その日の空模様は平穏そのものだった。太陽は高く輝き、雲が穏やかに風に流されている空は見る者の心を和ませる。
そんな空の下で2隻の船が対峙していた。かたやその純白の帆に大きく正義を掲げる軍艦。かたや己が信念を込めた海賊旗をマストの頂点にはためかせるガレオン船。両者はまさに一触即発でどちらかが動けば戦闘になることは明白だった。
だが海賊船の方は様子が違った。それもそうだろう。なぜなら今彼らが対峙しているのは、かの英雄と呼ばれる男と並び立つ伝説の海兵が率いている部隊なのだから。女海兵のみで構成されているとはいえ、新世界に蔓延る海賊たちと何度も戦ってきた精鋭部隊だ。船長の懸賞金が数千万程度の海賊団では勝てるわけもない。かといって今すぐ逃げ出そうものなら背後から砲撃の嵐が襲ってくる。だからこそ彼らは必死になって安全に逃げ出せる隙を窺っていた。
そうしてお互い睨み合いが続いていた頃、状況は動き始める。
ドドドォン!!
先に動いたのは海軍の船。装備されていた三連装砲台による砲撃が3発、合計9発の砲弾が放たれる。戦闘が始まったことで動揺を起こしつつも、海賊の意思は逃走で一致していたため速やかに撤退の準備が進められる。
そして砲弾が海賊船の目前まで迫る。防御するすべを持たない海賊たちはせめて直撃しないよう祈りながら船を動かす。その祈りが通じたのか、偶然にも砲弾は1発も当たることはなかった。
海賊船の周囲に
「……?」
その異変に唯一気づいたのは船長だった。そのとき海賊の一人が上空を見上げ、なにかに気づいたように声を上げる。
「おい、あれはなんだ!?」
それは砲弾とは全く違う異形のそれだった。そのシルエットは砲弾から細長い筒が生えているかのようで、その筒の上半分にはさらに左右に伸びる細い棒が生え、下からは裂けるようにして広がっているように見えた。
「おいおい…まさか!?」
「嘘だろ!正気か!?」
そして海賊が視認できる距離まで接近したことでその砲弾の正体がはっきりわかる。いやそれは砲弾ですらなかった。黒い長髪を砲撃の勢いのままなびかせ、その砲撃に吹き飛ばされるまま、それでもなお平然と空を舞う一人の女海兵がそこにはいた。その海兵は空中で位置を調整しながら確実に船に直撃する軌道を取る。
やがて空を舞う人間は重力に引かれ落ちていく。それは海賊たちにとっては悲劇の……彼らの終わりの始まりであった。
「鉄甲落下衝!」
海兵が落ちる。着地と同時に彼女は落下速度のエネルギーと自身の脚力に覇気を加えた一撃を放つ。震脚の要領で踏みつけとして繰り出されたそれは、海賊船に真っ直ぐ突き刺さり甲板を大きく広範囲に貫く。しかしその程度の被害では収まるわけがなかった。衝撃は甲板だけにとどまらずさらに奥へ、さらに深くまで突き抜け甲板と同じ程の穴を船底に開けた。また着地と同時に船全体に走った衝撃は船の耐久力を大きく削り甲板と船底に空いた穴から亀裂が走る。それらは上から下へ、下から上へどんどん広がりついには………
バギャッ!!!
