私が制圧した海賊団を引き渡すためにおつる隊の軍艦は世界最大の収容人数を誇る大監獄インペルダウンに到着した。軍艦がぐるりと隙間なく並んでいるここは、島すべてが監獄関連の施設で構成されている。
到着するやいなや私はおつる中将からある提案を持ちかけられる。
「シルド、これから例の奴らを引き渡すわけだがついでにインペルダウンの中を見に行くよ。」
「よろしいのですか?そんな観光気分のような感じで……」
「観光じゃないよ、これも勉強さ。いずれお前もうちから独立して自分の部隊を持つことになるんだ。こういうところも縁遠いなんてことはないんだから見ていくべきだ。もう許可はもらってるんだ、早く行くよ。」
「了解しました。」
そうして私たちは海賊一味を引き連れインペルダウンの入り口まで歩く。そこには一人の男性がこちらを待ち構えていたかのように立っていた。
「お待ちしておりました!海賊団の護送感謝スマッシュ!私がこのインペルダウンの副『署長』ハンニャバルです!……あ、すみませんちょっと野心でちゃいました。」
私たちを出迎えてくれたのはハンニャバルさんという大柄な男性。上半身は裸で頭には異国の王族、確かファラオだったか?が着けていそうな装飾品という特徴的な見た目をしている。まだ会っただけだが本人が言う通り「署長」の部分を強調して言うあたり相当な野心家だとわかった。
「見ない間にずいぶん出世したじゃないか、ハンニャバル。」
「えぇそれはもう順調に。お話は聞いておりマッシュ。なにはともあれそちらの連中をお預かりスマッシュ。」
「頼むよ。あぁそれとこっちが……」
「イアン・シルド少佐です。本日はよろしくお願いします。」
私が敬礼をしたことで初めてハンニャバル副署長と目が合った。するとハンニャバル副署長はカッと目を見開き無言でこちらへ向かってくる。その行動の理由がわからずただ敬礼しながら固まっていると私の目の前でハンニャバル副署長が止まる。そして一枚の紙を取り出しなにかを書き込んだあとそれを差し出してくる。
「これ私の電伝虫の番号。よかったらあとで連絡して。」
「え?は、はい……?」
「こら、いきなりうちの若いのを口説いてんじゃないよ。」
なぜかわからないがハンニャバル副署長の連絡先をもらってしまった。メモを見つめながらどうしたらいいんだろうと考え込んでいると「義理のつもりなら連絡したりするんじゃないよ」とおつる中将に言われたため、いったん保留としておいた。
「そう言うなよおつる。若いのはそれくらいの元気があったほうがいい。」
「…!その声……」
「シ、シリュウ看守長!?なぜこちらへ…?出迎えは私だけの話では……」
「何故も何も、せっかくこのインペルダウンを見てもらおうってのにこんな貧相な出迎えじゃ示しがつかんだろ。それにそろそろ後ろの奴らが今か今かと期待に震える頃だと思ってな。」
入り口からもう一人、男性の声が聞こえその姿を現す。海軍のものとは違う直線的な軍服と服と同じ色の帽子を被り、シリュウ看守長と呼ばれたその人は海賊を一瞥する。葉巻の煙を燻らせながら嗜虐的な感情を宿らせた目はたったそれだけで後ろに繋がれている海賊たちの身を震わせた。
「マゼランはどうした?」
「いつものように下痢腹かかえて自室にこもってるよ。そんなだからここも人手が足りなくなるんだ。……おい。」
シリュウ看守長は後ろに向けて掛け声と顔だけのジェスチャーで指示を出す。それに合わせて監獄内から看守や獄卒員の方が現れ海賊の受け渡しが行われる。
海賊たちには全員に手錠をかけ、さらに一人で逃げられないように一本の長いロープでひとまとめに繋ぎ数人のグループに分けている。等間隔で海賊が並ぶその様子を例えるとしたらそういうデザインの浮き具やネックレスとでも言えばいいだろうか。それを逃げ出す隙を与えないために一本ずつ手渡していく。
ちなみに海賊たちを繋ぐロープまとめて手にしているのは私だ。私の腕力と握力ならばたとえ全員が一斉に逃げ出したとしてもロープを引くだけで止めることができる。
