は中将さんが船出の時に私が海兵さんに渡したはずの……
「………こんな仕事してる海兵にとってね、子供の純粋な気持ちってのは眩しすぎるんだよ。だからこうして大切にしまっているし、船にいるときも肌身離さず持っているようにしてるよ。」
「……っ!」
ようやく気づいた。私を助けてくれた海兵は。私の町を守ってくれた海軍の部隊は。私が憧れた強くてかっこよくて聖女のような人は。
「おつる中将が……」
「私もだいぶ老けたからね。それでも誰かくらいはわかってほしかったけどね。」
思わず私は駆け出していた。何故と聞かれてもわからない。ただ考えるよりも先に体が動いていた。駆け出して中将のもとまで行き、そこで足がもつれて崩れ落ちてしまう。椅子から立ち上がって駆け寄ってくれる中将の手を無遠慮に掴んでしまう。しかし中将は何も言わずに手を握り返してくれた。
「ずっと……ずっと……もう一度会えたら……直接、言いたかったことが………」
「うん……」
震える声をなんとか言葉にしながらあの日からの思いを告げる。それは子供の時に書いた手紙と全く同じこと。
「たすけてくれて……ありがとう……!」
「こっちこそ、守ってあげられなくてごめんね」
いいえ、いいえ、そんなことありません。どうか謝らないで。あなたがいてくれたから私は今生きているんです。震える体と声を抑えながらうつむいたまま顔を横に振るしかできなかった。駄目だ。泣くな。もう泣かないって決めたんだ。涙なんてもうあの日にすべて流しきったのだから。
「………泣いていいんだよ。泣かない人間なんているもんか。人は、泣いて心を整理して前を向いて生きていくんだ。」
それでも私は顔を上げることができなかった。今の顔を中将に見せたくなかったから。自分で決めた覚悟をあっさり破ってしまった姿なんて見られたくなかったから。
うつむいたままの私の頭を中将は優しく、子どもをあやすように撫で続けた。それを最後に私はもう抑えきれなくなってしまった。
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それから数日後、私の顔合わせも終えたおつる隊は任務のため出航した。今回の任務は政府加盟国近海の哨戒、簡単に言うとパトロールだ。
顔合わせのときはおつる中将のフォローがあったとはいえ緊張したな。中将が私を選んだのは実力ももちろんあったと言うけど、師匠が私のことをおつる中将に面倒見てほしいと頼んだからだそうだ。そこまでするのはさすがに過保護だなと思いつつ、おつる中将に会わせてくれた師匠に感謝した。
でもおつる隊の全員が私を認めたわけじゃない。なかには縁故入隊だと非難する人もいた。ただそれは私も思った。おつる中将は師匠の頼みは話半分で実力を見てから決めたって言ってくれたけど、端から見たらコネにしか見えない。もしやあの人また余計なことしてくれたのでは………。
だからおつる隊の古株と思われる大佐の方に「なにができるか見せてみろ」と言われるのは当然のことだった。どこまでいっても海軍は実力主義。階級の高さはそのままその人の実力を示す。私はここで自分がおつる隊にとってどれほど有益な存在なのかを示さなければならなかった。
私はおつる中将に断って船にあった槍を一本貸してもらった。それを両手で雑巾でも絞るかのように真横に持ち、一息にベギンっ!とへし折る。真ん中から真っ二つになった槍を適当に放り投げた。呆気にとられたままの大佐に目を向けて、目があったときに得意気な顔をしてみせた。普段だったら絶対にしないしそもそもこの程度は自慢にもならないが、これから先舐められないようにするためにも必要なことだった。
そのおかげもあっておつる隊のみんなにも認めてもらえるようになり、こうして任務に同行させてもらっている。この船での私の役割は戦闘での後方支援と船の清掃、整備などの雑用の手伝いだ。士官学校を卒業した人間のやることではないように思えるが新兵にできることなんてこんなものだろう。
ただ戦闘に関してはもう少し信頼してほしかった。たしかに実戦経験はまだ無いし、おつる隊の戦闘レベルも桁違いに高い。力自慢の私が後方支援で十分になってしまっている今のままでは役に立っているとは思えない。
そんな風に悶々とした日々を過ごしながら任務をこなして一ヶ月が経とうとしていた頃、少尉以上の士官の船員が召集された。新たな任務の説明ということらしい。
「そろったね。ではこれより本部から新たに与えられた任務について説明する。
そこまで話したところでおつる中将が「なにか質問は?」とこちらに促す。
「その情報は確かなのですか?」
「センゴクが言うには確かな情報筋とだけだが、今はそれしか頼れない。信じるしかないだろう。」
「では今回の任務はセンゴク元帥直々の任命ということですか?」
「そうだね、ドンキホーテファミリーとの戦闘経験が多いウチらの隊に白羽の矢が立ったのは当然だろうね。」