巨大なガレオン船を中心から2つにへし折るまでに至った。大きな音を立て木屑を散らし、へし折れた箇所から浸水しやがて沈みゆく運命にあるそれはもはや船と呼ぶことはできなかった。
たったの一撃で船を壊滅させられた海賊はまさに阿鼻叫喚。それぞれがわけも分からぬまま狼狽え、懸命に近くのものににしがみつくことしかできない。
「この船はまもなく沈みます。今なら全員をおつる隊で救助し命を保証いたします。どうか降伏を。」
そしてこの事態を引き起こした張本人である海兵は、なんてことのないようにそう言いのける。船を失いすでに戦意など無いに等しい海賊たちは、それでも自らの矜持を保つため奮起し立ち上がる。
「いきなりなんなんだぁてめぇ…!船壊すわ降伏しろだの抜かすわ……んなこと言われてわかりましたとでもいうと思ってんのか、あ゛あ゛!?」
「てめぇわかってんだろうな。この人数相手にてめえ一人で勝てるわけねえだろ。」
「……まさか。戦うつもりですか?この状況で?」
「どの口で言ってんだてめえ!」
「だからこそよ。てめぇのせいでオレたちゃ終わりだ………!せめて最後にてめぇの命でもとってやりゃあ、いくらか気が晴れらぁ!」
「………忠告はしましたよ。」
話は終わりだと言わんばかりに海賊たちが手に持った銃を発砲する。海兵に飛んでくる銃弾は前方から5発、左右から2発ずつ、後ろから3発。銃声にあわせて海兵は自身の身体を鋼鉄に変容させる。それは海に呪われた力、悪魔の実の能力によるもの。
まず前方の5発を両拳でもってはじき落とす。次にその場で回し蹴りを繰り出すことで右から来る2発とその勢いのまま後ろから来た3発を一度に落とす。右の弾とほぼ同じタイミングで来ていた左の2発は鋼鉄に変化した長髪によって防がれていた。
一瞬の出来事だった。常人では対処不可能な全方位から迫る銃弾を一瞬ですべてたたき落としてみせた。たった一人の尖兵、それでもそのレベルの違いを見せつけられ呆然とする海賊たち。だが彼らの夢を終わらせた存在を目の前にして黙っていることは彼らのプライドが許さなかった。
「能力者か……だがただ硬くなる程度ならこの人数で押しきれねぇわけねぇ!ぶっ殺せ野郎ども!」
雄叫びとともに海兵に殺到する海賊たち。その様は勝ち筋のある打算的なものであるように見えて、その実彼らのうちの数人は諦めの色を見せていた。しかしその号令を出した船長はただ一人たったひとつの勝ち筋を見据えていた。
(あいつらが削ったところをとっておきの覇気の一撃を叩き込む!あの女がいくら硬かろうと覇気で殴りゃ関係ねぇ!怯んだところを海に落として終わりだ!)
この海賊団で唯一使える武装色の覇気。最後の望みをこの一撃にかけて船長は吶喊する。仲間はすでにほとんどがやられてしまったが、その尽力に報いるために確実に仕留めなければならない。
「喰らいやがれ!」
死角から隙をついて近づき低い体勢から正確に顎を捉えた拳の突き上げ。彼がここまで上り詰めた理由である必殺の技は、骨が砕かれた音と拳に感じる痛烈なまでの熱、そして確実な手応えとともに一つのことを伝える。
(やった……!)