順調に受け渡しが進んで最後の一本を渡そうとしたとき、最後方にいた海賊の一人が突然走り出した。すかさずロープを引っ張り捕らえようとするが、その海賊はガラス片でも隠し持っていたらしくロープは切られてしまっていた。ロープを握りしめたままでも構わず私は逃走した海賊へ飛びかかり、うなじに狙いを定め意識を刈りとる蹴りを放つ……
その一瞬前に海賊は大量の血しぶきを上げて倒れ伏した。脇腹から鎖骨にかけて深く長く刻まれた刀傷により血の雨をふらし辺りを赤く染めた様は、見るまでもなく即死したことを示していた。
出遅れたとはいえ私の反応よりも速く、私の目でもってしても捉えきれなかった斬撃。傷跡から見るに居合のそれだとわかる絶技を放った人物へ私はわずかな尊敬と、溢れんばかりの怒りを込めた視線を向ける。
「……シリュウ看守長……なぜ殺したのですか。」
「何故っておかしなことを聞くなぁ聖女サマ。こいつは俺たちの目の前で逃走を図った。俺はそれを切って防いだ。なにか気に入らないことでもあるか?」
「………聞き方を変えます。殺す必要がありましたか?」
「ン?……フッ…そういうことか。箱入りの聖女サマには理解できないかもしれないな。」
「どういうことでしょうか?」
「インペルダウンでは罪人にはその罪の重さに応じた罰が与えられる。脱走は死罪だ。これ以上の説明がいるか?」
「身勝手な……!なんのための監獄ですか!」
「そっちこそ身勝手な綺麗事を言ってるようにしか聞こえないがな。それとなんのためと言うが、ここは罪人を罰するところでただ飼い殺しにするところじゃないんだが?」
そう言ったシリュウ看守長は傍らに倒れている海賊の亡骸を海へ蹴落とした。その瞬間、頭に血が昇り失礼も承知でシリュウ看守長に詰め寄る。胸ぐらを掴まなかったのはまだ私に理性がのこっていたからだ。
「今…なにをしたか…わかっているのですか…!」
「死体の処理だ。処理するのにも金がかかるからな。ここではこうやって海王類の餌にするのが都合がいい。」
「人の…命ですよ……!」
「もう死んでると言っとるだろ。それに俺はいつも言ってるんだ。クズを切って誰かが困るのか?ゴミを生かしといて何か得をするのか?てな。」
「あなたは…!」
「そこまでだよ。おやめ、シルド。」
もうすぐ殴りかかりそうになったところで、おつる中将が間に割って入る。そのおかげで荒事にはならなかったけれど、あのシリュウとかいう人は何を考えているんだ。いくら逃げ出したとはいえいきなり斬り殺すことはないだろうに。これがインペルダウンのやり方ということだろうか。
「すまなかったねシリュウ。若いやつは元気があって年寄りの手には余ることも多いんだよ。」
「………いやいいさ。聖女なんて持て囃されてるんだ。そのくらい正義感に厚いほうが信用できる。」
「…っ!………すみませんおつる中将……」
「待ってな」
未だに収まらない怒りを必死に飲み込み自分の非を詫びようとすると、おつる中将が短く耳打ちをした。
「だがお前にも問題があったのは事実だよシリュウ。」
「なんのことだ?囚人の扱いについてはこっちに一任されてる。海軍がそもそも口出していいことじゃない。」
「私はまだ入獄前の海賊だったって言いたいんだよ。引き渡し前の海賊、罪人は海軍の管轄内だ。いくら身内だからってそれを勝手に殺されたらこっちだって黙っていられないんだが?」
苛立ち孕んだ冷たい声で追及し何の感情も伺わせない瞳でもって弾劾する。おつる中将が尋問するとき、本気で怒ったときによく見せる手法だった。それを目の前のシリュウ看守長に向ける。
「………それはすまなかったな。迂闊だった、謝罪する。」
「ま、こっちも面倒事にはしたくない。ここは両者ともに厳重注意ってところで落ち着かせないかい?」
「それで構わない。」
「………私の無礼をお許し頂けるのなら、願ってもない恩赦です。」
おつる中将の手腕のおかげで大きな揉め事にならずに事態は収まった。だが私の中ではインペルダウン、というよりシリュウ看守長に対する不安感が確かに芽生えた一件だった。