「あの、ドンキホーテファミリーが狙う取引対象のものというのは?」
「それは今回のウチらの任務には関係ないことだ。答える必要はない。」
先輩と中将の話を聞いていてなんとなく任務の概要を理解することができた。要は取引の邪魔をする海賊を倒せばいい。ただ、口では簡単に言えるがそううまくはいかないだろう。ドンキホーテファミリーという名はおつる隊に入ってからすでに何度も耳にした名前だ。先輩が言うには今まで何度も戦ってきた相手で、全員が
そして私たちが知る必要のない、海軍が海賊と取引してまで欲しいもの。おそらく悪魔の実だ、それも一介の海賊の手にあることすら避けたい危険なもの。そう考えれば大物海賊が狙う理由もわかるし、その護衛におつる隊が選ばれるのも納得できる。
「取引は3週間後。スワロー島へはここから2週間程だ。時間的な余裕のない作戦だが、そんなこと今に始まったことじゃないさね。いつも通り気を引き締めていくよ!」
「はい!」
こうして急ピッチで作戦準備が行われ、スワロー島への進路を取る。しかしどれだけ急いでも帆船ではスピードはすべて風任せにしかできない。こればかりは風向きに恵まれるのを祈るしかない。結局スワロー島に着いたのは取引予定日の4日前、ギリギリの到着になったがなんとか間に合った。
そして取引3日前。スワロー島にはおつる隊の船ともう一隻の軍艦が配備された。その東のミニオン島に取引相手の海賊が潜んでおり、そこには海軍の監視船がいるとのことだ。だが昨日から雪が降り続いていて視界が悪い。
正直なことを言わせてもらうと今回の作戦はあまり気乗りしない。いくら必要なこととはいえ海軍が海賊と取引をするなんて。それをおつる隊で守らせるのも納得いかない。………駄目だな、私らしくもない。こんな不満を溜め込むのは、いつまでたっても姿を現さないドンキホーテファミリーに苛ついてるからかもしれない。
「……来やしないじゃないかドフラミンゴ達は!センゴクの奴………どこからの情報でこんな配備を……!?」
おつる中将も今の状況に気が立っているようだった。
「おつる中将!ミニオン島の監視船から連絡が!」
「なんだいこんなときに…!」
張り詰めた船の空気を切り裂かんばかりに鳴る電伝虫の声に苛立ちを隠せない中将。しかしその通信を聞いてから中将の様子が変わった。
「なに!?バレルズのアジトから火が!?」
『はい!たった今確認のため上陸したところで…』
「バカだねあんたら。見つかったら取引が破棄になるよ!すぐに海岸を調べ怪しいものを見たら報告を!」
通信を終えた中将は頭を抱えながら指示を出していく。この様子を見ていれば誰でも事態が緊迫していることは察せられた。
「緊急事態だ!ミニオン島に向かうよ!」
「はっ!」
まさか仲間と合流せず直接奪いに行ったのか…!?おつる隊の軍艦はもう一隻の軍艦と共に直ちにミニオン島へ急行する。
「……待て!なんだあれは……?」
そんな声が聞こえたのはミニオン島が視界に収められるようになってすぐだった。私も船から身を乗り出して島の姿を目の当たりにし唖然とする。町があると思われる場所を中心から黒い線が空へ伸び、途中から折り返して地面に向かって降りている。等間隔に並んでいるそれらを形容するならまさに鳥籠のようだった。
『中将、おつる中将聞こえますか!ミニオン島は地獄絵図です!突如巨大な檻のような物に町は飲み込まれ……侵入は不可能!信じ難いことに中では…海賊達が仲間割れなのか…殺し合いをしています!』
「中将、やはりこれは」
「こっちも気取られてたね、おそらくアレも………。総員戦闘態勢!近くに船があるはずだ。こっちから見つけて先手を取る!」
その号令で全員が武器を取る。私も気を取り直して周囲に目を凝らす。船はゆっくりとミニオン島に近づき海岸線に沿うようにして航行する。そのときだった……
「大佐!島から人が来ました!おそらく取引相手の海賊と思われますが…」
「構うな!この状況では取引はもはや不可能だ!それよりもドンキホーテファミリーの方が先だ!」
「了解!」
島から逃げてきた2、3人が転げながら現れた。命からがらという言葉が似合うほど脇目も振らない様子に、私もすぐにドンキホーテファミリーの捜索に戻った。しかしそのすぐ後ドゴォン!という音が響いた。
「標的発見!前方およそ5キロ先!絶対に逃がすな!」
その声に反応し前方に向かおうとしたとき、視界の端に映ったものに目を取られる。それは先程の逃げてきた一人の海賊が砲撃の音に動転して海を泳いで逃げようとする姿だった。無謀な、と思いつつも海賊を仕留める絶好のチャンスだった。近くに転がっていたライフルを取り、弾丸を装填して狙いをつける。武器の扱いは散々だがこの距離の標的くらいなら問題なく当てられる。
引き金に指を置いたと同時に海賊がこちらに気付く。狙われてるのがわかり、さらに取り乱した様子を見せる。
(気づかれた!いや構うな、撃て!こいつを生かせばまたどこかで誰かが苦しむ!)