格上相手の勝利にこれから先の夢が潰えたとしても歓喜せずにはいられない。ここまで体力を削ってくれた仲間への感謝、達成感から得られる快感が船長の体を支配した。
それ故に反応することができなかった。
突然何者かが自身の顔を覆うようにして頭を片手で掴み握り潰さんと締め付ける。ミシミシと自分の頭が嫌な音を立てるのを聞きながら船長は困惑するばかりだった。それも当然だろう。なぜならこの場には勝利したこの男の他には、倒れ伏す仲間たちと顎を砕かれた女海兵しかいないはずだったのだから。
「……武装色の覇気は能力者の実体を捉えダメージを与える力です。たとえ鉄の身体だろうと与えられるダメージは生身のそれです。」
男には掛けられた言葉を理解することが難しかった。ただしそれは難解という意味ではなく、言葉を飲み込み理解する余裕がなかったからにほかならない。
なぜこの女が立っている。たしかに顎を砕いて死んでたはずだろう。なんで俺が捕まっていつの間に負けてんだ……!そんな思考が脳内を占めて他のことを考える隙がなかった。
「しかし覇気も無敵ではありません。簡易なものであれば盾や鎧で防ぐことはできますし、より強い覇気であればさらに一方的です。なにを言いたいかといいますと……」
「あ……あ……ああ゛……!」
海兵の言葉は耳に届いてはいないが、それでも男はゆっくりと状況を飲み込んでいく。そしてこの状況になった理由も理解できた。未だに痛みを訴える熱を持つ自身の拳がそれを教えていた。
「つまり武装色の覇気がぶつかれば、弱いほうが砕かれるのは必然だということです。」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
どこまでも冷たい声音で告げられた一言はすでに敗北した海賊を絶望に落とす。女海兵の顎を捉え撃ち抜いた覇気の拳は同じ覇気により防がれた。覇気と覇気が衝突した際、より強く練られたものの方が打ち勝つ。仲間が作り上げた一瞬の隙をついた奥の手の一撃は逆に打ち砕かれてしまった。その反動の衝撃で拳は粉砕されおびただしいほどの血が流れている。
男は理解した。あのとき聞こえた骨が砕ける音は自分のもの、右手に感じる熱は激痛によるもの、感じた手応えさえも錯覚であったことに。
「な…なんなんだよ……なんなんだよぉ!お前ぇ!」
「あぁそういえばまだ名乗っていませんでしたね。」
常識外の強さを見せつけられその現実を認めたくないあまり、ただ意味もない言葉で当たることしかできない。しかし男のそれを海兵は説明を求めていると判断し、完全な決着をつける前に従うことにした。
「海軍本部おつる隊所属少佐、イアン・シルドと申します。以後お見知りおきを。」
その言葉を最後に締め上げていた海賊の頭を甲板に叩きつけ気絶させる。こうしてかつて夢を抱いて旗揚げした悪は、冷酷で残虐な現実と不落の正義によって静寂に包まれた船と共に沈んでいくのだった。
「またずいぶんと、派手にやったねシルド。」
「おつる中将。目標海賊船の制圧完了しました。」
「出撃前に大砲で撃ち出してくれなんて言い出したときはなに考えてんだと思ったが、ここまでやれるとは思ってなかったよ。」