「い、いやー穏便に住んで何より何よりですなー!これぞホントの『おつる中将の一声』というやつでしょうな!はっはっは……」
この場をなんとか和まそうと必死なハンニャバル副署長だったがとても笑えるような空気ではない。そもそも笑えるほど面白いものでもなかったし。よりにもよっておつる中将を笑いのタネに使うなど看過できるわけがない。私は苛立ちを隠さない視線を向けることでハンニャバル副署長に抗議する。
「ところでシルド、どうでもいいことなんだが……」
「なんでしょうか?」
「ロープ持ったままぶん回すのはやめておあげ。後ろ見てご覧、さすがに可哀想だ。」
「あ……」
そう言われて右手のロープに繋がれた海賊を見てみると、私が飛びかかったときに遠慮なしに振り回したせいで全員ぐったりしていた。私は面倒を増やしてしまったことを看守の方たちに謝りながらロープを手渡した。
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到着しただけでいくつかトラブルが起こったものの、いよいよインペルダウンの中を見せてもらえることになった。まずはじめにせっかくだからとおつる隊が連れてきた海賊たちの洗礼式のようなものを見学させてもらった。それは鉄釜で煮えたぎる100度の熱湯で体を洗浄するというもの。一人一人突き落とされ屈強な海賊たちが次々と絶叫を上げる様に少なくない恐怖を覚えた。
そして私はこの監獄のことを誤解していたと察した。私が思っていたインペルダウンはもっと規律的というか機械的というか……粛々とした感じの重苦しいものだった。だがこれはまるで地獄絵図、というより地獄そのものだった。しかもこれでもまだ一番軽いものだという。
私はシリュウ看守長に再び謝罪をした。確かにこれを知っていれば私の言い分など世間知らずの世迷言にしか聞こえないだろう。……それでもやはり殺す必要はなかったと思うが。
おつる中将も「な?」と言わんばかりにこちらを見てくるのでこの監獄見学の意図を否が応にも理解した。
そこからエレベーターに乗って各階層の説明を簡単にしてもらった。インペルダウンは階層ごとにレベルがあり、下に行くほど凶悪犯が収容されているらしい。今私たちが向かっているのはLEVEL4の焦熱地獄という階層。そこに署長室がありマゼラン署長に挨拶をしに行くということだ。
「少佐、そろそろ暑くなりますのでご注意を。」
「暑く…ですか?」
実は初めて見るエレベーターというものに浮かれていた私へ看守の一人がそう声をかける。その直後エレベーターはLEVEL3に入り、それと同時に照りつける日差しと茹だるような気温が襲ってくる。
「ここがLEVEL3灼熱地獄です。ここに収監された囚人はわずかな水と食料だけが与えられ、じわじわと水分が奪われる責め苦を与えられマッシュ。」
「これはなかなか……しかしこれではすぐに倒れてしまう者が出るのでは?」
「えぇまあ。ですがその程度の人間はそもそもここへは収監されませんでしょうな。こちらも簡単に死なれては困るので階層分けしてるのでありまして。」
「……そうなのですね。」
もう常識からなにまで完全に違うんだな、と今まで持っていた甘えた考えを捨て去った。インペルダウンは怖いところだ。私は認識を改めた。
「さっさとLEVEL4まで行きマッシュよ。それとLEVEL4はここよりもっと暑いので注意してください。」
「はい?」
ハンニャバル副署長の忠告にさすがに声が出た。今まさに倒れそうなまでの灼熱を浴びているというのにまだ上があるのか。しかしそれでもおつる中将を含め全員が平然としているのを見て素直に尊敬した。私もいつかはこうなれるだろうか。
そしてエレベーターがLEVEL4に入ったところで桁違いの熱波が襲いかかる。
「暑っ…ていうか熱っ……!」