震える手を気力で抑えつけ一瞬たりとも照準は外さない。海水で体温を奪われながら狙われている恐怖と絶望で顔を青くし、ぐちゃぐちゃに歪んだ表情を見せる海賊。
その表情を見たとき私は躊躇った。今目の前にいるのは戦意のない海賊だ。海を泳いでまで必死に生きようとする無力な人間。その姿に私は子供の頃の自分と重ねてしまった。海賊に打ち倒され、無力さを痛感しあっけなく殺されてしまうはずだった自分と。あの海賊の目に映る私の姿はきっと昔の私が見た海賊と同じ姿をしているだろう。途端にいま手に持っているものが急激に重く感じた。ただの銃の重さではない、これから奪う、命の重さ。
引き金に置いていた指が力なく離れていく。そうだ私はこんなことをするために海軍に入ったんじゃない。理不尽をなくしたいと願う人間が簡単に命を奪っていいはずがない。そもそもドンキホーテファミリー以外無視しろという命令だったのだ。無抵抗の海賊なんか構う必要はない。そう考え銃を下ろそうとしたとき、その海賊と目が合う。私はその目にほとんど直感的だが嫌な気配を感じた。
海賊が懐から何かを取り出す。それはこの一ヶ月で嫌になるほど見て、士官学校でも取り扱いの訓練を山のようにやった簡単に命を奪うことのできる武器。右手に拳銃を持ってこちらに向けて構える姿を見て思考がフリーズする。命を狙う側から狙われる側になった恐怖で対処もできない。
まさか 狙われてる 拳銃 どうする 銃口 こっちに 海水 濡れて 撃てないはず どうする 無視? いや 撃つかも 死ぬ 違う 撃てない 中将は どうする 守る? 防ぐ? どうする いや 撃つ 撃つ 撃て 待て どうする 違う 撃て 駄目だ 撃て ライフル ほっといて どうする 撃て ライフル 引き金 撃て 撃て 撃て 撃て!
パ ァ ン !
乾いた音が空気を鋭く切り裂いた。ハッとして見てみると海賊の姿はすでになかった。そのかわりさっきまで海賊がいた場所はそこだけ赤く染まり、中心にはまだ息があることを示す泡が確認できた。そしてそれをやったことを示す未だ硝煙が上がる銃口が、2つ。ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、荒い息を必死で抑える。少し落ち着いて傍らに立つ人物に目を向ける。それはこれまでよく私の面倒見てくれていた大尉殿だった。
「……た、大尉……私」
まとまらない思考のままなにか言うべきと思った私は到底言葉として成立しない声を出すが、大尉は私の両肩をしかと掴んで叫ぶ。
「銃を持ったなら撃て!躊躇うくらいならこんなもの持つな!」
「で、でも」
「落ち着け!そんな震えた手で目を瞑ったまま撃った弾が当たるほどお前は射撃の腕に自信があるのか!」
そう言われて自身の手を見ると大尉の言う通り両手が大きく震えていた。いつの間にか手に持っていたはずの銃が甲板に落ちていたことも、目を瞑っていたことも今ようやく気づいた。
「……一度戻るよ。先手は打てたし今の戦況も良い、あとは前線と砲手に任せよう。でも覚えておいて。一瞬の迷い、少しの油断、ほんの僅かに隙を見せたらこっちが命を落とす。これが海賊との戦いで海軍の仕事だ。」
そのまま私は大尉に船内まで連れて行かれた。その間私は海賊がいたところから目を離すことができなかった。白い雪が降る灰色の海のなかその一点だけ血に染まった場所。その赤が私の心の奥底まで焼きついて、どこを見ても血の跡が見えたような気がした。吐こうとすら思わなかった。ただ、目が離せなくて。
中心に浮かんでいた命の証明はやがて赤く溶けて見えなくなった。
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外の音が聞こえなくなり戦いの終結を察する。もうしばらく前に落ち着いていたけど、戦いから逃げた私がどの顔して戻ればいいのかわからなった。
(………………)
戦闘中の痴態を思い出し惨めに縮こまる。
今まで直接戦闘の経験はなかった。それにおつる隊の信条は基本生かして捕らえること。だから海賊との戦闘中でも誰かを殺す瞬間は見ることが無かった。人の死を殺す側から見ることが無かった。それでも私はやれると思っていた、思い上がってしまっていた。
情けない、不甲斐ない、そんな後悔が私を取り囲んでやまない。子供の頃と同じ思い上がりをしてしまった私が、何も成長していない私が恥ずかしくてたまらない。
コンコンコン
塞ぎ込んでいたところにノックが響く。
「入るよ。報告は聞いてる、気分はどうだい?」
「おつる中将…!申し訳ありません!」
部屋に入ってきた中将の方を向き姿勢を正す。少しでも幻滅されないように張った見苦しい見栄だった。
「なにがだい?新兵が初めての実戦で動けなくなることなんて恒例さね。」
「………すみません、私……!」
「気にする必要ないよ。もともと今回の作戦でもお前を前に出すつもりはなかった。居たとしても戦果に大して影響はなかったろうね。」
「っ……!」
それを聞いてまた劣等感に苛まれてしまった。おつる中将が言うには、あのあとドンキホーテファミリーは取り逃がしてしまったらしい。私がいたところで結果は変わらなかったのは事実だろうし、私にこんなこと思う資格なんてないけど、やっぱり悔しい…!