「お言葉ですが中将、私はなにも考えなしだったわけではなく私の能力であれば砲撃の威力を利用できるという根拠があったので……」
「それがおかしいって言ってんのさ。」
海賊船が沈む前におつる隊の軍艦がやってきて海賊の救出と拘束作業にかかりだす。私は敬礼とともにおつる中将へ報告に向かう。
「船にいた海賊どもは?」
「水没しにくい高所に集めています。」
「よし、完全に沈む前にとっとと連れてくよ。」
海賊たちを軍艦に移し人数と名前の確認作業に入る。そのときおつる中将が一人の海賊、最後に戦った船長とみられる男の前で立ち止まった。中将は手配書の一覧を持ってこさせ男の顔を探す。
「こいつかい船長は。”ノックアウト“ジル、懸賞金5400万のルーキーか。ここらの海域では大物だね、お手柄じゃないか。」
「はっ、ありがとうございます!」
特に苦戦はしなかったけど中将に褒められたことはうれしい。最後のアッパーカットには驚かされたけど、覇気の練度がまだ未熟だったから打ち勝つことができた。日頃の鍛錬は裏切らないということだろう。
「ハーッハッハ!いいねいいね!かわいい後輩はもう私なんかとっくに追い越したわけだ!」
「なに言ってんだいハイネ、もう階級からなにまで全部抜かれといて。」
「お疲れ様ですハイネ大尉。」
私たちの前に高笑いとともにやってきたのはハイネ大尉。ミニオン島の作戦のときに叱咤してくれた太尉殿だ。あのときのような戦闘中は真面目になるが、普段は気さくな方で中性的な容姿も相まって女性に人気がある人だ。
「ハーハッハッ!………それはそのとおりです…まさかたった2、3年で新兵だったシルドに追い抜かれるなんて。しかし!これでおつる隊の戦力がより強化されたということ!それはいいことであることには変わりありません!」
「騒がしいやつだね……海賊の拘束は終わったのかい?」
「全員の拘束および一時収監は完了しております!」
「ならよし。ご苦労だったねシルド、後のことは任せて休んでな。」
「承知しました、失礼します。」
中将とハイネ大尉をはじめとした船員の皆に声を掛けてから自室へ戻る。一仕事を終えた私は自室の椅子に掛け、窓に面した机に向かい一息つく。
ミニオン島での作戦からしばらく経ち、私の年齢は二十歳の大台に乗っていた。鍛錬は欠かさず続けてきたものの、士官学校を卒業する時期のヒナさんと同じ年齢になったというのにヒナさんのような大人らしさが身についたとは思えなかった。こういったものも日々鍛錬ということなのだろう。
それでもおつる隊の仕事には慣れてきたほうだと自分でも思う。あれ以降前線に駆り出されることも多くなり、今では一人での出撃も許してもらえるほどに実力面の信頼を勝ち取っている。だというのに未だ「少佐」という階級なのは低すぎると言われたこともあるが、それは私があまり出世というものに興味がないからだろう。今のおつる隊の環境が心地良いのもあり自分が隊を率いるという考えになかなかつながらなかった。
だが最初の目標を忘れたわけでもない。この世界から理不尽に悲しむ人をなくすためにできることはなんであろうとやるつもりなのは変わりない。それにこの目標に階級はさほど関係ないかもしれないと、最近の新聞に載っている見慣れすぎた顔を見てそう思い始めていた。………思い出すたびに気恥ずかしいなんてものじゃない程の感情が占める。ありがたいことではあるけど……