「ここがLEVEL4焦熱地獄です。下層区には猛火の海が広がっており、囚人にはその火を消さないよう薪をくべる仕事をさせていマッシュ。中央には洗礼の『地獄のぬるま湯』を超える温度の血の池があり定期的に囚人を浸からせていマッシュ。ちなみにこのフロア以降が職員の生活区域でもありマッシュ。」
「この熱のなかで生活をしているのですか!?」
「当然職員用の耐熱壁に守られた場所が作られてマッシュ。署長室へもそこから通れるのでまずはそちらへ。」
ハンニャバル副署長に案内されるまま耐熱壁で作られた通路を進む。多少暑いといえど今までの熱波が嘘のように快適でつい先程そこから来たばかりなのに、この壁を一枚隔てた向こう側にあの地獄が広がっているとはとても思えなかった。
ここまでインペルダウンを見てわかったこと………わからされたことがある。ここでは罪人に対してはなにをしてもいい、なにをしても許される。それこそ人権などないに等しいほどに。私はたとえ海賊でも人権を尊重した法にのっとった裁きがくだされ罰せられるものだと思っていた。だが実際は過酷な責め苦によって毎日のように命が消えていっている。エレベーターの中から人の骨が転がっているのが何度も見えた。
別にインペルダウンのやり方に不満があるわけではない。やり過ぎと思わなくはないが実際必要なことなのは理解できるし、それだけのことをしてきた人間だと言われてしまえば納得せざるを得ない。ただひたすらに自分の無知さに呆れ果てただけだ。今まで言われたことがようやく実感できた。私はあまりにも世間知らずで夢を見過ぎていた。
自分が勝手に抱いていた理想と目にする現実があまりにかけ離れすぎていて目の前がクラクラする。壁の向こうからもたらされる猛暑も相まってまるで自分が溶けるようになくなっていきそうだった。それほどの衝撃………
「こちらが署長室です。署長はいつもここで執務を行っておられます。」
いつの間にか署長室の前まで来ていたようだ。目の前には私の背なんか優に超える大きな扉が佇んでいる。その前には何人か職員の人が集まっているようだ。私たちがくるのに合わせて敬礼で出迎えてくれたので私も敬礼を返す。そして扉が開かれるというときに看守の一人が思い出したように告げる。
「言い忘れておりましたが署長はドクドクの実の能力者ですのでこちらを。」
そう言って手渡されたのはガスマスクだった。いやそれよりも聞き捨てならないことを言っていた気がするけど?大丈夫なのか……?
一応ガスマスクを受け取って署長室に入る。だが部屋の中は扉と同じくらいの執務机と椅子しかなくそれらしき人物は見当たらない。そのとき奥のドアから水の流れる音がしてそのドアが開いた。
「あ〜〜〜……今回も激しい戦いだった。話は聞いている。署長のマゼランです!」
中から出てきたのは黒の翼と角を携えた見上げるほど大きな男性。6メートルはあるだろうその体躯と翼や角と同じ黒の軍服を着込んでいるせいもあり、見た目以上の威圧感を放っている。目の前からの圧に僅かに硬直するも、所長の顔色が悪いことに気付いた。
「あぁ…眩しい……なんと眩しい部屋だ……もっと暗く閉ざされた空間にいたい……」
「バカなこと言ってないで署長。海軍本部のおつる中将がご挨拶に来てくださいましたよ。」
「久しぶりだねマゼラン。」
「おお、おつるさん!ようこそインペルダウンへ。いやすまないどうやら朝食の毒魚の塩焼きが当たったらしく、今まで腹を下しておりましてな。」
「毒魚だからだと思いマッシュけど。」
「俺は毒人間だぞ。毒が好物で何が悪い。」
「それで腹壊しちゃ世話ねぇな。」
「そんなだからいつも顔色悪いしブサイクなんですよ。」
「ひどい毒舌だな、今日は特にひどいぞ!それに顔は生まれつきだ。」
私を置いて繰り広げられる身内ノリの会話の洪水に圧倒される、というより呆然とする。挨拶する暇もないので動くに動けない。
「俺はなんと心ない部下を持ってしまったのだ……ハァ~…」
「ちょっ!?ため息やめてくださいよ!あんたの息本物の毒ガスなんだから!」
「みなさん早くガスマスクを!」