「…おつる中将は私の弱さを見抜いておられたんですね……。だから私を前線に出さずにいた……。」
「………そういうことかい。いいかいシルド、よく聞きな。」
精神的に参っていた私はよくわからない理屈で中将に不満をぶつけた。勝手に戦線離脱しておきながら何を言ってるんだって自分でも思う。けれど中将はそんな私に優しく話しかける。
「たしかにお前を前線に出すにはためらったよ。でもそれはお前が弱いからじゃない。お前には海軍の仕事ってもんがなにかわかってもらう必要があった。海軍なんてお前が憧れていたほど綺麗なもんじゃないってね。」
「……清濁併せ呑む……ですか。」
「そういことさね。これでわかったろう?海軍がどんなものなのか。」
「ですが、私は逃げました……」
「それがなんだい。怖いと思うことは当然だ。それを乗り越えていけるかが強さなんだ。」
そう言って中将は私の手を優しく包んだ。その時の暖かさは中将と再会したときと同じだった。
「大丈夫。お前は強いよ。」
「……っ。中将……!」
海軍への憧れはたしかに私の目を曇らせていたのかもしれない。けれどこの人への憧れはなにも間違っていないはずだ。そうでなければたったひと言でこんなにも救われるなんてありえない。
「おつる中将。私、強くなります。」
「……うん、いい目になったね。次からの作戦には前線に参加してもらうよ。」
「はい!よろしくお願いします!」
そして塞ぎ込んでいた私は中将と一緒に船室から出た。
そのあと中将と話をした。
「そうだシルド、お前に任務を頼みたい。」
「任務ですか?」
「ああ。今回の作戦の途中で少年を保護したんだが、それが取引相手の海賊団の船長の息子って話でね。」
「つまり、海賊を保護したと?」
「といっても海賊団の中では小間使い程度で本人も無理やりやらされていたそうだ。ただ無理やりだったとしてもこれまでの悪事を償うために海軍に入りたいと言い出したんだ。」
「殊勝な心がけだと思います。」
「それを本部に報告したらセンゴクが面倒見るって言い出してね。ウチらで本部まで送り届けることになった。」
「おつる隊でですか?他の船もいたはずでは……」
「監視船の方はスワロー島の後始末。もう一隻は砲撃をまともにくらって緊急整備中で今動けるのがウチだけだ。ウチらもそろそろ補給がしたいところだったしついでに連れていくことにしたんだ。」
「なるほど……」
「そこでお前にそいつの世話係を頼みたい。歳もお前が一番近くてやりやすいと思ったんだが、やってくれるか?」
「そういうことなら謹んで拝命いたします。」
「頼むよ。………それにしてもお前の師匠は海軍のこういうところは何も教えなかったのかい。そういうところも変わらずというか……」
「あぁ…。ですがこれに関しては師匠の考えそうなことはわかります。何も言わなくても私ならこの程度の困難乗り越えられるだろって。」
「だからって……お前の方はそれでいいのかい。」
「はい。師匠のそういうところすべて含めて私は師匠のことが好きですから。それに私と師匠は似てると思うんです。まるで姉妹みたいに。」
「……やれやれ、人に恵まれたもんだね。」
「私にはもったいない幸運です。」
「あいつもだよ。」
中将と話をしたあと部屋に戻って師匠に手紙を書くことにした。いつもの近況にほんの少しの恨み節と精一杯の感謝を込めて。