「ほんと、いろいろあったな……」
これまでの出来事を思い出しながらつぶやく。まだそれほど時間が経った訳では無いが、なかなか感慨深いものを覚える日々だったと思う。
私はそんな思い出をひとつずつ、ひとつずつ思い出していくことにした。
CASE1 ある日の訓練
その日は武器の扱いを人並みレベルまで使えるようになろうと素振りをしていた。私のほかにも同じように修行している人が数人いて、その様子を仕事の合間だったり暇つぶしにだったり見ている人もいた。そしておつる中将もそのうちの一人でよく私の方にやってきていた。
「熱心なことじゃないか。刀かい?」
「はい。少しでも扱えるようになりたいと思いましたので。」
「できることが増えるのはいいことだよ。励みな。」
「はい!」
そうして刀の素振りをしていたとき、弛緩しきっていた空気を見張りの緊迫した声が切り裂いた。
「左舷後方に海賊船発見!総員戦闘準備!」
その声を聞いた私は思わず手に持っていた刀を海賊船がいるという方向へぶん投げてしまう。力のコントロールをする間もなく、全力で投げられた刀は水平に回転しながら猛スピードで飛んでいく。そのままのスピードで海賊船までたどり着いた刀は進行方向上にちょうどあったマストをスパッ!と切り倒した。切り倒されたマストは海賊たちを押し潰し、海賊船は沈みこそしなかったもののその後は抵抗することもなくおつる隊により制圧された。
「………シルド、今回は見逃すけどもうちょっと落ち着きな。」
「はい……すみません……」
そして私はおつる中将に注意を受けたという一日だった。
またある日のこと、以前のように武器の訓練をしていたとき。槍を持っていたこの日もおつる中将から声をかけられた。
「今日は槍かい、なかなか筋がいいじゃないか。」
「ありがとうございます!」
「けど取り扱いにはくれぐれも気をつけるように。」
おつる中将からも褒められ張り切っていたところ、また敵襲を告げる声が響く。
「左舷後方に海賊船発見!」
私はその声に思わず反応し、左後ろに向けて手に持っていた槍を全力投擲。微塵もブレのない真っ直ぐな軌道で海賊船の中心を横から捉えた槍は、船体に大穴を空けつつそれでも止まることなく反対側にも大穴を空け突き抜けていった。そんなひとたまりもない被害を受けた海賊船は当然大きな音を立てて壊れながら沈んでいった。海賊たちもまさか一撃で船を落とされるとは思ってもおらずおつる隊が捕まえに近づいた時にはすでに白旗を振り降伏状態だった。
「………まあいいか。よくやったよシルド。」
「はい!」
いろいろ言いたいことがあっただろう中将は、それでもなんとか飲み込み私をねぎらってくれたという一日だった。
そしてまたある日のこと
「……今日は銃かい?本当に気をつけるんだよ。またぶん投げたりしたら………」
「わかってます中将!いくら私でもそう何度も投げたりしません!」
「頼んだよ本当に………」
「左舷後方に敵!」
「っ!」
「あ、読めた。シルド待ちな!お前の腕力で銃なんか投げたりしたら……!」
バァァァァン!!