緊迫するような声に従うまま部屋の前で手渡された意味を理解して急いでガスマスクをつける。………薄々感じていたことを確かめるためおつる中将に耳打ちする。
「あの中将……もしかしてここって怖いところというより変なところですか?」
「ようやく気づいたかい。グダグダ考えてたようだけどそこにたどり着いたなら連れてきた意味があったね。」
さっきまであれこれ悩んでたのが途端に馬鹿らしくなってきた気がする。もう今の私の情緒が自分でも分からなくなってきた。
「ん?そちらの方はもしや、鉄甲聖女殿か?」
「!ご挨拶が遅れ申し訳ありません。おつる隊所属少佐イアン・シルドと申します。」
「貴女の噂はこちらまで届いている。たしか海賊船を片手で投げ飛ばしたとか?」
「いえさすがにそこまでのことは……どうやら誤って伝わったようですね。」
似たようなことはした覚えがあるが。
いきなり話を振られて少し驚いたが、ここでも聖女の噂は届いているらしい。こんなところでも聖女は皆の憧れのようで申し訳なくなってくる。
「監獄の見学とは珍しいことだがどうだったかな。聖女の貴女からすれば凄惨な場所だろう?」
「……いえそんな……確かに想像よりも過酷なところでしたがそれも必要なお仕事です。驚きこそすれ拒むなどとても……」
図星を突かれたが心の中の動揺を悟られぬよう努めて答える。今日の見学がなかったら、今までの私だったらここで署長であっても噛みついてもう一悶着あっただろうな。
「おーおーあの聖女サマが殊勝なことじゃねえか。海賊一人殺した程度でキレてた人間とは思えねえな。」
「やめろシリュウ。そのことも聞いているぞ。何度言えばわかる、いたずらに罪人を殺すな。」
「…失礼ですがあの海賊はマゼラン署長の指示ではなかったのですか?」
「たしかに俺はこの監獄の囚人の処刑権限を持っているが、こいつに対しては簡単にそんなこと許可せんぞ。」
「信用ねぇなぁ、それで?あれは俺の独断だとしたらどうした?」
あからさまな挑発を受けるもそれより私が聞き逃がせなかったのはシリュウ看守長の一言。
「つまりインペルダウンは個人の勝手な判断で規則違反を犯す人間を看守長に任命していると?そして聞く限り改善の傾向もなしであると?」
「シルド、言い過ぎだ。」
「……好きに言ってくれるな。いくら聖女でもその物言いは…」
「フッ…待てマゼラン。そうさ今の世界、これからの世界も力がすべてだからな。」
「シリュウ!よせ!」
私が糾弾しても反省の色を示さないシリュウ看守長に無言で詰め寄る。いろいろわかってきた。確かにここは私が思っていたよりきれいなところではない。だとしてもこの人は……こいつだけは正義を振りかざして自分の欲を発散させているだけに過ぎない。少なくとも私にはそう見えて仕方がない。
「そんな人間が政府関係者として籍を置いていること、問題だとは思いませんか?」
「言ったろ、力が全てだ。事実俺はこのインペルダウンでそこのマゼランと同等レベルの実力を買われて看守長をやってる。これこそ絶対的な正義の証明だ。」
「絶対的な正義……ですか?」
歪んでる。そんなもの正義とは認められない。殺人者が我が物顔で正義を騙るなど私には到底容赦できない悪だった。
「おいお前たちそこまでに……!」
「待ちな。すまないがこのままやらせてくれないかい。」
「おつるさん…なぜです?」
「あいつは今、理想と現実をすり合わせてる最中だ。ここでの衝突は必ずあいつをさらに上へ押し上げる。そのためにわざわざ監獄見学なんて酔狂な真似させたんだ。」
「そういうことか……わかりました。少しだけですよ。」
「すまないね。あまり大ごとにはしないはずだから……」
「では力こそが正義だと、そう言うんですね?」
おつる中将とマゼラン署長がなにかを小声で話しているのを聞き流し私は糾弾を続ける。しかし言葉だけでの抗議では効果はないと理解して攻め方を変えることにした。
「ではあなたと私で、勝負をしましょう。どちらが強いか、どちらが正義か。」
「お、おい…なんでそうなる!」