「シルドォ!!」
その後思わず銃を投げようとして暴発させた私はその後始末と膨大な始末書を課せられたという一日でした。
ちなみに暴発の被害は甲板の一部が傷ついた程度で人的被害は私を含め皆無だった。私は咄嗟に能力で鋼鉄化して無傷にすることができたけど、他の人に被害がなくてなによりだった。
CASE2 私のこと
ある日のこと、私はおつる中将に時間をもらい軽い面談をさせてもらうよう頼んでいた。
「それで?能力のことで相談ってのはなんだい?」
「実は……私は本来自然系の能力者なのですが自然系の特性である物理攻撃の無効化ができない状態でして。能力者として経験豊富な中将であればなにかわかるのではないかと……」
中将はウォシュウォシュの実の能力者として長い間活躍してきた実績があった。そのおつる中将であればあるいはと思ったが
「なるほどね……ただ超人系と自然系の性質は違う。残念だけど力になれるとは思えないね。」
「そうですか……」
「そもそも自分の能力のことだろう?シルド自身に心当たりはないのかい?」
「それらしいものはあったつもりですがどうやら違うらしく…」
ゼファー先生が言うには精神的な原因だろうとのことで唯一と言っていい心当たりである私の「殲滅状態」の制御を試したが、結果は思わしくない。だがそれは制御できないというわけではなく、制御はすでに完璧でオンオフも自在になった今でさえ変わりがないのを見るにこれは関係ないという判断になった。「殲滅状態」が原因でもないとなるといよいよもってお手上げだった。
そういった事情をおつる中将に話すと何やら考え込んだあとにこう言った。
「ふぅん……ゼファーの言うことが正しいとして、私から言えるのはあんたは固すぎるのかもしれないってことぐらいさね。」
「固すぎるとは?確かに最近、私の鋼鉄の体に混ぜるようにして覇気を流すことで鋼鉄よりもさらに硬い体になるよう工夫はしておりますが……」
「そういうことじゃない、いやというよりそういうところだね。融通が利かないと言うか、頑固というか。」
「な、なるほど?」
「こういうのは自覚してないとどうにもならないかもね。なんにせよ今すぐどうこう足掻く必要はないと思うよ。できないならできないなりにシルド自身で工夫できてるみたいだし、原因がわからないうちは下手なことするほうが逆効果になるもんさ。」
「しかしそれでは……いえ、承知しました。ありがとうございます中将。」
「焦ることはない。まだ若いんだからゆっくりでいいさ。」
「はい!」
その後は時間の許す限り中将と師匠のことや昔の海軍での出来事について話して大いに盛り上がっていた。
CASE3 軍艦バッグ
任務を終え海軍本部に戻り補給のついでにおつる隊メンバーに休暇が与えられたその日、私はなにをしようかと考えていたときにその人と出会った。
「むッ!そこのお前!」
「え…?えぇ!?ガープ中将!?」
当てもなく歩き回っていた私に声を掛けたのは、かつて海賊王ゴールド・ロジャーと幾度も戦い今なお数々の伝説とともに語りられる『英雄』ガープ中将その人だった。
その年齢に見合わない溌剌とした大きな声と筋骨隆々な肉体には、いまだ衰えというものを感じさせない迫力があった。
「お前がおつるちゃんのとこの新入りじゃな。歯止めの利かんイノシシのような奴がおると聞いておったわ。ついてこい!今から稽古をつけてやる!」
「えっ、あっその……ええ!?……いや、はい!光栄です!」
全海兵の憧れである存在を前に緊張しきってまともな言葉を返すことができない。そんな私をよそにガープ中将はどんどん話を進め、いつの間にかガープ中将直々に稽古をつけてもらうことになっていた。ズンズンと迷いなく進んでいく中将に理解が追いつかないながらもついていくことはできた。
やがてたどり着いた場所は航行できなくなった軍艦を集め処理を行う廃船場。巨大な軍艦が居並ぶ光景は圧巻だった。
「ところでお前、名はなんという!?」
「はっ!イアン・シルドと申します!」
「ではシルド!今からここで軍艦バッグを行う!」
「軍艦バッグ、ですか?」
ガープ中将の説明を聞くに、軍艦バッグとは覇気や能力を一切使わずに軍艦の装甲を殴り続けるというシンプルかつ過酷な修行方法のことらしい。
「わしもこれで強くなった。さあ位置につけ!」
「そんなに急かしても何がなにやらでしょガープさん。」
「…ん?おお!クザン!おったか!」
「呼びつけといてそりゃないでしょーが…」
軍艦の影からけだるそうな声とともに現れた一人の男性。「クザン」という名前から察するに先日大将に任命されたというクザン大将のことだろう。
「イアン・シルドです!お邪魔させていただきますクザン大将!」
「固い固い、もっと肩の力抜いていいって。なんなら今夜とかどう?」
「え、あの…」
「なにをしておるクザン!大将になったからってたるんどるのは許さんぞ!」
「だからって大将呼びつけてまで修行させようなんてのはあんただけだよ!ごめんな、こんな爺さんに付き合わせて。」
「滅相もありません!こんな貴重な機会、しっかりと学ばせていただきます!」
「超いい子じゃん。どこからこんな子連れてきたんだよ…」
「つべこべ言っとらんでとっととやらんか!」
ガープ中将に急かされ軍艦の前に立つ。
なんだか師匠との修行を思い出した。子供の頃にやった山のように積まれた巨岩をすべて砕くとかいうもの。この無茶苦茶加減は師匠と似てるなと思い笑みが溢れる。気を取り直し言われたとおり覇気も鋼鉄化もせずにとりあえず全力で殴ってみる。フッ…!と息を吐くとともに腕をまっすぐ振り抜き拳をぶつける。
ドン!!