「寝言は寝ていったらどうだ聖女サマよ。大層な肩書もらって思い上がってるようだが、たかだか少佐風情のお前が俺に勝てるとでも?」
「おや、インペルダウンの看守長ともあろう方が少佐風情に足が竦んでおられるようですね。」
「あ?」
「これは失礼しました。まさか弱者をいたぶっているだけが趣味の小心者とは思わず……どうか無理はなさらないでください。お怪我をされて引退なんてことになったら大変ですから。」
「安い挑発じゃねぇか……だがその挑発、乗ってやるよ。」
さっきから何かと突っかかる言い方をするシリュウ看守長にやり返したくなり、大してやり慣れてない挑発をしてみる。乗ってくれるかは怪しかったけど結果オーライだ。
「シリュウ!」
「決まりですね。では早速…」
「待て、海軍少佐の分際でそこまで啖呵切ったんだ、少しは楽しませてもらわねぇと付き合ってやる意味が無い。やる前に少しお前の実力を見せてもらう。」
「前座……ですか。」
「そういうことだ。………獄卒長か?俺だ、あいつら全員連れてこい。……そうだ署長室だ。」
話はついたと思ったがその前に何かやらされるらしく、シリュウ看守長はどこかへ電伝虫で通信していた。私の実力を疑っているらしいが面倒なことこの上ない。私でも相手を見れば実力の推測くらいできるというのにシリュウ看守長ができないはずがない。前座だとか言っているがただの遊びのための余興でしかないだろう。どこまでも真剣味に欠ける人だ。
「やってくれたねシルド。」
「中将…すみません……ですが」
「いいさ、わかってる。………現実のすり合わせはできたかい?」
勝手に喧嘩を起こしてしまった私を叱るためにおつる中将がやってくる。でもここで引くわけにはいかなかった。私は聖女であることを求められているから。
「……少しずつ、ですが。難しいものですね。」
「お前は特にそうだと思うよ。お前は聖女として世界から求められてしまった。その願いが込められた理想を叶えようと頑張れば頑張るほど残酷な現実が牙を剥く………皮肉なことだね。」
「……それでも私は理想を叶えなければなりません。私は聖女ですから。」
「………世界がなぜ聖女を求めるのかわかるかい?それはね、世界が悲しみで溢れているからだ。厳しい現実から目をそらしたくて、なんでもいいから救われたくて、心優しい聖女に夢を見るんだ。」
「………それは優しければ、救ってもらえれば誰でもいいということになりませんか……?」
「そうかもね。でも優しい人なんてそれこそ世界中にいるんだ。それでも世界は聖女としてお前に夢を見た。それだけは覚えときな。」
聖女として私が求められたことの意味。今まで否定するばかりで考えてこなかったそれを、中将に言われてやっと意識し始める。
世界は理不尽なことで溢れている。天災人災問わず世界のどこかで今も誰かが苦しんでる。苦しむ人たちは苦しみから解放されたくて救いを祈る。届くかもわからないそんな祈りから聖女が、私が求められた。ならば私はその祈りに応えなければならない。不可能といわれようと私は聖女なのだから。そしてその最初の仕事が今なのだろう。
しかし、さすがの私でも今の実力ではシリュウ看守長の実力には敵わないだろうということぐらいわかる。シリュウ看守長自身がその実力に驕ってなどいないことも。だとしてもあんな傍若無人な人を放置していてはいずれ大変なことになる。今の私でどうにかできるものではないかもしれないけど、何もやらないわけにはいかない。私の思う聖女はここで傍観するような人間ではないから。
「来たな。」
シリュウ看守長の呟く声が聞こえたのと同時に所長室の扉がゆっくりと開く。前座の相手となる人間が到着したのだろう。
「まさか本当に呼ぶとは……こんなの前代未聞、問題ですぞ!」
「責任なら俺と聖女サマの半々で受け持ちだろ。気にすんな。」
さらっと責任半分押し付けられたな、何も反論できないけど。
まあいい。誰が来ようと私の実力を示すだけ、いつもとそう変わりはない。開く扉を真っすぐ見据え私は落ち着いて構える。今は海軍少佐ではなく理不尽を打破する聖女として。