思ったより豪快な音はしなかったけどそれでも私の拳は軍艦の装甲を少しへこませることに成功した。
「おお!シルドやるのぉ!その調子じゃ!」
「あぁ……そういうタイプね……やべぇほう……」
「昔、故郷で似たような修行を師匠とやったことがあったのでその心得が使えました。」
「同じようなこと考える奴が他にもいんのかよ………」
「ぶわーはっはっは!良い師と会えたな!なんだかお前を見とると昔の同胞を思い出すわ!」
「そうなんですね!実は私もガープ中将を見てるとなぜか師匠のことを思い出して………」
そこまで言って私は気づいた。ガープ中将がなにかに気づいたようで私の方をじっと見つめていることに。そしてその目は私の奥の誰かを見ているということにも気づいた。ガープ中将と私で共通点がありそうな人物で軍艦をへこませるほどの怪力の持ち主、誰のことかはすぐにわかった。
「……お前、わしとどこかで会ったか?」
「ちょっとガープさん、一回り以上離れた女のコにナンパなんてやめてくださいよ。」
「違うわ!どこかで見たような気がしただけじゃ!それに誰かに似とるような気もするし…」
「それはおそらく私の師匠だと思います。ナガトという名前なのですが。」
「おおやはりか!どうりで似とると思った!娘か!?」
「いえ血の繋がりはありません。」
「なに………?」
「あ~言われてみりゃたしかに似てるわ、ナガトさん。懐かしー」
意外と師匠のこと知ってる人いるんだ。クザン大将も私の顔をのぞき込んでくる。
「………まあいいわい!よーしシルドよ、どんどん打て!」
「どんどん打て、じゃないよ。うちのやつになに吹き込んでんだい。」
わいわいと賑やかな雰囲気になっていたところにたったひと言で張りつめた緊張感をもたらす落ち着いた声が聞こえる。その声の方に向くとおつる中将がひどく呆れたような顔をしてこちらに来ていた。
「おお、おつるちゃん!どうした差し入れか!?せんべいくれ!」
「バカ言ってんじゃないよゲンコツジジイ。シルドを連れ戻しに来ただけだ。」
「あ~おつるさんのとこのコだったか。にしては結構なじゃじゃ馬っぷりじゃないの。」
「ほら行くよシルド。こんなやつの近くにいたらバカがうつるよ。」
「あ、あの中将、私は構いませんので……」
「なんだい?」
「いえ、なんでも…ありません。」
「ぶわーはっはっは!おつるちゃんにはかなわんわい!」
呆れた顔から一転、本気で怒ったときと同じ眼差しでこちらを見据えたおつる中将は私を引きずりながら廃船場をあとにした。
CASE4 聖女誕生
それは今からそう遠くない昔……具体的に言うなら一週間前のこと。この頃からおつる隊で任務をよく任されるようになった私が世間から注目され始めた。誰が言い始めたことなのかは知らないが、鋼鉄の能力で海賊と戦い次々と活躍する姿と市民にも分け隔てなく接する穏やかで優しい様子からつけられた渾名が『鉄甲聖女』。それ以降ことあるごとに「聖女様」「聖女様」と市民から崇められた結果おつる隊や海軍本部でも「聖女様」とからかい混じりで呼ばれてしまう日々を過ごしている………
と、これまでいろいろ思い出していたらつい最近のことにまでたどり着いてしまった。回想の海に浸っていた脳内を現実に引き戻す。聖女云々に関しては未だに新聞でも連日取り上げられ昨日も取材だらけの一日だった。
……正直に言ってしまうと恥ずかしいことこの上ない。世間が持つ鉄甲聖女のイメージは淑やかで清廉な振る舞いでありながら凶悪な海賊にもおくせず圧倒する強靭な精神力を持つ人物。後者の方は近いものがあるとは思うが、それ以外はまだまだで淑やかとは程遠い。ついこの前も投擲癖が悪さをして電伝虫を海に落としそうになったじゃじゃ馬だ。そんな人物が誰からも理想とされる聖女だなどと呼ばれて言いはずがない。取材のときも気まずいものを覚えながらだったし、毎朝新聞で自分の顔を見て自分が過剰なまでに持ち上げられているのなんてとてもじゃないが見てられなかった。嬉しくないわけではないがそれでも限度というものがあると思う。そのうちありもしない伝説でも作られてしまいそうな勢いだ。
けれどそんな聖女の姿を見ることで救われている人が確かにいることも事実だ。だからこそ私は少しでもそのイメージに近づけるよう努力する、いや私は聖女にならなければならない。市民の方はそんな私の姿で日々の生活に安心が得られ、その日を平和に過ごすための希望が得られるのだから。そのためにも毎日の鍛錬は欠かさない。何事も日々鍛錬だと私は学んだから。
コンコンコン
自室のドアがノックされる音で考え事を中断する。そろそろ出発することの伝達かもしれない。次の目的地は海賊を引き渡す大監獄のインペルダウンだろう。椅子から立ち上がった私はドアへ向かいこれから先のおつる隊での日々に目を向けるのだった。